パスカルの八重奏曲とか
ああ、三連休が終わってゆく。
昨日から、とても長いエントリを執筆中。
連休の間にupできるかと思っていたけれど、ちょっと間に合いそうにない。
という訳で、時間つなぎにに、最近入手し、今現在聴いているCDについてさくっと書く。
Music from Paris~ロバート・J.アンブローズ指揮アトランタ・チェンバー・ウィンズ(Albany)
ああ、三連休が終わってゆく。
昨日から、とても長いエントリを執筆中。
連休の間にupできるかと思っていたけれど、ちょっと間に合いそうにない。
という訳で、時間つなぎにに、最近入手し、今現在聴いているCDについてさくっと書く。
Music from Paris~ロバート・J.アンブローズ指揮アトランタ・チェンバー・ウィンズ(Albany)
もう10日も前のことになってしまったが、9月最後の日曜、友人の指揮者中原氏のオーケストラ、シンフォニエッタ静岡を聴きに、年に数回恒例の静岡まで往復をしてきたところ。
その日の夜は東京にトンボ帰りして、私が地元で関わっている演奏系企ての決起集会のようなものに出席してひとしきり騒ぎ、そこで引き受けた仕事を今までずっと引きずっていたもので、なんとなく日記を書きそびれていたんだけど、ちょっと書きたくなったので、遅ればせながら書いてみる。
K高、吹奏楽コンクール金賞!(B組)だったらしい。
おめでとう!!
…
さて、先日ちょっとご紹介した、「ギャルド・レピュブリケーヌ 1984/1961」と題する、CD・DVDのセット。
フランスの「国家の誇り」を体現すると言ってもいい、このギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団という音楽団体の、23年の時を隔てた二度の来日の記録(そして今、その再来日からも既に25年が経っている)をこうして並べて聴く(観る)、というのは、想像をはるかに超えるセンセーションだった。
センセーションの要因は、主に1961年録音のほうを聴いたことなんだけれど。
私はマルセル・ミュールをはじめとする昔の演奏家やオーケストラを愛好し研究する者ながら、考え方としてはどちらかというと進歩主義者だと思っているけれど、この48年前の録音は大変なショックでしたよ。
私たちはこの半世紀に、いったい何を失い、じゃあ代わりに何を得たのか?と、思いきり考え込んでしまったくらいだ。
詳しくそのあたりの話をするのは、1961年当時の資料なども参照しながら、じっくり腰を据えてかかる必要があるのだけど、その前に1984年の映像のほうを軽くご紹介しておきましょう。
ヴェル・ドゥマン-明日のほうへ 彦坂眞一郎(Sax)
彦坂さんの一番新しいCD。
といっても、発売からもう4ヶ月近く経っている。
最近はCD情報からもすっかり疎くなってしまい、まだ聴いていなかったところ、先日のアプリコでの本番の舞台裏でサイン入りCDの即売会が催され(笑)、ようやく入手したのだ。
日曜日は、定例アンサンブル練習。
やっと、楽器の練習に集中できる、「夏」という輝かしい季節が近付いてきた。
外はまだまだ梅雨空だけど。
夕方はサクソフォントリオ。
秋の演奏会でとりあげる曲目は、結局、ベートーヴェンの作品87のテルツェット(トリオ)、ということになった。
ヤマハ・アーティストとしての度々の来日と、素晴らしい音楽性と人間性とで知られるサクソフォン奏者、アメリカ・インディアナ大学教授の(正式な職位はAssistant Professorだそうだが)オーティス・マーフィーが、一昨年夏の来日で東京シンフォニア(弦楽合奏団)と共演した東京と名古屋での演奏会の、ライブCDを聴く。
収録はグラズノフとイベールという、二大レパートリー。それにアンコールが2曲(「古城」と「熊蜂の飛行」)。
これ、私も王子ホールに聴きに行ったけれど、開演に間に合わずイベールしか聴けなかったのだ。
プライヴェート盤ながら、CDが出ていたとは寡聞にして知らなかった。
今月は忙しくて、なかなかまとまった文章を書く暇がない。
そういうときはお気楽に、この間に買ったCDの話でも並べておくのがよろし。
新譜はあんまり買ってない。ありふれたもんばかりです。
ちょっと前のクラシック・ニュースを見ていて知ったのだが、よくそのへんの本屋さんとかの店頭でラックに入って売っている、1枚500円くらいの名画のDVDシリーズがあるけれど、そういうのの中に「コンサートホール」と題するクラシック音楽のシリーズがあって、なんと晩年のペーター・マーク(1919-2001)のライブ映像があるということだ。(該当の記事はこちら)
探し回って、やっと見つけて購入。ホントに450円だった。
2008年も残りわずか。
多忙のため紹介し損ねていた、今年のお気に入りの新譜CDについて、つれづれに3枚ばかり書いてみます。
こういうエントリは、さほど時間はかけずに書けるけれど、心にゆとりがないとなかなか書こうという気になれないもので。
もういっちょ。
練習終了後、団員で練習会場の近くに仕事場を構えるaiちゃんの案内で、その仕事場のすぐ近所に最近出来たという「プレミアムジーク」という輸入クラシックCD店を訪れる。
このお店、店主が偶然にもK高顧問ken師の大学時代の同級生ということが判明し、驚いて、これは一度行かなければ、と思っていたところだった。
それほど広くはないものの、まだ新しく綺麗な店内には、勿論大型ショップのような網羅的な品揃えではないが、実にポイントを押さえた在庫が並んでいる。
7-8月頃から発売が予告されているのに、国内代理店経由ではなぜか未だに入って来ないドイツMD+Gの新譜、カルク=エーレルト(S.Karg-Elert)のサクソフォン作品のCDが入荷していたので、即座に買う。
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東京に帰ってみたら、タダで貰える(かもしれない)予定のCDが2枚ばかり届いていたので、これ幸いとブログネタにする。
CDでも本でも、「こんなもの買った報告」というエントリは、自分のための覚書みたいなもので、実のところほとんど苦労せず書けるんだけれど、でもそんなものに興味を持って読む人って果たしているのかしらん、と疑問を持っていたのだが、意外と(自分が思っているよりは)いるらしい。
ということで。
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Evergreen~岩井直溥・吹奏楽作品集
岩井直溥指揮 東京佼成ウィンドオーケストラ(佼成出版社)
吹奏楽をやっていた人間なら、「岩井直溥」の名前を知らない人はおそらくいないだろう。
大正12年(1923年)10月2日生まれ。東京音楽学校(現・芸大)でホルンを専攻し(先日亡くなった千葉さんの数年先輩である)、終戦直後からジャズ・劇場界で活躍した叩き上げのミュージシャンにして作編曲家。そのあまり知られていない生い立ちについては、当CDの解説が非常に詳しい。
私たち吹奏楽人にとっては、「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズのスタート時からの編曲者・指揮者として、日本の吹奏楽界にポップスを持ち込んだ張本人にして先駆者。
吹奏楽の演奏会というと、クラシックの編曲・吹奏楽オリジナル曲が第1部で、第2部がポップス、などという形が当り前だけれど、この形が定着したのも元を辿れば岩井直溥氏の功績なのである(岩井さん登場以前の吹奏楽は、クラシック・オリジナル以外といえば、せいぜいミュージカルのセレクションとか民謡メドレーとか、その程度しか演奏していなかった)。
岩井さんという、今年85歳(!)となる吹奏楽界のベテラン音楽家のオリジナル作品集がこうして世に出たことは、何はともあれ、めでたくも画期的な出来事である。
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大きな本番のひとつ終わった週末も、やはり楽器を担いで巷へと繰り出すことになる。
今回の本番は、勿論大変に充実したものだったけれど、いろいろな意味で「消耗」したので、正直言って少し休みたい。
だが、(有難いことに?)そうは問屋が卸してくれない。
練習場へと向かう途中、新宿に立ち寄り、ついでにタワーレコードに寄る。
非常に興味深いCDを何枚か発見、衝動買い。
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久しぶりに、新譜CDの覚書き。
ここ何ヶ月かの間に買って、暇があったらブログネタにしたいCDというのが何枚かあるのだけれど、なにしろ暇がない。
それでも、取り急ぎこれだけは。
モーツァルト/交響曲第35番「ハフナー」、第39番、第40番
ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団(Fontec/FOCD9350)
ジャン・フルネ(1913.4.14-)。フランス音楽の正統を受け継ぐ大指揮者。長く都響の名誉指揮者を務め、私自身が最も多く実演に接した、また最も敬愛する音楽家の一人である。
2005年の暮れに東京で引退公演を開催、永く記憶に残るであろう感動的な演奏会となった。勿論私も聴きに行きました(こちらにエントリが残っている)。
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ソプラノサックスの新しいマウスピースが、到着。
バンドレンのV15。
先週楽器を選定していただいた際に、時間切れでマウスピースの選定まで間に合わず、日を改めて選んでいただいたのだ。
実はバンドレンのMPは(サックスは33年吹いているけれど)初体験。選定者のしまっぷー先生からは「セルマーのマウスピースと交互に使うのは危険だと思うので、使うときは覚悟を決めるように」とのメッセージ付。ははーっ(平伏)。
楽器を買って帰った時に、アクタスの店頭で売っているCDを1枚オマケで付けてくれる、とのことで、これにする。
フェルナンド・デクリュック(1896-1954)の、サクソフォン作品集(dapheneo)。
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のサクソフォン現首席奏者のジャン=ピエール・バラリオーリ氏が、昨秋の来日時に置いていったCDだそうだ。アクタス店頭にはまだ2-3枚あった。
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9月に聴いた佐藤渉さんのリサイタルで、リチャード・ロドニー・ベネット(ベネットという作曲家はたくさんいるのでフルネームで表記する)のThree Piece Suiteという曲が演奏され、洒落た雰囲気がいたく印象的で早速楽譜も入手したのだが(SheetMusic Plusに注文したらあっさり届いた)、音源(CD)は無さそうだなあと思っていたら、偶然、2台ピアノの原曲(1曲多くてFour Piece Suiteという名前だった。「3ピースのスーツ」と引っかけた洒落かと思っていたらそういう訳でもなさそうだ)のCDをたいへん身近なところで見つけ、買ってみた。
デュエットゥーというピアノデュオチームは何度か聴いたことはあったし(ジャン・フルネ指揮の日本フィルと共演して「動物の謝肉祭」を弾いていたとか。湯山昭のデビュー50周年記念演奏会とライブCDにも名前を連ねていた)、CDを出していたことも知っていたけれど、こんな曲が入っているとは意外だった。
といっても、ピアノデュオの世界では結構有名な曲のようだが。
このCDの演奏は、正直言ってそんなに素晴らしいとは思わなかった。佐藤さんの演奏を聴いたときは、なんて素敵な曲なんだろう、絶対やってみたい、と直ぐに思ったものだったけれど、それほどではない。
ちょいとリズムの重たい演奏のせいか、(ソロ楽器付きの編曲に比べメロディラインが出にくい)ピアノデュオというフォーマットのせいか。
ともあれ、貴重な音源には違いない。
…それにしても、なんだってこんなお子様ランチみたいなアルバム作っちゃったんだろうなあ、この人たち。(^^;
この曲が入っていなかったら、まず間違いなく絶対に買うことはなかっただろう。
一般受けはするだろうし、こういう路線のアルバムも必要だということは判るんだけれども。
…
山野楽器のVarieが12月号限りで廃刊、という話を聞き、ちょいとショック。
クラシックCDを対象とした無料宣伝情報誌、などというものは、もう今の時代採算が取れないっつうことなんだろうな。
確かに、いまや、発売日を待ち構えて買いに行く(クラシックの)CDなんて、ほとんど無くなってしまったことだ。…
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ここ最近、今年5月の「ホールA」という短いエントリがずっと当ブログのアクセス数のトップを独奏じゃなかった独走しているのだが、いったいなんで?と思っていたらどうも、「○門館」「座席表」というキーワード検索で大勢の方が辿り着いているらしい。
そういう季節なのですね。お役に立てずすみません。普○館のまともな座席表というのはネット上には見つからないようです。
さて。
長いこと探していたのを、ヤフオク上で見つけ落札したCDが届く。
ショーソン/交響曲変ロ長調、フォーレ/組曲「ペレアスとメリザンド」、歌劇「ペネロプ」前奏曲
マルク・スーストロ指揮 ロワール・フィルハーモニー管弦楽団(Pierre Verany)
ショーソンの交響曲は敬愛するジャン・フルネ師の十八番だったこともあって、私の大好きな曲だ(さまざまなオーケストラで、何度も実演を聴いてきたものだ)。胸の張り裂けんばかりのパッションを、控えめで抒情的な中間色の額縁で飾った、19世紀フランス産の交響曲の逸品。
これは実にいい演奏だと思った。好きな曲だけにたくさんのCDを聴いてきたけれど(手元に残っているCDだけで、フルネ2種、アンセルメ、パレー、ミュンシュ、ヤノフスキ、トルトゥリエ…)、フランスの地方オーケストラの精妙に変化する色彩感と、他のどの演奏にもない弦の独特の音色が素晴らしい。
ワタシ的には今までの基準だったフルネ=オランダ放送フィル(DENON)に代わって、お気に入りNo.1に昇格かも。
アフィニス・サウンドレポートNo.32…アフィニス・アンサンブル・セレクション10周年記念
アフィニス文化財団が年2~3枚のペースで自主制作していて、サイト上で抽選で無料配布しているCD。
No.32は一度抽選に外れたのだが、もう一度募集があったので応募してみたら、首尾よく当たって、送られてきたのだ。
以前にもこちらとかこちらを入手している。
オロール弦楽四重奏団によるハイドン「日の出」第1楽章とか、野平一郎編曲のヴィオラ重奏によるバッハ「シャコンヌ」とか、都響メンバーによる演奏が多く含まれていて、是非聴いてみたいと思っていた。
シュテファン・ワーグナー(ハンブルク北ドイツ放送響コンマス)が頭を弾いて日本のオーケストラの若手奏者と共演した、シェーンベルク「浄められた夜」の弦楽六重奏版が聞き物。
いつも思うのだが、作りも丁寧だしライナーも充実しているし、とてもタダで貰えるCDには見えない。
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先日、渋谷のタワーで見つけて衝動買いしたCDの1枚。
これは衝撃的だった。
Dedication for Piccolo(Fontec)
菅原潤(Picc)、三木香代(Pf)
NHK交響楽団のフルート・ピッコロ奏者、菅原潤氏によるピッコロのソロアルバム。
この夏、私たちにとって最大のイベントは、日本フルート協会のコンベンションに出演してヴィヴァルディのピッコロ協奏曲の伴奏をさせていただいたことだったけれど(記録はこちら)、菅原さんはその「ピッコロの世界」という企画枠の座長だった。
会場の隅で私たちのゲネプロを聴かれたあと、物凄い的確なアドバイスをいただいて感嘆させられたことを思い出す。
N響のピッコロ奏者といえば、これはもう間違いなく日本ピッコロ界の頂点に立つプレイヤー、と言っていいだろう。それにしてもこんなソロCDを出していたとは知らなかったぞ。版元がフォンテックだから気付かなかったのかな。こういうアルバムはマイスターミュージックの領分だとばかり思っていた(マイスターミュージックだったら新譜は定期的にチェックしているので気付いたはず)。
収録内容としては、モーツァルトのフルートソナタや件のヴィヴァルディのラルゴをピアノ伴奏で吹いているのはまあ当然として、驚くべきことにメインとなる曲目はすべて、オーボエの典型的なレパートリーなのである(モーツァルトのオーボエ四重奏、サン=サーンスとプーランクのオーボエソナタ)。
で更に驚くべきは、これらの曲のなんとピッコロに似つかわしいこと! ハッキリ言って、オーボエと同じ音域のはずのソプラノサックスで吹くよりもずーーっと、これらの曲のありように似合っている(サックスでオーボエの曲を吹くと、なんだか妙に音が色気づいちゃって別世界になってしまうんだよね)。
ピッコロという楽器の、ピュアで浮世離れした、しかも歴史を内包した音色が、オーボエのやはり葦笛以来の伝統のある音世界とシンクロするのだろうか。プーランクの終楽章なんか凄いよ。まるで仲間の群れからはぐれた動物の嘆きみたいな、シンプルでイノセントな悲しみの表現。
機会があったら是非、R.シュトラウスのオーボエ協奏曲をピッコロ独奏で聴いてみたいと思った。きっと似合うんじゃないか。
私たちも今度の(暦的にはもう明日だ;;)演奏会ではアレンジ物ばかり演奏する訳だけれど、どうせアレンジ物をやるんだったら、必然性という観点でこのくらいのレベルを狙いたいものだ(心意気的には)、と思ったことだった。
ピッコロの最低音はなぜか(Cではなく)Dなので(何故なんでしょう?誰か教えてください)、ところどころオクターヴを上げたり、音階上昇の途中でチェンジしなければならないのが、惜しい。
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The Legacy of John Barnes Chanceと題する、チャンス(1932-1972)の作品集のCDを入手(Albany)。
収録内容は、呪文と踊り、序奏とカプリッチョ(ピアノと24の管楽器のための)、交響曲第2番、ブルー・レイク序曲、エレジー、朝鮮民謡による変奏曲。Stephen K. Steele指揮イリノイ州立大学ウィンドシンフォニー。
最近かかわりの深い「朝鮮民謡」の音源をサーチしていた過程で、偶然見つけたものだった。
「朝鮮民謡」の演奏自体は、いかにもアメリカの大学バンドらしい開放的な明るさと大雑把さがあって、残念ながら既にあるフェネル=佼成wo.や佐渡裕=シエナwo.の録音を上回るほど素晴らしいという訳でもないが、チャンスの他の代表作「呪文と踊り」や「交響曲第2番」(←これはすごい傑作)が同梱された内容は、有難いものだ。
また、チャンス氏の詳しいバイオグラフィ、そして顔写真を(はじめて)見ることができたのは、嬉しい。その音楽の感じから、陰影を含んだ端正な顔だちの紳士を予想していたのだが、まさにイメージ通りの容貌だった。
ある作品に親しんだり譜読みをしていく上で、これはどんな顔をした人が書いた曲だろう、と想像することが(私の場合)よくある。作曲者の風貌とその音楽とは、結構密接な関連があるものだ。マーラーのあの神経質そうな顔、ブルックナーのどんくさい岩石頭、ラヴェルの短躯(あれは絶対、身体の大きな人が書く音楽ではない)、イベールの、まさにフランス紳士というカッコ良さ、デザンクロの伊達男っぷり、etc…。
【業務連絡】バイオグラフィの部分は、こんどコピーを持って行くので、英語の得意なそちらの生徒さん達にひとつ読ませてみてください>ken師。
秋山紀夫氏の曲目解説にある「朝鮮戦争に従軍」云々というのは、少々事実と異なるようだ。1958年から米陸軍第8音楽隊のメンバーとしてソウルに駐留していた、ということらしい。
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山尾敦史さんのブログで紹介されていた、ホルストの作品集の新譜CDを、早速発見、捕獲。
G.ホルスト/ウォルト・ホイットマン序曲op.7、バレエ組曲op.10、組曲変ホ調op.28-1(G.ジェイコブ編)、ハンプシャー組曲op.28-2(同)、ムーアサイド組曲(同)
ニコラス・ブライスウェイト指揮 ロンドン・フィル(Lyrita)
後半3曲は、作品番号に見覚えのある方もいらっしゃるでしょう、かのミリタリーバンドのための第1組曲と第2組曲、そしてブラスバンド(金管バンド)のためのマスターピースの、ゴードン・ジェイコブによるオーケストラ・ヴァージョン。寡聞にして初めて聴くものだ(ジェイコブといえば、ヴォーン=ウィリアムズ「イギリス民謡組曲」のオーケストラ編曲も手がけている)。
「第1組曲」に弦が入ると、なんだか曲の格が上がったような感じがする。この曲はまさしく傑作である、と改めて実感。個人的には第2組曲は管楽合奏のほうが面白いような気がした(第1曲の有名なユーフォニアム・ソロが、普通にヴィオラ群のユニゾンか何かになっちゃったのは、ちょっと芸がないような(^^;)。
前半2曲は、ホルストの若き日、ほぼ学生時代の作品。これも初めて聴いた。いわゆるホルストっぽさは未だ無いけれど、とにかく明るくて若々しく開放的な音楽で、いっぺんで気に入ってしまった。山尾さんは「ドヴォルザークみたい」と書いているけれど、もっと都会的で爽やかな感じのする音楽だ。エリック・コーツなどの英国の「ライト・ミュージック」の伝統に連なるかのように。
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アンサンブル練習。
今回はいつものウチの練習らしく(^^;まったりモードで進行。
…
今日は、5枚組CD「アルフレッド・リード作品集+(プラス)」(佼成出版社)を買った。
早速聴きながらPCに向かっている。
リード博士に関する基本資料のひとつである、1994年発売の4枚組CDをベースに、1981年のリード博士初来日時の録音(ロシアのクリスマス音楽、下地啓二氏独奏の「バラード」、音楽祭のプレリュード、他)や、1991年録音の「アルメニアンダンス」全曲を含むいくつかの既出音源を追加して、「アルメニアンダンス・パート1」のコンデンス・スコアをおまけに付けて値下げ新装発売した、というもの。
ずいぶん前に発売にはなっていたのだが、山○楽器のポイントが貯まるのを待っていたもので(^^;
リード博士が東京佼成ウィンドオーケストラを指揮した演奏を久々にまとめ聴きして、さまざまな感慨に耽った。
1981年当時の佼成woのサウンドの、なんと若々しく鮮烈なこと。
ここまでの若さと勢いは、今では聴くことはできないかも。
個々の演奏をとって聴けばこれよりも優れた録音がある曲もあるが、それでも、プロ吹奏楽団を指揮したひとりの作曲家の自作自演のセッション録音がこれだけ残されているというのは、はかり知れない貴重なことだと思う。
次の世代の人たちが、これらの録音の真の価値を発見してくれることを願う。
オリジナルの4枚組に付いていた詳細な曲目解説と作品論は、今回の発売では省かれていた。
その代わり、リード博士初来日当時のものと思われる何枚かの懐かしい写真が、ブックレットを飾っている。
結果、商品の性格として、(オリジナルの)実用的な作品集というより、ある時代や人物を回顧する記念物、という趣になっているように感じた。
それでも、曲目解説と作品論は、資料として残しておいてほしかったな、という気も。
これに収録されている「第4交響曲」と「ヴィヴァ・ムジカ」の録音の当日(1994年1月18日)、リード博士のマネージャー青山氏の御好意で、録音セッションを会場(普門館)の片隅で聴かせていただいたことを、懐かしく思い出す。
相手がプロの楽団だろうがアマチュアバンドだろうが、全く同じことを頑固一徹に大音声で指示するリード博士の姿には、圧倒されたものだ。

