カテゴリー「サクソフォンの演奏会(2007年)」の記事

2007.12.24

記録・フェスティバル2007

怒濤のサクソフォンフェスティバル2daysを終えて帰ってきて、一夜明けてクリスマスイヴ。今日が休みで良かった。

今年もフェスティバルにはほぼフル参加、京王プラザ多摩に宿をとって、初日は演奏と打ち上げ、2日目は朝から晩まで大ホールと小ホールを行ったり来たりしながらいろいろな演奏を聴き、いろいろなことを考え、いろいろな人と話す。

自分たちの演奏は、少なくとも以前の定期演奏会のときよりは良いものが出来たんじゃないか。
やっとこの編成が自前(正団員)だけで出来るようになった充実、そしてしまっぷー先生はじめメンバー各自の尽力と努力のおかげだと思う。本当に。
今回嬉しかったのは、演奏を聴かれていたある方に、「なめら~かの皆さんは、メンバーが舞台に出てきた瞬間からなめら~かな雰囲気が伝わってきた」、と言われたこと。
音楽というものは単に聞こえてくる音だけではなくて、その音を出している人間の人間性とか性格とか意思とかを全部含めた総体なのだから、そんなふうに感じてもらえたとしたらこんなに嬉しいことはない。

という訳で今日は、久しぶりの(本当に久しぶりの!)のんびりした休日。
今日の用事といえば、年明け早々に、日本サクソフォン協会のアンサンブル・コンクールの予選審査提出用の録音のために家の近所のホールをおさえたので、会場スタッフとの打ち合わせに行ってきたくらい。
客を入れる訳でもなんでもないけれど、やっぱり打ち合わせって必要なんですねえ。


フェスティバルの全プログラム等は、一応以下にまとめておくことにする。
これらの他に、協賛各社の企画枠とか、「中高生のためのクリニック」とか、現地から写真をupした屋外でのプロムナードコンサート(要は客引き&賑やかし)などもあった訳で、いやー盛り沢山でしたなあ。
【】内は私のコメント。今後補筆するかもしれません。

第27回サクソフォーン・フェスティバル 2007(パルテノン多摩)

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2007.12.23

終了

終了
フェスティバル最後は、毎年恒例、舞台上のサクソフォーン・オーケストラと客席の大合奏。
今年も終わりですねえ(しみじみ)。

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フェスティバル2日め

フェスティバル2日め
雨もやんですっかり暖かくなってきました。
演奏はクインテット・シルク。(なぜかK末さんが…)

ミスすると後ろのキティに殴られるらしい(^^;

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2007.12.22

フェスティバル開幕

フェスティバル開幕
寒いっす。雪でも降りそうなパルテノン多摩正面にて。
演奏はヴィーヴ!SaxQ.の皆さん。

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2007.12.14

Happy Sax 2007

Happy Sax 2007Toshihisa Ogushi HAPPY SAX CONCERT 2007(銀座ブロッサム・中央会館)

The Course of Life(星出尚志)
ブラボー・サックス!(星出尚志)
星に願いを(L.ハーライン/西上和子編)
スラヴ幻想曲(C.ヘーネ)※
メルシー!パリシー!~S.Sax, A.Sax, Pfのための(樽屋雅徳)※
ラテン・フィエスタ(鈴木英史編)
Quiet Sunset(真島俊夫)
メモリーズ・オブ・カーペンターズ(成本理香編)※
サンバ・フィエスタ2007(鈴木英史編)
 小串俊寿(Sax)、白石光隆(Pf)、横山達治(ラテンPerc)
 ゲスト:武藤賢一郎(Sax)※

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2007.11.24

静岡のドラングル

というわけで静岡でした。

Quest, 071123クロード・ドラングル サクソフォン・ライヴ "Quest"(静岡音楽館AOI

G.シェルシ/3つの小品~ソプラノサクソフォン独奏のための
P.ジョドロフスキ/混合(Mixtion)~テナーサクソフォンとライヴ・エレクトロニクスのための
L.ナオン/分岐する小道(Senderos que bifurcan)~ソプラノサクソフォンとライヴ・エレクトロニクスのための
G.スピロプロス/サクスティ(Saksti)~テナーサクソフォンとライヴ・エレクトロニクスのための
C.ドラングル/アラウンド(Around - L.ベリオ/セクエンツァVIIbによる)~5つのサクソフォンのための
A.マルケアス/ペリルプシス(Perilepsis)~アルトサクソフォンとライヴ・エレクトロニクスのための(初演)
鈴木純明/凪~ソプラノサクソフォンとサクソフォン四重奏のための(日本初演)
M.ストロッパ/ ...of Silence ~アルトサクソフォンと室内エレクトロニクスのための(静岡音楽館AOI委嘱作品・初演)
J.t.フェルドハウス/グラビット(Grab it!)~テナーサクソフォンとCDのための
M.タディーニ/ブレリア(Buleria)~ソプラノサクソフォンとライヴ・エレクトロニクスのための(日本初演)
 Claude Delangle、
 平野公崇、波多江史朗、井上麻子、有村純親(サクソフォン)
 Marco Stroppa(作曲・コンピュータ)
 Arshia Cont(コンピュータ音楽デザイン、IRCAM)
 Joachim Olaya(サウンド・エンジニア、IRCAM)

…タイプしてるだけで疲れた(苦笑)。
パリ国立高等音楽院サクソフォン科教授クロード・ドラングルの、今回の来日唯一のコンサート。
見てのとおり、目眩のするような刺激的な内容であります。

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2007.11.17

2007年のモレティ

Moretti, 071116ファブリス・モレティ サクソフォンリサイタル(旧東京音楽学校奏楽堂)

A.マルチェルロ/オーボエ協奏曲
H.ヴィラ=ロボス/ファンタジア
港大尋/遠みから遠ざかってみても~ソプラノサクソフォンとピアノのための
J.リュエフ/シャンソンとパスピエ
E.ボザ/アリア
M.ビッチ/村娘
J.アプシル/5つの歌
A.ピアソラ/忘却、K.ワイル/ユーカリ(ピアノソロ)
H.トマジ/バラード

Fabrice Moretti(A.Sax)、服部真理子(Pf)

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2007.10.28

レッツエンジョイ島送り(笑)

