カテゴリー「CDを聴く」の記事

2009.10.14

ギャルド初来日の頃(超長文)

以前のエントリの続きです(2ヶ月も経ってしまった)。
とても長いエントリとなるので、この連休にやっと手をつけることができた。
DVD発売されたギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の1984年の来日公演については、以前のエントリで書いているので(上のリンク先)、今回は同時にCD復刻された1961年の初来日公演の話。

私は昔、1984年の公演を聴いた頃、その23年前の初来日を聴いている斯界の先輩たちが(直接面識のある方もそうでない方も)、口を揃えて「現在のギャルド」を貶しまくっていたことをよく覚えている。
ギャルドは変わってしまった、これは昔のギャルドではない、手抜きだ、観光気分で日本に来ている、etc.。
表向きは勿論、新聞にも雑誌にも、当たり障りのない好意的な評が出ていたけれど。

続きを読む "ギャルド初来日の頃(超長文)"

| | コメント (0)

2009.09.03

ダンス・アルメニエンヌ

週末に東響の演奏会で、シベリウスの劇音楽「テンペスト」の合唱付き全曲ヴァージョンの日本初演というのを聴くことになったので(指揮は大友さん)、予習をかねてCD(CDは合唱無しの組曲版だけど)を鳴らしているところ。

Sibelius, Jalas

続きを読む "ダンス・アルメニエンヌ"

| | コメント (0)

2009.08.25

これがいいんです。

つくづく思うんだけど、仕事がいくら大変だと言っても、イベールを舞台の上でちゃんと吹くというストレスとプレッシャーに比べたら、全然なんということはない。
毎年この時期は本業が忙しいのだけれど、おかげで今年はむしろ平静に、余裕を持って過ごしている気がする。

久々、お気楽に最近購入(orお気に入り)CD覚書きなど。

続きを読む "これがいいんです。"

| | コメント (4)

2009.06.29

サックスとバソン

前のエントリ(栃尾さんのCDの話題)の続き。

このCDにはサン=サーンスのバスーン・ソナタ作品168が収録されているけれど、栃尾さん自身による曲目解説に、バソン(フランス式バスーン)の巨匠モーリス・アラールの演奏のCDのことが言及されている。
実はそのCD、私としても20年来の愛聴盤だったもので、おおっ、と思ってしまった。

Sains-Saens, Sonatas

サン=サーンス/管楽器のためのソナタ集(Calliope)

続きを読む "サックスとバソン"

| | コメント (2)

2009.03.10

練習帰りにハイドン

日曜日。
予定どおり、最終リハーサル。

本番の日の3月14日というのは、どうやら日本全国いろいろなところで行事が重なっているようで。

http://tsukubasaxophone.blog51.fc2.com/blog-entry-1.html
つくば市。結局行けなかったなあ。

http://hamasaxclub.blog69.fc2.com/blog-entry-61.html
名古屋。公式サイトが消えているようです…

http://homepage2.nifty.com/jsajsa/moreinfo3/info090202.html
高知。おお、こんなのもある。
がんばってください。

http://www.toppanhall.com/concert/detail/200903141700.html
トドメはこれ。
相手にとって不足はないぜぇ(爆)

続きを読む "練習帰りにハイドン"

| | コメント (0)

2009.02.11

ジャック・ランスロ

Jacques Lancelot往時のフランスの名クラリネット奏者、ジャック・ランスロが7日、亡くなられたそうです。
88歳。

まったく偶然ながら、昨夜、この人のモーツァルトのクラリネット五重奏曲を聴いていた(バルヒェット四重奏団、Erato)。
これがオリジナルジャケット。いかにもEratoらしい、白地の多い簡素で雅やかなデザイン。

続きを読む "ジャック・ランスロ"

| | コメント (0)

2009.02.05

ルーカス・フォス没

アメリカの作曲家・指揮者・ピアニストのルーカス・フォスが亡くなったそうです。86歳。
NYタイムズの追悼記事はこちら(日本のWebニュースの記事だとすぐに消えそうなので)。

作品は実演では「サクソフォン四重奏曲」しか聴いたことがない。あまり面白い曲とは思えなかった記憶が。
アメリカのセリエリスト達の音楽というのは、いわゆる「現代音楽」の中で、少なくとも日本では一番人気のないジャンルかもしれない(偏見か?)。
代表作の「バロック・ヴァリエーションズ」辺りだと、いわゆる「多様式主義」の路線に移っていて、結構面白く聴けるんだけど。

続きを読む "ルーカス・フォス没"

| | コメント (0)

2009.01.26

家庭交響曲

この5月に、とあるアマチュアオーケストラの演奏会にR.シュトラウスの「家庭交響曲」のバリトンサックスのエキストラで乗せていただけることになった。
久しぶりのオケ乗りが、なんと「家庭交響曲」(ソプラノ、アルト、バリトン、バスの4saxが加わる)だというのは、また豪勢なというか、無茶(笑)というか、斬新というか、貴重な機会だ。(そもそもこれほどの難曲、アマオケでとり上げられたことってあるのだろうか?)
貸出中の楽器、早く取り返さなくちゃ。

この曲のCDはカラヤン=ベルリン・フィル(EMI)と、Fontecから出ている都響の第600回定期のライブ(小泉和裕指揮。これはとてもいい演奏だ)を持っているけれど、もう1枚くらい録音の新しい海外オケのCDを聴いてみたいなと思っていたところ、ある信頼できる方のご教示によると、アシュケナージ=チェコフィルがなかなか良い、とのこと。
指揮者としてのアシュケナージはワタシゃあんまり信用していないもので(苦笑)、実のところエーッと思ったのだけれど、その方の言うことなら間違いないんだろうなあ、と思っていたら、家の最寄りのレコファンでたまたま、謀ったかのように\1480で中古盤を見つけたので、この値段なら良かろうと買って帰ったところ。

続きを読む "家庭交響曲"

| | コメント (2)

2009.01.01

謹賀新年2009

新しい年が明けました。

運用を開始してはや丸4年、いつも好き勝手なことばかり書き連ねているこのブログですが、飽きもせず繰り返し読みにいらっしゃってくださる方がいるのは、有り難いことです。
本年も当ブログ「Thunder's音楽的日常」を、よろしく御贔屓のほどお願い申し上げます。

Debussy, Printemps今年の初聴きは、新春にふさわしく、ドビュッシーの交響組曲「春」、と洒落込んでみた。
新しい生命が苦しげに誕生し、成長し、やがて歓喜の中に花開く…というイメージにふさわしい音楽。
CDはシャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団(Decca)。

| | コメント (0)

2008.11.07

フルネ追悼(2)/「海」

Debussy, La Mer

ドビュッシー/夜想曲、交響詩「海」
 ジャン・フルネ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団(Supraphon)

1963年の録音。
フルネ50歳、壮年期の演奏。
個人的には、私が初めて買ったフルネのレコードだった。買ったのは1978年、高校2年生の時。「チェコフィルと名指揮者たち」とかいう、1300円の廉価盤LPのシリーズの1枚だったと思う。(画像は現行CDのジャケット)
購入日は11月3日という古いメモが残っている。奇しくも、フルネ師の命日のちょうど30年前である。
偶然というにはあまりの符合に、しばし感慨。…

続きを読む "フルネ追悼(2)/「海」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.06

フルネ追悼/ショーソン

Chausson, Symphonie

ショーソン/交響曲変ロ長調、フォーレ/「ペレアスとメリザンド」組曲
 ジャン・フルネ指揮 オランダ放送フィルハーモニー(DENON)

3日に亡くなったジャン・フルネの追悼に、いろいろとCDを聴き返している。
20年以上フルネの音楽に接してきて、フルネ師の演奏なればこそその音楽の真価が判った、という例が何曲かあるけれど、そんな中でもまず一番に挙げなくてはならないのが、このエルネスト・ショーソン(1855-1899)の「交響曲」だろうと思う。

続きを読む "フルネ追悼/ショーソン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.06.12

ガーシュウィンの自演盤

ラプソディ・イン・ブルーの編曲がやっと完成。
自主的に設定していた期限は今週末の練習(15日)だったので、かなりぎりぎり(^^;
ま、遅れなかったからよしとしよう。

完成記念に(別にそういうわけではないが)、こんなCDを買ってみた。

George Gershwin
(ソニークラシカル/SRCR2033)

続きを読む "ガーシュウィンの自演盤"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.06.05

タローさんのCD

以前何度か話題にしたことがある(昨年のデビューリサイタルとか、たまたま入手したプーランクのCDとか)フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー。
この秋にも再び来日し、王子ホールでチェロのジャン=ギアン・ケラスとデュオのコンサートをするということで興味を持っていたのだが、どうやらこのコンサート、発売即日完売だったようで(*_*)
はあ。

続きを読む "タローさんのCD"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.05.30

ある「ラプソディ・イン・ブルー」

今年の楽譜書きミッションの最後として、4月頃から取り組んでいるのが、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。
ウチのアンサンブルの、今年の定期演奏会のメインプログラム。とめ氏といつも組んでいるピアニストのKさんに、伴奏ばかりでなくたまには舞台の真ん中で脚光を浴びていただこうと、ソロをお願いしたのだ。

編曲作業は着々と進行中。
この曲は個人的に、これの前に書いていた曲ほどの思い入れは無いので、少しずつビジネスライクに進めることができているのが、有難い。
前に書いた曲は逆に、思い入れがありすぎて、作業を始めると止められず、明け方まで手をかけてそのまま寝ずに練習に直行したりなどという無茶をしがちで、それが原因で体調崩したりしていたのだから、思い入れがありすぎるというのも良し悪しである。

続きを読む "ある「ラプソディ・イン・ブルー」"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.01.01

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

当ブログも開設以来4年めを迎えることとなりました。
変化の速い現代という時代にあって、個人ブログというもののありようは開設当時と微妙に変わってきていることを実感しますが、そんな中でも変わらないスタンスを持ち続けるものとして、自分自身の記録を記し続けることができればと思っています。
本年も当ブログ「Thunder's音楽的日常」をよろしくお願いいたします。

Le Quattro Stagioni新年初めて鳴らしたCD。
というか、ほぼ毎年、我が家では元旦の朝に儀式のようにこのCDを鳴らすのが習わしとなっていて、他の時期にはまず聴いたことがない。
ヴィヴァルディの「四季」。アルド・チェッカート指揮ミラノ・アンジェリクム室内合奏団、フランコ・グッリ(Vn)。
あのCharlinの原盤で、1993年頃に徳間から国内盤CDが発売されたもの。徳間のシャルラン盤は音が劣化していたものが多かったけれど、これはそれほどでもなく、新春というこのめでたい季節にふさわしい、非常に雅びやかで水の滴るような雰囲気豊かな美音を楽しむことができる。
ジャケットはブリューゲルの「四季」ですね。

Le Quattro Stagioniブックレット裏はこんな感じ。
おお、Charlinだ。(^_^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.11.18

伝統について(ある序章)

Schumann, Symphonies先日はじめて生で聴いて感激を新たにした、シュターツカペレ・ドレスデン。
久しぶりにCDを取り出して聴く。
サヴァリッシュ畢生の名盤、シューマン交響曲全集(EMI)より、第1番「春」。

1972年の録音。
同じオーケストラとはいえ、35年も前、「東ドイツ」「共産圏」などという言葉が現役だった時代だけに、さすがに音色は、先日聴いたものとはずいぶん違う朴訥としたものだし、EMIならではの残響過多でボケ気味の録音が余計、古めかしさを演出している。
だけど、渋ーい音で冒頭のファンファーレが始まってすぐ、弦を含む全奏が出てくる瞬間の、雲の切れ目からぱっと陽が射すような衝撃にも近い雰囲気は、このオーケストラならではの輝かしさだ。
これがこのオーケストラの「伝統」、なのか。
私にとってシューマンの交響曲の原イメージは、ほぼこの演奏と同一化している。

先日聴いたパリ管も、設立当初(1960年代末頃)の録音を聴くと、今とはずいぶん違う音色が聞こえてくる。
バソンが全部ファゴットに置き換わったのをはじめ、楽器だってかなり違うし、金管の音色は(70年代から80年代に音楽監督だったショルティとバレンボイムの主導だと思うが)相当にアメリカナイズされた。
実のところ私の本当に好きなパリ管は70年代までのものなのだけれど、それでも、うまく言葉で言えないながら、パリ管ならではの音色の「軽み」、このオーケストラでなければ味わえない独特の洗練というのが今なお「伝統」のようなものとしてあるからこそ、チケット高ぇーと文句言いながらも来日する度に聴き歩いている訳で。

「伝統」とは、古いものや昔のスタイルがそのまま残ったものだと思われがちだけれど、実はそういうものでもない。
伝統とはおそらく、外見がどんなに変わったとしても、あるいはすべてを変え尽くそうと意図して努力したとしても、なお変わらない部分にこそ、存在する。