セッション終了後の、記念撮影。
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「新着音盤」カテゴリでは、久々のエントリ。
入荷を楽しみに待っていたCDが、やっと届いた。
ダンディ/ピアノ作品集第1集(GENUIN)
山の詩op.15、旅の画集op.33、変奏曲、フーガと歌op.85
ミヒャエル・シェーファー(Pf)
ヴァンサン・ダンディ(Vincent d'Indy, 1851-1931)は、私の大好きなフランスの作曲家である。
サン=サーンス(1835-1921)やフォーレ(1845-1924)の少し後、ドビュッシー(1862-1918)以下の近代フランスを彩る大家たちには先んじて活躍し、現在ではその双方の狭間に埋もれて忘れられているところはあるが、生前には偉大な名声を誇った作曲家だった。
その作風は厳しいまでに高潔で格調高く、特にフランスの自然の風景からインスピレーションを得た一連の作品の気品の高さは、他には求め得ないものがあると思う。
当ブログでも以前に、最も知られた作品である「フランスの山人の歌による交響曲」op.25についてのエントリ(こちら)や、最晩年の傑作である「海辺の詩」op.77他の新譜について書いたことがある(こちら)。
今般、ダンディのピアノ曲集、という形でまとまったアルバムが出たというのは、(LPは知らないが)CDの時代になって初めてなのではないだろうか。
なんといっても、私の特に好きな作品である「山の詩」の、ジャン・ドワイアンの録音(Erato)に次ぐ演奏がやっと聴けるのが嬉しい。「旅の画集」は、5曲からなるオーケストラ版のCDというのは出ているが、これは全13曲のオリジナル。中部ヨーロッパの深く暗い森や田園の風景を(見たことはないけど;)ストレートにイメージさせてくれる曲だ。
演奏者はミュンヘン音大の教授だそうで、シリル・スコットのピアノ曲集やレスピーギのヴァイオリンとピアノのための作品全集など、知られざる佳作の録音と紹介に情熱を傾けておられる由。
ダンディの第2集もこの秋にリリース予定とのこと。楽しみだ。
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アフィニス文化財団から、CD「アフィニス・サウンド・レポートNo.33」が届く。
上記ホームページから、無料(希望者多数の場合は抽選)で頒布されているもの。前号(No.32)は当たらなかったが、今回は無事届いた。今号は希望者が少なかったのか、まだ在庫があるようだ。
ブラームス/弦楽五重奏曲第1番より 第1楽章
モーツァルト/セレナード第10番「グラン・パルティータ」より 第1、2、3、4、7楽章
リゲティ/6つのバガテル
シューベルト/交響曲第3番(指揮:下野竜也)
今号は、アフィニス文化財団が日本のオーケストラ支援の一環として長野県飯田市で毎年開催している「アフィニス夏の音楽祭」の、ライブ録音。
国内のプロオーケストラの若手団員を公募して、内外のベテラン演奏家や音大教授陣とともにレッスン、室内楽やオーケストラの演奏会をするというもので(音楽監督は京都芸大助教授にしてケルン放送響元コンミスの四方恭子)、無料で貰うのが勿体ないほど丁寧に作られたCDからは、ひと夏の輝かしい日々を音楽に集中して過ごした若きプロ演奏家たちの一期一会の記録が、聞こえてくる。
私も昔、セルマーやヤマハのサクソフォンキャンプで、夏の何日間かを、先生・生徒入り乱れて浮世のことを忘れて音楽漬けで過ごしたことを、思い出した。
あれからもう何年経つだろうか。懐かしい。
下野さんの指揮によるシューベルトが、実に清新な気分に満ちた、素敵な演奏だ。大きなメジャー・オーケストラによる録音では全然ないけれど、聴いていると、音楽にはいったい、これ以上の何が必要だというんだろう?という気分になってくる。
サックス吹き的には、ハバネラQ.のSaxバージョンで知られる、リゲティの木管五重奏のための「6つのバガテル」が、興味深し。
ちょっと前のことだが、行きつけのCD屋さんに、ジャック・ランスロ エラート録音集成が唐突に1セット入荷していたので、衝動的に買ってしまった。
収録内容はこちらを参照(Amazonのページですが、アフィリエイトではありません)。
ランスロって、今となってはもう「昔の人」、ということになっちゃうのかな?
私にとっては、サクソフォンのデファイエ、フルートのランパル、トランペットのアンドレなどと共に、もうデフォルトで「世界一の○○○奏者」、ってことになっちゃっているんだけど。
私が高校1年生のとき(1977年)、来日してNHKで録音された演奏をFMで聴いたときの衝撃は、忘れられない(当時は外国からいろいろな楽器のソリストが来日すると、よくNHKがリサイタル・プログラムをスタジオ収録して放送してくれたものだった。今では考えられない)。
脳味噌をビロードの布で撫でられているような、あんなクラリネットの音は、聴いたことがなかった。
この7枚組のCD、発売当時から気にはなっていたのだが、収録されている音源の中には単品で持っているCDも多かったので(モーツァルトの協奏曲は30年来の愛聴盤。あとブラームスの五重奏とか、モーツァルトの木管三重奏のディヴェルティメントとか、ロッシーニの木管四重奏とか)、買うのをためらっていたのだ。
しかしこの手のCD、いざ欲しくなった時にはもはや入手不可能、ということも多いからなあ。
やっぱり買ってしまいました。
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ヘンリー・パーセルの「妖精の女王」を聴きながら。
今年は英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンの没後30年だったので、ユニバーサルから関連のCDが大量に再発売されたけれども、その中にブリテン指揮のマスク(「オペラ」というより、「歌付き芝居」というイメージのもの)「妖精の女王」が含まれていたのだ。
この「妖精の女王」という作品、別に普段からそんなにたくさんバロックオペラを聴くという訳でもないのに、私にとっては妙に愛着のある作品なのです。大学生の頃シェイクスピア研究家だった(そうなんです)血が騒ぐのかしらん。
1970年の録音ながら、決して「時代がかった」演奏ではない。もっと新しい録音かと思ってしまうくらいだ。
ブリテン&イモージェン・ホルスト(「惑星」のホルストの娘さん)による編纂版ということで、曲順が今まで知っていたものとかなり違う。まあ、もともとこの作品の曲順というのはあって無いようなものらしいけれど。
先日の都響定期の会場で購入した、敬愛するジャン・フルネ翁の新譜(Fontec)。
デュカス/「ペリ」よりファンファーレ
ビゼー/「アルルの女」第2組曲
イベール/寄港地
ラヴェル/ボレロ、「ダフニスとクロエ」第2組曲
ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団
2000年5月から、2005年1月の都響600回記念定期に至る4回の演奏会のライブ集成。
これ、私、全部実際に会場で聴いてる。どれも、フルネさん87~91歳の「晩年様式」と、都響、ひいては日本のオーケストラの演奏の充実ぶりの見事な記録だと思う。
なかでも600回定期での「ダフニス」。実演でも録音でも数限りなく聴いた曲だけれど、フルネ=都響のこの演奏ほど感動的な演奏は私はかつて聴いたことがない(断言)。「夜明け」の、崇高な感謝の念のごときものに彩られた瑞々しいオーケストラの響きを聴くがよい。
「無言劇」の見事なフルートソロは、都響首席奏者の寺本氏。京都大学出身、音大を経ずに名古屋フィルの首席から都響首席になった(管打楽器コンクールでも優勝している)、我々アマチュアプレイヤーの星のような存在だ(日頃私は、この人のヴィブラートの方法論を大いに参考にしている)。「アルルの女」のメヌエットもそう。
ちなみに「アルル」のサクソフォンは、宗貞啓二氏だった。(都響でサックスを使う曲というと、大抵宗貞先生が乗っている。)いつもながらの「プロフェッショナル」の権化のようなスキのない演奏ぶりが捉えられている。
「ボレロ」のテナーも宗貞氏。ソプラノは大森義基氏だった。「ボレロ」では、フルネさんが生前のラヴェルから直に教わったという、決してテンポを速めず興奮せず、機械のように音量だけが増大するというこの曲の作曲者自身のイメージの演奏スタイルを聴くことができる。
かなり前に買ったCDなのだが、今年買ったCDの中でも最大の収穫かもしれない…と思っているのに、まだレビューを書いていなかった。ということであわてて書く。
プーランク/バレエ音楽「典型的動物」(完全全曲版・世界初録音)
同/組曲「牝鹿」
ヤン・ワグナー指揮 オーデンセ交響楽団(Classico)
ライモンダCDという通販専門のクラシック輸入CD屋さんがある。ヤフオクにもよく業者出品しているのだが、大手のショップには最早求めがたい、玄人のコダワリを感じさせる店なので(自分の店で扱っているCDに「正直なところ演奏はイマイチですが」なんてコメント、普通は言えないよ)、私もときどきCDを注文している。
その店主さんの一押しのCDということで買ってみた。聞いたこともない名前の指揮者と、デンマークの地方オーケストラによるプーランク。パソコンで刷ったみたいな安っぽいブックレットに、CD-Rみたいな見てくれ(CD-Rではなくちゃんとプレスだが)。どうなんでしょ、と思って聴いてみると、これが実に素晴らしいのだ。オケも巧いし、「牝鹿」なんかプレートルの旧盤でしか感じたことのないような本当の自発性と愉悦感を聴きとることができる。
「典型的動物」は、普通聴く組曲版の倍以上のボリュームのある、完全全曲版。この初めて聴く組曲版以外の部分というのが、ものすごく面白い。なんでこんなに面白いCDが、ぜんぜん知られていないのだろう?少なくともプーランクが好き、というような人だったら、絶対必聴だと思うのだが。
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最近購入のCDたち。(昨日も帰り際に新宿タワーに寄ってしまった;)
シェーンベルク/浄められた夜、ペレアスとメリザンド、室内交響曲第1番、ブラームス(シェーンベルク編)/ピアノ四重奏曲第1番(EMI)
EMIのGeminiという2枚組廉価盤シリーズで今般発売された、シェーンベルク作品集。タワレコで1390円でした。
バレンボイム指揮(イギリス室内管)の「浄められた夜」が復活したことが嬉しい。シェーンベルクがまだコテコテにロマン派な音楽を書いていた頃の、美しき傑作。バレンボイム盤はLP時代の愛聴盤で、私の「浄夜」刷り込みでもある。
実はこの演奏、バレンボイムの指揮者としてのデビュー盤だった。バレンボイムの若さとやる気がギラギラと満ちた演奏で、バレンボイムという人はこの後こういう演奏は二度としなかったんじゃないかと思うくらい。
バルビローリ指揮の「ペレアスとメリザンド」も、ラトル指揮の「室内交響曲第1番」も、たいへんに思い切りのよい痛快な演奏で、「シェーベルク=退屈」、というイメージ(がもしあるとしたら)を吹っ飛ばすに充分なものだと思う。
日本作曲家選輯~山田耕筰/長唄交響曲「鶴亀」、明治頌歌、マグダラのマリア(Naxos)
これは「傑作」だ。Naxosのこの日本作曲家シリーズ収録の作品は、様々な楽しい発見があるけれども、この「鶴亀」は、そんな中でも屈指に興味深いものかもしれない。
長唄「鶴亀」を題材にしたシンフォニーということだが、それを西洋風のオーケストラに編曲したという訳ではなく、長唄部分はそのままに、上から二管編成のオーケストラによるオブリガートをくっつけたという代物。
演ずるは、長唄陣は人間国宝・東音宮田哲男ほか邦楽界の大御所たち、後ろは湯浅卓雄指揮の東京都交響楽団(!)。なんでもスコアにはオーケストラ部分しか書いていないそうで、指揮者はまず長唄「鶴亀」をそっくり覚えた上で、自分たちの流儀でいつもどおりに演じている長唄陣に付けていかなければならないのだと。そりゃ大変だ。
実際聴いてどうかというと、NHK大河ドラマのテーマ風の重厚なオーケストラの出だしと、唐突に出てくる歌舞伎調の謡とお囃子とのからみ合いに、最初呆気にとられ、次いで大笑い、やがてだんだん引き込まれてきて、最後は大感動に至る。すごい。聴く前は一種のキワモノかと思ってたけど、いざ聴いてみれば、そのあまりのマジさ加減には尊敬の念を覚えざるを得ない。
西洋の文物をわがものとするために、我々の先達がどんなとんでもない実験をしてきたか、心ある方は聴かれるとよい。
他の2曲は、普通の西洋クラシック音楽のスタイル(後期ロマン派風)による作品。1910-20年代という作曲年代を考えたら、驚異的によく出来ている。
しかし、こういうものがワールドワイドに発売される、というのはすごいことだけれど…「日本のクラシック音楽」というものに対する、ある種の誤解を、海外に定着させることになるかもしれぬ、ともちょっと思う。
…これだけで、書くのに結構時間がかかってしまった。
まだまだあるんですが、続きは気が向いたら後日。
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平野公崇/シンフォニア(Cryston)
C.Ph.E.バッハ/シンフォニア ニ長調Wq.74、フルート協奏曲ニ短調、スペインのフォリアによる12の変奏曲Wq.118-9、無伴奏フルートソナタ イ短調Wq.132
平野公崇(S.Sax)、大塚直哉(Cemb)、松野弘明(Vn、コンサートマスター)ほか弦楽アンサンブル
オクタヴィアから先週発売されたばかりの、平野さんの新しいCDを聴く。
見てのとおり、曲目をタイプしていても、到底サックスのCDとは思えない。
普通ソプラノサックスでバロックを吹こうと考えるとき、オーボエの音色をイメージして、音のアタックというか立ち上がりを強めにして、音色は禁欲的に、なんて考えませんか。私が昔ヴィヴァルディの「忠実な羊飼い」をソプラノで吹いた時は、そうした。誰に教わったという訳ではないので、違うという人もいるかもしれないが。
ここでの平野さんは全然そうじゃない。自分が吹いているのがサックスであることを隠そうとしない。にもかかわらず(いや、まさにそれ故に?)、聞こえてくる音は、例えば本間正史さんのようなバロックオーボエの名手の演奏と驚くほどの共通点を感じる、エモーショナルなものだ。
平野さんのすごいところは、「僕はこういうことが出来ます」、ということを演奏で一切言っていないところだ。
そんなことを言う前に、自分自身が即、音楽になってしまっている。
完璧な自発性。ある種の天才の業としか言いようがない。こういう種類の天才というのはあんまりいないので、なかなかそういう風には思われないだろうけれど。
クラシックの香り豊かな、とても聴きやすいアルバムだけれど、深く分け入ってゆくと、深淵のように底知れない奥行きが姿を現わす。そんなCD。
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mckenさんのブログで、デファイエが1950年代にジャン・フルネ指揮ラムルー管弦楽団のバックで録音したイベール「コンチェルティーノ・ダ・カメラ」のCD復刻の記事を見て(こちら)、注文していたものがアメリカから届いた。
版元はHaydn House。昔のLPレコード音源のCD-Rでの復刻発売を専門とする業者らしい。(サイト中のCD Catalogの18ページにある)
この音源自体は、何年か前に(よくお名前の出てくる)レコードコレクター木下さんのご好意で既にCDに落としていただいたものを所有しているのだが、せっかくこうして誰でも入手可能となったのだし、また元のLPより収録曲数が多く(オリジナルは「寄港地」、コンチェルティーノ・ダ・カメラ、ドビュッシー「ダンス」の3曲)、敬愛するジャン・フルネ師の未聴の演奏がたくさん聴けるということもあり、買ってみようと思ったのだ。
1枚$10、送料$5。サイトからクレジットカードで買えるのだが、ブラウザのせいか、どうしても一度の注文で商品代と送料を同時に確定することができず、オーダーを二度出すこととなった。
一聴してたいへん良心的で丁寧な復刻だと感じた。ノイズ(針音)がほとんど無くて、マスターテープからの復刻かと思ってしまった位だ。音のリアルさでは木下さんのトランスファーには劣るけれど、普通に聴いて楽しむぶんには何の違和感もない。
30代前半(おそらく)のデファイエのソロは鮮やかの一言。ミュールの影響を多分に受けつつ、ミュールとは確かに異なる近代的な個性を明瞭に表している。この個性は1992年に最後に聴いた時まで、一貫して変わっていない。
若き日のフルネの指揮もキビキビしていて大変すばらしい。フルネというと「世界最高齢指揮者」としてもてはやされるようになった頃の巨匠風晩年様式ばかりが知られているけれど、本来はこういう指揮者なのですよ。オーベールの序曲集の、なんと清潔で推進力があって、そして隅から隅まで音楽的なこと!

