■訃報■Mr. Music、秋山紀夫氏
言うまでもなく、お名前は半世紀前に私が吹奏楽を始めた頃から存じていた。
そのちょっと後に始まった、NHKFMの史上初の吹奏楽番組だった「ブラスのひびき」のパーソナリティとして、「おはようございます、秋山紀夫です」で始まる名調子は今でも忘れられない。
ご本人に最初にお目にかかったのは、大学生の時に上福岡の尚美短大で開催されたJBAの第1回の吹奏楽ゼミナールに参加した時。
泊まりがけで外部の講習会に参加したのは初めてだったし、サプライズで現れた当時初来日のフレデリック・フェネル師によるリハーサルなど、井の中の蛙だった自分にとっては何から何まで衝撃的な経験だった。
1989年からアルフレッド・リード先生との「音の輪コンサート」が始まった際、娘さんのクラリネット奏者秋山かえで先生が最初の何回かコンミスをされていて、そこから本格的な関わりが始まった。
「音の輪コンサート」では、リード先生没後の「音楽葬」だった2006年に一度だけ、行進曲『ミスター・ミュージック』を振っていただいた。
秋山先生とソニー吹奏楽団のためにリード先生が作曲された、まさにその曲。
この「音楽葬」では秋山先生がリード先生への弔辞を読まれたのだが、そのバックで私と「音の輪」メンバー4人で、リード先生の「アリア」(サクソフォン四重奏のための『5つのカメオ』より)を演奏させていただいたのは、私にとっては生涯の思い出であり、望んで叶うことではない光栄だった。
地元に近い蒲田のアプリコで開催されていた「大田区アマチュア音楽祭」でも秋山先生が指揮されていて、私は2009年と2012年の二度参加した。
催しとしては色々あったが、秋山先生の簡潔で的を射たリハーサルと基礎練習は今でも記憶に残っている。
その後この音楽祭が(吹奏楽部門が)無くなってしまったのは残念だ。
個人的なことばかり書き連ねたけれど、そんなことはどうでもよくて、何と言っても秋山先生こそは、大戦後の荒廃の中から徒手空拳に近く「日本の吹奏楽」をつくりあげた偉人だ。
海外との交流にも熱心で、アメリカ等の最新の潮流をそのときどきの日本に的確に紹介し、結果もたらされた今日の隆盛を、今度はアジア各国に推し拡げることに尽力されていた。
近年は日本の吹奏楽史を体系的・統合的に整理してまとめる作業をライフワークとされ、『吹奏楽 昭和の資料集』(ロケットミュージック)をはじめとする著書に結実している。
まさに「吹奏楽に捧げた生涯」。こんな人はもう出てこないだろうな。
秋山先生、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。
合掌
【追記】
上記文章で言及した、2006年のアルフレッド・リード音の輪コンサート/音楽葬における秋山紀夫先生が読まれた弔辞の動画が、音の輪コンサート公式サイト上に演奏付きでアップされています。
皆様是非ご覧ください。
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