振るマラソン進行中

ただ今6番「田園」まで終了、4回めの休憩中。秋山和慶さんの棒はすごかった。
これから7、8番が続き、もう1回休憩の後、第9です。終演予定元日の0時55分。
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ただ今6番「田園」まで終了、4回めの休憩中。秋山和慶さんの棒はすごかった。
これから7、8番が続き、もう1回休憩の後、第9です。終演予定元日の0時55分。
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大晦日。今年最後のエントリになります。
今年聴いたコンサートの中で、印象に残っているものと言ったら…
やっぱり、デプリースト指揮都響のショスタコーヴィチ「8番」ほか、でしょう。ショスタコーヴィチというと時の「ソ連」体制とのかかわりばかりが話題にされるけれど、そんなものを超えた「音楽」そのものでこれほどの内容が語れるとは…
都響ではほかに、インバル指揮のアルペンシンフォニー、大野和士指揮の「火の鳥」ほか、デプリースト指揮のブルックナー「2番」あたりが印象深い。
今年は都響以外のオーケストラ、特に海外オケを聴く機会が相対的に少なかったので、オケ物では他の印象が少々薄い。でも初めて聴いた札幌響は素晴らしかった。また聴きたい。グラン・カナリア・フィルのローカルな味わいは良かったけれど、2006年を代表するような素晴らしさだったかというと、少し物足りないような。
来年は大変だぞ。11月にはパリ管、フランス国立リヨン管、ギャルドが一気に来る。フランス音楽好きにとっては悲鳴の月。
金貯めておかなきゃ。
ピアノ、室内楽系は、多士済々。
何年ぶりかでやっと生で聴けたモーリス・ブルグのオーボエ。みなとみらいで聴いた、メシアン「世の終わりのための四重奏曲」。ジェラール・プーレVn、ロマン・ギュイオCl、フィリップ・ミュレールVc、クリスチャン・イヴァルディPfという強烈なメンバーだった。
サクソフォンのコンサートはですね…
待望のハバネラ来日公演も、栃尾さんのバリトンリサイタルも、須川さんのコンチェルト・オン・ステージも、勿論良かったんだけど、いま「今年最も印象に残った」、という観点で思い起こすと、年明けほぼ一発めに聴いたクインテット・シルクが不思議と忘れがたい。
つい先日のサクソフォーン・フェスティバル2日めにも、この時と同じメンバー、同じ曲目のグリーグ「ホルベア」を再び聴くことができた。ある意味「プロ」らしくないほどの、細部への執拗なこだわりを感じさせながら、決して末端肥大に陥らない、冬の森の冷たい空気の中を一散に駆けていくような、「爽やか」といってもいい一心に集中した快さがあった。
長いことサクソフォンのコンサートを聴いてきて、一時期、一部の若い人(私より一世代若い人達)の演奏にどうしても馴染めない時期があった。
あんなにものすごく上手なのに、なんでこんなに「音楽」が感じられない演奏をするんだろう?と不思議だった。
そういうものは聴きたくないので、一時敢えてあまり若い人の演奏を聴かないようにしていたくらいで。
それでも、もっと若い世代の中から、音楽の本質というものを、若さならではの直感でもってきちんと捉えている人達というのが、数は少ないながらも着実に現れてきているのが判って、嬉しいことだ。
サクソフォンって楽器も、捨てたもんじゃない。
さて、振るマラソン、今から行ってきます。
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2日め。(1日め編から続く)
声が全然出なくなった(>_<)。レセプションで、ジェロームのペースにつられて喋りまくってしまったせいだと思うぞ(^^;。
朝はゆっくり休んで11時過ぎに会場に入り、午前の音大アンサンブルの部6番めの東邦音大から聴きはじめ、夜9時の終演まで、主要な出し物はほぼ全て聴いた。面白かった。始まる前は途中で聴いてらんなくなるんじゃないかと思ってたけど、全然そんなことはなかった、どころか、「フェスティバルってこんなに面白いもんだったっけ?」というのが、偽らざる感想。
午後からのプログラムを、とりあえず記録のために書き出しておきましょう。
★小ホール 13:30-
組曲「ホルベアの時代より」(グリーグ)
Quintet CIRC
サクソフォン四重奏曲より1、4(F.シュミット)
スリズィエ・サクソフォン・クァルテット
Double Jeu(G.ラクール)
清水容子(S.Sax)、渡辺美輪子(T.Sax)