木下さん提供による、オリジナルLP(EPIC LC3478)ジャケット。
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というタイトルのCDを買った。
これは、すごい。
収録内容詳細はこちら(タワレコのサイト)を見てみてください。←アフィリエイトではありません
まさしく、オーボエの名曲・名人・名演奏。世界のオーボエの潮流をCD2枚で俯瞰する、圧倒的な企画だと思う。
ずっと聴いてみたいと思っていた、全盛期のローター・コッホのR.シュトラウスを聴きながら、しばし感慨。
カラヤン治下のベルリンフィルの首席奏者として、在職35年。私の好きなモーリス・ブルグのようなラテン的な輝かしさとは正反対の音色だけれど、一点の曖昧さもない剛毅な楷書体の演奏は、聴いていて思わず姿勢を正してしまうものがある。
ローター・コッホが最後に来日した時(1995年)、都響に客演してこのR.シュトラウスを吹いたのを私は聴いている。
足元はかなり不確かで(椅子に座って演奏した)、演奏も相当衰えが見られたけれど、気魄は充分、まるで指揮者なんかどうでもいい、とばかりに、要所要所で身体ごとコンマスの方に向き直って大きなアクションで指示を出すありさまは、音楽に取り憑かれた者の「業」を見るような、一種壮絶な風景だった。
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東京のプロオケ聴き歩き仲間でもある高校の先輩Yさんが、「レコード芸術」最新号の海外盤試聴記に、ガリー・ベルティーニ指揮のフランス物3枚(Capriccio)が載っていると教えて下さった。
マーラー指揮者としての面ばかり謳われるベルティーニという指揮者について、フランス音楽の解釈者という立場で正面から論評した、大手の活字メディアとしては初めてに近いものではないかしらん。大歓迎。
しかし、最近「レコ芸」読まなくなったなー。ネットや無料メディアがこれだけ充実してくると。
ちなみにワタシでしたら、クラシックの新譜CD、DVD情報については、山野楽器で配っているVarieという無料誌でほぼ事足りてます。
3枚のうち、ドビュッシーの作品集については発売されたばかりの頃にレビューを書いたけれど(こちら)、今日はラヴェルを聴いてみる。
ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲、ピアノ協奏曲、ラ・ヴァルス
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ
ガリー・ベルティーニ指揮 ケルン放送交響楽団
「ダフニス」の高揚感が素晴らしい。98年、都響の音楽監督就任披露演奏会で、「ダフニス」全曲をとり上げていたことを思い出す。「夜明け」の、灼熱の太陽の光が夜の暗さに慣れた目を射るような、むせるように濃厚な色彩感。「全員の踊り」の、じっくりと官能的に盛り上がってゆく、底鳴りのするような迫力。
ピアノ協奏曲も、アルゲリッチのハジけっぷりが良く捉えられていて、たいへん楽しい聞き物となっている。
ただ、これらの曲に関しては、フランスのオーケストラで聴きたかったな、という思いもある。いかにもドイツの放送オーケストラらしく、非常にそつなくこなした巧い演奏なんだけど、何かの拍子にふと出てしまう、慣れない外国語を操るときのような不器用な感じが、ドビュッシーだとそれほど気にはならないのに、ラヴェルだと妙に…。
そういえばジャン・フルネ氏は、リハーサルの時に「ラヴェルは小さな精密機械のように完璧に演奏されなければならない、」と繰り返し言っていたっけ。
勿論、それでも、現代のラヴェルの演奏として、十分に聴くべきもののある充実した記録であることは間違いない。
そして、私にとっては、かけがえのない記憶とともに在り続けるだろう。
…
ついでにもうひとつ、新着CD。
ボロディン/交響曲第1番、第2番、第3番
ホセ・セレブリエール指揮 ローマRAI交響楽団(ASV)
今週末(29日)の読売日響定期公演に、毎年この季節おなじみのゲンナジー・ロジェストヴェンスキー氏が客演して、ボロディンの交響曲全3曲一挙上演という珍しいことをやってくれるのだ。
これは是非聴きに行こうと思っていて、しかしボロディンの交響曲はよく知っているのは2番だけなので(愛聴盤はマルティノン指揮ロンドン響)、他の交響曲の入っているCDを探していたら、たまたまこういうちょいと珍しいCDが店頭にあった、という訳。
セレブリエールは1938年ウルグアイ生まれの作曲家・指揮者だそうだ。何者じゃコイツ、と思いながら聴いてみたら、これがなかなか聞かせるもんで、ちょっとびっくり。マルティノンなどと同じように、作曲家兼業指揮者ならではの明晰さが基本にあるんだけど、ちょっとした細部のよく歌うことといったら。イタリアのオーケストラだからか?いや、それだけじゃない。
音楽家は、名前じゃありませんねえ。聴いてみなきゃ分からないものだ。
最後に拍手が来るのでライブ録音だと分かるが、会場ノイズはほとんど全くと言っていいほど聞こえない。
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ブラームス/交響曲第1番、マーラー/交響曲第3番
クリスティアン・アルミンク指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団ほか(Fontec)
夏の終わりに、「夏の交響曲」を聴く。マーラーの交響曲第3番の新着CD。
ブラームスの方が先に入っているけれど、これはあきらかにマーラー3番がメインのCDでありましょう。
マーラーの方は、新日本フィルの現・音楽監督、クリスティアン・アルミンクの、音楽監督就任記念演奏会(2003年9月)のライブ録音。
私も客席で聴いていて、とても印象深い演奏だったことを覚えている。たしかコンサートの冒頭にモンテヴェルディのマドリガルか何かを演奏し、そのままアタッカでマーラーに突入したのだった。
ライブCDが発売されたのは知っていたけれど、なぜか購入するタイミングを逃していたのだが、先日たまたま見つけた機会に、エイヤッと買った次第。なにしろ1時間40分もかかる長い交響曲なので、気合入れないと聴けない。
聴き始めての第一声は、「ホルンが上手ぇー!」。ソロもテュッティも、物凄く良い音だ。
第1楽章の半分より少し後に、ヴァイオリンソロと絡むホルンのちょっとしたソロがあるんだけど(このCDだと、トラック7の4'25"あたり)、響きといい歌いまわしといい、ちょっと今だかつて聴いたことがないほど素晴らしくて、茫然としつつ聴いた。このソロのためにこのCDを買ったと思っても惜しくないくらいだ。さすが吉永さん(新日フィル首席ホルン奏者。私は日本一のホルンの名手だと思っている)。
いや、ホルンだけじゃなく、マジで新日フィル上手いっすよ。オーボエをはじめとするなめら~かな木管、繊細な弦。演奏の完成度はライブとは思えないほどだ(実際に会場で聴いた時も、すぐにそれと分かるような大きな演奏ミスはほとんど無かった記憶がある)。弦の音の厚みは若干不足気味ながら、ブラームスだったらともかく、こちらは曲が曲なのでさほど気にならない。
例の第1楽章、トロンボーンの大ソロは宮下宣子さん(CDには特に書いてないけれど、会場で見ていたので)。あの小柄な身体(あまりに小柄で隣席の奏者とベルの高さが合わないので、いつも椅子の下に箱を置いて上げ底状態で座っているほどだ)が信じられないような、ぶっとい音で入っている。というか、この音だけ聴いたあとで実際の宮下さんの姿を見たとしたら、びっくりすると思うぞ。
指揮者は、やはりまだちょっと若いところがあって、うまくまとめてはいるんだけど、フィナーレ(第6楽章)のテンポが、緊張感をキープし切れず?さっさと終わってしまう感じがするのが惜しい。
これでフィナーレを本当に感動的に歌い上げていたとしたら、まさに天下無敵の演奏になったところだったが。
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ユニバーサルから、イーゴル・マルケヴィチ(1912-1983)指揮のCDのシリーズが一気に発売された。
マルケヴィチという指揮者は、マニアックに追っかけているという程ではないけれど、バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のバレエ音楽集2枚組(モンテカルロ・オペラ管との名盤。プーランク『牝鹿』の初全曲録音など)をはじめとする、いくつかの録音を愛聴してきた。
なお、マルケヴィチについては、ネット上に畏友斉諧生さんが興味深いページを公開しておられます(こちら)。
まずはとりいそぎ買ってきたのは、グノーの交響曲第2番とドビュッシー「海」他を収録した(コンセール・ラムルー管弦楽団)1枚。
(しかし、「黄色の額縁付」のCDなんて、ずいぶん久しぶりに買ったような気がする)
実はグノーの第2番というのは(あまり知られてないけど)私の大好きな交響曲で、どのくらい好きかというと、好きな交響曲ベスト1は苦しいけれど、ベスト5まで挙げるならその日の気分次第で入ることもある、という程度。
(ちなみにベスト3は、マーラーの3番、ベートーヴェンの6番、ダンディの「フランスの山人の歌」辺りかな。ある意味みんな「田園交響曲」だ)
モノラル録音ながら、この曲の歴史的な名盤(国内初発売)ということで、是非聴いてみたいと思ったのだ。
まだ2回ばかり聴いただけだが、第1楽章の緊張にみちた序奏と強烈に推進する主部の対比といい、まるでベートーヴェンの「第9」のアダージョのように(下降音形がゆっくりと重なる導入部など、実際「第9」によく似ているのだが)格調高く歌われる第2楽章といい、物凄い急速テンポで鮮やかに弾かれるフィナーレといい、この曲の面目を一新する演奏だと思う。
この曲、19世紀のフランス人作曲家の書いたシンフォニーが、最もドイツ古典派のそれ(ベートーヴェンとか)に接近した瞬間の記録、という雰囲気がある。
モノホンのベートーヴェンが好きな方からすれば、いささかパンツのヒモが緩い感じがあるのだろうけど、軟弱なフランス音楽好きとしては、このくらいがちょうどいいです。
カップリングのドビュッシー「海」も面白い演奏で(こちらはステレオ)、彫りが深くてデッサンの鮮やかな、ベルティーニの行き方と共通するような印象。でもフランスのオケなので、音色自体は親和性が高い。
普通の演奏だと聞こえないようなパートが突然よく聞こえてきたりする。
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先日ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」についてのエントリをupしたばかりだが、そのダンディの、もうひとつ大好きな作品の新譜CD(フランス盤)を、入手。
6月頃から発売が予告されていて、入荷を今か今かと待っていたものだ。
ダンディ/海辺の詩、イスタール、地中海の2つ折り絵
エマニュエル・クリヴィヌ指揮 ルクセンブルク・フィルハーモニック(Timpani)
あちらが「山」の音楽なら、こちらの『海辺の詩』と『地中海の…』は、その名のとおり、海の音楽。
昔(1980年代)プレートル指揮のCDが発売されていて親しんでいたのだけれど、なぜか長いことCDは世界初録音のそれ一種しか存在していなかった。やっともうひとつの録音が登場、しかもクリヴィヌの指揮とあらば悪かろう訳はない。
『海辺の詩』は、以下のタイトルの付いた4つの楽章から成る。
1. 静けさと光-アゲ(地中海)
2. 藍色の歓び-マジョルカ島ミラマール(地中海)
3. 緑の水平線-ファルコナーラ(アドリア海)
4. 大洋の神秘-ラ・グランド・コート(ガスコーニュ湾)
どれも、印象派的、と言ってもいいだろう、まだ見たことのない地中海の風景を強烈にイメージさせてくれる曲だ。
1曲めは、このCDのジャケットに使われた、アゲの海岸の赤い岩々のある朝の風景を、2曲めは輝かしい昼の海を、3曲めは曇り空の下の海岸沿いを走る汽車の車窓からの眺めを、4曲めは静けさの中へたそがれてゆく夕べの海を。
サクソフォンを含むオーケストレーションが、たいへん効果的だ。スコアを見たことがないので断言は出来ないけれど、アルトとテナーが使われているのだろうか。木管群の低音域にファゴットでなくテナーサクソフォンを配置しているのではと思われる箇所がいくつかあって、実にこの曲の喚起するイメージにふさわしい暖かでなめらかな色彩の響きを聴くことができる。
(2009.5.17追記 なんと、IMSLPにこの曲の全曲のオーケストラ・スコアがupされていた。…アルト1、テナー2、バリトンの計4本のサクソフォンが使われている。恐れ入りました)
『地中海の…』は、「朝の太陽」「夕べの太陽」の2曲からなる。…長くなるので、このくらいにしておきましょう。
要するに、たいへん美しく素晴らしい曲で、どうしてこんなに演奏されないのか、私としては不思議で仕方がないのです。
ダンディにはもうひとつ、「山の詩」というピアノ曲があって、これまた私の愛して止まない曲なんだけど、これらの、格調高く感興豊かな作品の数々に親しんだ後、彼のたとえば弦楽四重奏曲や他の管弦楽曲(交響曲第2番とか)を聴くと、その晦渋さには正直、驚かされる。
前のエントリでご紹介したダンディ自身の言葉のとおり、本当に、「自然」というものから真のインスピレーションを得ていた方なのですね。
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ついに発売されるという話を数週間前に聞いて楽しみにしていた、われらがベルティーニ指揮のケルン放送響による、フランス物のライブCDシリーズ3枚(ドビュッシー、ラヴェル、ベルリオーズ)が、やっと店頭に並び始めた。
まずはドビュッシーの1枚を購入。

