カテゴリー「CDを聴く」の記事

2008.01.01

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

当ブログも開設以来4年めを迎えることとなりました。
変化の速い現代という時代にあって、個人ブログというもののありようは開設当時と微妙に変わってきていることを実感しますが、そんな中でも変わらないスタンスを持ち続けるものとして、自分自身の記録を記し続けることができればと思っています。
本年も当ブログ「Thunder's音楽的日常」をよろしくお願いいたします。

Le Quattro Stagioni新年初めて鳴らしたCD。
というか、ほぼ毎年、我が家では元旦の朝に儀式のようにこのCDを鳴らすのが習わしとなっていて、他の時期にはまず聴いたことがない。
ヴィヴァルディの「四季」。アルド・チェッカート指揮ミラノ・アンジェリクム室内合奏団、フランコ・グッリ(Vn)。
あのCharlinの原盤で、1993年頃に徳間から国内盤CDが発売されたもの。徳間のシャルラン盤は音が劣化していたものが多かったけれど、これはそれほどでもなく、新春というこのめでたい季節にふさわしい、非常に雅びやかで水の滴るような雰囲気豊かな美音を楽しむことができる。
ジャケットはブリューゲルの「四季」ですね。

Le Quattro Stagioniブックレット裏はこんな感じ。
おお、Charlinだ。(^_^)

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2007.11.18

伝統について(ある序章)

Schumann, Symphonies先日はじめて生で聴いて感激を新たにした、シュターツカペレ・ドレスデン。
久しぶりにCDを取り出して聴く。
サヴァリッシュ畢生の名盤、シューマン交響曲全集(EMI)より、第1番「春」。

1972年の録音。
同じオーケストラとはいえ、35年も前、「東ドイツ」「共産圏」などという言葉が現役だった時代だけに、さすがに音色は、先日聴いたものとはずいぶん違う朴訥としたものだし、EMIならではの残響過多でボケ気味の録音が余計、古めかしさを演出している。
だけど、渋ーい音で冒頭のファンファーレが始まってすぐ、弦を含む全奏が出てくる瞬間の、雲の切れ目からぱっと陽が射すような衝撃にも近い雰囲気は、このオーケストラならではの輝かしさだ。
これがこのオーケストラの「伝統」、なのか。
私にとってシューマンの交響曲の原イメージは、ほぼこの演奏と同一化している。

先日聴いたパリ管も、設立当初(1960年代末頃)の録音を聴くと、今とはずいぶん違う音色が聞こえてくる。
バソンが全部ファゴットに置き換わったのをはじめ、楽器だってかなり違うし、金管の音色は(70年代から80年代に音楽監督だったショルティとバレンボイムの主導だと思うが)相当にアメリカナイズされた。
実のところ私の本当に好きなパリ管は70年代までのものなのだけれど、それでも、うまく言葉で言えないながら、パリ管ならではの音色の「軽み」、このオーケストラでなければ味わえない独特の洗練というのが今なお「伝統」のようなものとしてあるからこそ、チケット高ぇーと文句言いながらも来日する度に聴き歩いている訳で。

「伝統」とは、古いものや昔のスタイルがそのまま残ったものだと思われがちだけれど、実はそういうものでもない。
伝統とはおそらく、外見がどんなに変わったとしても、あるいはすべてを変え尽くそうと意図して努力したとしても、なお変わらない部分にこそ、存在する。

…この後には、「伝統」というものについてのおそらく膨大な量の考察が続くことになるのだが、それはまた、いつの日か。

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2007.10.13

明日は小豆島

広島に住んでいる、相方の祖父の卒寿のお祝いのため、明日明後日と小豆島に行ってきます。
なんでも、若い頃の思い出の場所らしい。
#しまっぷー先生に別件のメールのついでに報告したら、「自ら島送り!しかも家族を巻き込んで!」見上げた心がけだ、と誉められてしまいました。ちょっと違うんですけど(^^;。
瀬戸大橋経由で、高松から船で渡ります。うおお、四国初上陸だあ!(一瞬だけど)。

Inbal, Brahms只今のBGMは、ブラームスの交響曲。エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(DENON)。
4曲の全集BOXが3000円で再発売されていたのを、先日、CD店頭で見つけ、ふと閃くものがあって買ってみたもの。
1番から順番に聴いて、さきほど4番を聴き終わったところ。
なかなか充実した演奏。現代のスタンダードなブラームスの演奏といっていいと思う。
1番が名演だと思った。対して2番はちょっと軽くて、モダンな感じ。4番も良かった(が、1番ほどではないか)。そして、どれをとっても紛れもなく、20世紀末のドイツのオーケストラの音がする。

まあ、ブラームスは色々な演奏が山のように発売されているし、聴いている人も多いから、私の感想などではあまりアテにはならんでしょう。
それでも、インバルという指揮者がすごい「指揮力」(うまい言葉が見つからないのでヘンな言い方だが)の持ち主だ、ということは、判る演奏だ。

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2007.09.01

デニス・ブレイン没後50年

9月になった。
つい1週間前の酷暑が嘘のようだ。

Cd158本日2007年9月1日は、不世出のホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)の没後ちょうど50年の日だそうだ。
(上記リンク、ファンサイトのお手本のような作りだ。ワタシも見習わなければ)

ということで、手持ちのCDを久しぶりに引っ張り出して聴いている(Testament SBT1022)。
シューマンのアダージョとアレグロ(1952年録音)で始まるんだけど、なんだこれは。あまりにもすいすい音が当たるもんで、まるでホルンに聞こえないぞ。
デュカスのヴィラネル(1952年録音)は、この曲たしか前半は左手を一切使わずにナチュラルホルン状態で吹くはずだが…後半と違いが全然判らない(@_@)
改めて、脱帽でございます。

今夜はもう1本エントリを上げる予定。

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2007.06.22

A Midsummer Night

今日は夏至。
いまいち天気はよろしくないが。

1年に一度しかない夏至、ということで、本日は我が家の「真夏の夜の夢」(原題のmidsummerは、ご存じの方には常識でしょうが、「真夏」ではなく「夏至」のこと)のCDお蔵出し、という、何も考えなくても出来るお気楽企画にてお送りします。
折に触れて書いているように、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」は私の偏愛する曲なので、両手の指でも足りない程度のCDをこれまで聴いてきたけれど、手元に残っているのは以下のようなものとなった。

A midsummer night's dream, Dutoit
シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団(Decca)