Shima-Pooh_07102727日のこと。
なぜか唐突に現れた台風(20号)が不気味に近づきつつある中、しまっぷー先生のコンサートへ急ぐ。

レッツ エンジョイ!
大栗司麻(Sax)-ちょっとすてきにサクソフォーン(スタジオ1619

R.プラネル/プレリュードとサルタレロ
D.ベダール/ファンタジー
P.モーリス/プロヴァンスの風景
R.バーンスタイン/「ウェストサイド・ストーリー」より マリア、アメリカ
R.シューマン/アダージョとアレグロ
 Pf:花房伸江

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2007.10.22

久々の新井さんソロ

Yasushi Arai, 071021新井靖志 Saxophones Salon Concert(アーティストサロンDolce)

ドビュッシー/ラプソディ
プッチーニ/トスカ・ファンタジー
シューベルト/「しぼめる花」の主題による序奏と変奏
シューマン/3つのロマンス
ケックラン/ジーン・ハーローの墓碑*
ショスタコーヴィチ/4つのワルツから* 3、4
スパーク/パントマイム
 Pf:渡辺麻里、Fl:白石法久*

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2007.10.19

16日のリリアホール

16日の続き(ひとつ前のエントリ参照)。
6時からピアノ合わせというしまっぷー先生と別れて、こちらは川口へ。

TQ 2007トルヴェール・クヮルテット 結成20周年記念コンサート3days 追加公演(川口リリア・音楽ホール)

長生淳(ハチャトゥリアン原曲)*/カインド・オブ・ガイーヌ
シュミット/サクソフォン四重奏曲
デザンクロ/サクソフォン四重奏曲
長生淳(モーツァルト原曲)*/モーツァルトはなべてこうしたもの
ピアソラ*/ブエノスアイレスの冬
長生淳(ホルスト原曲)*/トルヴェールの『惑星』より「木星」
長生淳(ビゼー原曲)*/カルメン・ラプソディ
 Pf:小柳美奈子*

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2007.10.07

トルヴェール1/3days

TQ, 071006-08トルヴェール・クヮルテット 結成20周年記念コンサート3days 第1日(トッパンホール)

長生淳(ハチャトゥリアン原曲)*/カインド・オブ・ガイーヌ
メンデルスゾーン(伊藤康英編)/プレリュードとフーガOp.35-5
デザンクロ/サクソフォン四重奏曲
長生淳(ヴィヴァルディ原曲)*/トルヴェールの四季より 春1、夏2・3、秋3、冬2・3
ガーシュウィン(伊藤康英編)*/「ポギーとベス」ハイライト
 Pf:小柳美奈子*

トルヴェールQも、ついに結成20年ですか。
ということで、3日間、全部別プログラムによる記念コンサートが華やかに開幕。まずは第1日終了、とっても楽しいコンサートでした。

今回はある理由から、チケット発売後もあんまり積極的に動く気になれず、様子を眺めているうちに直ぐに3日間とも売り切れてしまい、といってさすがにワタシの立場としては顔を出さない訳にはいかないので(^^;16日の追加公演に行くつもりでいたら、幸いにも初日のチケットを譲ってくださった方が現れて行くことができたのだった。ありがとうございます。
今日はしかもデザンクロとかメンデルスゾーンの「プレリュードとフーガ」とか、1日だけ行くとしたらこの日だな、と最初から思っていたプログラムで、首尾よく聴くことができて嬉しい。

メンデルスゾーンもデザンクロも、トルヴェールQの第1回リサイタル(平成の時代が明けて間もない、1989年1月14日、東京文化会館小ホール)の時の曲目だった。最後「ポギーとベス」も、トルヴェールの結成当時美奈子さんと5人で盛んに演奏していたナンバー。…いやー、なんだか、懐かしくって。
この20年という時間に思いを馳せた。トルヴェール第1回リサイタルの頃のことは今でもよく覚えているのですよ。すごく面白い時代だったし、真に実感のある時代だったと言っていいと思う。第1回リサイタルの前日に原宿の小さなスタジオで雲井さんと服部さんのデュオコンサートがあったんだけど、50人ほどの客の中に(その時点では未だ知り合ってはいなかったが)その後の私自身のサクソフォン絡みの人間関係のほとんど全てを決することになる人たちが集まっていた、とかね。…
あの頃に始まった諸々のことがほとんど全部、巡り巡って今の自分自身というものを作っている。
そういう様々な時間の流れや移り変わりを横目に見ながら、同じ時代を生きてきた。

そんな訳で、私にとってトルヴェールQとは、単に「日本を代表するサックス四重奏団」ではないのです。
決して単純なファンであったり、真似をしたり追いかけたりしているという訳ではないけれど。
そもそも客観的に考えても、トルヴェールQがいわゆる「サックス四重奏団」、かというと、ちょっと待てよ、という感じではある(勿論、サクソフォン4本でやってるんだから、サックス四重奏団には違いないんですけどね)。

トルヴェールのデザンクロは以前にも別の機会に聴いて、その力の抜け加減にとても感心したことを思い出すけれど、今日は前から3列めという席のおかげでその詳細をかなり具体的に観察することができた。要するに、テンションの高い和音がずーーっと連なっているこのデザンクロみたいな曲の場合、曲の要所要所だけをキッパリと吹いて、あとは和音の輪郭を絶妙にぼやかしているんですね。
そこらへんのコントロールを巧みにして、曲のフォルムや音楽の流れは保ちつつ、無駄な疲労や「鳴りすぎ」を回避している。「トルヴェールの四季」もたぶんそうやっているのだろう。アレをもし、書いてある音符を全部律儀に並べていたら、たぶんそれだけで(いかなトルヴェールといえども)オーバーフローしてしまう筈だもの。…

アンコールに「マイ・フェイバリット・シングス」(これまた懐かしい)、ピアソラ「ブエノスアイレスの冬」。

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2007.09.24

佐藤渉リサイタル

22日(土曜)。
朝9時半から、来週に迫った本番の最終練習。
午前中はカルテット。今年の私の出番は、アルベニス「セビリア」「コルドバ」と、ドビュッシー「ベルガマスク組曲」。いずれもソプラノ。今年は久しぶりに持ち替えなしで、ソプラノ1本に絞って練習できるのが有難い。
午後は第2部のラージ。ソリストのしまっぷー先生とグラズノフのコンチェルトの頻繁なテンポ変化を調整し、メインプロの「真夏の夜の夢」はトレーナーとしてしまっぷー先生に聞いていただく。