ドビュッシー/海、夜想曲、牧神の午後への前奏曲
ガリー・ベルティーニ指揮 ケルン放送交響楽団ほか(Capriccio)
ベルティーニが亡くなった時にもブログに書いたけれど、ベルティーニという指揮者は、世界屈指のマーラー指揮者であるのと同様に、現代におけるフランス音楽の見事な解釈者でもあった。
そのことは私なぞは、上記リンクにあるとおり、1994年のケルン放送響の来日公演や(リンク先には1993年とあるが間違い)、都響での実演を聴いて身をもって知っていたけれど、いかんせん、録音となって残っているものがほとんどなかった。
そのことを証明できるCDがやっと現れてくれて、嬉しい。
「海」の超本格な響きは、とても非フランス系の指揮者にドイツのオケとは思えませんよ。
そのうえ、たいへんにドラマティックで、鮮烈な演奏であります。
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安川加寿子 ドビュッシー・ピアノ音楽全集
先日のコンサートの会場で入手したCD。
音楽之友社刊のドビュッシー・ピアノ曲全集(楽譜)の校訂を担当する等、日本におけるドビュッシーの権威であった安川加寿子の、録音による全集の、待望のCD復刻。
ビクターの発売ということになっているけれど、プライヴェート盤ぽい感じもある。こちらで入手可能のようだ(山野楽器のサイトだけど、アフィリエイトではありません)。
CD4枚、ざっと聴いてみたのだが、ちょっと驚き。これ、完全にネイティヴのフランス語の演奏だ。
ちょっと地味だけど軽やかでニュアンス豊かな響きの作り方、テンポの微妙な先走り具合など、20世紀初頭生まれの世代のフランスのピアニスト達の演奏と、驚くほどの共通性がある。
もし、ジャン・ドワイヤンやアニー・ダルコの未発売音源の復刻、と言われて聴かされたとしたら、私だったら何の疑問も持たずに信じるだろう。
初出は昭和50年1月とのこと。1970年代当時の日本で、これほどのドビュッシー全集が録音されていたとは…
平島正郎(こちらは、研究分野における日本のドビュッシーの最高権威)による全曲の詳細な作品解説をはじめ、当時のまま(おそらく)のライナーも貴重。
録音年月や会場が載っていないのが残念だけれど(歴史的録音の復刻にとっては重要な情報だと思うのだが)、この録音のCD復刻に尽力された方々に、感謝の意を表する次第。
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最近まとめてCD化再発売された高橋悠治の一連のシリーズの中に、「ぼくは12歳」が入っていたので、買ってきた。
LPで出ていた頃以来、25年ぶり位のご対面。サイズは小さくなったけれど、嬉しいことに紙ジャケット仕様。
封を開けると、中からはLPレコードをそのまま縮小したような、長半円形のビニールの内袋に入ったCDが出てきた。可愛い。

高橋悠治ソングブック「ぼくは12歳」(DENON)
これは、12歳(中学1年生)で投身自殺した少年・岡真史くんが残していた詩の数々に、日本現代音楽界の永遠の奇才、作曲家・ピアニストの高橋悠治が曲をつけたもの。
岡真史くんは私と全く同年生まれ(1962年)だったので、彼の自死のニュース、筑摩書房から出版された遺稿詩集『ぼくは12歳』のことは、TVのドキュメンタリーとかでも放映されて、同年代の自分にとってリアルタイムに強烈な印象と記憶に残ったのだった。
思春期の頃に、一度でも「死ぬこと」を考えたことのない人というのは、いないと思う。
大人になったら、そんなことケロッと忘れちゃう人もまた、多いけれど。
ここには、誰しも心の底に覚えのある、だけれど普通は形を与えられず、そのまま時間の堆積の中に埋もれてしまうしかない少年期の感性というものが、鋭利に繋ぎ止められている。
あれから30年が経って、自分はその当時の親の年齢になってしまったけれど、再びこうしてその詩を読み、高橋悠治のつけた音楽を聴いている。感慨深い、という言葉では済まされないものがある。
その音楽は、民俗楽器のようなシンセサイザーや管楽器の音と、沖縄や朝鮮の民謡からとられたというリズムの上に、中山千夏の中性的でまっすぐな唄声が乗っているというもので、いわゆる「クラシック」や「現代音楽」ではなく、かといって「ポピュラー音楽」でもない、既存の世間の音楽のスタイルというものを拒絶したような雰囲気が、印象的だ。
1曲めの「みちでバッタリ」って、昔矢野顕子がカバーしてなかったっけ?
参加ミュージシャンを見ると、シンセサイザー高橋悠治、佐藤允彦、ソプラノサックスほか鈴木重男(惜しくも故人となられた方だ)、ベース寺川正興、パーカッション豊住芳三郎と、ジャズ・スタジオ界の名手がさりげなく顔を揃えていて、おおっと思ってしまった(昔は気がつかなかった)。
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今日は夏至。
奇しくもこの夏至の日に、メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』を含む(言うまでもなくmidsummerとは「真夏」ではなく「夏至」)、ロンデックス門下のカナダ人サクソフォン奏者Daniel Gauthier率いるアリアージュ四重奏団の新譜、「À la recherche du rêve perdu」(MDG)を聴いた。