「間奏曲」を含む組曲版。
この曲の良さを知るきっかけになった演奏。いろいろなCDを聴いても、結局これに戻ってくる。
少々フランス趣味に傾き過ぎな気配はあるけれど、スマートでカッコ良くて鮮やかであることにかけては、比類がない。
「真夏の夜の夢」は私たちのアンサンブルでも今年演奏することになっているけれど、メンバーに配る参考音源集のCDにはこの演奏を入れた。

A midsummer night's dream, Nelson
ジョン・ネルソン指揮 パリ室内管弦楽団、ほか(Virgin Classics)

最近のお気に入りはこれ。The Oxford and Cambridge Shakespeare Companyの俳優たちによる語り(英語)入りという、珍しい盤。
刷り込みがデュトワだからか、自然とフランス趣味な音色と演奏にシンパシーを感じることになるようだ。
少しピリオド的なアプローチも感じる。

A midsummer night's dream, Herbig
ギュンター・ヘルビッヒ指揮 シュターツカペレ・ベルリン、ほか(Deutsche Schallplatten)

純朴ドイツ系だったら、やはりこれでしょう。ドレスデンと並ぶ旧東ドイツのオペラ・オーケストラの雄。
といっても、重々しくてもっさりした音を予想していると、見事に裏切られる。ある意味とても明るく、シンプルな音が素敵。
最近リマスター盤も出たようだ。

A midsummer night's dream, Ormandy
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団、ほか(BMG)

アメリカン・ゴージャスを代表して、こちらの全曲盤。
ちょっと嘘臭いまでに豪華なサウンドだけれど、それが軽薄さに結び付かないのはやはりオーマンディ氏の人徳か。
これに慣れてしまうと普通の演奏はショボくて聴けなくなるかも(^^;

A midsummer night's dream, Maag
ペーター・マーク指揮 東京都交響楽団、ほか(DENON)

メンデルスゾーンのスペシャリストだった、今は亡き名匠ペーター・マークと、われらが都響による1984年の録音。
この機会に数年ぶりに聴き返してみて、すごく良い演奏であることに改めてびっくりした。オーケストラのトータルな響きの練度は一歩譲るけれど、指揮者の意図を実によく汲んだ、一体感にみちた音を出していると思った。
テンポはぶっ速いけれど、驚くほど見事について行っている。ただし、あちこちに大胆なアゴーギグの変化が仕掛けてあって、聴いてて椅子から転げ落ちそうになるが(^^;。

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2007.05.21

世界の創造

ダリウス・ミヨー作曲、バレエ音楽「世界の創造」。
ミヨーの最高傑作のひとつであり、また古今東西のオーケストラ作品の中で、最もサクソフォンが活躍する曲のひとつでもある。
冒頭、天地も未分明の混沌を表現する物憂げなソロ、続くフーガでの(Jazzの影響を受けた)ソロに始まり、終わり近く、全オーケストラによる乱痴気騒ぎの中ひとり悠然とメインメロディを吹き続ける場面に至るまで、サックスの聞きどころはたいへん多い。

Bernstein, Milhaud

最近(といってももう3月のことだが)、これともうひとつミヨーの代表作「屋根の上の牛」を組み合わせた名盤である、バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団による1976年録音のCDが、1300円で何度めかの値下げ再発売された(東芝EMI)。
この東芝の1300円盤シリーズ、4月まで長いこと「3枚買って商品貼付のシールを集めると、お好きなタイトルを1枚プレゼント」というキャンペーンをやっていて、私もちょうど締切り間際に3枚集まったところだったので、あんまり考えずにこのCDを貰ったのだった。
1987-8年頃にCD化された海外盤は勿論とっくに持っていたけれど、オリジナルのLPと同じジャケットになんとなく惹かれたもので。

Bernstein, Milhaud
マルP1987の表示のある、米EMI盤。

久しぶりに聴き返したけれど、実に起伏が大きくて楽しく、また雰囲気満点な演奏だと思った。バーンスタインが指揮台の上で飛んだり跳ねたり身体くねくねさせたりしているのが見えるような。それでいて、決して緩くない。見事に引き締まっており、連携のとれたしかも自発性たっぷりのアンサンブルを聴くことができる。
サクソフォンはダニエル・デファイエ。特記されている訳ではないけれど、デファイエ自身がいろいろな機会に自分の会心の演奏として挙げているのを見たり聞いたりした。

東芝のCD復刻の音の例にもれず、聴き慣れた海外盤に比べて細部のリアリティは増しているが、全体の雰囲気は少々痩せ気味の音になってしまっているような。
アナログ録音の、良い状態のCD化というのは難しいものだなあと思う。

Kent Nagano, Milhaud

もうひとつ参考までに、同じく「世界の創造」と「屋根の上の牛」のカップリングのCD。
ケント・ナガノ指揮、リヨン国立歌劇場管弦楽団による、1992年のデジタル録音(Eraro)。
これは初出当時のジャケット。今は再発売廉価盤で出ているようだ。
とってもスマートでスタイリッシュな演奏。これをはじめて聴いた90年代の当時は、バーンスタイン=フランス国立の「濃い」演奏にあまりにも慣れていたため、少々違和感も感じたけれど、現在となっては、ああ、「今の」フランスのオーケストラってこうだよなあ、と率直に理解できるようになった気がする。
サクソフォンの音もヴィブラートの少ない今風のものだ。誰が吹いているんだろうか。特にクレジットは無いけれど、リヨンだし、セルジュ・ビション門下か、もしかしたらご本人かもしれない。

実演でも何度か聴いたことはあるが(一番最近は、昨年暮れのサクソフォンフェスティバルでの、東京シンフォニエッタ+小串さん、というもの)、非常にアンサンブルの難しい曲なので、なかなか万全の演奏で聴けることは少ない。
いままでに聴いた最も完璧な実演は、6~7年前の沼尻竜典指揮トウキョウ・モーツァルト・プレイヤーズの演奏だった。サックスは須川さん。
一度、ジャパン・チェンバーとか紀尾井シンフォニエッタとか、東京のインディペンデント系室内オケの演奏で聴いてみたいものだと思っている。

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2007.01.11

「青春の小澤征爾」

以前のエントリでフレデリック・ヘムケについて書いたときに(こちら)、小澤指揮の『展覧会の絵』の録音でヘムケ氏が「古城」のサクソフォンソロを吹いていることを知った(ヘムケ公式サイトに記述がある)。
小澤の展覧会の絵って、1960年代にシカゴ交響楽団と録音して以来、再録音されてないんじゃなかったっけ。
今,入手できるのだろうか、と探してみたら、こんなCDが発売されているのを見つけて、聴いてみた。