1週間前の最終練習にして、やっとなんとか仕上がりそうな感じになってきた。この状態でせめてあと2~3回練習できれば…ってところなんだけど、もう無理。
というか、同じことをずーーっと、(どのような本番であれ)本番の直前になるたびに感じ続けている気がする。
演奏活動というものに足を踏み入れてもう30年も経つんだからさぁ、いい加減学習しろよぉ、といつも思うんだけど、結局本番前はバタバタなんだよねぇ。

4時半に練習終了、挨拶もそこそこに地下鉄みなとみらい線に飛び乗って、神楽坂へと移動。

Wataru Sato, 070922佐藤渉 サクソフォーンリサイタル(音楽の友ホール)

O.ネルソン/ソナタ
J,リュエフ/シャンソンとパスピエ
P.M.デュボワ/協奏曲
C.ケックラン/エチュードより 2、5、9、11
R.R.ベネット/スリーピース組曲(Three Pieces Suite)
吉松隆/ファジーバード・ソナタ
 Pf:川岸麻理

雲カルのアルト奏者、佐藤渉さんのリサイタル。
224席の地下室(音楽の友ホール)は、本来空いているはずの最後列壁際の椅子までひとつ残らずぎっしり埋まった盛況。これで火事とか起こったら大惨事だぞぉ、などとつまらんことを考える。客層は昨日とはずいぶん違うようだ。

とてもメロウで明るく、おおらかによく歌う音色が印象的だった。
人の心にあるわだかまりとか障害物とかを、いつの間にか取り去ってくれるような、thankfulな音色。夏に聴いたオーティス・マーフィー氏と共通する雰囲気がある。
曲目はたいへん多様なもので、かのオリバー・ネルソン(Jazzサックス奏者、作編曲家、プロデューサー)の学生時代の習作に始まり(かなりにアカデミックな筆致で、フィル・ウッズのソナタみたいのを期待したら拍子抜け)、フランスの名品いくつかを経て日本代表「ファジィバード」に至る。ファジィバードは須川さんの演奏とはずいぶん印象が違い、「なめらかバード」とでも呼びたい雰囲気だった。
かと思うとデュボワのコンチェルトでは、ものすごい勢いで大量の音符を並べてみせるし。
#余談だけれど、私たちの世代の人間がサクソフォンの数あるレパートリーのうち、デュボワのこの曲を殊更に熟知しているというのは(マーフィ氏のマスタークラスにもこの曲を持ってきた受講生がいたけれど、楽譜はほとんど見たことがないのに、ほとんど全部の音を追いかけることができたものだった)、間違いなくユージン・ルソー氏のレコードのおかげだろうと思う。
リチャード・ロドニー・ベネット(1936-)のThree Pieces Suite(「3ピースのスーツ」と「3つの小品による組曲」を引っかけたタイトルか)は、最大の聞き物だった。都会的で親しみやすくお洒落なメロディとハーモニーに彩られた小品で、是非センスのいいピアニストと一緒にやってみたいと思った。楽譜出てるのかな。

雲カル4名総出演によるアンコールが、贅沢の極み。

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2007.09.23

貝沼拓実1stリサイタル

世間では三連休が進行中。
3日も会社に行かなくていい、とはいえ、ワタシの立場としてはこの時期家でゆっくり休んでいるという訳にはいかず、怒濤のようにスケジュールが進行しております。
ぼちぼち書いていきましょう。

Takumi Kainuma, 070921貝沼拓実(Saxophone)1stリサイタル(21日、浜離宮朝日ホール)

棚田文紀/ミステリアス・モーニングIII
ドビュッシー(貝沼拓実編)/牧神の午後への前奏曲
野平一郎/アラベスク第3番
P.サンカン/ラメントとロンド
C.パスカル/ソナチネ
C.ドビュッシー/ラプソディ
E.デニゾフ/ソナタ
 Pf:羽石道代

職場を出遅れて、野平をほぼ全曲ロビーで聴く(爆)。
浜離宮朝日は職場から歩いて行けるホールのひとつなんだけれど、自転車でも飛ばせば「牧神」から聴けたかもしれない。

という訳で、映画の正編を見ずに続編だけ見たような状況で、しかも1週間の仕事疲れがたまってあまり集中して聴けなかったので、詳しい感想は残念ながら書けないけれど(と言いつつ書いてしまうけれど)、思ったのは「新しい世代の演奏家だなあ、」ということ。
音楽の表面的なスタイルや時代性を超えた、かのブーレーズが言った「音楽の絶対零度」という位置から音楽を捉える感性というのは、私たちの世代の演奏家にはないものだ(何人かの限られた「天才」と呼べる方々はそういうものを持っているが)。
デニゾフのソナタなんていう曲は、容易に手の出せない超現代曲だと思っていたのは、私にしてみればそんなに遠い昔の話ではないのだけれど、今日聴いた演奏は、第1楽章で冒頭の主題が戻ってくるところなんか、まるでブラームスのシンフォニーのソナタ形式の楽章を聴くように違和感がなかった。
最初の3曲をちゃんと聴くことができなかったことがかえすがえすも惜しまれる。

あと20年もしたら、普通の大学生やハイアマチュアの方々が、普通にデニゾフを吹いてしまう時代というのが来るかもしれない。
根拠のない話ではない。今から20年前だったら、アマチュアのプレイヤーが例えばプロヴァンスの風景やクレストンのソナタを吹くなんて事態は絶対考えられなかったけれど、今はそれこそ高校生だって気のきいたやつは吹いちゃう訳でしょ。

アンコールに「タイスの瞑想曲」。

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2007.07.22

オーティス・マーフィー マスタークラス

オーティス・マーフィー マスタークラス&ミニコンサート(アーティストサロンDolce)

・マスタークラス
深沢智美
P.M.デュボワ/協奏曲より 第1、2楽章
坂口大介
C.フランク/ヴァイオリンソナタより 第1、4楽章
 佐藤渉(通訳)

・ミニコンサート
A.パスクッリ(ケネス・チェ編)/蜜蜂
S.ラフマニノフ(マーフィー編)/ヴォカリーズ
J.S.バッハ/チェロ組曲第1番より プレリュード、クーラント、ジーグ
A.デザンクロ/プレリュード、カデンツァとフィナーレ
A.ハチャトゥリアン(ボーンカンプ編)/剣の舞
 ハルコ・マーフィー(Pf)