ピアノとサクソフォン4本で、シューマンのピアノ五重奏曲と『真夏の夜の夢』という、大胆な曲目。しかもメンデルスゾーンの方はなんと、組曲版には通常含まれない、原曲では合唱付きで演奏される「妖精の歌(まだら模様のお蛇さん)」や「終曲」を含む、準全曲版だ。でもって、これらの(組曲版に含まれない)ナンバーの演奏が、実にいい雰囲気なのである。実は『真夏の夜の夢』という曲を愛して止まないワタシとしては、唸ってしまった。
全体には、ピアノの用法がやや安易だなと思う箇所もあるし、オーケストラの色彩感にはどうしたってかなわないよなぁ、とも思えるけど、それでもたったの5人でこれだけのことが出来るんだから、大したもんだと考えなきゃいけないんだろう。
サクソフォンという楽器は、やはり、変な言い方だが「管の弦楽器」だなあ、と、このシューマンなどを聴くと実感するのだった。この曲を管楽器のアンサンブルで演奏するとして、サマになるのはサックスだけだろうから。
そうか、だから『真夏の夜の夢』の「スケルツォ」のような、木管楽器の色彩と音の戯れが乱舞するような曲が、物足りなく感じるんだな。
…というように、自分が当り前に吹いている「サックス」という楽器を客観視する材料として、なかなかにいろいろな視点というか、考えるネタを提供してくれるCDだと思う。
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LPレコード時代お気に入りだった音盤のCDがヤフオクに出ていたので、落札。
ジャケットデザインも当時のLPと同じなのが嬉しい。12cm角になってしまうとちょっと地味だけど。

サン=サーンス/ピアノ協奏曲第4番
フォーレ/ピアノと管弦楽のためのバラード、前奏曲第1、3、5番
ロベール・カサドシュ(Pf)、バーンスタイン=ニューヨーク・フィル(CBSソニー)
フォーレのバラード、大好きです。世界中の幸福感と充足感と優しさを12分の演奏時間に凝縮したような音楽。
オリジナルのLPレコードは、大学2年生の時のちょうど今頃の時期(もう少し早い、連休の頃)に買って、聴き込んだのだった。やさしき春と新緑の季節の記憶。
CDにはなっても、ちょっと古めの音質がレコードみたいで、違和感はない。
もしかして、この曲が好きというより、この演奏が好きだったのかな。今の耳で聴くと、意外と速めのテンポでサラサラ進む演奏だけれど、そこがいいんだよね。
むかし、谷川俊太郎の詩の一編を読んだとき、このレコードで聴けるピアノの音を即座に連想した。
その花片は
海岸のビルの八階あたりの窓から
ピアニシモのアルペジオで僕に散りかかってきた
(谷川俊太郎『郷愁』、冒頭)
フォーレにおけるバーンスタイン=NYPの伴奏も、繊細の極み。
バーンスタインって、これまた意外にも、時々すごくフランス音楽の繊細さに親和する演奏を聴かせることがある。
考えてみたら、バーンスタインはナディア・ブーランジェの作曲の弟子だった。ということは、フォーレの孫弟子に当たるということだから、当然か。
サン=サーンスの方では、一転して今度は本領発揮の、豪快なヘビー級の伴奏付けてるけど。
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エヴリーヌ(イヴリン)・クロシェの弾く『平均律クラヴィーア曲集』のCD(Music & Arts)が届いた。

イヴリン・クロシェといえば、LP時代(1980年頃)ワーナーから国内盤で出ていた、フォーレのピアノ曲集の素晴らしい演奏がとても印象的だった。
「ヴォックス・ピアノ・コレクション」という、バジェットプライスのアメリカ原盤をシリーズで発売するというものだったので、本場・巨匠・名盤指向の当時の日本の批評家からは完全に無視されていたけれど、実は結構良い演奏が多かったし、安い値段でいろんな作曲家のほとんど全部のピアノ曲が揃うので大変重宝していた。覚えているだけで、モーツァルト、シューベルトからアルベニス、グラナドス、サン=サーンス等の、LP何枚にもわたるピアノ曲の全集が、すべて分売・日本語解説付きで買えたのだから。
なかでもクロシェのフォーレ全集は、アビイ・サイモンのラヴェル全集と並んで私の愛聴盤だった。初出時に、今は無くなってしまった「ステレオ芸術」というクラシックレコード雑誌の月評で、中田喜直氏(こんな方がピアノ曲の新譜月評を担当していたのだ。ユニークな雑誌だった)が絶賛していたのをよく覚えている。
フォーレのピアノ曲は、CD時代になってからドワイアン、ハイドシェック、コラールなど色々なものを聴いたけれど、今でもクロシェの演奏が自分の中ではスタンダードだ。ただ、CD化されていない。サイモンのラヴェルはとっくの昔にCDになっているのに。
あれから25年以上が経って、半ば忘れかけていたクロシェというピアニストが、今もアメリカで健在で、新録音のCDも出している、ということを知った時は、嬉しかったものだ。
バッハの「平均律」なんて、楽譜は持っていたけれど、CDで聴こうなんてあまり思っていなかったのだが、思い切って買ってしまった、という訳。
なにしろCD4枚組なので、まだ1枚目を聴き始めたばかりだが、いやー、これはなかなか良いですよ。その昔のフォーレのLPで慣れ親しんだ音色と響きの絶妙さは、健在。今ちょうど1巻の8番のプレリュードだけど、実際なんだかフォーレに近いような響きがする。
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フランス・オーボエ界の重鎮にして世界最高峰の管楽器奏者(だと私は思っている)、モーリス・ブルグの、シューマン作品集のCDが届いた。
2000年8月の録音。なぜかGegaというブルガリアのレーベルからリリースされている。

シューマン/アダージョとアレグロ、3つのロマンス、民謡風の5つの小品より、幻想小曲集、夕べの歌op.85-12
クララ・シューマン/3つのロマンス
モーリス・ブルグ(Ob)、ジャン=ベルナール・ポミエ(Pf)
ブルグの素晴らしさは、今更私ごときがゴチャゴチャ書くまでもないことだと思いつつも、今までの日記でも折にふれて書いてきた。
音楽は「人」そのものであること、音楽は「言葉」と同じひとつの論理体系であること、また音楽とは、いくつかの極めてシンプルな要素の順列組合せによる、無限に近いヴァリエーションによって出来ている、というラディカルな原則を、ブルグの演奏ほど分からせてくれるものはない。
このCDはおそらく、ブルグの代表盤として位置づけられることになるだろう。…
トラック最後の『夕べの歌』(ハインツ・ホリガーの、やはりシューマン作品集CDの最後にも入っていた)の、しみじみとした余韻に、しばし茫然としてしまって次の行動に移れなかった。こんな経験は久しぶり。ファブリス・モレッティ(Sax)のリサイタルの最後のアンコールで、ピエルネの『カンツォネッタ』を聴いた時以来かな。
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父がやっと特養に入れたので、今日はお見舞い。
今度は、場所は青梅。同じ区内の特養なんか十年待っても入れそうにないので、遠いけど仕方がない。
まあでも、これで少しは家の中が落ち着くかな。
荷物が多かったのでいったん家に帰り、某Saxアンサンブルのリサイタルを聴こうと再び家を出たのだが…「ゆかいなサザエさん」しちまったい(>_<)。電車に乗ってから気がついて、チケットは当日券のつもりだったのでしょうがない、家に引き返したけど、どっと疲れてそのままフテてしまいました、とさ。
しかし「財布を忘れて、ゆかいなサザエさーん」って、「ゆかい」なところがひとつでもあったら言うてみい、って感じだが。
という訳で、思いがけず出来た空き時間、最近入手したモーツァルトのCDを聴く。

モーツァルト/交響曲第29、30、31、33、34、38、39番
ダニエル・バレンボイム指揮 イギリス室内管弦楽団(EMI)
いまや世界指揮界のドンの一人として君臨するバレンボイムが、若き日(1967~1972年)にイギリス室内管(ECO)を振って録音したモーツァルトの交響曲集。EMIのGEMINIという廉価2枚組CDシリーズで、まとめてCD化された。
室内オケなので音色は基本的に軽いんだけど、音符の扱いはセンプレ・ソステヌート、ヴィブラートばりばり(弦の人数が少ないのでばりばり度が余計目立つ)と、ちょっと前時代な表現で(最初期の録音の「38番」とかで顕著)、今の耳で聴くとアンバランスな表現に聞こえるときもある。いかにもバレンボイムというか。でも、決して悪い演奏ではない。最初にこれで聴き慣れたから、というのはあるけど。
そう、じつは私が初めてレコードで聴いたモーツァルトの交響曲が、このバレンボイム=ECOだったのだ。なかなかまとまった形で復刻されなくて、長いこと待っていた(もう1タイトル、35番とか40番とか『ジュピター』とかが入ったセットも出たので、それも近日中に購入予定)。
1970年代末、東芝EMIの「セラフィム・エクセレント・シリーズ」という、蝶の写真(タイトル毎に全て違う種類)をジャケットに大きくあしらった、共通デザインの廉価盤シリーズに入っていたのを聴き込んだのだった。当時の私はモーツァルトといえばクラリネット協奏曲とクラリネット五重奏曲しか知らなかったので(ドビュッシーだのラヴェルだのフォーレだのイベールだのプーランクだのダンディだの、の方が余程知っていた(^^;)、モーツァルトの交響曲はほぼ、この演奏で入門したことになる。
しかし考えてみたら、ワタシゃフランス音楽もバレンボイムで入門したんだった。うーむ。
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アフィニス文化財団から、CD「アフィニス・サウンド・レポートNo.31」が届いた。
上記ホームページから、申込みにより無料配付されているものだ。
R.シュトラウス(ハーゼンエール編)/もうひとりのティル・オイレンシュピーゲル(Vn、Cl、Bn、Hn、Cb)
シュルホフ/ディヴェルティスマン(Ob、Cl、Bn)
エネスコ/弦楽八重奏曲より第1楽章
サン=サーンス/七重奏曲(Vn2、Va、Vc、Cb、Tp、Pf)
オネゲル/交響曲第2番(指揮:高関健)
曲目・内容は以上の通り。個々の演奏者も含めた詳細は、えすどぅあさんのブログに詳しい(なぜかコメントを付けることが出来ないので、こちらからもトラックバック)。
昨年夏の、長野県飯田市での「アフィニス夏の音楽祭」(若手プロオーケストラ奏者対象のセミナーとコンサート)の、ライブ録音。
なにげにワタシ好みの、近代物の渋い選曲。演奏もなかなか気合が入っている。資料としてのブックレットも大変充実していて、企業の文化支援活動の鑑のようなものだと思う。
フルネ指揮の「ダフニスとクロエ」なんかが入っていた前号はさすがに希望者多数のため抽選になったようだが、今号はまだ在庫があるようです。
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4月になりましたね。
2ヶ月近く費やした編曲作業が、とりあえず終了。ああ疲れた。
久々に「新着音盤」エントリーなど。
イベール/祝典序曲、寄港地、架空の愛へのトロピスム
ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送管弦楽団(東芝EMI)
私にとっては、二十数年におよぶ愛聴盤。
この3月、東芝EMIの1300円シリーズで再発された。
1992年頃発売された輸入盤は持っていたけれど、ジャケットがオリジナルLPと同じだったので、買い直したのだ(クリック拡大)。
ジャケットの絵は、フランスのイラストレーター、ジャン=ミシェル・フォロンの『磁石のように』が使われている。1970年代末頃のレコード店で見たこのジャケットはいたく印象的だったなあ。曲名の「トロピズム」という言葉(曲目解説では、「自然界において生物を光に向かって引きつけていく牽引力」と説明されている)からの連想で選ばれたのだろうと思う。
フォロンの絵は、その「音楽性」がとても魅力的だ。私としてはパウル・クレーの抽象画に近い深みを持つ世界だと思っている。
1995年の1月だったと思うが、フォロンの展覧会が文化村のザ・ミュージアムで開かれ、これの原画を観ることができたのは幸いだった。文化村での展覧会は大抵いつも混んでいたけれど、この時は来場者もさほど多くなく、ゆっくり観ることができたのを懐かしく思い出す。
このCDの曲目の中で、私自身が殊更に愛して止まず、高校生の頃から折に触れて聴き続けてきたのは、1曲めの『祝典序曲』であります。
有名な『寄港地』、あるいはサクソフォンやフルートのための協奏曲からイメージする軽妙洒脱なイベールの姿とは、いささか趣の異なる曲だと思う。厳粛であり、重厚であり、しかも炸裂するように輝かしく荘厳で感動的な音楽。
自分自身を力づけたい時、鼓舞したい時に、よくこの曲を聴いた。私にとってこの曲は、そういう、音楽というものの持つ根源的な力を、15分の演奏時間に凝縮した作品だったし、今聴き返しても全くそう思う。
実はこれ、紀元2600年の奉祝とやらで日本政府の委嘱により書かれた曲で、初演は大戦直前の1940年、山田耕筰の指揮で東京・歌舞伎座にて行われているのだが、その話はまた別の機会に。
この曲には、アルトサクソフォン1本が編成に含まれており、中間部のメロディは、サックスとバスクラリネットの神秘的なユニゾンで始まる。
この録音で聴けるすばらしいサクソフォンソロは一体誰が吹いているんだろうと、長年考えていた。
第一印象の、デファイエかな、という思いは、その後何度か聴いたデファイエの生の音に接して、ますます強まっていった。このヴィブラート、音色、音の存在感、メロディが盛り上がってフォルテに達した後もオーケストラの全奏を圧して響き渡るパワーなど、こんな音が出せるサクソフォン奏者はデファイエ以外に考えられない、と思っていたが、確証はなかった。
1988年(昭和63年)夏、日本にて「第9回ワールド・サクソフォン・コングレス」が開かれ(会場は川崎市麻生文化センター、神奈川県立音楽堂)、世界13ヶ国からデファイエを含む200名以上のサクソフォン奏者が来日した。
こちら(日本サクソフォーン協会のサイト内)に、当時の公式文書がまとめられている。
私も5日間会場に通ったけれど、会場内(大・小ホール、客席、展示室、ロビー…)がどこもかしこも国内外のサックス吹きだらけという、一種異様な雰囲気だった。当時習い始めていた師匠の「外国の先生たちは怖そうに見えるかもしれないけれど、所詮はサックス吹いてるくらいだからどうって事はない、どんどん話しかけて仲良くなりなさい」というアドバイスに従って、いろいろな人にカタコトの英語で話しかけてみたり、サインを貰ったりしていた。
4日めだったと思ったが、ロビーに一人でいたデファイエ氏を見つけ、近づいてみた。
「お会いできて光栄です、」と英語で言って、プログラムを差し出した。
デファイエ氏はフランス語で何か言いながらサインしてくださったが、その時、思い切って長年の疑問を尋ねてみた。
「あなたはJacques IbertのOuverture de fêteという曲をご存じですか?」(こんなこともあろうかと、丸暗記していたフランス語)
デファイエ氏は、おっ、という感じで顔を上げて、「ウィ、」と言った後、1分間近く大声で早口のフランス語で喋りまくったのだが、残念ながら私は一言も理解することができなかった(^^;
デファイエ氏はマスタークラスや講演会などでも、聞いている人のことなんかお構いなしに一人でエンエンと喋り続け、通訳の方が頭を抱える、ということがよくあったけれど、全く同じだった。
ともあれ、その時点では世界中でもこの録音でしか存在していなかったこの曲について、これだけ喋れる事があった、というのは、この録音にデファイエ氏が関わっていたことは間違いない、と確信したのだった。
あの喋りまくったフランス語の、たとえ半分でも理解出来ていたら、どんなにか貴重な情報を得ることができただろうか、と悔やむけれど、もう遅い。…
昭和の最後の夏のことでした。
本家サイトの、デファイエのページでもちょっと触れたお話。
そのような録音が、日本で再び発売されて、容易に入手出来るようになったことは、まずは、めでたい。
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忙中自ずから閑あり。
ちょこっと更新。