Cd132青春の小澤征爾 Early RCA Recordings(BMG)

オザワ若い!
すべて1967-69年(小澤30代前半)の録音で、シカゴ響との「展覧会」、ベートーヴェン5番、チャイコフスキー5番、ボストン響との「火の鳥」組曲、「カルミナ・ブラーナ」抜粋など満載の2枚組。

…なんという真っ直ぐで清新な音楽だろうか。
CD2枚、一気に聴いてしまった。
この、無邪気とさえ言ってもいい率直さでこれらの大曲オンパレードに挑んで、あっけらかんと鳴らし切っている。

最近はいざ知らず、小澤って昔から、欧米に比して日本では不思議と人気がなかったけれども、60年代の巨匠・本場・名盤志向の日本クラシック音楽界で、これが受け入れられなかったというのは無理からぬことだと思った。
これらはむしろ、21世紀の今こそ、虚心に聴かれるべき演奏ではないだろうか。

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2006.11.09

ぼーっ

Cd120ひさしぶりに部屋でぼーっとCDを聴いている。
最近、こういう時間が本当になかった。

ワタシの場合、疲れているときに聴くのはイギリス物が多くて、今日はヴォーン=ウィリアムズの交響曲第5番でした。アンドレ・プレヴィン指揮のロンドン交響楽団(BMG)。

この曲ほど、邪心や欲望や自己主張といったものに背を向けた音楽もないように思う。
ただ静かに、美しく、謙虚に、そこに在る。
久々に聴いて、月並みな言い方だけれど、心が洗われるような思い、だった。
カップリングが「神様」故ジョン・フレッチャー独奏のテューバ協奏曲で、そっちはよく聴いていたのだが。

明日N響定期でやるらしいので(ロジャー・ノリントン指揮)、聴きに行っちゃおかな。
ノリントン師、あのN響にマジでノン・ヴィブラート奏法をやらせてるらしい。いったいどうなっちゃうんでしょうか、という興味もあり。


毎年大晦日にやっていた、岩城宏之指揮のベートーヴェン全交響曲・振るマラソン。
今年は岩城宏之追悼として、9人の指揮者の分担で執り行う、らしい。→こちら
ちなみに9人の内訳は、出演順に、下野竜也、岩村力、大友直人、高関健、井上道義、秋山和慶、小林研一郎、ジャン=ピエール・ヴァレーズ、外山雄三とのこと。
ぴあを覗いてみたら、5000円の席でわりと良い場所が空いていたので、思わずポチッと買ってしまいました。

岩城氏が振るこの催しには、今までは興味はなかった。
これは音楽会ではなくてイヴェントの一種だと思っていたし、岩城氏らしい破天荒な思いつきを周囲が商業的なイヴェントに仕立ててしまうあざとさのようなものが鼻について、あえて無視していた。
だけど今回の、この9人の指揮者の選択は、魅力的だ。一度にこれだけの人の指揮ぶりを見比べられるなんて。

来年の年明け一番のブログのネタは、決まりですな。

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2006.10.27

ドビュッシー弦四、プチ聴き比べ

以前のエントリにも書いたように、今度のアンコンでドビュッシーの弦楽四重奏曲(第1楽章)を演奏するので、それにちなんでウチにあるこの曲のCDを探ってみたら、4枚見つかった。
ということで、深夜のプチ聴き比べ(夜も遅いので第1楽章限定)。

オリオン四重奏団(Delosレーベルのドビュッシー室内楽曲全集所収)。1996年ロサンゼルスにて録音。
巧い。楽譜の指示をきちんと守っていること、縦が揃っていること、音にエッジが立っていることに関しては一番かも。そのかわり全体に音の長さが短くてスケールがやや小さい。日本の若いサクソフォンカルテットみたいな演奏。

ヴィア・ノヴァ四重奏団(Erato)。1969年フランス。
楽譜上のスタッカートをほとんど無視してどの音も長めに弾いているせいか、とてもゴージャスな響き。チェロ、ヴィオラ(名手ジェラール・コセ)もよく鳴っている。ということで充実した響きだが、音楽的には第1ヴァイオリンのジャン・ムイエールの独り舞台という感じもちょっとある。よく聴くと細部は少々弾き飛ばし気味…

ヴィオッティ四重奏団(Pierre Verany)。1985年フランス。
音楽的には中庸だが、音はなかなか元気がある。若々しいが非常に練れたアンサンブルで、機械的によく揃っているという以上のものがあり、ワタシ的にはたいへん好感度高し。だけどこのレーベル、ちょっと手に入りづらいだろうなあ…

カルヴェ四重奏団(Dante-Lys)。1931年録音のSPの復刻。こんなの持ってたんだ、オレ。
オールドファッションな演奏を予想していたら、意外と現代的な音色とアンサンブルだったので、ちょっとびっくり。第1ヴァイオリンがたまにポルタメントがかかるくらいで、ヴィア・ノヴァの方がよほどグランドマナーな感じがするくらいだ。復刻の状態は悪くない。Danteてのは正規盤なんだろうか?

という訳で、明日の練習にはヴィオッティQを持って行って皆に聴かせようと決定。
サクソフォン編曲版のCDは、有名なアルモSax.Qの他、オーレリアQ(オランダ)、Z Quartet(クロアチア)とかいくつか持っているけれど、原曲バージョンの聴き比べをしたあとに聴いちゃうと、なんだかつまらなく聞こえるのだった。
悔しいが、仕方がない。

本日は少々マニアックにお送りいたしました。(マニアックなのはいつものことか)

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2006.08.12

夏の音楽

発表会の余韻冷めない中、週末へ。
今週は仕事を3日しかしていないのに、妙に疲れました。
久々に、つれづれCDご紹介の、お気楽編にてお送りします。

Cd110さてタイトル。バーバーの木管五重奏曲のことではありません。
夏になると、この曲が聴きたくなる。ダンディ(Vivcent d'Indy、1851-1931)作曲、『フランスの山人の歌による交響曲』。

ダンディの生まれ故郷、セヴェンヌ地方(フランス中央高地の南部)の山々の情景と民謡からインスピレーションを得た、フランスの「田園交響曲」。
あっけらかんと明るく分かりやすいメロディと、壮麗なハーモニー、ピアノソロを伴う清冽にして優美なオーケストレーションが、昔から大のお気に入りです。