17日のコンチェルトに続いて、今日は新宿のドルチェ楽器にて、オーティス・マーフィー氏のマスタークラスを聴く。
キャパ100人ほどの小スペース(ほぼ満席)の2列めに陣取って、目の前1.5メートルほどの音を浴びることになった。
マーフィー氏の深みある音色、そしてその人間性がそのまま音になったような(彼のことを直接に知る人は皆、異口同音に「あんなにいい奴はいない」、と言うのだが、まさに)素晴らしい音楽性を、存分に楽しんだ。

「音」がとにかく、美しいのですよ。なめらかで、ストレスがない。美しい、というより、聴いていて快感だ。
フランクの冒頭(ソロの冒頭2番めの音符)に出てくる第4線レ#の音を、オクターヴキーを使わない、サイドキーによる指でデモンストレーションしていたけれど、溜息が出るほど見事で曲想に合っている上に、前後のシの音との繋がりに何の違和感もない。
低音のコンパクトさといい、決して「金切り声」にならずに輝きだけが増して上がっていく高音といい、円錐管であるというサクソフォンという楽器のハンデをまるで感じさせないほどだ。
基本的に、上ずらない、落ち着いたピッチを狙うところは、やはりアメリカの流儀か。
両方の受講生ともにそうだったが、最初はマーフィー氏が吹いてみせるお手本の音との違いにびっくりしたものだったが、時間が経つにつれてだんだん似てくるのが感じられる。
振り返ってみると、私自身、普段いかに無神経でうるさい(均一のとれていない)音を、そうと気付かずに無批判に吹いたり聴いたりしてしまっていることか、と思えて、ちょっと反省。

デュボワでの言及内容は、冒頭の無伴奏のカデンツァ部分(バッハがよく用いるスタイル、と言っていた)で現れる、後の楽章で使われる素材の指摘、16分休符の長さを「句点」「読点」のように使い分けてフレーズに意味を持たせること、ピアノとともにアッチェランドを設定すること、「導音」の重要性、2楽章はサティ「ジムノペディ」やラヴェルのピアノ協奏曲のアダージョを引き合いに出して、アップビートとダウンビートの繰り返しによる立体的なフレージング、など。

フランクでは、曲自体に対するあまり深い言及はなかったものの(この曲のサクソフォン・ヴァージョンは初めて聴いたとの由)、曲想の繊細さや音楽のバックグラウンドの理解に対する要求、最低音や最高音域のピッチをはじめとする基礎的な奏法に対するチェックは、かなりに容赦ないものがあった。
低音域のサブトーンの練習法(リードの奥に舌を触れたまま発音する、という練習法は、初耳。へぇそんなこと出来るんだ)や、高音域での柔軟性を増す練習など、いくつかの興味深いアプローチの仕方があった。

ミニコンサートは、ハルコ夫人のピアノによる、素敵なひととき。
冒頭のThe Beeという曲、原曲はオーボエだそうだが、5分ほどの演奏時間をほぼ全く休み無しにエンエンと16分音符が続くという、循環呼吸のデモンストレーションみたいな曲だった。スゲェ…
バッハでも気付かれぬように循環呼吸を使って、不自然さのないフレージングを作っていたのはさすが。音域によって音色が暴れることがないので、実に心地よく聴くことができる。
デザンクロは、意外にもhotな演奏だった。

以上、実に貴重な経験で貴重な時間というか、100人くらいのお客さんで聴くのが本当に勿体ないような催しではあった。
かといって、あまりに大きな会場ではこの人の真の美点は伝わりづらいようにも思えるし、悩ましいですなあ。

さて、オレも頑張らないと。

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2007.07.21

ジェローム八変化

20070720ヌオヴォ・ヴィルトゥオーゾVol.3 声とサクソフォーン、ピアノ「息の横断」(大田区民ホール・アプリコ小ホール)

1.イエスパー・ノーディン/火から生まれる夢、インプロヴィゼーション(初演)
2.堰合聡/狂言(初演)
3.アンダーシュ・エリアソン/大地(1983、日本初演)
4.鈴木治行/編み目II(初演)
5.小櫻秀樹/むかしむかしあるところにジェロッキオがいました…(初演)
6.ジェラール・グリゼイ/アヌビスとヌト(1990、日本初演)
7.フィリップ・ルルー/青々とした緑に覆われたところ~ジェラール・グリゼイの追悼に(1999、日本初演)
8.鈴木純明/赤と青の対句(初演)
9.野平一郎/舵手の書~吉岡実の詩による(2001、日本初演)
 ジェローム・ララン(Sax)1.2.4.5.6.7.8.9.
 メニッシュ純子(Sp)4.7.9.
 杉崎幸恵(Pf)3.4.8.

ジェローム・ラランが今年も来日。
今日は以前にも書いたように催しが重なっていて最後まで悩んだけれど、結局こちらへ。
さる14日にもコンサートがあって、そちらに行ければそっちに行って今日はスピリタスへ、という選択もありだったが、行けなかったのだ。

それにしてもなんという出ずっぱり。1日に8曲も、どれもこれも世界初演とか日本初演ばっかり、共演相手もピアノ、人声、コンピュータ、無伴奏ソロと様々、楽器もソプラノからバスまで(!)、なんて、準備とリハーサルだけでどれだけの手間と混乱があったことだろうか。
それでもどの曲も、適当に熱演して終わり、なんてことでは一切なく、それぞれの曲にふさわしい集中と熱狂のもと披露されていたことは、驚くというか、呆れるほかない。

楽しみにしていたライヴエレクトロニクスの曲は、なんと1曲めだったので遅れて聴けず。2曲めはロビーで聴いて、3曲めのヤナーチェクが神経症に罹ったようなピアノ独奏曲から中に入る。なかなかの盛況。
舞台上を踊り回るようなパフォーマンス(5曲め。「ジェロッキオ」とは「ピノキオ」とジェロームの掛詞)も含む様々なスタイルの作品が演奏されたが、こうして聴き比べるとまさに野平さんの圧勝、という聴後感だった。なんというか、まるで森の中のケモノ道を抜けてひろびろとした高原に出たように、桁外れに明晰でシンプルな音楽だった。
同じように難解で前衛的な現代音楽の技法で書かれた曲なのに、作曲者のいいたいことがきっちり判るようにすっきりと見通し良く、理に適った音が並んでいるという点で、ここまではっきりと(おそらく誰の耳にもはっきりそう聞こえただろうと思う)差がついてしまうというのは、ちょっと信じがたいものがある。
「格が違う」、というのは、このことか。