…この後には、「伝統」というものについてのおそらく膨大な量の考察が続くことになるのだが、それはまた、いつの日か。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.10.13

明日は小豆島

広島に住んでいる、相方の祖父の卒寿のお祝いのため、明日明後日と小豆島に行ってきます。
なんでも、若い頃の思い出の場所らしい。
#しまっぷー先生に別件のメールのついでに報告したら、「自ら島送り!しかも家族を巻き込んで!」見上げた心がけだ、と誉められてしまいました。ちょっと違うんですけど(^^;。
瀬戸大橋経由で、高松から船で渡ります。うおお、四国初上陸だあ!(一瞬だけど)。

Inbal, Brahms只今のBGMは、ブラームスの交響曲。エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送響(DENON)。
4曲の全集BOXが3000円で再発売されていたのを、先日、CD店頭で見つけ、ふと閃くものがあって買ってみたもの。
1番から順番に聴いて、さきほど4番を聴き終わったところ。
なかなか充実した演奏。現代のスタンダードなブラームスの演奏といっていいと思う。
1番が名演だと思った。対して2番はちょっと軽くて、モダンな感じ。4番も良かった(が、1番ほどではないか)。そして、どれをとっても紛れもなく、20世紀末のドイツのオーケストラの音がする。

まあ、ブラームスは色々な演奏が山のように発売されているし、聴いている人も多いから、私の感想などではあまりアテにはならんでしょう。
それでも、インバルという指揮者がすごい「指揮力」(うまい言葉が見つからないのでヘンな言い方だが)の持ち主だ、ということは、判る演奏だ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007.09.01

デニス・ブレイン没後50年

9月になった。
つい1週間前の酷暑が嘘のようだ。

Cd158本日2007年9月1日は、不世出のホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)の没後ちょうど50年の日だそうだ。
(上記リンク、ファンサイトのお手本のような作りだ。ワタシも見習わなければ)

ということで、手持ちのCDを久しぶりに引っ張り出して聴いている(Testament SBT1022)。
シューマンのアダージョとアレグロ(1952年録音)で始まるんだけど、なんだこれは。あまりにもすいすい音が当たるもんで、まるでホルンに聞こえないぞ。
デュカスのヴィラネル(1952年録音)は、この曲たしか前半は左手を一切使わずにナチュラルホルン状態で吹くはずだが…後半と違いが全然判らない(@_@)
改めて、脱帽でございます。

今夜はもう1本エントリを上げる予定。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.06.22

A Midsummer Night

今日は夏至。
いまいち天気はよろしくないが。

1年に一度しかない夏至、ということで、本日は我が家の「真夏の夜の夢」(原題のmidsummerは、ご存じの方には常識でしょうが、「真夏」ではなく「夏至」のこと)のCDお蔵出し、という、何も考えなくても出来るお気楽企画にてお送りします。
折に触れて書いているように、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」は私の偏愛する曲なので、両手の指でも足りない程度のCDをこれまで聴いてきたけれど、手元に残っているのは以下のようなものとなった。

A midsummer night's dream, Dutoit
シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団(Decca)

「間奏曲」を含む組曲版。
この曲の良さを知るきっかけになった演奏。いろいろなCDを聴いても、結局これに戻ってくる。
少々フランス趣味に傾き過ぎな気配はあるけれど、スマートでカッコ良くて鮮やかであることにかけては、比類がない。
「真夏の夜の夢」は私たちのアンサンブルでも今年演奏することになっているけれど、メンバーに配る参考音源集のCDにはこの演奏を入れた。

A midsummer night's dream, Nelson
ジョン・ネルソン指揮 パリ室内管弦楽団、ほか(Virgin Classics)

最近のお気に入りはこれ。The Oxford and Cambridge Shakespeare Companyの俳優たちによる語り(英語)入りという、珍しい盤。
刷り込みがデュトワだからか、自然とフランス趣味な音色と演奏にシンパシーを感じることになるようだ。
少しピリオド的なアプローチも感じる。

A midsummer night's dream, Herbig
ギュンター・ヘルビッヒ指揮 シュターツカペレ・ベルリン、ほか(Deutsche Schallplatten)

純朴ドイツ系だったら、やはりこれでしょう。ドレスデンと並ぶ旧東ドイツのオペラ・オーケストラの雄。
といっても、重々しくてもっさりした音を予想していると、見事に裏切られる。ある意味とても明るく、シンプルな音が素敵。
最近リマスター盤も出たようだ。

A midsummer night's dream, Ormandy
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団、ほか(BMG)

アメリカン・ゴージャスを代表して、こちらの全曲盤。
ちょっと嘘臭いまでに豪華なサウンドだけれど、それが軽薄さに結び付かないのはやはりオーマンディ氏の人徳か。
これに慣れてしまうと普通の演奏はショボくて聴けなくなるかも(^^;

A midsummer night's dream, Maag
ペーター・マーク指揮 東京都交響楽団、ほか(DENON)

メンデルスゾーンのスペシャリストだった、今は亡き名匠ペーター・マークと、われらが都響による1984年の録音。
この機会に数年ぶりに聴き返してみて、すごく良い演奏であることに改めてびっくりした。オーケストラのトータルな響きの練度は一歩譲るけれど、指揮者の意図を実によく汲んだ、一体感にみちた音を出していると思った。
テンポはぶっ速いけれど、驚くほど見事について行っている。ただし、あちこちに大胆なアゴーギグの変化が仕掛けてあって、聴いてて椅子から転げ落ちそうになるが(^^;。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.05.21

世界の創造

ダリウス・ミヨー作曲、バレエ音楽「世界の創造」。
ミヨーの最高傑作のひとつであり、また古今東西のオーケストラ作品の中で、最もサクソフォンが活躍する曲のひとつでもある。
冒頭、天地も未分明の混沌を表現する物憂げなソロ、続くフーガでの(Jazzの影響を受けた)ソロに始まり、終わり近く、全オーケストラによる乱痴気騒ぎの中ひとり悠然とメインメロディを吹き続ける場面に至るまで、サックスの聞きどころはたいへん多い。

Bernstein, Milhaud

最近(といってももう3月のことだが)、これともうひとつミヨーの代表作「屋根の上の牛」を組み合わせた名盤である、バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団による1976年録音のCDが、1300円で何度めかの値下げ再発売された(東芝EMI)。
この東芝の1300円盤シリーズ、4月まで長いこと「3枚買って商品貼付のシールを集めると、お好きなタイトルを1枚プレゼント」というキャンペーンをやっていて、私もちょうど締切り間際に3枚集まったところだったので、あんまり考えずにこのCDを貰ったのだった。
1987-8年頃にCD化された海外盤は勿論とっくに持っていたけれど、オリジナルのLPと同じジャケットになんとなく惹かれたもので。

Bernstein, Milhaud
マルP1987の表示のある、米EMI盤。

久しぶりに聴き返したけれど、実に起伏が大きくて楽しく、また雰囲気満点な演奏だと思った。バーンスタインが指揮台の上で飛んだり跳ねたり身体くねくねさせたりしているのが見えるような。それでいて、決して緩くない。見事に引き締まっており、連携のとれたしかも自発性たっぷりのアンサンブルを聴くことができる。
サクソフォンはダニエル・デファイエ。特記されている訳ではないけれど、デファイエ自身がいろいろな機会に自分の会心の演奏として挙げているのを見たり聞いたりした。

東芝のCD復刻の音の例にもれず、聴き慣れた海外盤に比べて細部のリアリティは増しているが、全体の雰囲気は少々痩せ気味の音になってしまっているような。
アナログ録音の、良い状態のCD化というのは難しいものだなあと思う。

Kent Nagano, Milhaud

もうひとつ参考までに、同じく「世界の創造」と「屋根の上の牛」のカップリングのCD。
ケント・ナガノ指揮、リヨン国立歌劇場管弦楽団による、1992年のデジタル録音(Eraro)。
これは初出当時のジャケット。今は再発売廉価盤で出ているようだ。
とってもスマートでスタイリッシュな演奏。これをはじめて聴いた90年代の当時は、バーンスタイン=フランス国立の「濃い」演奏にあまりにも慣れていたため、少々違和感も感じたけれど、現在となっては、ああ、「今の」フランスのオーケストラってこうだよなあ、と率直に理解できるようになった気がする。
サクソフォンの音もヴィブラートの少ない今風のものだ。誰が吹いているんだろうか。特にクレジットは無いけれど、リヨンだし、セルジュ・ビション門下か、もしかしたらご本人かもしれない。

実演でも何度か聴いたことはあるが(一番最近は、昨年暮れのサクソフォンフェスティバルでの、東京シンフォニエッタ+小串さん、というもの)、非常にアンサンブルの難しい曲なので、なかなか万全の演奏で聴けることは少ない。
いままでに聴いた最も完璧な実演は、6~7年前の沼尻竜典指揮トウキョウ・モーツァルト・プレイヤーズの演奏だった。サックスは須川さん。
一度、ジャパン・チェンバーとか紀尾井シンフォニエッタとか、東京のインディペンデント系室内オケの演奏で聴いてみたいものだと思っている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007.01.11

「青春の小澤征爾」

以前のエントリでフレデリック・ヘムケについて書いたときに(こちら)、小澤指揮の『展覧会の絵』の録音でヘムケ氏が「古城」のサクソフォンソロを吹いていることを知った(ヘムケ公式サイトに記述がある)。
小澤の展覧会の絵って、1960年代にシカゴ交響楽団と録音して以来、再録音されてないんじゃなかったっけ。
今,入手できるのだろうか、と探してみたら、こんなCDが発売されているのを見つけて、聴いてみた。

Cd132青春の小澤征爾 Early RCA Recordings(BMG)

オザワ若い!
すべて1967-69年(小澤30代前半)の録音で、シカゴ響との「展覧会」、ベートーヴェン5番、チャイコフスキー5番、ボストン響との「火の鳥」組曲、「カルミナ・ブラーナ」抜粋など満載の2枚組。

…なんという真っ直ぐで清新な音楽だろうか。
CD2枚、一気に聴いてしまった。
この、無邪気とさえ言ってもいい率直さでこれらの大曲オンパレードに挑んで、あっけらかんと鳴らし切っている。

最近はいざ知らず、小澤って昔から、欧米に比して日本では不思議と人気がなかったけれども、60年代の巨匠・本場・名盤志向の日本クラシック音楽界で、これが受け入れられなかったというのは無理からぬことだと思った。
これらはむしろ、21世紀の今こそ、虚心に聴かれるべき演奏ではないだろうか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.11.09

ぼーっ

Cd120ひさしぶりに部屋でぼーっとCDを聴いている。
最近、こういう時間が本当になかった。

ワタシの場合、疲れているときに聴くのはイギリス物が多くて、今日はヴォーン=ウィリアムズの交響曲第5番でした。アンドレ・プレヴィン指揮のロンドン交響楽団(BMG)。

この曲ほど、邪心や欲望や自己主張といったものに背を向けた音楽もないように思う。
ただ静かに、美しく、謙虚に、そこに在る。
久々に聴いて、月並みな言い方だけれど、心が洗われるような思い、だった。
カップリングが「神様」故ジョン・フレッチャー独奏のテューバ協奏曲で、そっちはよく聴いていたのだが。

明日N響定期でやるらしいので(ロジャー・ノリントン指揮)、聴きに行っちゃおかな。
ノリントン師、あのN響にマジでノン・ヴィブラート奏法をやらせてるらしい。いったいどうなっちゃうんでしょうか、という興味もあり。


毎年大晦日にやっていた、岩城宏之指揮のベートーヴェン全交響曲・振るマラソン。
今年は岩城宏之追悼として、9人の指揮者の分担で執り行う、らしい。→こちら
ちなみに9人の内訳は、出演順に、下野竜也、岩村力、大友直人、高関健、井上道義、秋山和慶、小林研一郎、ジャン=ピエール・ヴァレーズ、外山雄三とのこと。
ぴあを覗いてみたら、5000円の席でわりと良い場所が空いていたので、思わずポチッと買ってしまいました。

岩城氏が振るこの催しには、今までは興味はなかった。
これは音楽会ではなくてイヴェントの一種だと思っていたし、岩城氏らしい破天荒な思いつきを周囲が商業的なイヴェントに仕立ててしまうあざとさのようなものが鼻について、あえて無視していた。
だけど今回の、この9人の指揮者の選択は、魅力的だ。一度にこれだけの人の指揮ぶりを見比べられるなんて。

来年の年明け一番のブログのネタは、決まりですな。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006.10.27

ドビュッシー弦四、プチ聴き比べ

以前のエントリにも書いたように、今度のアンコンでドビュッシーの弦楽四重奏曲(第1楽章)を演奏するので、それにちなんでウチにあるこの曲のCDを探ってみたら、4枚見つかった。
ということで、深夜のプチ聴き比べ(夜も遅いので第1楽章限定)。

オリオン四重奏団(Delosレーベルのドビュッシー室内楽曲全集所収)。1996年ロサンゼルスにて録音。
巧い。楽譜の指示をきちんと守っていること、縦が揃っていること、音にエッジが立っていることに関しては一番かも。そのかわり全体に音の長さが短くてスケールがやや小さい。日本の若いサクソフォンカルテットみたいな演奏。

ヴィア・ノヴァ四重奏団(Erato)。1969年フランス。
楽譜上のスタッカートをほとんど無視してどの音も長めに弾いているせいか、とてもゴージャスな響き。チェロ、ヴィオラ(名手ジェラール・コセ)もよく鳴っている。ということで充実した響きだが、音楽的には第1ヴァイオリンのジャン・ムイエールの独り舞台という感じもちょっとある。よく聴くと細部は少々弾き飛ばし気味…

ヴィオッティ四重奏団(Pierre Verany)。1985年フランス。
音楽的には中庸だが、音はなかなか元気がある。若々しいが非常に練れたアンサンブルで、機械的によく揃っているという以上のものがあり、ワタシ的にはたいへん好感度高し。だけどこのレーベル、ちょっと手に入りづらいだろうなあ…

カルヴェ四重奏団(Dante-Lys)。1931年録音のSPの復刻。こんなの持ってたんだ、オレ。
オールドファッションな演奏を予想していたら、意外と現代的な音色とアンサンブルだったので、ちょっとびっくり。第1ヴァイオリンがたまにポルタメントがかかるくらいで、ヴィア・ノヴァの方がよほどグランドマナーな感じがするくらいだ。復刻の状態は悪くない。Danteてのは正規盤なんだろうか?