「くるみ割り人形」より(チャイコフスキー)
板橋区演奏家協会
第9回ジュニアサクソフォーンコンクール入賞者披露演奏
第3位 小川卓朗(ゴトコフスキー/ブリヤンス)
第2位 三浦夢子(ハイデン/ソナタ)
★大ホール 15:00-
第3回JSAアンサンブルコンクール最高位受賞団体披露演奏
中学生以下の部 フランシーズ・サクソフォン・クヮルテット(パスカル/四重奏曲より1、3、4)
一般の部 アンサンブル・リヴィエール(ドビュッシー=鶴飼奈民編/弦楽四重奏曲より1)
第9回ジュニアサクソフォーンコンクール最高位入賞者披露演奏
福間修人(グラズノフ/協奏曲)
サクソフォン四重奏曲(デザンクロ)
クローバー・サクソフォン・クヮルテット
アルス(C.ロバ)
アンチエンヌ(鈴木純明)
ジェローム・ララン、原博巳
ブルー・カプリス(V.モロスコ)
高畑次郎
ヴィオラ・ソナタ(ヒンデミット)
有村純親(A.Sax)、松浦真沙(Pf)
ラプソディ(ドビュッシー)
大貫比佐志(A.Sax)、沼田良子(Pf)
スペイン狂詩曲より 夜への前奏曲、マラゲーニャ、祭り(ラヴェル)
Trio-SHIZUKU
★フェスティバル・コンサート2006
伝説(A.カプレ)
宗貞啓二(A.Sax)
演奏会の音楽(M.コンスタン)
西本淳(A.Sax)
Hot(F.ドナトーニ)
林田祐和(A.Sax)
シャクティ(ディアナ・ロタル)
平野公崇(Sn.、A.、B.Sax)
バレエ音楽「世界の創造」(ミヨー)
小串俊寿(A.Sax)
以上 板倉康明指揮 東京シンフォニエッタ
地球はおどる(伊藤康英)
管弦楽のための協奏曲より5.(バルトーク=金井宏光編)
サックス大合奏2006
ファンファーレ21(伊藤康英)
歓喜の歌(ベートーヴェン)
威風堂々(エルガー)
以上 池上政人指揮 フェスティバル・サクソフォン・オーケストラ
最後、客席と舞台上のフェスティバルオーケストラとの、合同演奏。
巨大なオルガンの内部に居るような、四方を取り巻かれるサラウンド音響は、圧倒的の一言。
客席に見える白いものこそ、ボール紙1枚に切り込みを入れて前列の席の背もたれに挟み、ゼムクリップで楽譜を止めるというアイディア商品、日本サクソフォーン協会スペシャル簡易譜面台だー!(どこが「台」だ;)
後日補筆するかもしれません。
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未だにまともな声が出ません(>_<)。そればかりか咳がひどくて、昼間はそれほどでもないのに、夜中に咳き込んで目を覚ましてそのまま止まらなくなるという喘息患者状態になってる。明日ひとつ呑み会をキャンセルしてしまった。残念だけど仕方がない。
サクソフォーン・フェスティバルの記録はもうしばらくお待ちください。
そんな状態の中、第九を聴いてきた。ジェイムズ・デプリースト指揮の都響(サントリーホール)。
1970年代以前のスタイルの演奏を思い出させるような、オーソドックスかつ分厚いサウンドによる雄渾な演奏が素晴らしい。いま流行りの、やたら速かったり軽かったりするベートーヴェンとは全然違うけれど、そもそもちょっと前までベートーヴェンというのはこういうスタイルで演奏されるのが当り前だった。ちょっと前まで当り前だったのなら、今も当り前であって何故いけないのだ、という自信の程に圧倒される。
合唱もさすがプロ(二期会)、80人程の人数ながら、この重厚なスタイルに全く不足なし。
今年は久しぶりに、聴いたコンサートの回数が90回を超えた。
充実した1年を締めくくるにふさわしい演奏に満足して会場を出たものの、外の季節外れの土砂降りの雨に翻弄されてやっとの思いで家に帰り着く頃には、すっかり現実に戻されていましたとさ…(悲)
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熱はひいたけど一夜明けたら声が全然出なくなった。咳もひどいっす。今日お会いした方は声が違うんで驚かれたのではないかと。
舞台上のサクソフォンオーケストラと客席との合同演奏になる「歓喜の歌」の壮大なサラウンド音響の中、今年のサクソフォンフェスティバルもすべて終了。いま帰りの車中です(携帯は緊急充電)。詳しい話は後日ということにしてとりあえず今日は帰って寝ます。
準備と運営に当たられた皆様、本当にお疲れさまでした。大変エキサイティングかつ様々な意味で興味深い催しとなったと思います。
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東京都交響楽団 第637回定期演奏会(サントリーホール)