そういえば昔(10年以上前)、斎藤貴志さんのリサイタルで、やはり日本人作曲家の現代音楽ばっかり何曲も演奏された最後に、野平さんの「アラベスク第3番」を聴いたときも、同じようなことを感じたっけ、ということを、終演後に久々に思い出した。

それ以外で印象に残ったものといったら、鈴木治行氏の作品かな(この人の曲は以前にも別の場所で聴いて感心した記憶がある)。西洋音楽の構築感とか流動感をいったん解体して、パロディチックに再構成してみせる手腕は、なかなかのものと思った。

ジェロームは相変わらず元気でした。これだけのことをやってのけた後だったら、もう少し疲れた顔してても良さそうなものなのに。
次回の来日は来年1月?とのこと。

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2007.07.19

オーティス・マーフィー コンチェルト

saxophone and strings, 070717Saxophone & Strings(王子ホール

チャイコフスキー(R.ライカー編)/四季
グラズノフ/サクソフォン協奏曲*
ドビュッシー(R.ライカー編)/牧神の午後への前奏曲
イベール(R.ライカー編)/サクソフォン小協奏曲*
 オーティス・マーフィー(*Sax)
 ロバート・ライカー指揮 東京シンフォニア

オーティス・マーフィー。かのユージン・ルソー氏の後任として、若くして(1972年生まれ)米国の名門インディアナ大学のサクソフォン教授を務める名手である。
浜松国際管楽器アカデミーの講師のひとりとして、ここ最近毎年この時期に日本に来ているけれど、今回は見てのとおり、なんとグラズノフにイベールという私たちクラシックのサックス吹きにとっての二大レパートリーを一挙に演奏とのことで、楽しみにしていた。

楽しみにはしてたんだが、こういう日に限って仕事がトラブるもので、会場に着いたのは8時過ぎ。前半はまるまる聴けなかった(>_<)
それでも、後半だけでも聴けたのだから、良しとしよう。ちょっとほかでは聴けないようなイベールだった。高音から低音まで統一感にみちた、メロウな響き。人の「声」とか、「呼吸」とか、「人間性」とか、「思念」とか、そういうものを全て併せ呑んだ上に引き出されるような、大地にしっかりと根ざしたがごとき深い音色。
この人もまた、私の中での「アメリカの音楽家」というイメージの、最良の姿を具現しているように思える。
グラズノフ聴きたかったなあ。このぶんだとイベールよりもっと良さそうだ。
…それにしても、サックスを吹きまくる長身の黒人さんというのは、ビジュアル的にも実に絶妙に似合うことで。

バックは19人の弦楽オーケストラ(編成は5-5-4-3-2)。グラズノフ以外は全て、アルフレッド・リード作品のオーケストラ編曲でも知られる東京在住の指揮者、ロバート・ライカー氏自らの編曲による。
たいへん興味深い試みではあったが、やっぱりイベールのエネルギーに満ちた推進力とか、炸裂するような色彩感は、管楽器あってのものだと思ってしまうのは、自分が管楽器吹きだからかな。
「牧神」の弦楽アレンジは、これはなかなか似合っていたが、原曲のハープの真似をする部分で不自然さが露呈する。もしこの編成にハープ1台を加えるならば、オリジナルに遜色ない響きが作れるだろうに、と思った。
チャイコフスキーの「四季」(原曲はピアノ曲)にも、興味はあったのだが。…実はワタシ、この曲、サックスアンサンブルで演奏できないかと以前からひそかに考えていて、何かの参考になるかと思っていたんだけど、聴けず残念。

外は冷たい梅雨空。
王子ホールでのコンサート後の定番、ホール目の前の「影丸」でラーメンを食べて、帰宅。

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2007.07.16

アイル・2007その2

Isle, 070715サクソフォン・ラージアンサンブル・アイル 第13回演奏会(イシモリホール)

J.リヴィエ/グラーヴェとプレスト
I.アルベニス/セビリヤ
スティーヴィー・ワンダー・セレクション
 以下 指揮:宮崎真一
J.オリヴァドーティ/ばらの謝肉祭
J.ブラームス/ハンガリー舞曲第1番、第13番、第18番、第5番
R.ロジャース/サウンド・オブ・ミュージック・メドレー

15日、日曜日のコンサート。
気がついたらすっかり「アイル」リピーターと化している自分がいます(笑)
心配された台風も思いっきりなんてことなく、普通に小雨っぽい天気の中、無事開催。

「アイル」というアンサンブルのありようは、一種の「実験」のように思える。
限定された素材を用いて、どこまで音楽的にまっとうなものを作り上げるか、という点で。
「アイル」も、また私たち「なめら~か」もそうであるように、サクソフォンのみによる大編成アンサンブルチームというのは、20世紀の終わりから21世紀初頭にかけて雨後の筍のごとく同時多発的にあちこちに立ち上がった訳だけれど(このへんの経緯についてはある種の社会学的考察が可能なのだが、それはまたの機会に)、たとえば極端な話、まだ音3つくらいしかまともに出せないような初心者の人でも戦力として受け入れ可能なのは、アイルだけだと思う。
「音3つしか出せない」ではなく、「3つの音が出せる」ということをそのメンバーの「個性」と考えて、そのような個性を含めて全体を構築していく、という。
言うのは簡単だけれど、これは実に手間と、何より「度胸」が要ることだと思いますよ。なにしろ、普通だったら「前提」であるところのものを、その「前提」を自ら構築するところから引き受けている訳だから。

前回の演奏会に賛助出演させていただいた時の日記に、「アイルさんの演奏というのは、決して技術的にエクセレントに仕上がっている訳ではないけれど、音楽的な辻褄がとても良く合っている。そして、各人の個性を殺していない」と書いたのだけれど、その内実というのは、そういうことだ。
今回もまた、そうだった。細かいことを言えば勿論いろいろあるけれど、それぞれの曲のキャラクターの作り方、就中ブラームスの(ハンガリー音楽ぽい)テンポ交替の堂に入り加減とか、大したもんだと思ったし。