という訳で、明日の練習にはヴィオッティQを持って行って皆に聴かせようと決定。
サクソフォン編曲版のCDは、有名なアルモSax.Qの他、オーレリアQ(オランダ)、Z Quartet(クロアチア)とかいくつか持っているけれど、原曲バージョンの聴き比べをしたあとに聴いちゃうと、なんだかつまらなく聞こえるのだった。
悔しいが、仕方がない。

本日は少々マニアックにお送りいたしました。(マニアックなのはいつものことか)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006.08.12

夏の音楽

発表会の余韻冷めない中、週末へ。
今週は仕事を3日しかしていないのに、妙に疲れました。
久々に、つれづれCDご紹介の、お気楽編にてお送りします。

Cd110さてタイトル。バーバーの木管五重奏曲のことではありません。
夏になると、この曲が聴きたくなる。ダンディ(Vivcent d'Indy、1851-1931)作曲、『フランスの山人の歌による交響曲』。

ダンディの生まれ故郷、セヴェンヌ地方(フランス中央高地の南部)の山々の情景と民謡からインスピレーションを得た、フランスの「田園交響曲」。
あっけらかんと明るく分かりやすいメロディと、壮麗なハーモニー、ピアノソロを伴う清冽にして優美なオーケストレーションが、昔から大のお気に入りです。

もう30年近くも、夏が来るとやれ合宿だ、講習会だ、と、楽器を提げて山々の間の地に向かう生活を送ってきた。
東京生まれの東京育ち、「帰省」という習慣のない人間にとって、それはほとんど、日常の仕事や生活を置いて「故郷」に帰るようなものに近かったのかもしれない。
中央本線の特急とかに乗っていて、緑の山々が聳えているのが目の前に迫ってくると、なんだかとても高揚した気分になってくる。「今年もまた!」と。
そんな時に、昔だったらウォークマン、今だったらiPodに入れて、必ず持ち歩いていた1曲。

ダンディ氏はこの曲について、こう語っている(1887年)。
「…この曲に、私はアルプスの山々の雪を頂いた峰を、近くの山々を、ローヌ平野を、松の森を、未だ刈入れの済んでいない豊かな緑の収穫物を見る。冬の苦しみと労働の後でここにあるのは喜びである。パリで『芸術的世界』として求めるものはこれらに比べたらはるかにつまらないものだ。ここには真の憩いがあり、全ての芸術の真の源を感じる。」

たくさんの演奏を聴いてきたけれど(しかし演奏会場で聴いたことは一度しかない)、数年前に亡くなった名匠ペーター・マーク(都響に何度も客演した、思い出深い指揮者)がスイスのベルン交響楽団を振ったCDを取り出して聴くことが、一番多い。
ジャケットのルドンの絵も、曲の感じとはちょっと違うけれど、とても印象的(クリック拡大)。

残念ながら、版元(Conifer)が潰れてしまって、現在では入手至難なCD。
いま手に入りやすいところでは、例えばデュトワ=モントリオール響あたりが、わりといい演奏をしている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.07.08

静岡で買ったCD

最近ココログの管理画面が重くて重くてどうしようもなくて、記事をupする気も失せるんですけど。
なんとかしてください。

Cd102シンフォニエッタ静岡絡みのCDをご紹介。
先日の定期公演のソリスト、フェルディナンド・シュタイナー(ザルツブルグ・モーツァルテウム管首席クラリネット奏者)のCD。

クラリネットのオリジナル曲では、ジョセフ・ホロヴィッツのソナティナ(初耳だが、実に良い曲だ)、ストラヴィンスキーの3つの小品、フランセの主題と変奏、ドビュッシーのプルミエ・ラプソディといったところから、「リゴレット」と「椿姫」のファンタジーというデモンストレーション・ピース、そしてC.Ph.E.バッハの旋律に基づいてウェーゼンアウアー(1966-)という人がフェルディナンドのために書いた、クラリネット、ドラムス、コントラバスというJazzトリオのためのFerdiggietto という小品も入っている。なかな盛り沢山な1枚。
甘くて軽い音色がオールマイティーな感じで(ジャズ吹いても違和感ないし)、なかなかいいです。
演奏会場では「ここでしか入手できません」という売り文句で販売していて、自主制作なのだろうか。よく売れていたようだ。
フェルディナンド、めちゃくちゃ気さくな人物で、私のことを中原さんから聞いていたのか、「どこのメーカーのサックスを使っているのか?」とか、いろいろ聞かれました(彼はサックスも吹く)。たしか明日あたりに帰国だと思ったけれど、CD無事売り切ったかしらん。

Cd103これも会場のロビーで購入。バソンのトップを吹いていた、日本バソン界の第一人者小山清氏のソロアルバム「フランス・バソン1」。(ALMコジマ録音)

Bassonという楽器にはドイツ式の「ファゴット」とフランス式の「バソン(バソン・フランセ)」という2種類がある、というのはかなりマニアックな知識の範疇だと思うけれど、例の「のだめ」にとり上げられたおかげで、思いがけず知られつつあるようだ。
バソンという楽器は、音の輪郭がファゴットほどクッキリと出ないところが私のようなサックス吹きにとって親近感を覚える原因かもしれない、と思ったことだった。
このアルバムは、ノエル・ギャロンとケックランのソナタで始まり、デュティーユとブートリーのオリジナルで終わるという、私が今まで持っていなかったのが不思議なような選曲。
テナーサックスで出来そうな曲も何曲かある。

Cd104新譜ではないけれど、モーツァルトの「グラン・パルティータ」の、私の最も好きな演奏。
ヘレヴェッヘ指揮、シャンゼリゼ管弦楽団メンバーによるCD。(Harmonia mundi)

実は「グラン・パルティータ」という曲は、長くてタルくて、私にとってかなり聴き通すのが辛い曲だったのだけど、この演奏はとにかく音が最初から最後まで生き生きしていて、全く退屈せずに聴くことができた。
ピリオド楽器によるオーケストラらしいけれど、ピリオドかモダンかというのは第一義的な問題ではない、ということがよく分かる(実際、あんまり「古楽器」という雰囲気の音ではない)。

セレナード第12番「ナハトムジーク」併録。(この曲のサクソフォン五重奏版というのがなにげにSax界の定番だったりする。)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.05.09

Best of Alfred Reed

「音の輪」の記憶も新しいなか、久々に汐澤安彦氏の指揮するリードのCDを聴き返してみた。

Cd096

Best of Alfred Reed - アルフレッド・リードの世界(CBSソニー/CSCL1506)

ヴィヴァ・ムシカ、第3組曲、春の猟犬、エル・カミーノ・レアル、クィーンストン序曲、ゴールデン・ジュビリー、エルサレム讃歌
 汐澤安彦(「ヴィヴァ・ムシカ」のみフレデリック・フェネル)指揮 東京佼成ウィンドオーケストラ

録音は1982~89年。毎年、今頃の季節に出ていた「吹奏楽コンクール自由曲集(のち、単に「吹奏楽名曲集」というタイトルになった)」というレコード・CDの音源からの再編集。
「CBSソニー」なんていう会社はとっくの昔に無くなってしまったのに、今でもカタログに残っているのだから、コンスタントに売れ続けているということなのだろう。

どれも、今では日本全国あらゆるバンドが演奏し、吹奏楽界の定番となったそれぞれの曲を、日本で最初に紹介する役割を果たした録音なのだが、こうして今聴き返してみると、なんという質の高い紹介の仕方をされていたんだろう、と改めて感嘆するのだった。
私自身、世界初演ということを何度かさせていただいたけれど、参考となる音源も何もない状態から、楽譜だけを読みこんで音楽を作り出すというのは、結構しんどい作業なのです。例の『カメオ』なんて、何度か再演を繰り返した今となってみると、初演の頃は何も分かってなかったなー、などとも思う訳だし。

それぞれの演奏は、その年に出版された楽譜の新譜の山の中から何曲か選び出して、おそらくは1~2回程度のリハーサルの後に録音されたものだろうと思うけれど、それでもこうして20年以上経った今でもなお、一種のスタンダードとして聴くに堪え得る質の演奏となっている。
それどころか、例えば『第3組曲』における、まるでプロコフィエフやグラズノフのバレエ音楽みたいな「オーケストラル」な雰囲気なんて、自作自演盤をも上回るかも。

汐澤先生、すごいな。
まあ、それが、プロの音楽家、というもののすごさなのだろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.13

ベニー・グッドマンの「クラシック」

「スウィング王」ベニー・グッドマンの演奏する、ウェーバーのクラリネット協奏曲を聴く。

Cd090

ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番、第2番
メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」組曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

ベニー・グッドマンといえば、クラシックもジャズも共に演奏する両刀遣いの演奏家の元祖のような存在だった。
サックスなんぞという楽器でクラシックをやっている我々には完全には実感できないことかもしれないけれど、「正統的」なクラシック・ジャズ両ジャンルの演奏家・愛好家の間には、埋めがたい断絶のようなものが長いことあったし、今でもそれは解消された訳ではないだろう。
ベニー・グッドマンはそんな時代にあって、「クラシック、」「ジャズ、」とかしこまること無く、自然体のままで、両方のジャンルの最高レベルの演奏を為し得た、パイオニアのような「音楽家」だった。
映画「ベニー・グッドマン物語」の中でも、モーツァルト?の本番をやらなければならなくなった際に、周囲の心配をよそに見事な演奏を披露して、喝采を浴びる、という場面があったような記憶がある。(昔テレビで1回見ただけなので不確か)

グッドマンのモーツァルトは長年の愛聴盤だったけれど、最近タワーレコードのオリジナル企画で、ウェーバーの2つの録音が世界で初めてCD化されたのだ。めでたし。
マルティノン=シカゴ響のバックも、ゴージャスの極み。
フィルアップの『真夏の夜の夢』もなかなか聴き物。さすが天下のシカゴ響、大抵の演奏ではモタモタする難曲の「スケルツォ」も、全く危なげなく見事なものだ。これに対抗できる精度の演奏のCDはデュトワ=モントリオール響くらいのものでは? 4曲だけの組曲なのが残念…


ついでに、グッドマンのモーツァルトのCDもご紹介しちゃいましょう。

Cd091

モーツァルト/クラリネット協奏曲、クラリネット五重奏曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団
 ボストン・シンフォニー弦楽四重奏団

このジャケット、いいでしょ。1997年にアメリカBMGで「タングルウッドのモーツァルト」と題してCD化された時のもの。いま手に入るのは違うデザインだと思う。
1970年代には日本国内でも廉価盤レコード(1300円とか1500円とか)で何度も発売されていたので、私としてもお馴染みの演奏だった。モーツァルトのクラリネット五重奏曲は、この演奏が「刷り込み」。いま改めて聴いても、たいへん開放的な幸福感にみちた、素敵な演奏だと思う。
ただ、「協奏曲」のほうは少々好き放題にやり過ぎな感じもあって、その点、五重奏曲のほうが「らしく」聞こえる。ミュンシュ指揮のモーツァルト、というのは貴重ではあるけれど。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.12.31