もう30年近くも、夏が来るとやれ合宿だ、講習会だ、と、楽器を提げて山々の間の地に向かう生活を送ってきた。
東京生まれの東京育ち、「帰省」という習慣のない人間にとって、それはほとんど、日常の仕事や生活を置いて「故郷」に帰るようなものに近かったのかもしれない。
中央本線の特急とかに乗っていて、緑の山々が聳えているのが目の前に迫ってくると、なんだかとても高揚した気分になってくる。「今年もまた!」と。
そんな時に、昔だったらウォークマン、今だったらiPodに入れて、必ず持ち歩いていた1曲。

ダンディ氏はこの曲について、こう語っている(1887年)。
「…この曲に、私はアルプスの山々の雪を頂いた峰を、近くの山々を、ローヌ平野を、松の森を、未だ刈入れの済んでいない豊かな緑の収穫物を見る。冬の苦しみと労働の後でここにあるのは喜びである。パリで『芸術的世界』として求めるものはこれらに比べたらはるかにつまらないものだ。ここには真の憩いがあり、全ての芸術の真の源を感じる。」

たくさんの演奏を聴いてきたけれど(しかし演奏会場で聴いたことは一度しかない)、数年前に亡くなった名匠ペーター・マーク(都響に何度も客演した、思い出深い指揮者)がスイスのベルン交響楽団を振ったCDを取り出して聴くことが、一番多い。
ジャケットのルドンの絵も、曲の感じとはちょっと違うけれど、とても印象的(クリック拡大)。

残念ながら、版元(Conifer)が潰れてしまって、現在では入手至難なCD。
いま手に入りやすいところでは、例えばデュトワ=モントリオール響あたりが、わりといい演奏をしている。

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2006.07.08

静岡で買ったCD

最近ココログの管理画面が重くて重くてどうしようもなくて、記事をupする気も失せるんですけど。
なんとかしてください。

Cd102シンフォニエッタ静岡絡みのCDをご紹介。
先日の定期公演のソリスト、フェルディナンド・シュタイナー(ザルツブルグ・モーツァルテウム管首席クラリネット奏者)のCD。

クラリネットのオリジナル曲では、ジョセフ・ホロヴィッツのソナティナ(初耳だが、実に良い曲だ)、ストラヴィンスキーの3つの小品、フランセの主題と変奏、ドビュッシーのプルミエ・ラプソディといったところから、「リゴレット」と「椿姫」のファンタジーというデモンストレーション・ピース、そしてC.Ph.E.バッハの旋律に基づいてウェーゼンアウアー(1966-)という人がフェルディナンドのために書いた、クラリネット、ドラムス、コントラバスというJazzトリオのためのFerdiggietto という小品も入っている。なかな盛り沢山な1枚。
甘くて軽い音色がオールマイティーな感じで(ジャズ吹いても違和感ないし)、なかなかいいです。
演奏会場では「ここでしか入手できません」という売り文句で販売していて、自主制作なのだろうか。よく売れていたようだ。
フェルディナンド、めちゃくちゃ気さくな人物で、私のことを中原さんから聞いていたのか、「どこのメーカーのサックスを使っているのか?」とか、いろいろ聞かれました(彼はサックスも吹く)。たしか明日あたりに帰国だと思ったけれど、CD無事売り切ったかしらん。

Cd103これも会場のロビーで購入。バソンのトップを吹いていた、日本バソン界の第一人者小山清氏のソロアルバム「フランス・バソン1」。(ALMコジマ録音)

Bassonという楽器にはドイツ式の「ファゴット」とフランス式の「バソン(バソン・フランセ)」という2種類がある、というのはかなりマニアックな知識の範疇だと思うけれど、例の「のだめ」にとり上げられたおかげで、思いがけず知られつつあるようだ。
バソンという楽器は、音の輪郭がファゴットほどクッキリと出ないところが私のようなサックス吹きにとって親近感を覚える原因かもしれない、と思ったことだった。
このアルバムは、ノエル・ギャロンとケックランのソナタで始まり、デュティーユとブートリーのオリジナルで終わるという、私が今まで持っていなかったのが不思議なような選曲。
テナーサックスで出来そうな曲も何曲かある。

Cd104新譜ではないけれど、モーツァルトの「グラン・パルティータ」の、私の最も好きな演奏。
ヘレヴェッヘ指揮、シャンゼリゼ管弦楽団メンバーによるCD。(Harmonia mundi)

実は「グラン・パルティータ」という曲は、長くてタルくて、私にとってかなり聴き通すのが辛い曲だったのだけど、この演奏はとにかく音が最初から最後まで生き生きしていて、全く退屈せずに聴くことができた。
ピリオド楽器によるオーケストラらしいけれど、ピリオドかモダンかというのは第一義的な問題ではない、ということがよく分かる(実際、あんまり「古楽器」という雰囲気の音ではない)。

セレナード第12番「ナハトムジーク」併録。(この曲のサクソフォン五重奏版というのがなにげにSax界の定番だったりする。)

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2006.05.09

Best of Alfred Reed

「音の輪」の記憶も新しいなか、久々に汐澤安彦氏の指揮するリードのCDを聴き返してみた。

Cd096

Best of Alfred Reed - アルフレッド・リードの世界(CBSソニー/CSCL1506)

ヴィヴァ・ムシカ、第3組曲、春の猟犬、エル・カミーノ・レアル、クィーンストン序曲、ゴールデン・ジュビリー、エルサレム讃歌
 汐澤安彦(「ヴィヴァ・ムシカ」のみフレデリック・フェネル)指揮 東京佼成ウィンドオーケストラ

録音は1982~89年。毎年、今頃の季節に出ていた「吹奏楽コンクール自由曲集(のち、単に「吹奏楽名曲集」というタイトルになった)」というレコード・CDの音源からの再編集。
「CBSソニー」なんていう会社はとっくの昔に無くなってしまったのに、今でもカタログに残っているのだから、コンスタントに売れ続けているということなのだろう。

どれも、今では日本全国あらゆるバンドが演奏し、吹奏楽界の定番となったそれぞれの曲を、日本で最初に紹介する役割を果たした録音なのだが、こうして今聴き返してみると、なんという質の高い紹介の仕方をされていたんだろう、と改めて感嘆するのだった。
私自身、世界初演ということを何度かさせていただいたけれど、参考となる音源も何もない状態から、楽譜だけを読みこんで音楽を作り出すというのは、結構しんどい作業なのです。例の『カメオ』なんて、何度か再演を繰り返した今となってみると、初演の頃は何も分かってなかったなー、などとも思う訳だし。