中学高校の吹奏楽指導の現場などでは、逆に、各人の「個性」を均らすことによって、全体の、「音楽的な」ではなく「見かけ上の」辻褄を合わせる、というような場面によく遭遇する。困ったもんだが、私自身バンド指導の現場にいることが多くなった現状、他人事ではない。
この季節、「コンクール」に向けて、ひたすら合奏の精度を上げるための練習に毎日毎日邁進するブラバン中高生たち、特に私の教えている「真面目な」生徒たちに、是非一度「アイル」の演奏を聞かせてあげたいものだと思っている。
彼ら、彼女たちは、何を思うだろうか。
これは一種の「踏み絵」に近いものがあるな。
…とはいえ、現状もうこれ以上お客さんが呼べないので、今後は是非もう少し大きな会場で開催していただきたく(笑)

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2007.07.10

クラウス・ウールセン

Claus Olesen, 070708クラウス・ウールセン サクソフォーン・リサイタル(Hakuju Hall)

P.モーリス/プロヴァンスの風景*
イングバー・カルコフ/組曲(日本初演)†
C.サン=サーンス/ソナタop.166*
久田典子/ヴァルナの息(委嘱作品・初演)†*
ベント・ロレンツェン/ラウンド(日本初演)
A.ピアソラ/タンゴの歴史†
F.ボルン/カルメン幻想曲*
 Claus Olesen, Saxophone
 *富永綾(Pf)、†荘村清志(Gt)

週末に聴いたコンサートの一。
デンマークのサクソフォン奏者、クラウス・ウールセン氏のリサイタル。
これまでにも何度か来日して演奏しているし(かなり日本語も上達した様子)、一昨年にはジョットランディア・サクソフォンカルテットの一員として日本公演を聴いている。
一昨年の公演のレポートがこちらに残っているように、聴き慣れた日本やフランス、アメリカのサクソフォン奏者との感性の違いに当時は戸惑ったことが読み取れるけれど、今回は全くそういうことはなく、むしろ「こちら」こそがヨーロッパのクラシック音楽の本道なのではないか、とさえ思えたのだった。

音色は現代フランスのタイトな音とは一線を画し、柔らかく非常にエモーショナルによく歌うけれど、度を過ぎて崩れることはない。サン=サーンスのようなスタイルの曲では実にそのへんのバランスが良い。
音量のダイナミックレンジもたいへん大きい。身体自体が大きいせいか(最初ステージに出てきたとき、楽器がカーブドソプラノかと思ってしまった(^^;)、大音量の鳴らし方に無理がない。プロヴァンスの4楽章のクライマックスは、墓場に眠る死者がよみがえる場面なのだそうだが、何十回となく聴いている曲ではあるのに、これほどリアルに「甦った」演奏というのはいまだかつて聴いたことがないほどだ(4楽章の終わりで思わず客席から拍手が出た)。
かと思うと、委嘱初演曲での「響き」への鋭敏さ、原曲どおりギターと共演した(キーは原調のまま!)「タンゴの歴史」でのシンプルでコンパクトな音も、聴き応えがあったし。
私のような年代の聴き手にとって、響かせ方に親近感があるのは、使っている楽器のせいもあるかもしれない(アルトはマーク7、ソプラノはマーク6)。

一昨年の会場は、それこそ会議室みたいな全く響きのない場所だったので、こういう、会場のアコースティックをまるごと味方につけて楽器を鳴らすタイプの方は、真価は判らないだろう。
Hakujuホール、音響も良いし、水底にいるような幻想的な雰囲気は他の会場にはない独特のものだ。

お客さんはほぼ満席だったが、荘村さん目当てなのかなあ、普通のサクソフォンの演奏会のお客さんとは明らかに違う年配でハイソな雰囲気の方が多く、ワタシゃpoco浮いてました(^^;
拍手の出方とかも、なんかちょっと違うし。

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2007.05.25

田中靖人リサイタル

Yasuto Tanaka 070524田中靖人サクソフォンリサイタル2007(浜離宮朝日ホール)

R.ブートリー/ディヴェルティメント
F.シュミット/伝説 op.66
長生淳/天国の月
R.ムチンスキー/ソナタ op.29
I.アルベニス(長生淳編)/セビーリャの聖体祭~組曲「イベリア」より
長生淳(G.ビゼー原曲)/アルルの女
 Pf:沼田良子

行けるかどうか微妙だったけれど、行くしかないだろうと思って行ってきた。とりあえず休憩後のムチンスキーからは聴けた。前回(2003年)のリサイタルはアンコールしか聴けなかった(^^;記憶があるので、今回はまだしも。

セビーリャの整体師、じゃなかった、「セビーリャの聖体祭」が素晴らしかった。光と影、喧騒と静寂、聖と俗など、様々な相異なる相貌がスペインの陽光の下で渾然一体となっているような音楽だ。長生さんの編曲もこれは比較的原曲に忠実なもので(ところどころにお馴染み、って感じの即興的フレーズが入るが)、田中さんの、繊細でかつ滞空時間の長い音楽の運びにも似つかわしい。こういうのを聴いてしまうと前半を聴けなかったことが悔やまれる。
沼田さんのピアノも驚くべきものだ。これほどに「己を消す」ことのできるピアニストというのは実はあんまり見たことがない。演奏を聴いていると(良い意味で)ピアニストの存在を忘れてしまう。ソリストと音楽の隙間にすっと入り込んで己の居場所を確保し、それでいて決してそこに埋没することなく澱みのない明快な音楽的信号を発令する。
こういう人がソロを弾くとどうなるんだろう。沼田さんの「イベリア」を聴いてみたい、と思った。

「アルルの女」のほうは、いつもの長生さんの流儀で、「アルルの女」を題材とした長生流ラプソディー・カプリチョス、という趣。これはこれで面白いっちゃ面白いんだろうけれど、アンコールで「アルルの女」の間奏曲の原曲バージョンが演奏されたのと(はからずも)比べてしまうことになると、悪いけれどオリジナルの圧勝、ではあった。いやー、なんという名曲なんだろうか。150年の時を生き残ってきたというのは伊達ではない、と実感。
アンコール2曲めは、真島俊夫編曲のモリコーネ・コレクション。小串さんなどが演奏しても似合いそうだ。

昨夜とは全く違い、客席には顔見知りの方々がたくさん。
サックス吹きのコンサート・ゴーアーな方々と、終演後の余韻を楽しみながら他愛のないお話を語らうというのも、これはこれでまた楽し。