BCL(バンド・クラシック・ライブラリー)第5集を聴いた(Brain Music)。
詳細はリンク先参照。
相変わらず、なんとも元ブラバン少年少女たちの琴線に触れる選曲であることよ。今回は「バン民」に「イーグルクレスト」に「クィーン・シティ組曲」に「献呈序曲」に「エルカミ」ですか。
他はともかく、ワタシ的には「献呈序曲」がなんとも懐かしくて。東京の高校で吹奏楽や合唱をやってた方ならたぶんご存じ「中央音楽会」で、高校1年生の時に第一学区合同バンドで吹いた曲だ。28年ぶりに聴いたことになる。ちなみに会場は武蔵野音大ベートーヴェンホールでした。まともな「コンサートホール」の舞台に乗った、初めての(記念すべき)記憶。
ただこのCD、演奏そのものが、そういった過去の記憶を「生き生きと」蘇らせてくれるかっていうと、必ずしもそうでもないというのが、正直なところ。
何故なんだろう。部分部分はとてもきれいな響きがするし、決して下手な演奏ではないのだが(上手い下手、で言えば、上手い演奏ということになるのだろう)。
音そのものがね、何か抑圧されてるんだよね。音がどこかへ向かおうとするエネルギーが、何か無理やりせき止められているような感じがする。この「BCL」シリーズの演奏は皆多かれ少なかれそうなんだけど。
「プロの演奏は上手いけれどつまらないが、アマチュアの演奏は感動的だ」みたいなステレオタイプな考え方って、もしかしたらまだしぶとく生き残っているのかもしれない、と、こういう演奏を聴くと思う。
少なくとも私が普段聴いているようなプロ演奏団体たちに関しては、そんな考え方はとっくに過去のものなんだけど。
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この1月に発売された、レナード・バーンスタインがフランス国立管弦楽団を指揮したラヴェル作品集のDVD(Dreamlife/DLVC1158)を、観る。
1975年、シャンゼリゼ劇場でのライブ収録。(画面に映った当該コンサートのポスターには、9月19日・20日という日付がある)

いやー、これ、ものすごく面白い。いきいきとした音楽を、いきいきとしたままに捉えて映像に収めている、と言うか。(○HKあたりの収録とは、感性が根本的に違うんじゃないか。)
バーンスタインという人の、フランス音楽との意外な相性のよさがよく分かる。中でも「ピアノ協奏曲」でのバーンスタインの弾き振りは、圧倒的の一言。この曲の、この世の果てのような抒情の世界から乱痴気騒ぎ寸前の底抜けの楽しさまでの幅の広さを、見事に表している。
私はこの、ラヴェルのピアノ協奏曲という曲が大好きで、CDも10種類以上持っているけれど、今後はこれ1枚あればいいと思ったくらいだ。
オーケストラも、今はもう聴くことのできない昔のフランスのオーケストラならではの音色を、充分に残している。クラリネットのトップにはギイ・ダンゲンの顔が見えるし、フルートのトップは今は亡きアラン・マリオンだ。とっても明るく美しい音のバソンとホルンは、何という人だろうか。
「ボレロ」のテナーサックスは、ジャック・テリー。あの特徴的なアタマですぐに判る(^^;。ソプラノはダニエル・デファイエ!
デファイエが92年に日本に来た時のインタビューで喋っていたけれど、リハーサルの時にバーンスタインが2人を指さして「Sexy Sax!」と叫んだんだそうだ。このコンサートの時の話じゃないかな。
\4935(税込)とちょっと高めの値段だけど、それだけの面白さは確実にあると思う。
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ガリー・ベルティーニ(指揮者、東京都交響楽団・前音楽監督、1927-2005)。
3月には、この人との永遠の「さよなら」もあった。
まさかこんなに早く亡くなるなんて思ってもいなかっただけに、ニュースを聞いた時は呆然としましたよ。
都響の音楽監督は辞めたものの、桂冠指揮者として引き続き客演が続くということだったので(実際、2006年の再来日は決まっていたらしい)、また聴ける日を楽しみにしていたところだった。
この人の指揮は、アクションは大きいのだが、無駄に大振りという感じは全然なく、しかも動き出しがものすごく鋭くてスピードが速かった。
あのスピードと瞬発力で、腕であれだけ大きな図形を宙に的確な形で描き出すというのは、並みの身体能力ではない(私にゃ出来ません)。音楽の深い理解という以外に、スポーツマン並みの身体訓練も必要だったはずで、亡くなってから77歳というこの人の年齢を改めて聞いて、記憶にあるその指揮姿とどうにも結び付かなくて不思議だったものだ。
世間一般的には充分「おじいさん」の年齢で、いつ亡くなられたとしても別に不思議ではなかった訳だけど。
先日遂にCD発売された、都響との最後の演奏であり、日本で最後の指揮となった、2004年5月のみなとみらいホールでのマーラー「9番」を聴いている(Fontec)。
どこが良いとか悪いとかいう単純な考え方を超えた、ある種特別な演奏で、実際に演奏会場で聴いた時もそう思ったし、今になって聴き返してみても尚更そう感じる。
実際その場に居合わせなかった人が初めてこのCDを聴いたとしても、ここにある特別な感情はおそらく伝わるのではないかと思う。
素晴らしい演奏ではあるけれど、その素晴らしさがうまく言葉にならない。
また、聴き始めると途中で止めることがどうしても出来ない、磁力のようなものが働く演奏なので、この先そう何回も聴き返すことは出来なさそうな気がしている。
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マルセル・ミュール四重奏団のLPレコードを入手。
勿論中古だが、なんと国内盤。原盤Erato、発売日本コロムビア。

マルC1968、という表示がある。驚いたことにステレオだ。
音だけは昔からカセットで持っていたが(ダビングを重ねたとおぼしきボケボケの音だが)、国内盤だとは知らなかったなあ。
裏面(部分) ※クリック拡大
解説はジョルジュ・グールデ(粟津則雄訳)。
見ての通りかなり良い状態(盤面も)だが、1500円という格安価格だった。これが海外のオリジナル盤だったら十倍以上の値段が付いていてもおかしくないのだが、国内盤というのは穴場だ。
単に売り手が価値を知らないだけなのかもしれないが。
はやいとこデジタルダビング環境を整備しなきゃ(ずいぶん以前からの宿題なのだ)。
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海-La Mer
フレデリック・フェネル指揮 大阪市音楽団(Fontec)
もうすぐ一周忌を迎えるマエストロ・フェネルの新譜を買った。
1986~1990年にかけて大阪市音楽団に客演した際のライブ録音が発売されたのだ。
冒頭のヴェルディ「レニャーノの戦い」(フェネルの得意曲だ)から、おお、市音だ、という感じの響き。各セクションがとても立体的でかつ柔らかく、非常になんとも、ヨーロピアンな感触を醸し出している。
ベネット(シンフォニック・ソングズ)のようなオリジナル曲では、佼成woの鮮やかさというか、筋肉質なサウンドに一歩譲るところはあるけれど。
メインはドビュッシー「海」の吹奏楽編曲版。聴く前はちょっと不安だったけれど、どうしてなかなか聞かせます。ただ、この曲のこの版をライブで収録するというのは、バランスという面では結構厳しいものがあるなあ。
アンコールピース4曲入り。懐かしや「Encore!」「サヨナラ!」の肉声付き。「ワシントン・ポスト」が充実の極み。ただのマーチなのに。「どうだね、素晴らしい音楽だとは思わないかね!」というマエストロの声が聞こえてきそうな気がする。
フェネルと、先日聴いたばかりのデプリーストって、何か共通する印象がある。
巨漢の黒人であるデプリーストと小柄な(身長150cm台)フェネルでは、見てくれは勿論全然違うけれど、共に「アメリカ」の最良のありよう(シンプルで明るくあること、率直に若々しくあること、人生肯定的であること、等々)を体現しているように思える。
指揮をしていて、ときおり右腕を斜め上方に高々と指し挙げるしぐさも、両者に共通する。カッコいいんだなこれが。下手に真似をすると本当に物真似って感じでみっともないんだけど。
そういえば日本人の指揮者(斎藤メソード門下)ってあまりこのアクションをしないですね。

クライスラー名曲集~ジェラール・プーレ(Vn) (Meister Music)
私の贔屓のヴァイオリニストのひとり、7月にもリサイタルを聴いた、ジェラール・プーレの新譜。
ベテランの至芸。
これこそが、「音楽」だ。…それ以上の言葉が出て来ません。
このCD、録音会場が、よこすかベイサイド・ポケットとのこと。
なんと、アンコン本番で何度も演奏しているホール。こんなに素敵な響きのする場所だったのか。
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ちょっと前のことだが、アフィニス文化財団が発行する「アフィニス・サウンド・レポートNo.30」というCDを入手。
アフィニスはJT傘下の財団で、国内プロオーケストラへの助成をはじめとするいろいろな文化事業やメセナ活動、 虎ノ門のJT本社内にある「JTアートホール」を舞台とした主催公演を行っている。
このCDは、今年2005年に創立周年記念を迎えた、3つのオーケストラのライブ録音が収録されている。お目当ては都響第600回定期公演での、ジャン・フルネ指揮のラヴェル『ダフニスとクロエ』第2組曲であります。
抽選で無料で頒布されるという話を聞いて、申し込んでみたら当たったのだ。
さてこの『ダフニスとクロエ』。この曲は実演でも録音でも数々聴いたけれど、これほど感動的な演奏は聴いたことがない、と言い切ってしまう。私も会場で聴いた、今年1月の当該演奏会の感動をまざまざと思い出した。
こんな、非売品みたいな形でのCD化は実に勿体ない。同じ日に演奏された小泉和裕指揮の『家庭交響曲』(R.シュトラウス)は、市販盤としてCD化されているのに。
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今日は寒かったですね。
久しぶりに呑気に新着CDのご紹介など。

フォーレ/ピアノ四重奏曲第2番、フランセ/八重奏曲、デュティユー/引用
エスビェルク・アンサンブル(Scandinavian Classics)
この週末は東京を離れてくる予定で、その帰りにコルドンブルー室内管弦楽団を聴こうと目論んでいるのだが、今回のプログラムというのが4曲全部フランセの室内楽作品という、まあ、アマチュアとしてはかなりに無謀というか、アレなんですが。これで聴いて楽しめる演奏が実現出来ているとしたら、ホントにすごいんだけど。
で、プログラム中、八重奏曲というのだけは知らなかったので、ネットで検索してみたら、このCDが安く入手できることが判明、アンサンブル・ウィーン=ベルリンのCDとかを横に見つつ買ったのだった。
レーベルや演奏団体(12人の多国籍メンバーからなるヨーロッパの団体、ということしか判らない)の怪しさとは裏腹に、なかなか正統的でいい演奏をしている。…しかし、フォーレの四重奏曲第2番、いい曲だあ!