それぞれの演奏は、その年に出版された楽譜の新譜の山の中から何曲か選び出して、おそらくは1~2回程度のリハーサルの後に録音されたものだろうと思うけれど、それでもこうして20年以上経った今でもなお、一種のスタンダードとして聴くに堪え得る質の演奏となっている。
それどころか、例えば『第3組曲』における、まるでプロコフィエフやグラズノフのバレエ音楽みたいな「オーケストラル」な雰囲気なんて、自作自演盤をも上回るかも。

汐澤先生、すごいな。
まあ、それが、プロの音楽家、というもののすごさなのだろうと思う。

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2006.04.13

ベニー・グッドマンの「クラシック」

「スウィング王」ベニー・グッドマンの演奏する、ウェーバーのクラリネット協奏曲を聴く。

Cd090

ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番、第2番
メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」組曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

ベニー・グッドマンといえば、クラシックもジャズも共に演奏する両刀遣いの演奏家の元祖のような存在だった。
サックスなんぞという楽器でクラシックをやっている我々には完全には実感できないことかもしれないけれど、「正統的」なクラシック・ジャズ両ジャンルの演奏家・愛好家の間には、埋めがたい断絶のようなものが長いことあったし、今でもそれは解消された訳ではないだろう。
ベニー・グッドマンはそんな時代にあって、「クラシック、」「ジャズ、」とかしこまること無く、自然体のままで、両方のジャンルの最高レベルの演奏を為し得た、パイオニアのような「音楽家」だった。
映画「ベニー・グッドマン物語」の中でも、モーツァルト?の本番をやらなければならなくなった際に、周囲の心配をよそに見事な演奏を披露して、喝采を浴びる、という場面があったような記憶がある。(昔テレビで1回見ただけなので不確か)

グッドマンのモーツァルトは長年の愛聴盤だったけれど、最近タワーレコードのオリジナル企画で、ウェーバーの2つの録音が世界で初めてCD化されたのだ。めでたし。
マルティノン=シカゴ響のバックも、ゴージャスの極み。
フィルアップの『真夏の夜の夢』もなかなか聴き物。さすが天下のシカゴ響、大抵の演奏ではモタモタする難曲の「スケルツォ」も、全く危なげなく見事なものだ。これに対抗できる精度の演奏のCDはデュトワ=モントリオール響くらいのものでは? 4曲だけの組曲なのが残念…


ついでに、グッドマンのモーツァルトのCDもご紹介しちゃいましょう。

Cd091

モーツァルト/クラリネット協奏曲、クラリネット五重奏曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団
 ボストン・シンフォニー弦楽四重奏団

このジャケット、いいでしょ。1997年にアメリカBMGで「タングルウッドのモーツァルト」と題してCD化された時のもの。いま手に入るのは違うデザインだと思う。
1970年代には日本国内でも廉価盤レコード(1300円とか1500円とか)で何度も発売されていたので、私としてもお馴染みの演奏だった。モーツァルトのクラリネット五重奏曲は、この演奏が「刷り込み」。いま改めて聴いても、たいへん開放的な幸福感にみちた、素敵な演奏だと思う。
ただ、「協奏曲」のほうは少々好き放題にやり過ぎな感じもあって、その点、五重奏曲のほうが「らしく」聞こえる。ミュンシュ指揮のモーツァルト、というのは貴重ではあるけれど。

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2005.12.31

年の終わりに

大晦日。東京は今日も良い天気。

藤野に例によって父の見舞いに行ってきた。たくさんのスタッフの方々が、今日もいつものように、いつもの如く働いていた。
私たちがのんびりと年末年始の休みを過ごしている間にも、社会の機能を維持するためにそれぞれの仕事を続けている方々がいることを、忘れてはいけません。
「忙しい、忙しい」だとか「今月は残業○○時間もしちゃいました~、」みたいな愚痴はブログにはなるべく書かないようにしている。自分なんかよりももっと大変な目に遭いながら、それでも黙々と仕事をこなしていらっしゃる方はたくさん居るはずだから。
それでも、ついつい書いてしまうことはあるけど。
思い当たる節のある皆様、お互い気をつけましょう。

cd084年の最後に聴く曲は、ブリテン「戦争レクイエム」。作曲者ブリテン指揮のCD(Decca原盤)。
1時間20分におよぶ大作なので、普段なかなか集中して聴く余裕がなく、なんとかこの戦後60年の年の間に一度は聴こうと思っていたら、結局大晦日になってしまった。
レクイエム典礼文と、ウィルフレッド・オーエンによる反戦詩のテキストに基づいて書かれた、20世紀に書かれた声楽曲中、屈指に感動的な傑作。
もしかしたら、昔(21年前)自分で歌ったことがあるので、余計そう思うのかもしれない。
ふとしたきっかけで参加した某アマチュア合唱団で、プロオケと一緒に歌う演奏会だった。オケは日本フィル。
合唱初心者として参加したんだけど、(吹奏楽をやっていたおかげで)初心者チームの中ではとりあえず楽譜だけはかなり読める方だったので、経験者の先輩たちに負けるもんかとばかりに声張り上げてた。
いろいろあって結局演奏会本番には乗れなかったんだけど、当日のプログラムには名前が載っている。

機会があったら、もう一度歌ってみたい曲だ。
(…しかしこのCD、ロンドン交響楽団とフィッシャー=ディスカウ、メチャうまだわ、と改めて驚嘆)

とまあ、来年もこんなふうに勝手にひとりごとを書き連ねていくことになるでしょうが、宜しければお付き合いくださいませ。

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2005.12.24

めりくり

めりくり!と、街をゆく女子高生が叫んでいるのを聞いた。ホントにそう言うんですね。…

この季節私の部屋には、フランスバロックの声楽曲がBGMに鳴ります。例えば。

cd081

カンプラ(1660-1744)/レクイエム
 ルイ・フレモー指揮 パイヤール室内管ほか(Erato)

