2人の「音楽家」…ファジル・サイと広上
日本フィルハーモニー交響楽団 第622回定期演奏会(サントリーホール)
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番(Pf:ファジル・サイ)
スクリャービン/交響曲第2番
指揮:広上淳一
(コンサートマスター:江口有香)
9日(金)。
これで3日連続のサントリーホール。
ファジル・サイと広上淳一。
二人ともそれぞれ流にエキセントリックな外見をもつ方々だけれど、どちらも紛れもない、数少ない正真正銘本物の「音楽家」である。
ベートーヴェンの冒頭、オーケストラだけの呈示部を聴いただけで、広上さんという人のタダモノでなさは一目瞭然だ。
高弦の薄い日本フィルの弦の音の特徴を逆手に取るかのように、メロウで豊潤なサウンドをつくり出し、木管とともにたたみかけてくるような「生きている音」を繰り出してくる。
ひとつの世界を呈示するように、豁然と終わった前奏のあとに、おもむろにピアノソロが出てくる。
これがまた、それまでの世界を更にレベルアップしたかのような、周囲の大気を一瞬で自分のほうに引き寄せる意味深い始まり方で、この瞬間に今日の演奏の成功を私は確信した。
カデンツァはファジル・サイ自作の、独立した1曲のように長いものだったが、音楽に内在する論理とストーリーを一瞬も外さないものだったので、「長い」という感じがしない。
「音楽に内在する論理とストーリー」だなんて、きいたふうなことを私は書いてるけれど、勿論最初からそんなものを理解している訳じゃない。
ファジル・サイのカデンツァを聴くことによって、事後的にそういうものがある、という確信が浮かびあがってくるような、彼はそういう演奏をした。
これを「真の音楽家」と呼ばずに何と呼ぶ。
演奏終了後の客席は、今季一番の、といっていいブラヴォーの嵐と大喝采に包まれた。
アンコールに演奏された、内部奏法を使った不思議な音響効果を駆使した自作曲は、私はあんまり好きになれなかったが。
そんな、単なる効果音に頼らずとも、あなたは充分に音楽的だと思うよ。
休憩後は、スクリャービンの2番。
珍しいレパートリーだ。実演に接するのはこの20年間で二度め。
ロシア音楽にふさわしい暖かく豊かなサウンドを堪能したが、曲そのものが少々変化に乏しいと思えた(5楽章に分かれていたが、巨大な単一楽章の作品のように聞こえた)。
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