シュニトケ/ハイドン風モーツァルト(Moz-Art à la Haydn)
ショスタコーヴィチ/交響曲第8番
指揮:ジェイムズ・デプリースト
なんだかとてつもなくすごいものを聴いたような記憶があるのだが、あれは現実のことだったんだろうか。そもそも、あのとき聴いた「音楽」の実体とはどこにあるのか。たとえ録音(が残っていたとして)を聴いたところで、あの瞬間に存在した(かもしれない)「音楽」はもう戻ってこないのだとしたら、それが夢まぼろしではないという明証はどこにあるのか。
都響のサイト中に、シュニトケ作品でのソリスト2名(矢部達哉、双紙正哉)によるこの曲の「解題」が載っているけれども、ひじょうに興味深い内容ではありながら所詮は「音楽をことばで語る」ということの虚しさを感じざるを得ない、という結論に落ち着くしかないのだった。
そういう種類の音楽であり、演奏だった。
今日はあまりつまらないことは書きたくない。
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すっかり遅い時刻。PCの調子がおかしくてネットに繋がらなくて(まったく、インターネットが使えないパソコンなんて、ただの場所塞ぎな箱だ)、いろいろやっていたら1時間半も経ってしまった。明日早いのに(>_<)
東京都交響楽団 第636回定期演奏会(東京文化会館)
ヘンデル/メサイア
Sp:天羽明惠、At:山下牧子、Tn:望月哲也、Br:三原剛
晋友会合唱団
指揮:ジェイムズ・デプリースト
開演の7時を5分近く過ぎて駆け込み、チューニングも終わって指揮者とソリストを舞台に迎えるばかりのところでぎりぎり着席。でも、始まってしまえば関係ない。「メサイア」、よございました。力強さと尊厳にみちて、それでいてヒューマンで暖かくて。デプリーストさんにふさわしい「音楽」だ。メサイアって好きな人は本当にハマるようだけれど、その気持ち判る、と思った。
演奏も見事でした。最後近くのピッコロトランペットのソロなど、まさにプロの業!で、ゾクゾクしながら聴いた。合唱もブラヴォー。
有名なハレルヤ・コーラスのところで、何人かのお客さんが起立していたのが面白かった。私は知らなかったけれど(曲目解説にも書いてなかったけど)、そういう習慣があるらしい。
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Toshihisa Ogushi HAPPY SAX CONCERT 2006(銀座ブロッサム・中央会館)
大きな古時計(西上和子編)
バリアブル・スター~キラキラ星による変奏曲(星出尚志)
Calling of the stars(田中賢)委嘱作品・初演
Affective Emotion(樽屋雅徳)※
La Chansonnette(真島俊夫)
翼をください(村井邦彦/西上和子編)
瞳がほほえむから(上田知華/星出尚志編)
The Course of Life(星出尚志)
サンバ・フィエスタ(鈴木英史編)
小串俊寿(Sax)、白石光隆(Pf)、横山達治(ラテンPerc)
ゲスト:石渡悠史(Sax)※
小串さんのHappy Saxのチラシを見ると、年も暮れだなあと感じる。
6時半の開演には間に合わず、残念ながら後半しか聴けなかったけれど、毎度ながらじつにハッピーで満ち足りた気分にさせられるコンサートでした。
ここのところ毎日阪口先生の録音を聴いているのでなおのことそう感じるのだが、小串さんの音には阪口先生のDNAを確かに感じる。勿論阪口先生よりもっと現代的に洗練されているし、パリ仕込みの粒立ちの揃った切れ味鋭さ、というのはあるけれど、ゆっくりしたメロディでヴィブラート豊かに「ほわっ」と音程が跳躍する箇所の絶妙な味わいなど、おおっ、阪口先生と同じだ、と思ってしまうのだった。
そのことは、阪口先生の高弟である石渡先生も、また。本プロは聴けなかったけれど、最後のアンコールで小串さんとミーシャ「Everything」のデュエットを聴くことができた。石渡先生の演奏なんていったい何年ぶりに聴いただろうか。そしてまた、この先何度聴く機会があるのか。たいへん貴重な機会に、感謝。しかも来年70(数え年)の石渡先生、(失礼ながら)明らかに昔より上手くなったんじゃないの、と思うようなもんだったし。
後から聞いた話では本プロの後のアンコールでフォーレのファンタジー(!)を演奏されたそうだ。デファイエ編曲になる、フルート原曲の難曲。聴きたかった!