年の終わりに

大晦日。東京は今日も良い天気。

藤野に例によって父の見舞いに行ってきた。たくさんのスタッフの方々が、今日もいつものように、いつもの如く働いていた。
私たちがのんびりと年末年始の休みを過ごしている間にも、社会の機能を維持するためにそれぞれの仕事を続けている方々がいることを、忘れてはいけません。
「忙しい、忙しい」だとか「今月は残業○○時間もしちゃいました~、」みたいな愚痴はブログにはなるべく書かないようにしている。自分なんかよりももっと大変な目に遭いながら、それでも黙々と仕事をこなしていらっしゃる方はたくさん居るはずだから。
それでも、ついつい書いてしまうことはあるけど。
思い当たる節のある皆様、お互い気をつけましょう。

cd084年の最後に聴く曲は、ブリテン「戦争レクイエム」。作曲者ブリテン指揮のCD(Decca原盤)。
1時間20分におよぶ大作なので、普段なかなか集中して聴く余裕がなく、なんとかこの戦後60年の年の間に一度は聴こうと思っていたら、結局大晦日になってしまった。
レクイエム典礼文と、ウィルフレッド・オーエンによる反戦詩のテキストに基づいて書かれた、20世紀に書かれた声楽曲中、屈指に感動的な傑作。
もしかしたら、昔(21年前)自分で歌ったことがあるので、余計そう思うのかもしれない。
ふとしたきっかけで参加した某アマチュア合唱団で、プロオケと一緒に歌う演奏会だった。オケは日本フィル。
合唱初心者として参加したんだけど、(吹奏楽をやっていたおかげで)初心者チームの中ではとりあえず楽譜だけはかなり読める方だったので、経験者の先輩たちに負けるもんかとばかりに声張り上げてた。
いろいろあって結局演奏会本番には乗れなかったんだけど、当日のプログラムには名前が載っている。

機会があったら、もう一度歌ってみたい曲だ。
(…しかしこのCD、ロンドン交響楽団とフィッシャー=ディスカウ、メチャうまだわ、と改めて驚嘆)

とまあ、来年もこんなふうに勝手にひとりごとを書き連ねていくことになるでしょうが、宜しければお付き合いくださいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.24

めりくり

めりくり!と、街をゆく女子高生が叫んでいるのを聞いた。ホントにそう言うんですね。…

この季節私の部屋には、フランスバロックの声楽曲がBGMに鳴ります。例えば。

cd081

カンプラ(1660-1744)/レクイエム
 ルイ・フレモー指揮 パイヤール室内管ほか(Erato)

バロックの宗教曲って、ワンパターンで古臭いものばかりじゃない、ちゃんと五感に「美しさ」を訴えるものもあるのだ、ということが判る音楽。
古今東西の「レクイエム」の音楽の中で、フォーレの次くらいに好き。
以前はガーディナー指揮のCDを聴いていたが、大学生の頃(1980年代前半)LPレコードで馴染んだこの演奏が、一昨年くらいに待望のCD化がされ、以来専らこちらを聴いています。

cd080

M.-A.シャルパンティエ(1645-1704)/テ・デウム、真夜中のミサ(EMI)
 フィリップ・レッジャー、デイヴィッド・ウィルコックス指揮 ケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団、ほか

20世紀の最後の年の暮れ、鷺沼の教会のクリスマスコンサートに呼んでいただいてサックス四重奏を披露したことがあったのだが、その時その教会の聖歌隊の方々が歌っていたのが、マルカントワーヌ・シャルパンティエのモテットだった。
これが、街の教会の聖歌隊にしてはちょっとびっくりするようななかなか素晴らしい演奏で、さすが田園都市線沿線の高級住宅街の信者の方々というのは違うもんだなあ、と率直に感心したのだった。
フランスバロックへの関心の再燃のキッカケとなった出来事だった。
という訳で、シャルパンティエの代表作2つ収録のこのCDもよく聴きます。安上がり(輸入CD店でたぶん千円以下で買える)で、演奏もオーソドックス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.19

おフランスなブラ2

明日明後日と、都響とのジャン・フルネ引退公演。
フルネ翁92歳、つつがなく来日されてスケジュールもこなしている様子。
両日(完売)ともチケットは確保済。初めて生の指揮姿に接して以来既に20年以上、欠かさず聴き続けてきたひとりの高潔なる音楽家の最後の姿を、しっかりと目と耳に焼きつけて参ります。

メインプロはブラームスの2番。
ということで、ちょっと変わった「ブラ2」のCDを聴いてます。

cd079

ブラームス/交響曲第2番、アルト・ラプソディ、大学祝典序曲
 ジャン=バティスト・マリ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団ほか(Mandala)

1960年録音、往時のフランスのオーケストラによるブラームス。録音は少々ぼやけ気味ながら、オーケストラの音、特に管楽器が聴き慣れたものとぜーんぜん違って明るくて、楽しいことこの上ない。第1楽章終わり近くのホルンソロなんか、クリュイタンスの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を彷彿とさせる、ヴィブラートばりばりの金属質の朗々たるサウンドで、とてもホルンには聞こえません(フランスのホルン事情に詳しい、Lucien Thevetのサイトの監修者である大山さんのご教示によると、このソロは後にパリ管の首席を務めたジョルジュ・バルボトゥではないかとのこと)。
勿論、それだけが聞き物、という訳ではなく、全体にたいへんバランスがよく愉悦感にみちた名演だと思う。
例の「新入生の歌」のところが、ものの見事にバソン(フランス式バスーン)の音でなめら~かに歌われる『大学祝典序曲』も、聴いてて思わずニヤニヤしてしまう。
しっかし曲名表記が、Ouverture pour une fête académiqueですか。とてもブラームスの曲には見えませんなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.09

ドビュッシーの「夜想曲」

先日書いたシャブリエについての文章がきっかけで、いもづる式に色々なことを思い出している。

ドビュッシー作曲『夜想曲』。この曲を知ったことを抜きにして、自分の十代は規定できない。

第1曲「雲」、第2曲「祭り」、第3曲「シレーヌ(海の精)」。
ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団。高校1年生の冬、たまたまFMでエアチェックしたのが、この演奏だった。
こんな音楽があるのか!と本当にびっくりした。
冒頭の木管による動きからもう、流れゆく雲が明瞭に眼前に浮かんでくる。
クラシックをまともに聴き始めて2~3年め、クラシックには様々な情景を描写した音楽が色々あることは既に知っていたが(ベートーヴェンの『田園』の第1楽章が、「いなかに着いた時の楽しい気分」であるとかね。あと『シェエラザード』の1曲めの海の描写とか)、そういう類のものとは一線を画す、何か本質的な違いのようなものを嗅ぎとったのだった。
こんなふうに、音楽そのものが「雲」や「祭り」や夜の海を呼吸している、というものは、聴いたことがなかった。

輝かしいファンファーレで始まる「祭り」は、最後だんだんに消え入って、けだるい倦怠と輝かしさの遠い余韻の中、ピアニシモのシンバルの一打と弦のピツィカート、というなんとも印象的な組み合わせで、ふっと終わってしまう。
「祭りのあと」、という言葉を思った。祭りというものの本質を貫き通して、向こう側まで到達してしまうような、ドビュッシーという人物の底知れない感性の鋭さに震えた。

という訳で、FMで聴いたのと同じ演奏のレコードを買ってきた。

LaMer_Nonturnes

ドビュッシー/交響詩「海」、夜想曲(東芝EMI)

高校の1年生から2年生に上がる頃の一時期は、それこそ毎日このレコードばっかり聴いていたような気がする。
こんなに明るく、輝かしいオーケストラの音は聴いたことがなかった。それまでに別のレコードや数少ない実演で聴いたそれとは全然違うものだった。細部は意外とうやむやなのに、全体としての印象は明晰きわまりない。
これがフランスの音なのか。

いつかも書いたことだが、私の通っていた高校は東京の南の端近く、多摩川(神奈川との県境を流れる川)にほど近い高台の上にあった。
多摩川の河川敷(新幹線の鉄橋のすぐ下)にグラウンドを持っていて、体育の時間などにはよく、住宅街の中の坂道を5分ほどランニングして、そこまで行ったものだ。
試合の待ち時間とかは、グラウンド脇の土手に座り込んで、クラスの友人たちと他愛の無いお喋りをしながら過ごすことになる。
鉄橋の上を、ときおり「団子鼻」の新幹線や、のろのろと走る貨物列車が通り過ぎていく。(現在は横須賀線が新幹線と並走しているが、当時は品鶴線-ひんかくせん-という貨物専用線だった)

『夜想曲』の「雲」を聴くと、この当時の、多摩川の土手の草叢に座って眺めた、だだっ広い空と流れる雲を思い出す。
ドビュッシーが見たであろう、19世紀末のパリの空とは随分違う風景だろうけれど、でも照らしている太陽は同じ太陽だ。…

現在は、2枚組CD2セットに収まった「ドビュッシー管弦楽曲全集」として、発売されている。→こちら(東芝EMIリリース情報)参照

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.05

シャブリエの「田園組曲」

この季節(11月終わりから12月はじめ)になると、シャブリエを聴きたくなる。

cd078

シャブリエ/楽しい行進曲、ポーランドの祭り、スラヴの踊り、ハバネラ、狂詩曲「スペイン」、田園組曲
 ジャン=バティスト・マリ指揮 パリ・オペラ座管弦楽団(東芝EMI)

私が高校2年生の時だから、1978年。27年前ですか。
当時、FM東京に「ルーテル・アワー」だか「ルーテル・クラシック・アワー」だったか、日本ルーテル教団がスポンサーの30分のクラシック番組があって、時々聴いていた。
毎回、その日に放送されたレコードを聴取者に抽選でプレゼント、というのがあって、たまたま応募して当たったのが、このレコードだった。ちょうど今頃の季節。
お小遣いで月1枚の廉価盤LP(1300円とか1500円とか)ぐらいしか買えなかった当時としては、フルプライス盤、しかもバリバリの新譜(1977年録音)というのはなんだかとても嬉しくて、毎日のように自分の部屋のコタツにもぐりながら聴いたものだ。

有名な狂詩曲「スペイン」は、バレンボイムのレコード(9/16のエントリ参照)で既に親しんでいたけれど、このレコードでは、続いて入っている「田園組曲」に心惹かれた。心酔した、と言っても良い。トライアングルのソロによる印象的な導入から、空の高いところへ手を引かれて舞い上がっていくかのような「牧歌」、一抹の都会的な愁いを含んだ野の明るさ、とでもいうような続く「村の踊り」「木陰で」「スケルツォ・ヴァルス」。
心のどこかに空洞があったとして、そこにぴったりと納まって邪魔にならない、そんな音楽だった。

高校生くらいの人間が、「若々しい」とか「希望に満ちている」などというのは、嘘だ。
そのぐらいの年代の人間は皆、意識しているしていないに関わらず、心の中に「虚無」を飼っている。
大人と同じように、あるいは大人よりもっと切実に、「癒し」を求めているはずだ。

…数年前に、この演奏がCD化されていることを知って、買った。
ジャケットデザインも当時のLPと同じなのが、嬉しい。12cm四方の小ささは仕方ないけれど。
以来、この季節になると、聴きたくなる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.10.25

ウォルトン

明日の都響定期で、ウィリアム・ウォルトンの『宝玉と王の杖』が演奏される。
英国の現女王エリザベス2世陛下の戴冠式(1953)のために書かれた行進曲で、有名な『王冠(クラウン・インペリアル)』の姉妹作である。ちなみにそちらは前国王ジョージ6世の戴冠式(1937)のための音楽。ウォルトンという人は、2代続けて国王のための祝祭行進曲を書いた、日本の團伊玖磨みたいな方なのですね。

何にせよ、プロオーケストラの定期公演で演奏されるのはたいへん珍しいので、楽しみ。
という訳で、予習。

cd067

ウォルトン/管弦楽曲集(スピットファイア、王冠、宝玉と王の杖、スカピーノ、ヨハネスバーグ祝祭序曲、リチャード3世、ほか)
 サー=チャールズ・グローヴズ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィル(EMI)

ウォルトンの主要な管弦楽曲がまとまった、便利なCD。これは10年以上前に買ったものだが、ジャケットデザインは替わったけれど今でも売っている(はず)。
なんか知らんむやみに元気の良い演奏で、さすがロイヤル・リヴァプール・フィル。とくに一人舞台のように目立ちまくる1番トランペット氏はちょっと笑ってしまう程だ。「ヨハネスバーグ祝祭序曲」の、フィリップ・スパークの先取りのようなカッコ良さも楽しめる。

英国でRoyalを名乗る法人や商品というのは、すべて王室からちゃんと許可を得ているのだそうだ。ということはこれこそ、英王室公認・御用達の演奏…か?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.08