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2007.05.12

four-leaf clover

Clover Saxophone Quartetクローバー・サクソフォン・クヮルテット デビューリサイタル(東京文化会館・小ホール)

ボザ/アンダンテとスケルツォ
フランセ/小四重奏曲
デザンクロ/サクソフォン四重奏曲
石毛里佳/アレグレットとプレスト(初演)
グラズノフ/サクソフォン四重奏曲op.109

今日は開演に間に合った。間には合ったが、既に先日の雲カルをも上回る超満員。(最終的に当日券は発売されず、チケット無しでやってきた方々はロビーでモニター鑑賞となったらしい)
グラズノフが凄かった。巧い、というか、これはもう異次元の世界だ。先日の雲カルのグラズノフが大きな建築物だとしたら、こちらは謂わば、彩られた流体だ。この曲がこんなふうになめらかに演奏できるというのは、驚きを超えて「不可解」、に近い。
音楽というものは(特にこのグラズノフのような大曲は)、悪戦苦闘しながら追い詰めていくもの、というイメージが私のような四捨五入すりゃ50になるような者にはどうしてもある。だからこそ、私たちの世代の人間がサクソフォンカルテットというものを突き詰めると、キャトルロゾーみたいなぐるぐるドッカンな世界に行く訳で。
私たちにはああいう、当り前になめらかな演奏というのは、どんなに頑張ってさらっても無理だ。もはや前提となる感覚が違うのだろう。

前半の曲はそれでも、少々力を持て余し気味なところもあり、(巧いといえばたしかにあり得ないほど巧いのだが)音楽そのものの魅力よりも、その音楽に向かう演奏者のストイックな姿勢のほうをより感じさせてしまったかもしれない…というのは、とてもゼータクな不満だろうと思う。

石毛里佳という人の曲は、とても魅力的な音楽だと思った。
時間が流れていく速度(曲の「テンポ」という意味ではなく)や密度を、自在にコントロールしながら戯れているかのような。
そういうあり方を完璧に実現した演奏の素晴らしさは勿論あるのだろうけれど。

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2007.05.08

雲カル2007

Tirasi070507雲井雅人サックス四重奏団 第6回定期演奏会(東京文化会館・小ホール)

C.フローリオ/四重奏曲(演奏会用アレグロ)
A.グラズノフ/サクソフォン四重奏曲op.109
J.S.バッハ(北方寛丈編)/パルティータ第3番
D.マスランカ/レシテーション・ブック(委嘱作品・日本初演)

雲カルの音楽の印象を言葉で表現しようとするのは、困難が伴う。
彼らの仕掛けてくる音楽的メッセージが、今までも常にそうだったように、言葉のレベルを超えたものだからだ。
とは言っても、音楽をするということの究極の目的は、言葉ではあり得ないコミュニケーションを聴く人と共有することなのだから(プロの演奏家だろうと、我々のような趣味で楽器を吹いている素人だろうと、それは同じはず)、それはそれで楽しむべき困難なんだけれど。

雲カルアメリカツアーでの、向こうの多くの聴衆に衝撃を与えたという初演の模様を、公式サイト内の記述で垣間見ていて、いったいどんな曲なのだろうと楽しみにしていた、マスランカの新作「レシテーション・ブック(読誦集)」。
まさに、ひとつの「驚異」だった。
ああいうふうに始まった曲が、ああいう音楽的思考を辿って、ああいうふうに終わるとは、予測だにできなかった。
独り言を言いながらそのへんを歩き回っていた人が、どんどん速度を上げて、最終的に第二宇宙速度に達して引力圏を飛び出してしまいました、みたいな。
唖然。

日頃はそんなこと考えもしないけれど、もしかしたら、神様というのはいるのかもしれない、と思った。
会田綱雄の「訓戒」という詩の中に、神さまを食べるきつね、というのが出てくるけれど、この曲のありようについて考えるときに、それを思い出す。
ここでの「神さま」とは、求められながらもあり得ないもの(例えば、演奏を聴く人と完全なコミュニケーションを共有すること)、の表象。
それを食べるきつね、というのは即ち、不可能や絶望を糧として人の前に立ち現れる存在、到達することのできない「彼岸」とのメッセンジャー。…

そもそも音楽家とは皆、根源的に、「神さまを食べるきつね」であるはずなんだ。

今日も出遅れ(間に合うように仕事終わらそうと頑張っていたのだが、どうやっても間に合わないと判ったところで急にダレてしまい、大遅刻)、グラズノフの2楽章の変奏の合間に会場のドアをすり抜ける。
見ため9割という感じの、大入り。
グラズノフは、骨太のがっしりとした建築を造ろうとしていた演奏だと思った。細かいところではいろいろあったようだけれど、最終的な音楽の大きさの前には吹き飛んだ。
バッハのパルティータは、たいへん楽しい編曲。ヴァイオリン1丁の原曲が、見事にそれらしい、バロックスタイルの「サクソフォン四重奏曲」に変身していた。
これはいつ出版されるのだ、という質問を(アメリカで演奏した際に)たくさん受けたそうだが、私も訊きたいものだ。

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2007.05.01

ジョイントリサイタル

Tirasi070501國末貞仁・小山弦太郎 サクソフォーン・ジョイントリサイタル(すみだトリフォニー・小ホール)

W.A.モーツァルト/「ああ、お母さんきいてちょうだい」による12の変奏曲(キラキラ星変奏曲)(國末・小山)
R.シューマン/アダージョとアレグロ(國末)
F.シューベルト/「しぼめる花」の主題による序奏と変奏(小山)
R.ブートリー/ディヴェルティメント(小山)
P.モーリス/プロヴァンスの風景(國末)
F.ドップラー/アメリカ小二重奏曲(國末・小山)
 Pf:中村真理

怒濤の5月、いよいよスタート。
出遅れて、3曲終わって休憩に入ったところで到着。それでもお二方のソロ1曲ずつとデュオを聴くことができた。
トリフォニーの小ホールは、通路が座席両端の壁際にしかないというバイロイト劇場状態(^^;なので、遅れて来ると結構困ります。
という訳で、前から3列めに座る。本当はもっと後ろがいいんだけど。