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練習指導の終了後は、相変わらずの雨の中、田園都市線-半蔵門線を北上、知人のサクソフォンアンサンブルを聴きに、青砥へ向かう。
ビジネスクラスサキソフォンアンサンブル コンサート2006(かつしかシンフォニーヒルズ・アイリスホール)
モーツァルト/「フィガロの結婚」序曲
サルトーリ/Time To Say Goodbye
アルベニス/セビーリャ
ピエルネ/民謡風ロンドの主題による序奏と変奏
チャイコフスキー/「くるみ割り人形」ハイライト
8人という数のメンバーで自主演奏会を続けているアンサンブルということで、私たちと共通性が多くあり、なにかと気になる存在ではある。
休憩後の、演奏時間30分を超える「くるみ割り人形」のハイライト(通常の組曲版の曲目に、第1幕の情景と終幕のワルツとアポテオーズも加えたバージョン)は圧巻でした。うわー、すげぇー、よぉやるよ、と感心。たったの8人で持たすのは体力的にはホントに大変そうだったけれど、ちゃんとチャイコフスキーのバレエらしい分厚くゴージャスな響きが出ていたから、すごいと思った。
四重奏編成による「小序曲」「行進曲」や、ソプラノ4本の「葦笛の踊り」、テナー、バリトンのみ4本の「トレパーク」など、編曲上の楽しい仕掛けも多し。
アンコールも素晴らしい演奏だった。課題があるとしたら第1部のほうかな。ともあれ、お疲れさまでした。
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一昨日からココログが53時間に及ぶ長時間メンテナンスを続けていて、新規投稿が出来なかったため、この2日間は早寝をして健康的に過ごしました(^^;
しかし、結局メンテナンスの目的だったバージョンアップは出来なかった、とのことで…なんとまあ(絶句)
J.リュエフ/ソナタ
P.サンカン/ラメントとロンド
C.パスカル/ソナチネ
J.S.バッハ(ミュール編)/フルートソナタ BWV1035
R.プラネル/プレリュードとサルタレロ
A.シャイユー/アンダンテとアレグロ
林光/「もどってきた日付」より 壁のうた、花のうた、この虫だけは(ピアノソロ)
D.ミヨー/スカラムーシュ
Fabrice Moretti(A.Sax)、服部真理子(Pf)
昨日聴いたコンサート。
大きな話題にはならないけれど、ここのところ毎年のように来日してくれる、モレティ氏のリサイタル。
ビュッフェ・クランポンの創立30周年記念演奏会で、はじめてモレティ氏の音を聴いてから、早いものでもうすぐ10年が経つ。紀尾井ホールの2階席で、何の予備知識もなく聴いたモレティ氏の音は衝撃的だったなあ。楽器が鳴っているんじゃなくて、彩られた大気の振動が直接昇ってくるようなあの感じ。
落ち着いた、しかし決して暗くない、温度は低いが冷たくはない不思議に魅力的な音色と大きめのヴィブラートは、最近のフランスのサクソフォン奏者からは聴くことのできない、デファイエの時代(私自身にとっても、最も実感ある時代)からの直接のリンクを感じる。
全体的にはデファイエよりももっと軽やかでスマートで、そこは現代風なんだろうけれども、金属の光沢を思わせるような(肉厚の薄い鐘をかーんと叩いたときのような)冴え渡ったf(フォルテ)は、私はこの人以外にはデファイエでしか聞いたことがない。
曲はまさに、モレティ氏の「十八番」ばかり。圧倒的な技巧の冴え、余裕綽々、って感じなのに、音楽は全然軽くないところが素晴らしい。
服部真理子さんのピアノも、また然り。この方が巧いのは今に始まったことではないけれど、今日はまた一段と集中力にみちた演奏だった。林光の作品、こんなに美しい曲だったんだ。フランス物の間に挟まれて聴いても何の違和感もない。
会場は上野公園に建つ重要文化財建造物、旧東京音楽学校奏楽堂。

休憩時間に撮影
「滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台」とのこと。
いま風の音響設計や防音はほとんど無い部屋なんだけど、それでも不思議なほど音楽に集中できる、自然で聴きやすい音がする。現代のいろいろなコンサートホールを巡ったあとに、時々ふと戻ってきたくなるような会場だ。