プーランクのトリオ

いよいよ明日ですね。
もう今日か。

プーランクの「ピアノ、オーボエとバスーンのためのトリオ」を聴いています。

cd064

ピエール・ピエルロ(Ob)、モーリス・アラール(Bn)の共演になる、世紀の名盤(Ades)。
他に、ランパルによるフルートソナタ、テヴェ(Hn)による「エレジー」、ベルナック(Bar)他による世俗カンタータ「仮面舞踏会」所収。ピアノは全て作曲者フランシス・プーランク。1957~59年録音。
これは1987年のCD初出時のデザイン。最近Accordのcollection musique francaiseというシリーズで再発売されたけれど、このジャケットのジョアン・ミロの絵はどっかに行ってしまった。

…この時代には、「神様」は世の中にまだおわしましたのですね、という、そういうCD。
神様といっても、神棚に祀られている近づき難い神様ではなく、いつもどんな時もどこかでにこやかに私たちのことを見守ってくれているような、そんな神様。

それにしてもこの曲、10代の終わりに初めて知って以来、愛して止まない曲だったけれど、まさか自分で演奏できる日が来ようとは。
長生き(?)はしてみるもんだ。
さ、頑張ろ。
 
 
 
…なにげに「フランス組曲」のほうがやばい(^^;;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.10.07

シュトラウスのオーボエ協奏曲

昨日(5日)のタスマニア響、仕事トラブルに遭って、あっけなくパー。職場を出たのは午後10時を過ぎてました。(=_=)
チケット代が無駄になったという以上に、滅多に遭えるものではない(この先聴ける機会があるかどうかも判らない)異国の友人たちのメッセージを聴くことが出来なかったのが、本当に残念。…

という訳で、深夜にひとりR.シュトラウスのオーボエ協奏曲のCDを聴いてます。

cd063

R.シュトラウス、マルティヌー/オーボエ協奏曲、フランセ/花時計
 グレゴル・スビスキ(Ob) J.P.サラステ指揮スコットランド室内管(SIMAX)

Gregor Zubickyはノルウェーのベルゲン・フィルのオーボエ奏者だそうだ。あんまり知られてない演奏だと思うけれど、私のお気に入り。ソロも巧いし、バックのオーケストラが素晴らしくセンスの良い伴奏を付けている。
シュトラウスのオーボエ協奏曲は、ウチにはあと、ホリガーとデ・ランシーのCDがあるけれど(どちらも定番といっていい名盤だけど)、この曲を聴こうとするとどうしてもこちらに手が伸びてしまう。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005.10.05

エロイカ

明日、急に、タスマニア交響楽団(オーストラリア)日本公演というのを聴きに行くことになった。
オペラシティで開催されている、アジア・オーケストラ・ウィーク2005という催しの一環。
チケットが安く(といっても、定価でさえS席4000円なんだけど)回ってきたからなのだが、なにより、私の大好きなR.シュトラウスのオーボエ協奏曲がプログラムにあったので、食指が動いたのだ。

という訳で、明日のメインプロ、ベートーヴェンの「英雄」のCDをCD棚から取り出す。

cd062

われらがジャン・フルネと都響による、2000年5月のライブ(Fontec)。
多分、明日のとは演奏の流儀は全然違うだろうけれど。

「英雄」は実はフルネの「勝負曲」のひとつで、私自身、重要な節々で何度か素晴らしい演奏を聴いている。
この時もそう。最初は普通に、何ということなく始まったのだが、だんだんただごとならぬ雰囲気になってくる。フィナーレの美しさと格調高さは、実演の記憶には及ばないけれど。
この時弾いていたある都響の楽員さんが、「音楽の神様が舞い降りた」と言った、得難い一夜の記録。
フライングブラボーも盛大に収録されちゃっているのが、ちょいと興醒めだが(^^;。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.09.16

私の、原点

ヤフオクで500円で落札したCD。

cd059

ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲
シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
イベール/寄港地
 ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団(CBSソニー)

バレンボイム若ェ。そりゃそうだ。これは、1975年のシーズンからパリ管の音楽監督に就任したバレンボイムの、就任記念録音なのである。時にバレンボイム33歳。

実はこの録音は、私が高校に入学して間もなく買ったLPレコードと同じもので、私にとって、現在に至るフランス音楽好きの原点ともいえる音源なのです。『ダフニスとクロエ』の「夜明け」や『牧神の午後』の、それまで聴いたこともなかったハーモニーのうねりや、『寄港地』のエキゾティズム、シャブリエのはじける色彩、モーリス・ブルグ(Ob)やミシェル・デボスト(Fl)をはじめとするパリ管の管プレイヤー達の名人芸の、まさに「虜」になったのだった。

LPレコード本体は、高校を卒業する時に後輩にあげてしまったので、今回実に25年ぶりに聴いたことになる。
懐かしい。耳の奥底に残っているのと同じ音が聞こえてくる。その後様々な演奏を知った耳で聴くと、いささか重すぎてワーグナーみたいに聞こえる時もあるが。
しかしこの演奏、33歳の指揮者が振っているという「若さ」が微塵も感じられないのが面白い。まるで、老マエストロが頑としてインテンポで振っているような雰囲気。バレンボイムという人はこんなふうに若い頃から老成していた天才だったんだな。

なぜ高校1年生の自分がこんなレコードを買ったのかというと、要するに当時の(中~高校生の)私はマニアックなブラバン少年で、70年代中頃の吹奏楽コンクールの世界(但し全国レベル)というのが、まさにフランスをはじめとする近代音楽発掘の時代だったからなのですね。
出雲一中の「ダフニスとクロエ」、銚子商業高校の「寄港地」、秋田南高校の「ペトルーシュカ」、駒澤大学の「火の鳥」、「春の祭典」などが、吹奏楽コンクールの全国大会でほんの2~3年の間に演奏されたのだ。豊島十中のショスタコーヴィチ「5番」のフィナーレを、予選会場の日比谷公会堂の客席で息を呑んで聴いたのもこの頃。
「著作権」などといううるさいことは、まだ殆ど騒がれていなかった。やりたい放題。ちょっと前の中国や香港みたいな感覚だったのかな。
コンクール全国大会のライブ録音は、CBSソニーからレコードが発売されて、やはりマニアックな友人たちと競うように買って聴いたものだ。
そんな折りに、「ダフニス」と「寄港地」の原曲が入っている新録音のレコードを見つけて、偶然買ったのがこれだった、という訳。

今となって考えるに、この曲目構成は、近代フランス音楽の入門に実にふさわしく揃っていると思う。
ドビュッシーとラヴェルの二大巨匠の傑作に、「それ以前」を見通すシャブリエ、「それ以後」の6人組や新古典派へと通じるイベール。
このレコードをきっかけに、ラヴェルの作品を知りたくて集めたクリュイタンス指揮の廉価盤や、FMで聴いて衝撃を受けたマルティノン指揮のドビュッシー「夜想曲」、たまたま貰ったシャブリエ作品集のレコード、フォーレやプーランク、ダンディの作品との出会いを通して、どんどんハマっていったのだった。…

という訳で本日は、新着CDとはいいながらとっくの昔に廃盤になっているCDについての、超個人的なお話でした。
さて明日は本番だ。そろそろ寝るか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.09.14

グラズノフの四季

先日聴いたグラズノフの「四季」。
CDでは、このBlogを始める以前、本家サイト上の日記の頃から折にふれて話題にしてきた、素晴らしい録音がある。

cd058

グラズノフ/バレエ音楽「四季」、コンサート・ワルツ第1番、同第2番
 エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 フィルハーモニア管弦楽団(EMI)

このジャケットは、1988年頃入手した海外盤。今は違うデザインだと思う。
改めて聴いてみたけれど、イギリスのオーケストラだからか、スヴェトラにしては音量控えめであんまり爆発していないので、一般的な人気はそれほどでもないが、まさに感嘆に値する美しい演奏だと思う。ほとんど形而上的なまでに繊細できめ細かい響き。オケの団員がただごとではない集中力で弾いているのがありありと判る。
N響で生前最後のスヴェトラを聴いたときの、アンコールでの「くるみ割り人形」のパ・ド・ドゥの、夢の国のような世界を思い出す。…
私にとっては、マルティノンのラヴェル、ドビュッシー、アンリエット・ピュイグ=ロジェの弾くフォーレとドビュッシーのピアノ曲集などと共に、「無人島の1枚」的CDです。

余談だが、グラズノフの2つのコンサート・ワルツって、アルフレッド・リードの「第3組曲」のパ・ド・ドゥに似てると思うのは、私だけ?
別にメロディとかが似てる訳じゃないんだけど、何か全体の雰囲気というか、佇まいというか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.08.06

発表会、近し

「はげ山の一夜」原典版は、調べてみたら、アバド指揮のCDが出ているらしい。


さて、8月8日の本番のこと。
Blogしか見ていない方もいらっしゃると思うので、こちらでもお知らせ。

【第18回 サクソフォン発表会】
2005年8月8日(月)18:30開演
川口リリア・音楽ホール(JR京浜東北線・川口駅下車)
入場無料
出演:新井透、今井義恵、岡村広紀、田辺元、中野明、土方宏明、古屋核、三留伸一 (以上sax)、佐藤葉子(Violin)、アンサンブル・カテナリス、ほか
特別ゲスト:須川展也(sax)、小柳美奈子(pf)

「もともとこの会は、芸大を出たての頃の(無名時代の)須川さんのアマチュア門下生の発表会でしたが、須川さんが今日のような大スターとなってしまった今も、(とちゅう中断はあったものの)当時からのメンバーの自主的な発案によって、細々と続いています。
歳月が経って、我々も年をとったしこの会のあり方自体も少しずつ変わってきていますが、これに参加して演奏し続けることが出来ているのは、私にとってある種の誇りに思えることであり、おそらく他の歴代出演者の方々にとっても同じでしょう。
皆様のご来場をお待ちしております。」

↑この文章はけっこう気に入っていて、毎年使い回している。
日本国広しといえども、ちゃんとしたコンサートホールで須川さんの演奏が只で聴ける機会は、この発表会だけでしょう。
とりあえずそれだけは「すごいだろ、」と言えるんですけどね。


現在のBGMは、これ。

cd051

ホルスト/組曲「惑星」、プロコフィエフ/組曲「3つのオレンジへの恋」
 マゼール指揮 フランス国立管弦楽団(Sony)

中古屋さんで入手。
「惑星」の録音としては定評あるものだが、さすがにフランス国立管、音色はたいへん美しいものの(金管の輝かしさ、「金星」や「水星」の高弦の繊細さと艶やかさ…)、アンサンブルや解釈については随所で「?」という箇所がある。マゼールだから仕方ないか。
アンサンブルのアバウトさについては、いつか書いた小澤の「アルルの女」の印象とよく似たものがある。これもまあ、一種オーケストラのキャラクターなのでしょうね。私はこのキャラクター、嫌いじゃないが。

しかし「惑星」という曲、そこそこ以上の演奏なら大抵面白く聴ける曲だけど、細かいところにこだわり出すと、百点満点の演奏って意外と出にくいのかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.07.28

ヴェルディのレクイエム

明日のコンサート(都響40周年記念演奏会)の予習で、ヴェルディのレクィエムを聴いている。

cd048

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィル、ウィーン楽友協会合唱団
ミレッラ・フレーニ(Sp)、クリスタ・ルートヴィヒ(Alt)、カルロ・コッスッタ(Ten)、ニコライ・ギャウロフ(Bs)

十数年前に買ったCDだけど、まともに鳴らすのは3回めか4回め位じゃないかと。
普段フランス系のレクイエムばかり聴いているせいか、全曲(CD2枚組80分)の半分近くを占める「ディエス・イレ」の騒ぎっぷりがとっても違和感があるのだった。これじゃ死んだ人も起きちゃうよ。あ、最後の審判だから、起きていいのか。
明日は司祭ジェイムズ・デプリーストの指揮なので、きっとこんな違和感を重苦しさを超えて、シンプルに解き放った音楽を聴かせてくれるのではないかと期待している。


マエストロ・デプリーストといえば、こんな企画があるらしい。
http://www.tmso.or.jp/marines.html
野球とクラシック音楽とのコラボレーションなんて、考えてみればありそうだけど、なかなか思いつけない企画だと思う。
千葉マリンスタジアムは、ドーム球場じゃないところがまた良いじゃないですか。
ドームになる前の西武球場の、あのひろびろとした解放感が好きだった。野球をしに行ったことはないが、大学生の頃はイベント等の演奏でよく所沢に行ったものです。
もうちょっと仕事に余裕があったら、サックス持って美浜に駆けつけたいところなんだけど。

ちなみに、このイベントの仕掛人の方のブログは、こちら。(山尾敦史氏情報による)
都響はここ最近、デプリースト氏の「徹子の部屋」出演や「のだめカンタービレ」への実名登場等、マーケティング&広報的に目を見はるようなトピックが続いているけれど、裏ではこういう方の活躍もあったのですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.07.20