バロックの宗教曲って、ワンパターンで古臭いものばかりじゃない、ちゃんと五感に「美しさ」を訴えるものもあるのだ、ということが判る音楽。
古今東西の「レクイエム」の音楽の中で、フォーレの次くらいに好き。
以前はガーディナー指揮のCDを聴いていたが、大学生の頃(1980年代前半)LPレコードで馴染んだこの演奏が、一昨年くらいに待望のCD化がされ、以来専らこちらを聴いています。

cd080

M.-A.シャルパンティエ(1645-1704)/テ・デウム、真夜中のミサ(EMI)
 フィリップ・レッジャー、デイヴィッド・ウィルコックス指揮 ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団、ほか

20世紀の最後の年の暮れ、鷺沼の教会のクリスマスコンサートに呼んでいただいてサックス四重奏を披露したことがあったのだが、その時その教会の聖歌隊の方々が歌っていたのが、マルカントワーヌ・シャルパンティエのモテットだった。
これが、街の教会の聖歌隊にしてはちょっとびっくりするようななかなか素晴らしい演奏で、さすが田園都市線沿線の高級住宅街の信者の方々というのは違うもんだなあ、と率直に感心したのだった。
フランスバロックへの関心の再燃のキッカケとなった出来事だった。
という訳で、シャルパンティエの代表作2つ収録のこのCDもよく聴きます。安上がり(輸入CD店でたぶん千円以下で買える)で、演奏もオーソドックス。

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2005.12.19

おフランスなブラ2

明日明後日と、都響とのジャン・フルネ引退公演。
フルネ翁92歳、つつがなく来日されてスケジュールもこなしている様子。
両日(完売)ともチケットは確保済。初めて生の指揮姿に接して以来既に20年以上、欠かさず聴き続けてきたひとりの高潔なる音楽家の最後の姿を、しっかりと目と耳に焼きつけて参ります。

メインプロはブラームスの2番。
ということで、ちょっと変わった「ブラ2」のCDを聴いてます。

cd079

ブラームス/交響曲第2番、アルト・ラプソディ、大学祝典序曲
 ジャン=バティスト・マリ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団ほか(Mandala)

1960年録音、往時のフランスのオーケストラによるブラームス。録音は少々ぼやけ気味ながら、オーケストラの音、特に管楽器が聴き慣れたものとぜーんぜん違って明るくて、楽しいことこの上ない。第1楽章終わり近くのホルンソロなんか、クリュイタンスの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を彷彿とさせる、ヴィブラートばりばりの金属質の朗々たるサウンドで、とてもホルンには聞こえません(フランスのホルン事情に詳しい、Lucien Thevetのサイトの監修者である大山さんのご教示によると、このソロは後にパリ管の首席を務めたジョルジュ・バルボトゥではないかとのこと)。
勿論、それだけが聞き物、という訳ではなく、全体にたいへんバランスがよく愉悦感にみちた名演だと思う。
例の「新入生の歌」のところが、ものの見事にバソン(フランス式バスーン)の音でなめら~かに歌われる『大学祝典序曲』も、聴いてて思わずニヤニヤしてしまう。
しっかし曲名表記が、Ouverture pour une fête académiqueですか。とてもブラームスの曲には見えませんなあ。

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2005.12.09

ドビュッシーの「夜想曲」

先日書いたシャブリエについての文章がきっかけで、いもづる式に色々なことを思い出している。

ドビュッシー作曲『夜想曲』。この曲を知ったことを抜きにして、自分の十代は規定できない。

第1曲「雲」、第2曲「祭り」、第3曲「シレーヌ(海の精)」。
ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団。高校1年生の冬、たまたまFMでエアチェックしたのが、この演奏だった。
こんな音楽があるのか!と本当にびっくりした。
冒頭の木管による動きからもう、流れゆく雲が明瞭に眼前に浮かんでくる。
クラシックをまともに聴き始めて2~3年め、クラシックには様々な情景を描写した音楽が色々あることは既に知っていたが(ベートーヴェンの『田園』の第1楽章が、「いなかに着いた時の楽しい気分」であるとかね。あと『シェエラザード』の1曲めの海の描写とか)、そういう類のものとは一線を画す、何か本質的な違いのようなものを嗅ぎとったのだった。
こんなふうに、音楽そのものが「雲」や「祭り」や夜の海を呼吸している、というものは、聴いたことがなかった。

輝かしいファンファーレで始まる「祭り」は、最後だんだんに消え入って、けだるい倦怠と輝かしさの遠い余韻の中、ピアニシモのシンバルの一打と弦のピツィカート、というなんとも印象的な組み合わせで、ふっと終わってしまう。
「祭りのあと」、という言葉を思った。祭りというものの本質を貫き通して、向こう側まで到達してしまうような、ドビュッシーという人物の底知れない感性の鋭さに震えた。

という訳で、FMで聴いたのと同じ演奏のレコードを買ってきた。

LaMer_Nonturnes

ドビュッシー/交響詩「海」、夜想曲(東芝EMI)

高校の1年生から2年生に上がる頃の一時期は、それこそ毎日このレコードばっかり聴いていたような気がする。
こんなに明るく、輝かしいオーケストラの音は聴いたことがなかった。それまでに別のレコードや数少ない実演で聴いたそれとは全然違うものだった。細部は意外とうやむやなのに、全体としての印象は明晰きわまりない。
これがフランスの音なのか。

いつかも書いたことだが、私の通っていた高校は東京の南の端近く、多摩川(神奈川との県境を流れる川)にほど近い高台の上にあった。
多摩川の河川敷(新幹線の鉄橋のすぐ下)にグラウンドを持っていて、体育の時間などにはよく、住宅街の中の坂道を5分ほどランニングして、そこまで行ったものだ。
試合の待ち時間とかは、グラウンド脇の土手に座り込んで、クラスの友人たちと他愛の無いお喋りをしながら過ごすことになる。
鉄橋の上を、ときおり「団子鼻」の新幹線や、のろのろと走る貨物列車が通り過ぎていく。(現在は横須賀線が新幹線と並走しているが、当時は品鶴線-ひんかくせん-という貨物専用線だった)

『夜想曲』の「雲」を聴くと、この当時の、多摩川の土手の草叢に座って眺めた、だだっ広い空と流れる雲を思い出す。
ドビュッシーが見たであろう、19世紀末のパリの空とは随分違う風景だろうけれど、でも照らしている太陽は同じ太陽だ。…