アンコールは、ランティエのシシリエンヌ、シューベルトのセレナード。
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休日。恒例、青梅へ父の見舞い。
夜はコンサート会場に座る。
シベリウス/樹の組曲op.75より ピヒヤラの花咲くとき、白樺、樅の木
同/花の組曲op.85より ひなぎく、カーネーション、釣鐘草
同/5つのロマンティックな小品op.101より 叙情的情景、ユモレスク、ロマンティックな情景
グリーク/ホルベアの時代から(ホルベルク組曲)
同/「ペール・ギュント」第1組曲
同/抒情小曲集より(9曲)
田部さんはデビュー当時から聴いていることになるけれど(都響の定期でベートーヴェンの1番だか2番だか、初期のコンチェルトを聴いたのは、私が都響の会員になった最初の年だったから、もう15年も前のことだ)、意外にもソロリサイタルをちゃんと聴くのは初めて。美しい方です。写真よりずっと美人。音色も美しい。思想だの精神性だのというものはあまり関係なく(ところで、「精神性」って何でしょう?)、とにかくひたすら綺麗な音。耽美的、って言うのか。
今回のプロのような、ひんやりとした抒情の世界が実によく似合う。とくに、滅多に聴く機会のないシベリウスの小品。私自身シベリウスは、交響曲のような大曲よりも、余興で書いたようななんてことのない劇音楽のナンバー等の方がずーっと好きなので。
フォーレとか弾いてくれないかな。似合うと思う。(そういえば以前、フランスのピアニストがグリーグのコンチェルトを弾くのを聴いたけれど、まるでフォーレのように聞こえたのだった。)
後半のグリークは、最近出したCDの宣伝も兼ねてか、CDそのままの選曲。「ホルベルク」は原曲がピアノ曲だった、というのは知識としては知っていたけど、実際に聴いたのは初めて。へぇー。(…どうしても弦楽合奏版を思い浮かべながら聴いてしまうので、ちょっと物足りないかも)
しかし浜離宮朝日ホールのピアノの音は実にイイです。都内のメジャーなリサイタルホールの中で、最もピアノソロ向きの響きのように思える。
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東京都交響楽団 第635回定期演奏会(サントリーホール)
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番(Pf:エリソ・ヴィルサラーゼ)
R.シュトラウス/アルプス交響曲
指揮:エリアフ・インバル
本日(25日)2本めのコンサートへ急ぐ。
アクタスからサントリーホールって、30分もかからないのね。
以前は毎年のように都響に客演していたマエストロ・インバル、7年ぶりの登場。
かつて聴いた、マーラーやワーグナー(「ワルキューレ」全曲)の素晴らしさは、今なお鮮烈な記憶が残っている。
今回、大いなる期待は全く裏切られなかった。ブラヴォー。
前半ベートーヴェンを弾いたピアニストはなかなか内省的な演奏をする方で、席が遠かったせいもあり(RDブロック)、ちょっと眠くなった。だけど演奏終了後の拍手はすごかったし、オケのメンバーの拍手もいつになく本気が入っている感じだったので、きっと良い演奏だったのだろう。
後半「アルプス交響曲」。これは圧巻!巨大なスケールを現出する指揮と、随所に仕掛けられたトラップのような演奏上の難所を次々とクリアする、舞台上狭しと並んだ超大編成のオーケストラ。
緊張感とカタルシスにみちた、別世界に連れ去られたような1時間を過ごした。
インバルという人は、音楽をドラマとして演出したりはしない。
音楽自体がどんなドラマよりもドラマティックなドラマであることを、指揮棒1本で表すことのできる、真の「指揮者」、真の音楽家だ。
終演後はまさに爆発的な拍手、今年一番のようなブラヴォーの嵐。
次は来年の12月、マーラーの6番と7番、そしてベートーヴェン「第9」ですか。これは本当に楽しみだ。
ライバルであったベルティーニが亡くなった(都響のポストから外れた)せいで再び都響に来れるようになったのだとしたら、少々複雑な気分ではあるが…。