デザンクロのレクイエム

アルフレッド・デザンクロ(1912-1971)。そう、このブログを読まれているほどの方ならとうにご存じの、あのデザンクロです。

cd047

デザンクロ/レクイエム、モテット集(Hortus/009)
 Joel Suhubiette指揮 Les Elements室内合唱団、Frederic Desenclos(Org)

このCD、私は6~7年前の初出時にたまたま運良く入手することが出来て、爾来ひそかに愛聴していたのだが、そのとき以後今日に至るまで店先等で見かけたことは絶えて無く、ほとんど幻のCDという感じだったところ、どうやら最近やっと再び入荷したようで、時々見かけるようになったので、この機会にあらためてご紹介しようという次第。

「レクイエム」は、フォーレ、ロパルツ、デュリュフレ等の伝統に連なる、「ディエス・イレ(怒りの日)」を欠いた静謐なレクィエム。
オルガンのみのシンプルな伴奏による、この世ならぬ静けさと美しさに満ちている。
「レクイエム」の後に収録されている、サルヴェ・レジナ、オ・サルタリス、アヴェ・マリア、サンクトゥスといった1曲長くても4分くらいの小品たちは、ある意味「レクイエム」よりもっと美しい。日本でもよく歌われるプーランクのモテットよりもっと繊細でひそやかで、同じくらい感動的だ。
私は合唱にはそれほど詳しい訳ではないけれど、演奏もたいへん見事なものだと思う。オルガンを弾いているフレデリック・デザンクロ(1961-)という人は、作曲者のご親族だろうか?(解説には特に書かれていない)

フォーレやデュリュフレのレクイエムが好きな方なら、ハマること疑いない。
そういえば、デザンクロのサクソフォン四重奏曲って、(第1楽章を演奏する時にとくに感じるのだが)フォーレのピアノ四重奏曲第1番の遠いエコーが聞こえるような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.06.06

「予習」

コンサートを聴く前に、よく「予習」と称して、そのコンサートの曲目のCDを聴くことがある。
別に、本来の意味での「予習」という訳ではなくて、なにしろCDが家に1500枚もあると、さて寝るまでの1時間、何か音楽を聴くべえか、という時に、1枚を選び出すのが意外と大変なので(贅沢ですね)、そんな時に、近々生で聴く予定がある、というのはキッカケとして手頃だという、それだけのことなんだけど。

急遽、明日、オルフェウス室内管弦楽団を聴くことになった。
という訳で、今日の「予習」は、シベリウスの「ペレアスとメリザンド」。

cd018

ドビュッシー(M.コンスタン編)/「ペレアスとメリザンド」交響曲
シベリウス/組曲「ペレアスとメリザンド」
 セルジュ・ボド指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(Supraphon)

いやあ、いいですねこれ。北欧的な音というよりは、チェコフィルなのでもっと肉感的で厚い響きなんだけど、それだからこそなおさら曲のもの寂しさ、美しさが真に迫って感じられる、みたいな。これが生で聴けるのは嬉しいな。
ドビュッシーも好きな曲。原曲の同名オペラの光と影の世界のエッセンスが、演奏時間24分で楽しめます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.06.04

日本フィル【火の鳥】

tirasi532日本フィル 第570回定期演奏会(サントリーホール)

北爪道夫/様々な距離(委嘱作品・初演)
モーツァルト/VnとVaのための協奏交響曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」(1910年版全曲)
 指揮:沼尻竜典

後半の「火の鳥」だけ当日券で聴いた。
日フィルには「ビジネスマンの得券」という、開演した後に当日券を買うとチケット価格が2ランク下(-1500~2000円)になるという割引制度があるのだ。都響にも「おそ割」という似たような制度があるけど。
沼尻=日フィルは4月にみなとみらいでフランス物プロを聴いてこれがなかなか良かったので、ちょっと期待していた。今回も繊細で丁寧な演奏で好ましく思ったが、曲が曲だけにもっと濃厚にやらかしてくれちゃっても良かったような。ちょっと曲を長く感じさせる演奏だったかも。

それにしても、日本フィル、今まで私が聴いた範囲では「勢い命」、みたいなノリの演奏が多かったけれど、少しずつ変わりつつあるかも。よい変化であってほしいです。
しかし沼尻さんって、1964年生まれってことは、私より年下なのね。随分前から第一線で活躍している方なので、もっとベテランのように思っていたんだが。
というか、自分が歳とったってこと?

帰宅してからは、明日の予習にファリャ「三角帽子」のCDを聴いた。
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(LONDON)。

cd042

1961年録音。初演者アンセルメによる、定番的名盤。実に久々に聴いたCDだったが(1年や2年ぶりどころじゃないと思う。K30Y1581という型番。たしかまだ時代が昭和だった頃に買ったものだ)、鮮やかで生き生きとした音響、あまりに堂に入った棒さばきぶりには新鮮な感動を覚えたのだった。
正直なところ、アンセルメの例えばドビュッシーやラヴェルの録音は、この先もう一生聴かなくても全く困らないと思うけれど、この「三角帽子」、あとグラズノフの「四季」とかいくつかのバレエ音楽は、別格だと思える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.05.21

フォーレで暮れた1日

tirasi529なめら~かの練習の終了後の夜、堀江真理子さんのピアノリサイタルを聴いた(カザルスホール)。
曲目は全てフォーレ。

 舟歌第1番op.26
 即興曲第2番op.31
 夜想曲第5番op.37
 舟歌第3番op.42
 夜想曲第6番op.63
 ヴァルス・カプリス第2番op.38
 夜想曲第7番op.74
 舟歌第6番op.70
 主題と変奏op.73

1993年から95年にかけて、フォーレの全ピアノ曲・室内楽曲のコンサートを8回に分けて開催した(私は全部行きました。あれからもう10年も経つのか…)、堀江さんの久々のソロリサイタル(最近CDも出したようだ)。しかも会場がこれまた久々のカザルスホールということで、行ってきた。
カザルスホール、何年ぶりに入っただろう。1年や2年じゃ済まないと思う。ひところは年に10回以上通ったことだってあったのに。この間にホールのオーナーが交代して名前はいつのまにか「日本大学カザルスホール」に変わり、隣にあったお茶の水スクエアの豪華ビルは跡形もなく取り壊されて、駐車場になってしまった。

開場前から並んで、以前からのお気に入りの上手側バルコニーに席を取る。ホールの周りは随分と変わったけど、中は昔のままで、ホッとした。
演奏自体はいろいろあったけれど、とにかくこのホールのバルコニーで聴くピアノの音は、本当に美しい。ピアノに限らないが、東京のあらゆるコンサートホールの中で、最も豊穣で幸福感にみちた響きを聴ける場所のひとつだと思う。…十数年の昔、須川さんがここでリサイタルをした時、「是非バルコニーで聴いてね、」とご本人に直接言われたことを思い出した。
アンコールは「無言歌第3番」。


私のお気に入りの、フォーレのピアノ曲のCDを挙げてみます。

cd038

フォーレのピアノ曲集だったら、全集選集こきまぜて色々な方が録音しているが、第一に挙げるなら、長いこと幻の名盤と言われた、フォーレのスペシャリスト、ジェルメーヌ・ティッサン=ヴァランタン(1902~1987)の録音でありましょう。20世紀前半の時代の空気を知っている方々に共通する、ある種の味わいを濃厚に感じる。
TESTAMENTから復刻されている仏デュクレテ・トムソン原盤の3枚のCDは、1950年代の古い録音だが、ここで挙げる、ヴァルス・カプリス(4曲)、即興曲(6曲)、8つの小品が入っている1枚は、れっきとしたステレオ録音。

cd039

あのナディア・ブーランジェの後を受けてパリ音楽院の教授となり、晩年には東京芸大の客員教授を務めた名匠、アンリエット・ピュイグ=ロジェ(1910~1992)が1982年、日本で録音したCD。
「ドビュッシー&フォーレ・ピアノ作品集」というタイトルの、一見ありきたりの名曲集に見えるし、フォーレは4曲しか入ってないけれど、これはただごとではない素晴らしいアルバムだ。凛とした気品、透徹した音色。これほど「癒される」音というのは、ちょっとない。
Sony Record / SRCR1845という型番(97年6月発売となっている)。1枚千円の廉価シリーズでの再発売盤。今でも手に入るものかどうかは知らない。もし入手出来たらラッキー。一生幸せになれます。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2005.05.10

モーリス・ブルグ賛(長文)

現在、私の大好きなオーボエ奏者、モーリス・ブルグが来日中。
昨日、私は行けなかったけれど、JTアートホールで室内楽の演奏会だったはずだ(チケット発売のその日に完売したのだ)。風の便りではよいコンサートとなったらしい。
という訳で、家でCD鑑賞。

cd034

モーツァルト/フルート協奏曲第1番、オーボエ協奏曲ほか
 ミシェル・デボストFl、モーリス・ブルグOb
 ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団(東芝EMI)

1975~76年の録音。パリ管の音楽監督に就任したばかりの若き日のバレンボイムが、同オケの二大首席奏者を立てて録音した輝かしいモーツァルトで、今となっては入手困難なCD。エンジェルのマークが懐かしいです。買っておいて良かった。

そう、70年代後半、十代だった自分がクラシック音楽を意識して聴き始めた頃、ブルグはパリ管の首席奏者だった。フランス音楽に親しみ始めたのも同じ頃だったので、それと知らぬうちからブルグのオーボエの音は耳に入ってきていた。ロストロポーヴィチ指揮の「シェエラザード」2楽章の素晴らしいソロや、バレンボイム=パリ管のデビュー盤だったイベール「寄港地」(CBSソニー)とかね。
音楽というものはフレージングとリズムと音の色彩で出来ているという、究極のような真実をシンプルに判らせてくれる演奏だった(当時はこんなふうにはっきりと言葉で把握している訳ではなかったが)。よく知らないうちは、プロのオーボエ奏者というのは皆こんなに上手いもんかと思っていたのだが、その後いろいろなレコードを聴いていくうちに、そういうものでもないらしい事がだんだん判ってきた。
Calliopeに録音のサン=サーンスのオーボエソナタが、どんなにか素晴らしかったことか。このCDについては、以前にも少し書いた

爾来、あなたの好きな管楽器奏者は、と訊かれたら、「デファイエ、ミュール、モーリス・ブルグ、モーリス・アラール(バソン)」と即答する私です。

彼がパリ管の首席奏者として残したもっとも美しい演奏のひとつが、これ。

cd035

ラヴェル/ツィガーヌ、高雅で感傷的なワルツ、マ・メール・ロワ、クープランの墓
 ジャン・マルティノン指揮 パリ管弦楽団(EMI)

フランス国立放送管とのドビュッシーと並ぶマルティノンの遺産、1974年録音のパリ管とのラヴェル全集の1枚。
このクリムトのジャケットは、1987年の初CD化時のものなので、現行盤は違うデザインだと思う。
「クープランの墓」のソロは勿論素晴らしいが、なによりオーケストラの音が隅々までキラキラと煌めいて、音を浴びているだけで幸せな気分になってくる。
もう録音でしか聴くことの叶わない、思いっきり豪勢で輝かしい、時代と共に消え去ったサウンド。…


…ここでご紹介したい気分ではあんまりないのだが、私の言ってることが単なる懐古趣味ではない証拠として挙げたいのが、30年後の同じパリ管弦楽団による、やはりラヴェルのCD。

cd036

ラヴェル/夜のガスパール(コンスタン編)、クープランの墓、古風なメヌエット、亡き王女のためのパヴァーヌ、道化師の朝の歌
 クリストフ・エッシェンバッハ指揮 パリ管弦楽団(Ondine)

パリ管の現音楽監督エッシェンバッハによる2004年のライブ録音で、マリウス・コンスタン編曲による「夜のガスパール」オーケストラ版という珍品が収録されているという意義のあるCDだが、「クープランの墓」をマルティノン盤と聴き比べてしまうと、もういけません。音色は同じオーケストラとは思えないほど痩せてしまっているし、ソロオーボエ奏者の技量も可哀相なほど聴き劣りがする。
…まあ、ブルグほどの名奏者の後任を探すのは難しかっただろうというのは判るけど、それにしてももうちょっと何とかならなかったのか?と贅沢のひとつも言いたくなってしまう。

多分、このCDだけ単品で聴くぶんには別に不満はないのかもしれないが。
指揮者エッシェンバッハというと、ちょっと一風変わった演奏をする人、というイメージがあるけど、ここでの彼は存外に素直な解釈です。

…ということで、(デファイエもミュールもアラールも鬼籍に入られた今)モーリス・ブルグが現在もなお演奏活動を続けていて日本でも聴くことができる、というのは、様々な意味でたいへんに幸運で得難い僥倖なのです。
次は絶対聴くぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.05.08

マーラー/交響曲第2番「復活」

昼はリサーチの練習へ。
今日は棒振りではなく、楽器持って合奏に加わった。ヒンデミットの交響曲初めて吹いたが…
こんなもん、素人に振れる曲じゃなかったな、と改めて思った。