シベリウス/管弦楽曲、歌曲集(EMI)
Tone Poems / Songsというタイトルだけど、歌曲は2枚組CDの最後の4トラック10分足らずのみ、実質は管弦楽曲集。GEMINIというEMIの新しい廉価CDのシリーズのひとつで、ドラティ指揮ロンドン響の「ルオンノタール」「ある伝説」「夜の騎行と日の出」「大洋女神」、ギブソン指揮スコットランド国立管の「クリスティアン2世」「カレリア序曲」「吟遊詩人」、サージェント指揮ウィーンフィルの「フィンランディア」「カレリア組曲」などなど、昔のEMI系廉価盤で馴染みの音源を再編集したもの。
なんといってもLP時代以来の愛聴盤だった、サー=アレクサンダー・ギブソン指揮の「クリスティアン2世」がCDで聴けるのが嬉しいです。ストレスのない響きでスコーンと鳴り渡る金管は英国のオケならでは。
ワタシ的にはシベリウスの最も好きな作品。シベリウスのいくつかの劇音楽の美しさは筆舌に尽くしがたい。
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今月買ったCDの中に、エリック・コーツ(Eric Coates、1886-1957)の管弦楽曲の新録音がある。

エリック・コーツ「ロンドン・アゲイン」
ジョン・ウィルソン指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィル(Avie)
私の周りには、イギリス音楽好きを自称する方は結構いるけれど、このコーツを始めとするイギリス伝統のライトミュージックまでも守備範囲をする人はそれほど多くない。私の周りばかりではないが。昔から不思議に思っているんだけど(ワタシも昔、コーツが好きだと言ったおかげで散々ヲタク呼ばわりされたもんだ)。
その作品の親しみやすさと質の高さからすれば、せめてルロイ・アンダーソンの半分くらいの人気はあったっておかしくないのに。
という訳で私としても、ブログ開設以前の本家サイトの日記の頃から、機会あるごとにネタにとり上げて布教活動をしている訳なのですが。
久しぶりのコーツのCD新譜は、チャールズ・グローヴズ以来のコーツ演奏の伝統を誇るロイヤル・リヴァプール・フィルの演奏。最も有名な『ロンドン組曲』は入っていないけれど、その続編『ロンドン・アゲイン』や、初耳の曲も含むゴキゲンな1時間。
初めて聴く『3人の男』組曲(The Three Men Suite)の2曲め'The man about town'には、ダンスホールの音楽のような雰囲気に乗ってテナーサクソフォンを吹きまくる音が聞こえてくる。演奏者はRob Bucklandというクレジットがあった(おお、アポロ・サクソフォンカルテットのアルト奏者だ)。
同3曲め'The man from the sea'には、珍しくもヴォーン=ウィリアムズみたいな民謡調もあって、「普通の」イギリス音楽好きの方にもウケるのでは。
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海へ/高木綾子(Fl)、福田進一(Gt)(日本コロムビア)

17日に(うわ、もう今週の土曜日だ)フロートで小さな本番があって、「タンゴの歴史」のSaxカルテット版を吹くことになっているんだけど、そういえばこの曲の原曲のCDって持ってなかったな、と思い、急遽買ってきたCD。
高木さんは先日たまたまモーツァルトのコンチェルトを聴いて実力の程を知らされたところで、タイムリーではある。ざっと聴いただけだが、きれいな「あとがけヴィブラート」を駆使した、よく考えられた好い演奏だと思う。
しかしこのCD、演奏はともかく、このデザインコンセプトというか見てくれにはちょっと、引いてしまうものがある。最近はこういうのが流行りなんでしょうか。
…
フロートの本番は、ソプラノ吹きM山氏の勤務先中学校のPTA主催のミニコンサートなんだが、曲目が
・ヘンデル/シバの女王の入場
・バッハ/アリア
・アルベニス/セビリア
・同 /コルドバ
・ピアソラ/タンゴの歴史より1、2、3
・ガーシュウィン/3つのプレリュード
にアルト&テナーのデュオの小品が4~5曲入るという、ちょっとしたリサイタル並みの分量で、結構大変。
しかもアルトのTセンセが今回休みで、M山氏の元教え子の若い女の子(某音大卒)をトラに呼んでるんだが、このぐらいの曲目を合わせ2回くらいで上げてしまうフロート流儀にはかなり、焦っている様子。
ピアソラは私も初めてなので、「タンゴの轢死」とか「タンゴの溺死」にならないよう、気を引き締めて臨まないと。
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ラフマニノフ/交響曲第2番
バーンスタイン/「ウェストサイド・ストーリー」より シンフォニックダンス
ジェイムズ・デプリースト指揮 東京都交響楽団(Fontec)
7月に出たフォンテックの都響40周年シリーズ第1回発売分の1枚。「のだめカンタービレ」への実名登場などなにかと話題の多い、現常任指揮者ジェイムズ・デプリーストの1994年、2004年のライヴ。
今現在発売されている「レコード芸術」最新号の月評にて、あの宇野コーホー氏が、このCDを、読んでいてちょっと気恥ずかしくなるような例の調子の文章で絶賛していた。ラフマニノフは同曲のベストワンの演奏なんだと。なんだか「誉め殺し」、という言葉すら思い浮かぶほどだ。ご存じない方は立ち読み・図書館等で(^^;ご確認を。
普段は笑い話のネタにしかしない(^^;宇野氏の文章だが、こういう時だけはちょっと嬉しいのは、単純にファン心理か。
この、1994年(デプリースト初来日時)のラフマニノフ2番は、私も客席で聴いていた。開演前からなぜか、なんだか今日はすごく良い演奏会になりそうな予感がしていて、終わってみたらまさにその通りだったという、(これだけたくさんコンサートに通っていても)滅多にない記憶が今でも残っている。
余分な言葉なんか無くても、充分良い演奏なんだけどね。

チャイコフスキー/6つの小品、四季
ピアノ:ミハイル・プレトニョフ(東芝EMI)
これまた、やはり8月24日発売分の1300円盤シリーズの1枚。8月は豊作ですな。
チャイコフスキーの「四季」は初めて聴く(うち何曲かは知ってたが)。ひと月ごとに12曲、あまり季節毎にはっきり対比のある音楽ではないが、Sax四重奏か何かに編曲しても良さげな、チャーミングな小品集です。
誰か書きませんか。
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熊本から帰ってから(その前からだけど)、本業関係がむやみに忙しく、メール読んだりWebをさまよったりする時間帯が午前2時過ぎくらいになってしまい、ネット関連が何かとお留守になってしまっている。今日はこれでも早いほう。
Sheet music Plusに注文していた、ミヨーのフランス組曲のスコアが届いた。
$10とのことだったので、同志を募って3冊注文したら1冊あたり$8.5に値引きとなり、送料が$13.95かかったものの(1冊注文だと$7.99)、合わせて$39.45と、1冊1500円もせずに済んだ。
どんなのが届くのかと思っていたら、見てのとおり大判サイズの、フルセット版に入っているのと同じコンダクターズ・スコアだ。
吹奏楽の曲でも何でも、大抵はこうやってスコアでもパート譜でもバラで入手することができるようで、さすがアメリカというか。1000円や1500円でこうやって気軽にフルスコアが買えるんだったら、別にわざわざコピーなんかせずに誰だって買うよなあ。日本では考えられない。
というか、(楽譜が)売られていないからコピーに走るのか、違法コピーが氾濫するから楽譜が発売されなくなるのか、これらはタマゴとニワトリの関係だ。はっきりしていることは、昔の、物のなかった時代の日本の「とりあえず何でもコピー」、というメンタリティを、いい加減捨てなきゃいけない、ということだろう。
久々に新着CDご紹介。

ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界より」、序曲「謝肉祭」、スケルツォ・カプリチオーソ
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団(東芝EMI)
東芝EMIから発売されている1枚1300円の廉価盤シリーズの、本日(8月24日)発売分の1枚。
この7月惜しくも亡くなったジュリーニの、若き日の(1961年)録音であります。
ジュリーニというと、遅いテンポで悠然と歌い上げる巨匠、というイメージがあるけれど、これは全然違う。カラヤンの指揮、と言っても納得してしまうほど、颯爽としていてカッコいい。しかし強引なところや不自然な流れは一切なく、造形は非常に端正でありながら、その中には熱い「歌」が満ちている。
…要するに、ちょっと聴きには「普通の演奏」、と片付けられてしまいそうなものだけど、このような演奏を実現することのいかに難しいかを知る心ある人は、是非聴いてみてほしい。
「新世界より」の録音を聴いて感動したなんて、それこそ何十年ぶりだろうか、というところ。
カップリングも素晴らしいです。謝肉祭序曲なんて、吹奏楽に編曲したって聴き映えがするだろうし、もっともっと演奏されてもおかしくないと思うんだが、あまり聴かないよなあ(生では一度も聴いたことがない)。
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R.シュトラウス/家庭交響曲
ムソルグスキー/はげ山の一夜(原典版)
小泉和裕指揮 東京都交響楽団(Fontec)
フォンテックから都響40周年記念シリーズというライブCDのシリーズが出たのだが、7月に発売された4枚(全11枚発売予定)の中の1枚は、小泉さんの指揮でリヒャルトの「家庭交響曲」。今年1月の第600回定期公演のライブ、ということは私も聴きに行ったこれのことだ。とめちゃん氏のバスサックスが出演していたアレです。
サックス群に彦坂さんとか大森さんとか、錚々たる顔ぶれが出演していた記憶がある。バスは波多江さんだった。
とは言っても、この曲のサクソフォンパートはほとんど「音量増幅器」としての役割なので、CDを耳をすまして聴いてもサックスの音は全く聞こえない。
演奏自体は小泉さんと都響の実力がよく表れていると思う。
むしろ聞きものは余白の「はげ山の一夜」原典版か(普通演奏されるのはリムスキー=コルサコフ改訂版)。
ぜーんぜん違う。最初の数分はそれでも少しは似てるけど、あとはちょっとだけ同じ素材を使った全く別の曲としか思えない。良く言えば野性的、悪く言えば支離滅裂な音楽。最後の夜明けの場面も無く、支離滅裂なまんま終わっちゃう。なんじゃこりゃあ。今まで親しんできたこの曲はいったい何だったんだリムスキーコルサコフ。
これは面白い。ご存じない方は是非ご一聴を。

ラドミロー/ヴァイオリンソナタ、チェロソナタ、クラリネットソナタ(Skarbo)
ドガレイユ(Vn)、シフォロー(Vc)、ランスロ(Cl)
先日の静岡で見つけた、ラドミロー(1877-1944)のソナタ集のCD。ポール・ラドミロー協会の会員でもある中原朋哉氏に送ってもらったもの。
なんといってもジャック・ランスロのクラリネットというのがポイント高いです。1980年録音とのことなのでそれほど新しい録音ではないのだが。ドガレイユも何度も生で聴いている実力派のヴァイオリニストだし。
グレインジャーとヴォーン=ウィリアムズの影響を受けたドビュッシー、みたいなこの作曲家のキャラクターが、管弦楽曲とかより一層よく聞きとれると思う。
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行きつけ?のCD屋さんのバーゲンコーナーのワゴン中に、カラヤン=ベルリン・フィルの「展覧会の絵」のDVDがあったので(1620円)、買ってきた。

ソニークラシカル・SVD53480という型番。1986年2月ベルリンにて収録、とのこと。
「プロムナード」が始まった瞬間に「わーっカラヤンだ」と分かるような、お得意のモルト・レガートスタイル。
すごく懐かしいような、そうではなく見慣れた映像のような、どちらの感じもある、不思議な気分だった。明らかに別撮りと判る各ソロのクローズアップ場面の不自然さには、時々笑えたが。
「古城」のSaxソロは期待どおり、デファイエだった!
これまた懐かしの高雅な等速ヴィブラート。時にデファイエ、63歳。楽器は手元しか映っていなかったが、ネックのカーヴ具合や左手親指当ての大きさ等から、未だビュッフェと思われる。(しかしオレは何を見てんだ?)
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マルセル・ミュール/コンプリメンタリー(グリーンドア音楽出版)。
以前のエントリーでご紹介したもの。

コイツは、いいですね!
世に数あるミュールの復刻CDの中でも、最も録音年代の新しい、音質の良い音源だと思う。
LPの板起こしなので、勿論少しは針音はするけれど、SP復刻のジリパチ・ノイズに拒否感を持つ向きでも、この程度だったら許容できるのではないかと思われる。
…それにしても、どれもこれも、何という素晴らしい演奏だろうか。
ひとつだけ挙げるなら、ボノーのヴァルス・カプリス。セルマーのLPレコードの頃からの有名なテイクだけど、背後に大オーケストラを従えたかのような沸き立つ音楽を、たった一人で実現してしまった奇蹟のような演奏を、もしまだご存じない方がいたら是非お聴きあれ。
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ヤフオクに新古品が800円で出ていたので、思わず落札したCD。

イベール/ディヴェルティスマン、プーランク/バレエ組曲「牝鹿」、ショパン(デゾルミエール編)/レ・シルフィード
ロジェ・デゾルミエール指揮 パリ音楽院管弦楽団(LONDON)
デゾルミエール(1898~1963)。フランスの指揮者の中でもかなりにマニア好みの方のようで、私も実際に聴くのは初めてだったのだが、いざ聴いてみたら非常にキビキビとしたモダンな演奏をする人だったので、ちょっと驚いた。
調べてみたらこの人、マルティノンの師匠だそうだ。なるほどね。どちらも、作曲家兼業の指揮者ならではの明晰さのようなものを共通して感じる(あとマルケヴィチとか、ちょっと違うけどブーレーズとか)。ショスタコーヴィチの交響曲第5番のフランス初演も振っているらしい。もう少し長生きしていたら、フランスの指揮者業界地図はかなり違っていたんじゃないかと思われる。
1950&1951年のモノラル録音ながら、当時のDECCAご自慢のffrr録音による素晴らしく鮮明な音で、とても50年以上前の録音には聞こえない。ヘタな最近の録音よりよほどリアリティを感じる。
…
一昨日のユースwoの感想で、天野さんの曲を「濃度が同じ」と書いたら、珍しく複数の方よりメールにて反応があった。
曲の良し悪しの問題というより、オーケストレーションの問題、演奏の問題、あるいは「吹奏楽」という媒体の問題があるのではないかと、まあそういうところ。
天野さんの最近の吹奏楽曲を聴いた機会は数回しかないけれど、どれもあんまり強い印象というのが無いんだよね。
演奏のせいなのかな。吹奏楽コンクールの全国大会みたいな場で聴けば、強い印象を持てるんだろうか。
もしかしたら曲自体に、中途半端な演奏というかアプローチを許容してしまう性質があるのかも、とも思う。
誤解の無いように言っておくけれど、私自身は、天野さんのことは20年以上前、バリバリの現代音楽を書かれていた頃から存じている。今は無くなってしまった青山タワーホール(現代音楽の殿堂)で、天野さんの作品発表会(のようなもの)が開かれた時、大学生だった私がなぜかステージ係のバイトをしていたとか。
打ち上げまでご一緒させていただき(これまたなぜか三善晃の「管弦楽のための協奏曲」の話題で盛り上がったり)、無知だった当時19歳の自分にとっては、「音楽」という特別な世界のまさに最先端に接した、初めてに近い経験で、鮮烈な印象を残したのだった。
…そんなわけで、天野さんの吹奏楽曲に接する度に、「この人の才能はこんなもんじゃない筈だが、」と思ってしまうのは、まあ、ある程度仕方のないことかと。
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正確には新着という訳ではなく少し前に買ったものだが、この作曲家については先日、ピアノ曲のCDをご紹介して以来トラックバックをいろいろ頂いていてタイムリーだし、そういえばこちらではまだとり上げていなかったので…