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宗貞啓二・渡辺美輪子デュオ・コンサート(アクタス ノナカ・アンナホール)
ヴィヴァルディ/調和の幻想 op.3-8
J.B.サンジュレー/デュオ・コンセルタント
G.ラクール/ドゥブル・ジュー
フォーレ/夢のあとに
ショパン/小犬のワルツ
マスネ/タイスの瞑想曲
P.アルマ/ディヴェルティメント12番
R.グリマル=オルモス(Rafaël Grimal Olmos)/コンチェルティーノ
宗貞啓二、渡辺美輪子(Sax)
渡辺麻里(Pf)
サクソフォンデュオチームの草分け、宗貞・渡辺師弟コンビ久々のコンサート。
セルマーキャンプでのコンサートで聴いた頃以来、単独リサイタルだったらもっと前のことだから、10年ぶりくらいになるだろうか。
客入りは上々、会場が小さいせいもあるけれど、開演10分前に到着したらもう一番前の2列にしか空席がなく(最終的にはかなりの立ち見が出た)、間近に音を浴びることとなった。
宗貞啓二氏といえば、「プロ中のプロ」という印象が私としてはあるけれど、今回久々に間近で音を聴いてみてその理由が分かったような気がした。音圧がすごいのだ。たとえp(ピアノ)であっても、宗貞先生がロングトーンを吹くと床やら椅子やらがビリビリと共振するのが判る。このアンナホールではいろいろなサクソフォン奏者の演奏を聴いてきたけれど、ここまでというのはあまり経験がない。(先日聴いた)モーリス・ブルグの演奏を思い出した。
宗貞氏はよく都響に乗っているので、東京文化やサントリーといった会場で聴く機会が多いけれど、そういう大きなアコースティックを持つ会場でのあの音の浸透性と見事なレガートの秘密の一端を見た思いだ。
同属楽器のデュオというのはある意味、人間関係の目に見える縮図みたいなもので、聴いていて意外と退屈せず面白く聴ける(サクソフォンのラージアンサンブルのコンサートなどの方が、むしろ同じ音色が続いて退屈するのかもしれないと思った)。耳慣れない曲もそれなりに興味深く聴くことができたが、やはり長年やっていて手の内に入っているアルマ作品が、さすがの演奏。
宗貞センセの脱力系ボヤキMC(^^;にて場内の笑いをつなぎながら、コンサートは進む。
曲間でぼそぼそと喋る宗貞氏を心配そうに?見つめる美輪子センセの視線も、なんだかお母さんが子供に向ける視線を連想させるようで、歳月は容赦ないことではある。
4時開演で終演は6時20分。結構長かったが、楽しいコンサートでした。
アンコールに、プーランク「エディット・ピアフ讃」(サックスで聴くと、冒頭のフレーズが「枯葉」のパロディだって事がはっきりと判る)、作曲者不詳「おし花」(宗貞氏の思い出の曲だそうで、氏のソロで演奏。編曲は宗貞Jr.とのこと)、モーツァルト「トルコ行進曲」。
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朝、年に一度の健康診断。
バリウム飲むのはだいぶ慣れたけれど、その後で貰う下剤がどうも身体に合わないようで、終日調子悪し。かといって飲まずにお腹の中で固まっちゃうとまた地獄を見るし。
2時間遅れで行った職場を、早々に退く。
今日は招待をいただいていたコンサートがひとつあって、行こうかどうしようか迷ったけれど、職場から近いのでとりあえず行ってみた。平野実貴さんというピアニストの、モーツァルトのピアノ協奏曲の夕べ(浜離宮朝日ホール)。
初めて聴くピアニストだが、K.466(第20番)での何か憑かれたようなデモーニッシュな演奏が印象的だった。
それより、臨時編成のオーケストラ(コンマス森下幸路、弦の編成は5-5-3-2-1)のバックが大変すばらしく、そちらの方が感銘を受けたかも。ピアノソロが出てくるまでの序奏部の雄弁なことといったら!メンバー表を見てみると物凄い顔ぶれが並んでいて(たとえば管だったら、Fl佐久間由美子、Ob広田智之、Cl高橋知己、Hn吉永雅人、Tp高橋敦、Timp近藤高顕…)、思わず納得。
以前、カザルスホールくらいの小さめのホールで好んで室内オーケストラを聴いていたことを思い出した。そういえば最近そういう機会が無くなっていたなあ。
とりあえず、行って良かった。未だお腹の調子はよろしくないけど。