話変わって、今日のお題は、マーラーの「復活」。
今月の都響定期がこの曲(ジェイムズ・デプリースト常任指揮者就任披露)なので、予習がてら聴き始めたところ。
なにしろ長い曲なので、普段はなかなかCDを聴こうという気になれないのだ。

cd033

ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響の全集(東芝EMI)の分売。廃盤となって久しい。
きわめて見通し良く、ストレートで、なおかつマーラーの核心を突いた演奏だと思う。
ベルティーニの「復活」は都響で2回聴いたけど…もう二度と聴くことは出来ないのが悲しい。ライヴCDの発売は望み薄とのことだし。
交響曲第10番より「アダージョ」、とのカップリング。こちらはもしかしたら「復活」以上の名演かもしれない。ベルティーニが唸り声上げながら振ってるのが目に見えるような、灼熱した弦の音が聞こえてくる。

アリアCDの新譜情報によると(リンク先より、5月6日付「新譜(9)」の一番下)、ベルティーニ=ケルン放送響のマーラー交響曲全集、待望の再発売決定、とのこと。
11枚組で1万1千円だって。この機会に買っちゃおかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.28

ブラームス=シェーンベルク/ピアノ四重奏曲

この週明けは公私共に様々なトラブルやアクシデントに見舞われ、呑気にBlogなんか書いてる気にもなれなかった。世間的にも尼崎をはじめ大きな事故が続出している。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りします。…

昨日は都響のAシリーズ定期(東京文化会館)だっのだが、間に合わず聴けなかった。
ということで、メインプロだったタイトル曲のCDを、家で聴く。

cd031

ブラームス(シェーンベルク編)/ピアノ四重奏曲ト短調op.25
ブラームス(ベリオ編)/クラリネットソナタ第1番op.120-1(Cl:ジェイムズ・キャンベル)
 ジェフリー・サイモン指揮 ロンドン交響楽団(CALA)

私が持っているのはこのCDだけだが、他に準・メルクル指揮N響のライブ盤というのがあって、演奏自体はそちらの方が良かったような記憶がある。どうでしょう。

それにしても、いやぁ、何度聴いても、面白い曲だ。旋律の動きとか和声はブラームスなのに、音色や響きは完全に20世紀前半のそれなんだもの。ミュート付きの金管に大量投入された打楽器(シロフォンとか)と、これがブラームスぅ?って感じ。3楽章中間部のド派手な行進曲調など、原曲が想像つかない。ラヴェル編曲の「展覧会の絵」に近い、再創造の世界だと思う。
なぜこの編曲が「展覧会の絵」ほどメジャーにならないのかというと、多分「シェーンベルク」という名前に、普通のクラシック好きの人は拒否反応があるんじゃないかな、という気がするが。
だからむしろ、吹奏楽編成にでも編曲して、吹奏楽コンクールとかで演奏してみたら受けるんじゃないか。4楽章の無窮動風の動きなんか、プロコの「ロメオとジュリエット」みたいだし。誰か書きませんか。

このCD後半には、ルチアーノ・ベリオ編曲のクラリネットソナタ管弦楽版というのが入っている。
6年前、オペラシティ文化財団の招きで来日したベリオの指揮、ポール・メイエのクラリネットで、この編曲を聴いたことがある。オケは都響だったが、まるでイタリアの地方オケみたいな明るくも素朴な音色を出させていて、ベリオの指揮ぶりに感心したものだった。
それが、生きているベリオを見た最初で最後の経験だったけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.14

Happy Birthday dear Fournet

本日4月14日は、現役世界最長老指揮者ジャン・フルネの、92歳の誕生日。
ここ最近、4月は都響に客演していて日本に居たことが多かったが、久しぶりの不在の誕生日。お元気だろうか。

フルネのCDは、数えたことはないが多分30枚は下らない数を持っていると思うけれど、実は意外と普段聴くことが少ない。
実演があまりにも印象的なので、CDを聴いても生で聴いたときの感動が蘇ってこないような気がするのだ。
私自身が行ったコンサートのライブ盤も、似たような印象がある。
そんな中で、私がおそらく最もたくさん繰り返し聴いたのが、これ。

cd027

サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」(1987年9月録音)
フランク/交響曲ニ短調(1985年11月録音)
 ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団(DENON)

各1曲1枚ずつ出た初出時からはや、20年近くが経ってしまった。
2曲合わさって安く再発売された機会に、CD棚のスペース節約のため(^^;買い直したもの。
日本でも繰り返し演奏しているこの2曲の、「フルネ節(ブシ)」とも言うべき解釈の、原点があると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.04.02

なめ練、フェネル

新しい年度が明けて最初の土曜日は、「なめら~か」練習。
出席者5人。ソロ、デュオ、トリオ、カルテット、ラージというカテゴリー分類で行くと辛うじて「ラージアンサンブル」でした。なんというか「一つ、二つ、たくさん」という未開民族の世界(^^;。
午後枠の練習時間ほぼ一杯を Folklore for Band に突込んで終わる。こんな単純な曲でも(単純な曲なればこそ、なんだが)、やり始めると幾らでも突込みようはあるのだった。


帰宅後は、明日に備えてヒンデミットの交響曲の予習を少し。
参考音源は、フェネルのマーキュリー盤。

cd019

ヒンデミット/交響曲変ロ調(コンサート・バンドのための)、シェーンベルク:主題と変奏op.43a、ストラヴィンスキー/管楽器のためのシンフォニーズ
 フレデリック・フェネル指揮 イーストマン・ウインド・アンサンブル(Universal)

先日追悼盤として発売された、フレデリック・フェネル・メモリアル・エディションの1枚。
ジャケットの右隅に、フェネル本人が慎ましやかに顔を出している(若い!)。
非常に「巧い」演奏だ。いかにイーストマンと言えども所詮は学生バンドなので、個々のプレイヤーの音色の魅力には少々欠けるところはあるけれど、ここまでアナリーゼをきちんと施してイントネーションとフレーズを統一して聴かせるというのはただごとではない。ストラヴィンスキーなんか凄いよ。

園田高弘氏あたりから始まって、ここのところ大物音楽家の訃報が相次いでいるが、昨年暮れ、フェネルが亡くなったと聞いたときのショックは先日のベルティーニの比じゃなかったな。
本家サイトの掲示板には書いたけれど、もしフェネルが居なかったら、今の私の半分とはいかずとも3分の1は存在していなかっただろう。自分が二十代の頃に、生身の音楽家として真に決定的な影響を受けた数少ない存在だった。
そもそも、学生だった頃はお金を払ってプロの演奏を聴くという習慣というか感覚は全く無かった私が、こんなにいろんな演奏会を聴きまくるようになったのは、84年から東京佼成ウィンドオーケストラの常任指揮者になったフェネルの演奏会を好んで聴きに行くようになったのがきっかけだった。フェネル/佼成の演奏会を何度も聴く中で、それまで私の中に何となくあった、プロの演奏に対する偏見が打ち崩されていったのだ。
…フェネルの話を始めると止まらなくなる。続きはいずれまた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.26

休みの日はいろいろ…

休みの土曜日。久々に○ロッシュに行ってソプラノサックスを調整してもらう。
本当はコンクール本番前に行きたかったのだが、結局終了後になってしまった。なんか間抜け。ヤナギサワの楽器は頑丈だからまあたぶん大丈夫だろうと思っていて、実際どうにかなったのだが、タンポがくっついて変な音が出てしまった箇所がいくつかあったのだ。
調整をしてくれたSさん、私が先週のコンクールに出たことを(言ってないのに)先刻ご承知で、世間話ついでにいろいろ訊かれた。ううむ、隠し事はできません(^^;

帰り際にタワー新宿店に寄るが、収穫なし。


コンクールの講評というものを読んでいると、どれも言っていることが微妙に違っていて、でもすべて言われてみれば身に覚えのあることばかりで、むしろ審査員の先生方それぞれのコダワリ・価値観の違いというものが濃厚に見えるのだった。
当日の日記にも書いたが、冨岡先生に「もっと大胆な表現を」と言われると、こっちとしては冨岡先生ご自身の大胆きわまりない演奏(^^;を反射的に思い浮かべて、なんかこう、微笑しちゃったりする訳で。別の先生は、逆に「感情を出しすぎないように控えめに」と書かれていて、私の聴いたことのあるその方の演奏というのは、実にノーブルで素直で気配りにみちたものだったりする。
で、音程のこととか「アンブシュアが緩んでいる」とか、そういうことしか書いていない方もいらして、その方の演奏というのも実際、(あくまで私の印象だが)そういう部分にしか価値観を見出していないようなものだったり…(^^;
ともかく、人があることについて何かを言うというのは、その「あること」についてではなく、より多く自分自身について語っているのだ、ということを改めて再確認した次第。
怖いものです。


今日は指揮者アンドレ・クリュイタンス(1905~1967)の百歳の誕生日だったらしい。
クリュイタンスのラヴェルってのも定番だったな。今でもそうかも。高貴でしかもいきいきとしたその音楽は、今でも私にとっては別格的な輝きです。
私が高校生の頃だから1970年代の後半だったが、「クリュイタンスの芸術」という1枚1500円のレコードのシリーズが出ていて、ラヴェルの管弦楽曲全部が4枚に分かれて収録されていたのだ。白を基調としたお洒落なジャケットで、「逝って10年。誰がこの芸術を凌駕し得ただろうか!」という帯のキャッチコピーを今でも覚えている。
毎月1枚ずつ買っていって、全集が揃った時は嬉しかったな。

cd023

私が今持っているのは、1997年にBOXとして再発売されたCD。(東芝EMI)
CD1枚あたりの収録時間を短めにして、昔のLPレコードと同じ組み方にしてある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.03.25

ベルティーニとフランス音楽

亡くなられて以来、あちこちのBlogやサイトでベルティーニのことが話題になっていたが(そろそろ落ち着いてきたが)、それらのほぼ全てが、ベルティーニのマーラー指揮者としての面しかとり上げていないように見える。

ベルティーニという人は勿論、現役指揮者の中では最高の「マーラー指揮者」のひとりであったことは間違いないところだが、彼はまた、若き日にパリでメシアンやナディア・ブーランジェにも学んでおり、現存するフランス圏以外の指揮者の中では最も近代フランス物に造詣の深い人物だと常々思っていた。
実際、ケルン放送響との1993年の来日公演で聴いたドビュッシーの『海』(マーラー5番の前プロ)は、私がかつて聴いたこの曲の実演の中でも最も鮮烈なものだったし、都響との演奏でも、2001年のメシアン『キリストの昇天』、記憶に新しいところでは昨年5月、最後の出演となった都響定期でのドビュッシー『イベリア』が素晴らしい出来だった。
都響とは1999年にオール・ドビュッシー・プロの演奏会を開いているが、『海』ではケルンとの演奏には及ばなかったものの、交響組曲『春』や『選ばれた乙女』といった若い頃の作品にたいへん感心した記憶がある。ドビュッシーの初期作品に特有の、炸裂するような色彩感を見事に表出していたように思う。

ベルティーニという人は基本的に、レパートリーはそんなに広くなかったと思われる。
私も、都響のある楽員さんと個人的に話した際、その楽員さんがベルティーニの欠点として「得意な曲目(例えばマーラー)とそうでない曲目の差が大きいこと」を挙げておられたのを聞いた。
都響では、フランス物といえばどうしてもフルネの陰に隠れてしまいがちだし、他のオーケストラでわざわざベルティーニにフランス物を演奏させようと考えるところもあまり無さそうなので、せっかくの得意分野を聴く機会が少ないまま終わってしまったのは残念ではあった。

CDで聴くことのできる、数少ないベルティーニのフランス物の代表的な録音が、これ。

cd022

ドビュッシー/カンタータ『放蕩息子』、『選ばれた乙女』
ガリー・ベルティーニ指揮 シュトゥットガルト放送響(Orfeo)1981年録音

ドイツのオーケストラだが、音色的な違和感はほとんどない。この頃のシュトゥットガルト放送響は、長いことチェリビダッケの薫陶を受けていたところで、こういう繊細な表現を得意としていたに違いない。
ローマ大賞第一席を受賞したドビュッシーの実質的なデビュー作『放蕩息子』は、これが唯一のステレオ全曲録音である。ノーマン、カレーラス、フィッシャー=ディースカウ(!)という豪華ソリスト陣も聴き物。
『選ばれた乙女』のソロはイレアナ・コトルバス。乙女のモノローグが終わって合唱が入ってくる部分、急にテンポを速めて追い込んでゆく独自の解釈がある。なんだかベルティーニの姿が目の前に見えるような気がした。あの鋭角的でアクションの速い(マーラーのような場面の急展開にはたいへん効果的な)、独特の指揮姿。…

音楽って不思議だな。もうこの世にはいない人でも、「それ」を聴いている時には確かに「生きている」んだから。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005.03.17