ロパルツ/弦楽三重奏曲、前奏曲・海景と歌、弦楽四重奏曲第4番
Ensemble Stanislas(Timpani)
聴き物はやはり、フルート、ハープに弦楽三重奏という編成の、隠れたる傑作"Prelude, marine et chansons"か。
編成上、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」、あるいは「神聖な舞曲と世俗の舞曲」にも似た、アルカイックな音世界。
ハープのボロ~ンという低音域の響きには、なにか古代世界への誘いを感じるものがある。琵琶法師の琵琶みたいなもんか(突飛な連想だが、まんざら冗談でもないかも)。
他の曲も、特にフランス音楽が好きという訳でなくても、この浮世離れした美しさは充分に受け入れられるのではないかと思う。

シベリウス/交響曲第2番
バルビローリ/ロイヤルフィル(Chesky)
こちらは届いたばかりの、本当の新着。
2月に都響の定期でシベリウスの2番を久々に聴いて感銘を受けたのがきっかけで、Amazonを探っていたら、私にとってLP時代の刷り込み(70年代の終わり頃、RCAのゴールドシールで出ていた)であるこの演奏がCDになっていることを発見し、注文していたもの。結構時間がかかった。
古い録音(1962年)だが、たいへんリアルなしかも聴きやすい音で復刻されている。
バルビローリのシベリウスは、EMIから出ている5枚組CD(ハレ管弦楽団)を持っているけれど、こと2番に関してはこのRPO盤のほうがずっといい演奏だと思う(自分にとって聴き慣れている、というだけでなく)。
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ヤフオクで、ロパルツのピアノ曲集のCDを落札、本日届いた。

ロパルツ/庭園の音楽、3つの夜想曲、スケルツォ、若い娘たち
Pf:ステファヌ・ルムラン(ATMA)
ロパルツ(1864~1955)は、ドビュッシーと同年代のフランスの作曲家。先日ご紹介したル=フレムなんかと同じく、ドビュッシーの影で忘れられた作曲家、ということになるんだろうけれど。
さてこのCD、この手の作曲家を調べるときに必ず見るぷ~れんさんのサイトにも載っていないので、よほどの珍品なのだろうか。まだ1回ざっと聴いただけだが、フォーレのような(ある意味フォーレ以上に?)美しい曲が並んでいて、忘れられるにはあまりに惜しい作曲家だと思う。
去年の夏、この人の「小交響曲」の日本初演(モーツァルト・オーケストラ静岡)を聴きに、静岡県島田市まで旅をしたものだった。また、10年以上前だが、大島義彰指揮の新日本フィル&新都民合唱団で「レクイエム」の実演を聴くことが出来たのも幸運だった(ロパルツの「レクイエム」は、カンプラのそれと並んで、フォーレ以外で私の最も好きなレクイエムだ)。
プラッソン指揮による「交響曲第3番」のCD(東芝EMI)は、最近入手しにくいようなので、ロパルツ作品の中で現在最も入手しやすいCDは、おそらくNaxos(初出はMarco Polo)の「聖ニコラスの奇跡」ほか合唱曲集だと思う。
初期のフォーレ、ドビュッシーの響きを愛好される向きには、是非お薦め。
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新着CD。中古です。

ロジェ=デュカス/バレエ前奏曲、オルフェ、春の夜想曲、フランス組曲
レイフ・セゲルスタム指揮 ラインラント・プファルツ州立フィル(Cybelia)

ル=フレム/ピアノ五重奏曲、ピアノのための3つの小品
アキテーヌ国立室内楽センター(Cybelia)
今は無くなってしまった(音源はMarcoPolo等に散逸した)仏CybeliaレーベルのCDなのだが、見てのとおり日本語解説・帯付きの国内仕様。90年代の最初の頃はNECアベニューが輸入元となってこういう形で発売されていたのだ。時あたかもバブル景気の最後の頃。今では考えられませんわな。
ロジェ=デュカス(1873~1954)は、ドビュッシーのサクソフォンのための『ラプソディ』の管弦楽編曲を行った人物、ということを知っている人はエライ(「魔法使いの弟子」のデュカスとは別人。念のため)。作曲家としては無名に近いけれど、なかなか素敵な曲を書く人だ。指揮はヘルシンキ・フィルとのシベリウスの録音や、読響への度重なる客演によっていまや巨匠への道を歩むセゲルスタムだが、この頃はこんな仕事(失礼)もしてたのね。
私の音楽の好みとしてはル=フレム(1881~1984、長生き!)のほうにいっそう惹かれる。北国のドビュッシー、という感じの静謐さが魅力的です。Accordとかから出ているCDを横目に見つつ、聴くチャンスを持たずにいたんだけど、今回中古・安価・日本語解説付きというエサに飛びついてみて正解だった。
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昨日の練習帰りに寄ったCD店で、オーストラリア・ユニバーサルのローカルリリース盤を1枚790円で大量にワゴンセールしていて、普段あまり見かけないようなアイテムも結構あったので、2枚買って帰ったところ。

ダンディ/フランスの山人の歌による交響曲 デュトワ指揮モントリオール響
デュカス/交響曲 ワルター・ウェラー指揮ロンドン・フィル(Decca)
デュカスの交響曲(1月の都響定期で指揮者フルネ不在で演奏された曲だ)は好きな曲なので、大抵のCDはチェック済(フルネの新旧、マルティノン、ジョルダン、フォスター、スラトキン、トルトゥリエ、ロペス=コボス…)だと思っていたが、この演奏は知らないぞ。1974年10月録音とのことで、私の知っているこの曲の録音の中では古いほうだ。
聴いてみたが、イギリスのオケだけあって金管(ホルン、トランペット)が良く鳴っていて気味のいい演奏だった。誤魔化さずに鳴らし切るのでボロを出している箇所もあるが(^^;、なかなか気に入った。カップリングのデュトワの『フランス山人』(近代フランスの田園交響曲とも言うべき傑作で、これまた大好きな曲)も定評あるものだし、得した気分。
もう1枚。

ベートーヴェン/荘厳ミサ曲
サー=チャールズ・マッケラス指揮シドニー響、ほか(ABC Classics)
いかにもオーストラリア・ローカルという演奏者で、評判とかも全然聞いたことがなかったが、「ミサ・ソレムニス」のCDをちょうど欲しかったところだったので買ってみた。実はあまり知らない曲なので演奏がどうなのかはよく判らないが、とりあえず曲を知るには充分でしょう。
最後まで聴いたら拍手が入っていたのでライヴだと分かった。ライヴだったら収録年月くらい表示してくれえ(何も書いてない)。
…
都響ジャーナルのページ内に、先日妥結した都響団員の契約制移行に関する労使交渉の経過報告が上がっている。
苦渋の決断であったことが窺われ、複雑というか、なんとも言いがたい気分。
…何事も、「音楽のために」良い判断と処置がこの先為されますように、と思わずにはいられない。
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今日届いていたパイパーズ誌上でもバラされていたけれど、都響首席トランペットの福田善亮さんが3月いっぱいで退団、札幌交響楽団に移籍されるそうで、個人的にはちょいとショック。
#こちらのページ(ACTUS/ブラスプロのサイト内)にもちょろっと載っている。
もう一方の首席・高橋敦さんも素晴らしいプレイヤーではあるけれど、やはり、20年慣れ親しんだ都響の金管の音はほぼ福田さんの音とイコールだったからなあ。残念というか、複雑な気分です。
…
今日の新着CD。
本日発売の新譜。「REED!×3」と題して、アルフレッド・リードが大阪市音を振ったライブ盤がフォンテックから一気に3枚出た。
曲目の興味から、とりあえず第3集を買ってみる。

A.リード/エル・カミノ・レアル、2つのバガデル、交響曲第3番、第6組曲、エルサレム讃歌
アルフレッド・リード指揮 大阪市音楽団(Fontec)
(Fontec社サイト内の紹介ページはこちら)
おなじみリード博士の指揮とはいえ、最初の『エル・カミノ・レアル』からいきなり、聴き慣れたものとは全く違う新鮮な音が出てきて、これはちょっと「目から鱗」の演奏かも。
言っちゃ悪いが、バンド全体の音色の存在感がたとえば東京の某プロ楽団などとはそもそも比べ物にならないし、いついかなる時も各セクション毎のサウンドが完全に確立しているので、オーケストレーションの変化に伴う響きの色彩の変化が実に立体的に判る。ヨーロッパのバンドみたいな音だ。というか、リードさんの音って本当はこうだったのね。知らなかったよ、私としたことが!
『エルサレム讃歌』の例のソロを、ソプラノサックスではなく譜面どおりクラで吹いているのが唯一残念だが、リード好きなら絶対必聴のCDだと思う。
これは残りの2枚も買わねばなるまい。
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1/29の演奏会場で購入したCD。

フォーレ/組曲『ペレアスとメリザンド』
同 /組曲『シャイロック』
同 /レクイエム
ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団、晋友会合唱団、他(Fontec)
フォンテック社のサイト内の紹介ページは こちら
フルネの昨年4月来日の際の演奏会から、4月28日東京芸術劇場での都響「作曲家の肖像~フォーレ」という演奏会をそのまま収録したライブ。
私はこの時、他の3回の演奏会は聴いたのだが、この4/28だけは仕事の都合で聴けなかったのだ。CD発売ばんざい。
しかしそれにしてもこの演奏、良い。良すぎる。最近たくさん出るようになったフルネのライブの中でも、最高の演奏かもしれない位だ。オレのいない芸劇でこんな水準の演奏会が開かれていたのか。ああ。仕事なんかさぼってでも聴きに行くんだった。
『シャイロック』の収録が嬉しい。この中の「夜想曲」など、もしかしたらフォーレの最高傑作ではないかと思えるほど感動的な曲なんだけど、今まであまり良いCDが無かったのだ。今後は間違いなくこれがスタンダードになるだろう。
『レクイエム』は更に素晴らしい。…(もう1回聴いた)…ううむ。何も言えなくなってしもうた。言葉の無力を感じる。…
フルネが都響に初客演したのは1978年のことだそうだ。以来今日に至るまでほぼ毎年来演が続いている。
1978年といえば私は高校2年生だった。奇しくもフォーレの『レクイエム』をFM放送で初めて聴いて、そのあまりの美しさにノックアウトを喰らった頃だ。フォーレだけではない。ドビュッシー、ラヴェル、シャブリエ、イベール、プーランク、ミヨー、ダンディ、etc.…など、高校2年から3年にかけて立て続けに聴いたりレコード買ったりしてハマりまくり、一生治らない真性のフランス音楽中毒に罹ってしまった。
その当時、少ないお小遣いの中から買ったレコードの中には、フルネ/チェコフィルのドビュッシー『海』もあった。スプラフォンの1枚1300円の廉価盤だ。フルネという指揮者が日本に来ていることはまだ知らなかったが、因縁めいたものを感じる。
…
フルネについてはいくらでも書けるけど、とりあえずこのくらいにして、次の1枚。
再発売を長年待ち望んできたCDがついに発売された。

サン=サーンス/管楽器のための作品集
オーボエ・ソナタ、バソン・ソナタ、クラリネット・ソナタ、他
モーリス・ブルグOb、モーリス・アラールBn、モーリス・ガベCl 他(Calliope/CAL4819)
1988年頃、ビクターから国内発売されたことがあるが、それが廃盤になってからはずっと(日本ばかりか海外でも)市場から消えていたもので、今般、十数年ぶりにめでたく入手可能となったものだ。
国内盤のほうは既に持っていたが、あまりに嬉しかったのでついこれも買ってしまった。
このCDの素晴らしさは筆舌に尽くしがたいもので、どのくらい素晴らしいかというと
「これは、管楽器で演奏されたあらゆるCDの中でも、究極にして最高のものである」
と、恐れず断言してしまいたいほどのものだ。
このCDが再び世に流通するようになったのは、管楽器を愛好する全ての人にとっての僥倖である。
本当は以下にもっと長い文章を書いたのだが(既に充分長いという話もあるが)、この場には場違いな感じになってしまいそうなので止めにした。
近日中にに改めて本家サイトの方にきちんとした形でupしたいと思っている。
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今年、最初に買ったCD。
サミュエル・バーバー管弦楽作品集
「悪口学校」序曲
ノックスヴィル、1915年夏(シルヴィア・マクネアーSop)
管弦楽のためのエッセイ第1番、第2番
弦楽のためのアダージョ
メデアの瞑想と復讐の踊り
ヨエル・レヴィ指揮アトランタ交響楽団(Telarc)

都響の今年(というか、来2005年度)予告されている主催公演の中に、ジェイムズ・デプリースト指揮によるバーバーの特集という回がある。
東京芸術劇場で開催される「作曲家の肖像」と題するシリーズの1回で、このシリーズはその名のとおり毎回一人の作曲家の作品のみによる個展である。有名な作曲家による名曲コンサートみたいなプログラムも多いのだが、時々こういう、珍しいというか、なかなか実演では聴く機会のない作曲家もとり上げられる。今回のバーバーはまさにそれで(普通バーバーの作品だけで一晩の演奏会なんて考えられないでしょ)、しかも都響の新常任指揮者デプリースト十八番の「お国もの」、ということで、告知を聞いた時から楽しみにしているところだ。
その演奏会で演奏される「ノックスヴィル…」と「エッセイ」の入ったCDを見つけて、予習がてら聴いてみようと思ったのであります。
1回ざっと聴いただけだけど、第一印象としてオーケストラが非常に巧い。音色が均質だし、よく揃っているのに窮屈な感じがせず伸びやかに鳴っている。アメリカのメジャーオケ恐るべし。吹奏楽育ちの人間に受けそうな演奏かも。そういえば曲自体も、なんか吹奏楽コンクールの会場に似合いそうな感じだ。
録音もいいです。Telarcというと録音の良さを売りにしているレーベルということになっているけど、実は結構そうでもないものも多い、というのが現実なのだが、これは看板に偽りなし、だと思う。
それにしても「ノックスヴィル、1915年夏」ですか。美しいタイトルですね。ソプラノ独唱を伴う、題名から受ける印象そのままのノスタルジックな佳曲だ。ありがちと言えばありがちなネーミングだけど。
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