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札幌交響楽団 東京公演2006(サントリーホール)
ノルドグレン/左手のための協奏曲op.129~小泉八雲の「怪談」による(Pf:舘野泉)
マーラー/交響曲第5番
指揮:尾高忠明
初めて聴くオーケストラ。なじみの都響で18年間首席奏者を務めたトランペットの福田氏の移籍先、ということで、どんなオーケストラなんだろうと興味を持っていたところに、おあつらえ向きにも今年の東京公演はマーラー5番ですか。という訳で、聴いてきた。
とても良いオーケストラだと思った。とくに弦セクション、札幌、というイメージどおりの、ぞくっとするような温度の低い独自の音色を持っている。これだけ、パッと聴いてすぐそれと分かるような個性のある音色を備えたオーケストラなんて、東京にだっていったいいくつあるだろうか、と思う。
金管もよく鳴っていて、名手福田氏といえども決して浮いていない(札響は伝統的に金管が上手いらしい)。マーラーではトランペットと共に活躍するホルンのトップ氏も、大熱演。
尾高さんの指揮は、よい意味でとてもストレート。この曲の面白さを率直に聴かせてくれて、必要以上にドラマティックな演奏を好まない私としては、たいへん好印象でした。
1曲めには舘野泉さんが登場。脳溢血のため右半身不随となり、左手だけで演奏活動を続けているとのことだが、杖もなしに普通に歩いているし、終演後はコンマスと右手で握手したり歓声に応えて両手を高々と挙げたり、ぜんぜんそうとは見えない。すごい。相当なリハビリを積んだのだろうと思われる。
欲を言えば曲がもうちょっと良い曲だったら…(^^;

終演後は、公演スポンサーのホクレン農業協同組合連合会より、十勝産の甜菜糖(200g)が来場者に配られた。
さすが、「ならでは」ですなあ。楽しい楽しい。
ロビーでは、札響の自主制作になる秋山和慶指揮のブラームス交響曲全集(分売)ほか定期演奏会ライブCDを販売していた。
特別価格1枚1000円(定価は2000円)ということだったので、ためしに「2番」を買ってみて、ちょうど今聴いているところ。1996年の収録だそうだが、先程まで聴いていた弦の音色そのまんまだ。昔からこういう素敵な個性を持っていたということらしい。
秋山さんの指揮・解釈は例によって模範的の極み。よい買い物だった。他の曲も買えばよかった。
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ということで(昨日のエントリ参照)、行ってきました。久々のN響定期。
NHK交響楽団 第1581回定期演奏会(NHKホール)
ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲(Vn:庄司紗矢香)
R.ヴォーン=ウィリアムズ/交響曲第5番
指揮:サー=ロジャー・ノリントン
ピリオド・アプローチの巨匠、ノリントン師の、N響への初客演。いやー、噂どおり両方の曲ともノン・ヴィブラートで弾いていたけれども(弦の奏者の左手の指が微動だにしないのは、なんだかヘンな感じ)、現代のオーケストラからいきなりヴィブラートだけ取り去ると、これがなんとも貧弱というか、情けない音になってしまうことで(^^;。
ベートーヴェンは10-10-8-6-4という弦の編成だったが(当然、対向配置)、いつもどおり3階天井桟敷の自由席で聴いていると、ぜんぜん鳴らないし音も飛んでこなくて、まるで学生オケみたい。ソリストもなんか弾きにくそうだった。せっかくの庄司紗矢香さんのソロなのに。こういう演奏を聴かされると眠くなること。
休憩後のRVWは、これも相変わらずノン・ヴィブラートながら、人数も増えたので少し聴ける音になった。ときどき、すごく透明でハッとするような響きが聞こえるんだけど、それでもある種の違和感が終始離れなかった。
こういう日は、会場内の雑音とかがいつも以上に気になるのだった。しかしNHKホールの客って、こんなに集中力無かったっけ?あっちこっちで荷物やらチラシをガサガサ言わせてるし、遠慮のない咳も多いし(一人や二人ではない)。
そもそもピリオド・アプローチ(その曲が作曲された当時の響きを追求する)というのは、その当時の会場と、その当時の感性を持った聴衆(あるいは、そのような感性を積極的に理解しようとする聴衆)の存在を前提とするんじゃないかしら。