ディーリアス

昨日今日と、珍しく終日立ち仕事。疲れた。
疲れた時には、やっぱりディーリアスでしょ。という訳で。

cd021

ディーリアス管弦楽曲集 バルビローリ/ロンドン響、ハレ管(東芝EMI)

マルティノンのドビュッシーなんかと一緒に先日発売された、東芝EMIの廉価2枚組シリーズのひとつ。
ビーチャムのディーリアスは何度も再発売されてるけど、バルビローリのがまとまったのはあまり見なかったような気がする。私が知らないだけ?
その昔、『アパラチア』と『楽園への道』が一緒に入ったLPを持っていて、よく聴いたものだ。…いやー懐かしいです。
懐かしいといえば、今は亡き三浦淳史さんの解説文も。イギリス物といえばこの人の一手商売だったな。情報としての正確さと格調の高さ、行間に感じられる音楽への愛情がこれだけ高度に統合された文章というのは、類例がない。

その解説によると、この『アパラチア』は1996年に一度CD発売されているらしい。
…やっぱり私が知らないだけだったようだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005.03.10

NAXOS二題

本家サイトの読者の方より、NAXOSのCD日本作曲家選輯シリーズ中の大澤壽人『ピアノ協奏曲第3番』にサクソフォンが使われている、とのご教示を頂いた。
このCD、半年以上前に買ったままろくに聴かずに積んであったので(^^;、あわてて聴いてみた。うむ、よく聞こえる。解説にもしっかり書いてあるし(^^;;。1938年の作曲とはとても思えないハイカラで垢抜けた曲だ。この大澤壽人という人、『サクソフォン協奏曲』(1947)も書いているらしい。聴いてみたいものだ。

続きを読む "NAXOS二題"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005.03.02

マルティノン、ドビュッシー、ロンデックス

ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管によるドビュッシー管弦楽曲全集。
本日2005年3月2日に、東芝EMIから何度めかの再発売盤がリリースされた。

EMIクラシック決定盤2CD ドビュッシー管弦楽曲集1
同 ドビュッシー管弦楽曲集2 (東芝EMIのサイトより)

1973~74年、アナログの全盛期に録音された、ドビュッシー演奏史上に輝く名盤中の名盤。
CD時代になってからも、デュトワ=モントリオール、ブーレーズ=クリーヴランドの新録、クリヴィヌ=リヨンといったドビュッシーの名演はいくつか現れたけれど、このマルティノン盤はある意味「別格」。音楽そのものが炸裂しているようなこの演奏に比べると、先に挙げた演奏は、勿論素晴らしいんだけど、どうも分析的というか、批評的というか、どこか醒めた耳で聴いてしまうところがある。
また、現在はもう聴くことのできなくなってしまった20世紀前半までの伝統的なフランス音楽演奏のスタイルと音色を、惜しげもなく鮮明なサウンドで聴かせてくれる最後の時代の録音という意味でも、当盤の価値は不滅だろうと思う。自分が10代の頃から親しんだ演奏だからというのは勿論あるにしても。

続きを読む "マルティノン、ドビュッシー、ロンデックス"

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005.02.26

新着書籍『私のオーケストラ史 回想と証言』

昨日(25日)は楽しみにしていたブリュッヘン指揮の新日本フィルの定期(シューベルトの未完成、グレート)だったのだが、昼頃になって終わった筈の仕事がドドッと差し戻されてきて、結局9時近くまで職場にいた。くやしいぞ。(>_<)
雲井さんのCDも出たところだし、今週はシューベルトづいていていい感じ、と思っていたのにぃ。

ということで、我が家にあった「未完成&グレート」のCDを、久々に引っぱり出して聴く。

cd013

シューベルト/交響曲第8番『未完成』、第9番『グレート』
 シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団(BMG)

古い録音(1955~58年)だし、世代的には昔のものだが、現代的なキビキビした、それでいて軽いという訳ではない力に満ちた演奏はさすがミュンシュ。
『グレート』(今は未完成は7番でグレートが8番らしいけど、いまいちしっくり来ない)が随分あっさり終わってしまうような気がするのは、リピートの省略が多いせいか?
『未完成』の方は、なぜか私が小学生の頃から実家にレコードがあって、親しんでいた演奏。このレコードをネタに知ったかぶりをして、中学校の音楽の先生にヒイキしてもらった話は、以前の日記に書いた。


今日の本題。
先日届いた『私のオーケストラ史 回想と証言』(草刈津三著)という本を読了。

この本の紹介はこちら(Classic News内のページ)を参照

著者は、創立時の日本フィルと発展期の都響で、ともども事務局の要として活躍された方だけに、戦後日本クラシック音楽史のドキュメンタリーとして無類の面白さだ。読み始めたら途中で止まらず、300ページ余を一気に読み切った。
ISBNが無いところを見ると、自費出版のような本なのだろう。書店等では見つからず、発行元のデュオジャパンにメールして送ってもらったものだ。


もうひとつ。
今日届いたSaxophone Journal最新号(March/April 2005)の表紙に、見慣れた顔が。

sax_journal

Masumi Satoという署名のある、須川さんの4ページの紹介記事(バイオグラフィ、活動紹介、委嘱作品等)が載っている(内容的には日本ではさほど目新しいものではなかったが)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.11

ガイーヌ

ガイーヌで思い出したが、この曲のCDといったらやっぱりこれでしょ。

cd010

 ハチャトゥリアン/『ガイーヌ』組曲、『仮面舞踏会』組曲、『スパルタカス』組曲
 イッポリトフ=イワノフ/コーカサスの風景
  ロリス・チェクナヴォリアン指揮 アルメニア・フィルハーモニック(ASV)

10年来の愛?聴盤です。
走る、もとい、疾走する(^^;木管、炸裂するパーカッション、そしてトタンペットの狂宴(ひさびさに聴いたら「レスギンカ」の最後でのけぞった)。
かといって、決してゲテモノではなく、生命力にあふれた素晴らしい演奏です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.02.03

珍しく、本の話

最近、私の職場でもこのホームページの存在がなんとなく知れ渡ってきているようで(^^;、そのせいかどうかは知らないが、Webサイトのデザインの仕事も時々私のところに回ってくるようになった。
この"Thunder's Web"というサイト自体は、まだ時代が20世紀だった頃に勢いに任せて無手勝流で作ったもので、とてもデザインを云々できる代物ではないし、私だって別にWebデザインに詳しい訳でも何でもないのだが、もともとウチの会社はデザインは本業じゃないし詳しい人もあまりいないので、仕方ないところはある。

ということで、ドロナワ的に買ってきて読んでいるのが『プロとして恥ずかしくないWebデザインの大原則』(MdN刊)という新刊本(つうか、ムック)。
今更ながら「へぇ~っ」という発見も結構あって、なかなか興味深いです。
想定する読者層は実際のデザイナーの人達だと思うけど、趣味でサイトを作っているアマチュアの人が読んでも面白いだろうと思う。


明日、ショスタコーヴィチの交響曲第11番という曲を聴くので、先程まで予習として鳴らしていたCD。

cd009

アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送管弦楽団(Testament)
1958年、おそらく初演後ソビエト国外での最初の録音(ステレオ)。クリュイタンスと作曲者が一緒に映っているジャケット写真を見て思わず買ったCDだった。
とっても音色が明るくて華麗で、異色のショスタコだと思う。ホルンもトランペットも薄いベルの楽器をバリバリに吹いてるって感じだし、ファゴットのソロはモロにバソンの音だし。
古い録音ながら音質は大変良好。さすがTestament。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.01.14

バーバー(その2)

続きです。
バーバー(Barber)。床屋さんですね。日本人で「床屋さん」ていう名字の人ももしかしたらいるかもしれない。

一般的なバーバーという作曲家の知名度といったら、どうだろう。『弦楽のためのアダージョ』だけが圧倒的に有名な、典型的な一発屋と思われているのかな。
私だって、さほどバーバーの音楽を熟知している訳ではないけれど、この人の作品で、とても好きな曲が1曲ある。
木管五重奏のための『夏の音楽』、という曲。

"Summer Music"というタイトルから受ける、輝かしさとか爽やかとかいう一般的な連想とは、おそらくかなり異なる曲想で、メランコリックで悲しげに始まる。途中少し元気になるけれど、完全に解放される、ってこともなく、最後は線香花火がぽとりと落ちるようにあっさりと終わる。

30を過ぎた頃に初めてこの曲を聴いたとき、思い出したのは、私が大学1年生だった1980年の夏のことだった。
私は決して、いわゆる吹奏楽の盛んな中学や高校にいた訳ではないけれど、それでも世間一般の基準からすれば充分に「部活命」、な学校生活を送っていたと思う。吹奏楽コンクールには出ていなかったけれど(吹奏楽を始めた年に一度だけ出たけれど)、夏休み明けというのは中学でも高校でもやれ文化祭だ何だ、と大きな本番の機会があって、夏休みとはいいながら結構頻繁に学校には行って練習はしていた訳で。
夏休みというのは、楽器を吹くためにある、と思っていた。

大学生になって入った吹奏楽のサークルも、たまたまコンクールには出ていなかった。
そうするとどうなるかというと、中学や高校とは違い、8月あたまのサマーコンサートの後は新学期までまる1ヶ月以上(練習も学校も)休みとなってしまうのだ。
いや、正直、面食らった。いきなり放っぽり出されたかのように、何もすることのない、そもそも何もする必要もない1ヶ月だった(バイトをするとか、そういう気のきいた発想はまだなかった)。友達はみんな浪人していて、現役で入った身にはなんとなく疎遠に感じられたし、そもそも部活命だった人間って部活以外の人脈があまりないのね。
誰からも連絡も何もなく、たまに高校の後輩どもの練習にOB面して顔を出して、その時だけはなんか知らんやたらとはしゃいでたなあ。
しかも1980年の夏は涼しく、その後1993年の記録的な冷夏を経験するまでは記憶にある最も寒い夏だった。毎日レコード聴いたり本読んだりしながら、ぼーっと過ごしていたような気がする。

バーバーの『夏の音楽』のメランコリックな冒頭部を聴いて突然蘇ってきたのは、そんな虚ろで静かな、ぜんぜん夏らしくもないひと夏の記憶だった。
それはおそらく、私にとっての「子供の時代」が終わってしまい、かといって大人になる訳でもなく、その後に続くことになる長いモラトリアムの時代の、最初のひとコマだったのだろう、なんてことは今だからこそ言えることで、当時はただ退屈だったんだけどね。


お気に入りの演奏は、VoxBoxから出ている"Music for Winds"と題するCDに所収の、ドリアン五重奏団によるもの。

cd003

曲は他に、メシアンの『世の終わりのための四重奏曲』、『黒つぐみ』、プーランクの六重奏曲にフランセの五重奏曲、イベールの『3つの小品』、ボザのスケルツォに、アーヴィング・ファイン『パルティータ』。
2枚組で千数百円というバジェット盤ながら、ご覧の通り盛り沢山で興味深い曲目に、ニューヨークの無名ながら腕利きのミュージシャン達による演奏もなかなかいいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.01.07

年明け最初

の仕事が終わりました。とりあえず明日からは(無事休日出勤もなく)三連休。
ここんところ寒いですね。皆様も風邪などひかぬようお気をつけください。

東京芸大のサクソフォン演奏会の案内を戴いたので(2月18日)、本家サイトのトップに掲示しました。掲示板の詳細記事に飛びます。
音大生の演奏会には以前はよく行ったけれど、最近はあまり面白いと感じられなくなってきてほとんど行かなくなっていたが、最近また工夫を凝らした企画や面白そうな曲目のものが増えてきたように思う。いい傾向だ。音大のコンサートというのは、中高生や一般大学生といった明日のアマチュア音楽文化を担う人達にとっての、最も手近な「お手本」だからね。
「手近なお手本」が誰でも手の届くところにあって充実しているということこそが、音楽的・あるいは文化的環境が整っている、ということに他ならない。文化ってのは一点豪華主義じゃ駄目なんだから。


たったいまメールが入って、どうやら明日は練習の代吹きで『民謡風ロンド』のソプラノを吹かなければならなくなったようだ(^^;
やべぇっ。

cd001
現在聴いているCD。
アルチュール・グリュミオー(Vn)の弾く、フォーレ(第1番、第2番)とフランクのソナタ。
定番中の定番で、あまりにも定番すぎて最近ほとんど聴いてなかったCDだけれど、いや、これ、改めて、定番だけのことはある演奏だとつくづく思った。表現に過不足が全くなく、ひとときも無意味に音が流れない。他の作業をしながら聴いていても、ちゃんと音楽を分からせてくれる。
フォーレで伴奏を弾くポール・クロスリーのピアノがまた素晴らしい。この人、ソロでドビュッシーやラヴェルを聴いたことがあって、CDも持っている(持っていた)けれど、それより余程上手いと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)