現在は、2枚組CD2セットに収まった「ドビュッシー管弦楽曲全集」として、発売されている。→こちら(東芝EMIリリース情報)参照

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2005.12.05

シャブリエの「田園組曲」

この季節(11月終わりから12月はじめ)になると、シャブリエを聴きたくなる。

cd078

シャブリエ/楽しい行進曲、ポーランドの祭り、スラヴの踊り、ハバネラ、狂詩曲「スペイン」、田園組曲
 ジャン=バティスト・マリ指揮 パリ・オペラ座管弦楽団(東芝EMI)

私が高校2年生の時だから、1978年。27年前ですか。
当時、FM東京に「ルーテル・アワー」だか「ルーテル・クラシック・アワー」だったか、日本ルーテル教団がスポンサーの30分のクラシック番組があって、時々聴いていた。
毎回、その日に放送されたレコードを聴取者に抽選でプレゼント、というのがあって、たまたま応募して当たったのが、このレコードだった。ちょうど今頃の季節。
お小遣いで月1枚の廉価盤LP(1300円とか1500円とか)ぐらいしか買えなかった当時としては、フルプライス盤、しかもバリバリの新譜(1977年録音)というのはなんだかとても嬉しくて、毎日のように自分の部屋のコタツにもぐりながら聴いたものだ。

有名な狂詩曲「スペイン」は、バレンボイムのレコード(9/16のエントリ参照)で既に親しんでいたけれど、このレコードでは、続いて入っている「田園組曲」に心惹かれた。心酔した、と言っても良い。トライアングルのソロによる印象的な導入から、空の高いところへ手を引かれて舞い上がっていくかのような「牧歌」、一抹の都会的な愁いを含んだ野の明るさ、とでもいうような続く「村の踊り」「木陰で」「スケルツォ・ヴァルス」。
心のどこかに空洞があったとして、そこにぴったりと納まって邪魔にならない、そんな音楽だった。

高校生くらいの人間が、「若々しい」とか「希望に満ちている」などというのは、嘘だ。
そのぐらいの年代の人間は皆、意識しているしていないに関わらず、心の中に「虚無」を飼っている。
大人と同じように、あるいは大人よりもっと切実に、「癒し」を求めているはずだ。

…数年前に、この演奏がCD化されていることを知って、買った。
ジャケットデザインも当時のLPと同じなのが、嬉しい。12cm四方の小ささは仕方ないけれど。
以来、この季節になると、聴きたくなる。

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2005.10.25

ウォルトン

明日の都響定期で、ウィリアム・ウォルトンの『宝玉と王の杖』が演奏される。
英国の現女王エリザベス2世陛下の戴冠式(1953)のために書かれた行進曲で、有名な『王冠(クラウン・インペリアル)』の姉妹作である。ちなみにそちらは前国王ジョージ6世の戴冠式(1937)のための音楽。ウォルトンという人は、2代続けて国王のための祝祭行進曲を書いた、日本の團伊玖磨みたいな方なのですね。

何にせよ、プロオーケストラの定期公演で演奏されるのはたいへん珍しいので、楽しみ。
という訳で、予習。

cd067

ウォルトン/管弦楽曲集(スピットファイア、王冠、宝玉と王の杖、スカピーノ、ヨハネスバーグ祝祭序曲、リチャード3世、ほか)
 サー=チャールズ・グローヴズ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィル(EMI)

ウォルトンの主要な管弦楽曲がまとまった、便利なCD。これは10年以上前に買ったものだが、ジャケットデザインは替わったけれど今でも売っている(はず)。
なんか知らんむやみに元気の良い演奏で、さすがロイヤル・リヴァプール・フィル。とくに一人舞台のように目立ちまくる1番トランペット氏はちょっと笑ってしまう程だ。「ヨハネスバーグ祝祭序曲」の、フィリップ・スパークの先取りのようなカッコ良さも楽しめる。

英国でRoyalを名乗る法人や商品というのは、すべて王室からちゃんと許可を得ているのだそうだ。ということはこれこそ、英王室公認・御用達の演奏…か?

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2005.10.08

プーランクのトリオ

いよいよ明日ですね。
もう今日か。

プーランクの「ピアノ、オーボエとバスーンのためのトリオ」を聴いています。

cd064

ピエール・ピエルロ(Ob)、モーリス・アラール(Bn)の共演になる、世紀の名盤(Ades)。
他に、ランパルによるフルートソナタ、テヴェ(Hn)による「エレジー」、ベルナック(Bar)他による世俗カンタータ「仮面舞踏会」所収。ピアノは全て作曲者フランシス・プーランク。1957~59年録音。
これは1987年のCD初出時のデザイン。最近Accordのcollection musique francaiseというシリーズで再発売されたけれど、このジャケットのジョアン・ミロの絵はどっかに行ってしまった。

…この時代には、「神様」は世の中にまだおわしましたのですね、という、そういうCD。
神様といっても、神棚に祀られている近づき難い神様ではなく、いつもどんな時もどこかでにこやかに私たちのことを見守ってくれているような、そんな神様。

それにしてもこの曲、10代の終わりに初めて知って以来、愛して止まない曲だったけれど、まさか自分で演奏できる日が来ようとは。
長生き(?)はしてみるもんだ。
さ、頑張ろ。
 
 
 
…なにげに「フランス組曲」のほうがやばい(^^;;

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2005.10.07

シュトラウスのオーボエ協奏曲

昨日(5日)のタスマニア響、仕事トラブルに遭って、あっけなくパー。職場を出たのは午後10時を過ぎてました。(=_=)
チケット代が無駄になったという以上に、滅多に遭えるものではない(この先聴ける機会があるかどうかも判らない)異国の友人たちのメッセージを聴くことが出来なかったのが、本当に残念。…

という訳で、深夜にひとりR.シュトラウスのオーボエ協奏曲のCDを聴いてます。

cd063

R.シュトラウス、マルティヌー/オーボエ協奏曲、フランセ/花時計
 グレゴル・スビスキ(Ob) J.P.サラステ指揮スコットランド室内管(SIMAX)

Gregor Zubickyはノルウェーのベルゲン・フィルのオーボエ奏者だそうだ。あんまり知られてない演奏だと思うけれど、私のお気に入り。ソロも巧いし、バックのオーケストラが素晴らしくセンスの良い伴奏を付けている。
シュトラウスのオーボエ協奏曲は、ウチにはあと、ホリガーとデ・ランシーのCDがあるけれど(どちらも定番といっていい名盤だけど)、この曲を聴こうとするとどうしてもこちらに手が伸びてしまう。