お二人の音色はかなり印象が異なる。小山さんの音はシンプルでなめらかでまっすぐ直進して向かってくるのに対し、國末さんの音はもっと饒舌で、しかも音が一度上に上がってから面状に降りてくる感じがする(理屈ではなく直感的な共感として、「須川門下」だな、と思う)。
そういうお二人がデュオを吹くと、合わないのではないかと思いきやこれが意外と面白い。強弱のバランスや音の方向性の違いによって予想外にさまざまな音が合成されるので、むしろ似た音色の者同士のデュオより楽しい結果になるのかもしれない。
そういえば私も某嬢と「もろび&こぞり」というデュオチームを組んで本番をやったことがあるけれど、お互い音色は笑っちゃうくらい違うんだけど結構楽しかったし評判も悪くなかった。デュオというのはそういうものなのかもしれない。またやりましょう(^^)。閑話休題。

しかし、若い男性同士のデュオというのも、見ていて意外といいもんですね。「男の友情」、というやつが、押しつけがましくなく率直に、爽やかに、見る人に感じ取られる。
お客さんとそういう感情を共有するというのも、音楽というもののひとつのあり方だ。いや、ホント、そう思いますよ。

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2007.04.30

ヴィーヴ!サクソフォーン・クヮルテット

Tirasi070430Vive! Saxophone Quartet リサイタルVol.5(津田ホール)

N.カプースチン(浅利真編)/8つの演奏会用エチュードop.40より 1.前奏曲、7.間奏曲、3.トッカティーナ
高橋宏樹/グリムの古城(委嘱作品・初演)
坂井貴祐/ペンタグラム(委嘱作品・初演)
G.ラクール/サクソフォン四重奏曲
清水大輔/アイヴス・マインド2(委嘱作品・初演)*
八木澤教司/サクソフォン四重奏曲(題名未定、委嘱作品・初演)
A.ピアソラ(浅利真編)/タンガータ「シルフとオンディーヌ」*
 Pf:吉田亜希子*

GW前半戦最終夜。プロのサクソフォンカルテットのリサイタルを聴くのは結構久しぶりのような気がする。
「立錐の余地もない」とはこのことだろう、490席の津田ホールだが空席は全く見えない。
制服姿の高校生、大学生、サクソフォーン・作曲両方とおぼしき音大生たちと先生方、よくまあ勢揃いした、って感じの様々な流派の若手サクソフォニストたち、見るからに作曲業界という方、お約束の、あるいは意外な顔見知りの方々。
これだけの層のお客さんをとりあえず集めてしまう、というのは、凄いことだと思う。

最初にカプースチン、最後にピアソラ。1部最後はラクール。この曲の並びでも判るとおり、勢いと鮮烈さ、躍動感を追求したアンサンブルだと思った。
個人的にはラクールではもっと非情なまでに切れ味鋭く引き締まった音が欲しかったが(自分でも吹いた曲なので、思い入れ強し)。

委嘱作品が4つ。ピアノを含む清水作品以外は、あきらかに「アンサンブルコンテスト」のレパートリーとなることを意識しているようで、昨今の吹奏楽界における新作志向の一端を見たという感じがする。
八木澤さんの作品は中でも、適度に難しく適度にわかりやすく、演奏効果があって泣けるメロディもそつなく準備されているという、この人の作品の人気の程も頷けるというものだった。2週間前にはまだ曲が書けていなかったとのことで、結局いつ完成して何回練習ができたのかな。作品を委嘱するというのもなかなか大変だ。
高橋さんの作品は、いつもの高橋さんらしい非常にオーソドックスなもの。曲目解説の文章が、私たちが委嘱した「月森の詩」のそれと同じ調子で、微笑(^^)。
珍しくもAATB編成。この編成の易しく音楽的なオリジナル作品というのは皆無に等しかったので、歓迎すべきものだ。

アンコールに、デュボワ「パリ風に」(性格的小品集のフィナーレ)4Sax+Pf版、リベラ「彼方の光」。

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2007.03.19

クヮトロポルテ

1日休日出勤。
誰もいない職場で、ひとりで仕事。はかどる。いつもこうならいいのに(無理)

昼は一時脱け出して(というか、元々ひとりなのだから「放置して」と言うべき)、大久保での知り合いの演奏会に顔を出してみる。

サクソフォン・クヮトロポルテ(ISHIMORIホール)
 E.ボザ/アンダンテとスケルツォ
 P.ランティエ/アンダンテとスケルツェット
 F. et M.ジャンジャン/サクソフォン四重奏曲
 P.M.デュボワ/サクソフォン四重奏曲
 J.アプシル/ルーマニア民謡の主題による組曲

先月のアイル演奏会でご一緒した方々。勿論アマチュア。すごいプログラムでしょ。ありし日の東京サクソフォンアンサンブルみたいな曲目。ここ何回かの本番で蓄積したレパートリーを一気に披露したということのようで、ある意味「リサイタル」というものの本来あるべき姿ではある。
アンコール無し、休憩が1回(ジャンジャンの後)入った他は曲間の出入りも無し。気取りも迷いもなく、自分たちがいま為すべきことだけをしました、という趣。サムライですね。

サクソフォンアンサンブルにありがちな豊満で分厚い響きとは一線を画す、軽く密度の低い音色が新鮮だった。ただでさえ響きが塊になりがちな天井の低い地下室の会場だっただけに、なおさら。たとえば雲カルみたいな「風のようにひゅーっと鳴る響き」というのは、これの延長線上にあるのだろうと思う。…ただ、曲目が進むにつれて、ありがちなサックスアンサンブルぽい音に近づいて行ったのが、惜しいと思った。遅れて着いて最初に聴いたランティエ、次のジャンジャンなんか、本当に今まで聴いたことのないような清新な演奏だっただけに。

ともあれ、邪念を持たずに、自分たちがこの路線で行きたいと思っているのであればその通りにまっしぐらに進んでほしい、と思わせる、いまの時代に珍しいような率直な個性を持ったアンサンブルだった。
来週のコンクール本選でもご一緒できるのが、楽しみ。

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2007.03.13

音大生によるサクソフォーン四重奏の夕べ2007(?)

音大生によるサクソフォーン四重奏の夕べ(日本サクソフォーン協会主催)
川崎市高津市民館・Noctyホール

とりあえず行ってはきたが、聴けたのは15校中最後の5団体のみ。しかも体調最悪でぼーっとしていて音楽が頭に入ってこないし、やっと覚めてきたと思ったら今度は咳を我慢するのに必