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2005.10.05

エロイカ

明日、急に、タスマニア交響楽団(オーストラリア)日本公演というのを聴きに行くことになった。
オペラシティで開催されている、アジア・オーケストラ・ウィーク2005という催しの一環。
チケットが安く(といっても、定価でさえS席4000円なんだけど)回ってきたからなのだが、なにより、私の大好きなR.シュトラウスのオーボエ協奏曲がプログラムにあったので、食指が動いたのだ。

という訳で、明日のメインプロ、ベートーヴェンの「英雄」のCDをCD棚から取り出す。

cd062

われらがジャン・フルネと都響による、2000年5月のライブ(Fontec)。
多分、明日のとは演奏の流儀は全然違うだろうけれど。

「英雄」は実はフルネの「勝負曲」のひとつで、私自身、重要な節々で何度か素晴らしい演奏を聴いている。
この時もそう。最初は普通に、何ということなく始まったのだが、だんだんただごとならぬ雰囲気になってくる。フィナーレの美しさと格調高さは、実演の記憶には及ばないけれど。
この時弾いていたある都響の楽員さんが、「音楽の神様が舞い降りた」と言った、得難い一夜の記録。
フライングブラボーも盛大に収録されちゃっているのが、ちょいと興醒めだが(^^;。

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2005.09.16

私の、原点

ヤフオクで500円で落札したCD。

cd059

ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲
シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
イベール/寄港地
 ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団(CBSソニー)

バレンボイム若ェ。そりゃそうだ。これは、1975年のシーズンからパリ管の音楽監督に就任したバレンボイムの、就任記念録音なのである。時にバレンボイム33歳。

実はこの録音は、私が高校に入学して間もなく買ったLPレコードと同じもので、私にとって、現在に至るフランス音楽好きの原点ともいえる音源なのです。『ダフニスとクロエ』の「夜明け」や『牧神の午後』の、それまで聴いたこともなかったハーモニーのうねりや、『寄港地』のエキゾティズム、シャブリエのはじける色彩、モーリス・ブルグ(Ob)やミシェル・デボスト(Fl)をはじめとするパリ管の管プレイヤー達の名人芸の、まさに「虜」になったのだった。

LPレコード本体は、高校を卒業する時に後輩にあげてしまったので、今回実に25年ぶりに聴いたことになる。
懐かしい。耳の奥底に残っているのと同じ音が聞こえてくる。その後様々な演奏を知った耳で聴くと、いささか重すぎてワーグナーみたいに聞こえる時もあるが。
しかしこの演奏、33歳の指揮者が振っているという「若さ」が微塵も感じられないのが面白い。まるで、老マエストロが頑としてインテンポで振っているような雰囲気。バレンボイムという人はこんなふうに若い頃から老成していた天才だったんだな。

なぜ高校1年生の自分がこんなレコードを買ったのかというと、要するに当時の(中~高校生の)私はマニアックなブラバン少年で、70年代中頃の吹奏楽コンクールの世界(但し全国レベル)というのが、まさにフランスをはじめとする近代音楽発掘の時代だったからなのですね。
出雲一中の「ダフニスとクロエ」、銚子商業高校の「寄港地」、秋田南高校の「ペトルーシュカ」、駒澤大学の「火の鳥」、「春の祭典」などが、吹奏楽コンクールの全国大会でほんの2~3年の間に演奏されたのだ。豊島十中のショスタコーヴィチ「5番」のフィナーレを、予選会場の日比谷公会堂の客席で息を呑んで聴いたのもこの頃。
「著作権」などといううるさいことは、まだ殆ど騒がれていなかった。やりたい放題。ちょっと前の中国や香港みたいな感覚だったのかな。
コンクール全国大会のライブ録音は、CBSソニーからレコードが発売されて、やはりマニアックな友人たちと競うように買って聴いたものだ。
そんな折りに、「ダフニス」と「寄港地」の原曲が入っている新録音のレコードを見つけて、偶然買ったのがこれだった、という訳。

今となって考えるに、この曲目構成は、近代フランス音楽の入門に実にふさわしく揃っていると思う。
ドビュッシーとラヴェルの二大巨匠の傑作に、「それ以前」を見通すシャブリエ、「それ以後」の6人組や新古典派へと通じるイベール。
このレコードをきっかけに、ラヴェルの作品を知りたくて集めたクリュイタンス指揮の廉価盤や、FMで聴いて衝撃を受けたマルティノン指揮のドビュッシー「夜想曲」、たまたま貰ったシャブリエ作品集のレコード、フォーレやプーランク、ダンディの作品との出会いを通して、どんどんハマっていったのだった。…

という訳で本日は、新着CDとはいいながらとっくの昔に廃盤になっているCDについての、超個人的なお話でした。
さて明日は本番だ。そろそろ寝るか。

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2005.09.14

グラズノフの四季

先日聴いたグラズノフの「四季」。
CDでは、このBlogを始める以前、本家サイト上の日記の頃から折にふれて話題にしてきた、素晴らしい録音がある。

cd058

グラズノフ/バレエ音楽「四季」、コンサート・ワルツ第1番、同第2番
 エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 フィルハーモニア管弦楽団(EMI)

このジャケットは、1988年頃入手した海外盤。今は違うデザインだと思う。
改めて聴いてみたけれど、イギリスのオーケストラだからか、スヴェトラにしては音量控えめであんまり爆発していないので、一般的な人気はそれほどでもないが、まさに感嘆に値する美しい演奏だと思う。ほとんど形而上的なまでに繊細できめ細かい響き。オケの団員がただごとではない集中力で弾いているのがありありと判る。
N響で生前最後のスヴェトラを聴いたときの、アンコールでの「くるみ割り人形」のパ・ド・ドゥの、夢の国のような世界を思い出す。…
私にとっては、マルティノンのラヴェル、ドビュッシー、アンリエット・ピュイグ=ロジェの弾くフォーレとドビュッシーのピアノ曲集などと共に、「無人島の1枚」的CDです。

余談だが、グラズノフの2つのコンサート・ワルツって、アルフレッド・リードの「第3組曲」のパ・ド・ドゥに似てると思うのは、私だけ?
別にメロディとかが似てる訳じゃないんだけど、何か全体の雰囲気というか、佇まいというか。

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2005.08.06

発表会、近し

「はげ山の一夜」原典版は、調べてみたら、アバド指揮のCDが出ているらしい。


さて、8月8日の本番のこと。
Blogしか見ていない方もいらっしゃると思うので、こちらでもお知らせ。

【第18回 サクソフォン発表