こんな、NHK紅白歌合戦ホールのような広大な会場で、ピリオド・アプローチをやってみる理由というか、必然性というのは、あるのかしらん。私にはよく分からない。
何も知らないで聴きに来たお客さんには、「N響ってへたくそだなあ」、って思われておしまい、のような気がするんですが(^^;。
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ハバネラ・サクソフォン四重奏団(東京文化会館・小ホール)
J.S.バッハ/イタリア協奏曲
ラヴェル/弦楽四重奏曲
リゲティ/6つのバガテル
ドビュッシー/ベルガマスク組曲より 前奏曲、メヌエット
ビゼー/カルメンより
ピアソラ/3つのタンゴ
遂にやって来ました、ハバネラ。
相変わらず次元の違う上手さ、澄んだ青空のように深い集中力、シンプルで純粋な「音楽そのもの」としか言いようのない彼らのパフォーマンス、何よりも作為的なものの一切ない、自然の摂理のような論理性。
彼らの真骨頂は、一見難解な現代作品などをすっきりと見通しよく、そして美しく!再現するところにあると思うので、そういう意味ではちょっと物足りないところもあるプログラムだけれど(全国同一プロだとしたら仕方ないのかな。東京だけでももう少しとんがった曲目に出来なかったのかしら)、それでもハバネラの凄さは充分実感できると思うので、日本全国の皆様、是非お聴きになって、ぶっ倒れてください。
終演後、明日のアンコン本番のための練習に行ってきたところ。
この演奏聴いたあとに、自分でドビュッシーの弦楽四重奏曲吹かなきゃいけない身にもなってください(^^;。
参った。
という訳ですみません、明日は早いので、ちょっと簡単ですがこんなところで。
最初の限定発売時に入手できず悔しい思いをした大阪国際室内楽コンクールのライブCD、会場にて無事入手。
それと今回、自主制作?になるボルドーでのライブDVDというのも持ち込まれていた。委細後日。
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ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集#22
バーンスタイン/ウェストサイド・ストーリーより「シンフォニック・ダンス」
ガーシュウィン/「I Got Rhythm」変奏曲(佐山雅弘ピアノトリオM's)
佐山雅弘M'sコーナー
Falling in Love in Love - My Shining Hour - I'm Old Fashioned - But Beautiful - Ladies in Mercedez
(アンコール)All The Things You Are
ラフマニノフ/シンフォニック・ダンス
指揮:飯森範親
曲目は「シンフォニック・ダンス」つながり、真ん中はこのホールのアドバイザーを務めるジャズピアニスト佐山氏のトリオのゲストステージ(曲目はプログラム記載から変更になって、上記が正しい)。PA一切なしの本格シンフォニーホールで聴くピアノトリオ、なかなか良かったです。ドラムス大坂さん、凄すぎ。
佐山氏がソロパートを弾いた「I Got Rhythm」変奏曲にも、あとの2人が加わっていて、変奏の合間合間をガーシュウィンのソングナンバー(Someone to Watch over Meとか、Embraceable Youとか)をトリオだけで弾いて繋げていたのだが、これもなかなか違和感無くて面白かった。
オケの曲目は実は全部サックスが乗っていて、全乗りは波多江さんでした。バーンスタインの軽い音色と、ラフマニノフのヴィブラート多用の厚い音色とを別人のように使い分けていて、さすがと思った。
I Got Rhythmには総勢4人のサックスが登場。AATB、バリトン以外の3人はソプラノ持ち替え(しかも持ち替え箇所てのが本当にほんの少ししかなくて、仰天)という贅沢な用法。テナーは松井さんのようだったが、あとは誰だろう(バリトンは女の人でした)。こんど波多江さん本人に確認しておこう(^^;
オーケストラは、今回ゲストコンマスに元ベルリンフィルのレオン・シュピーラー氏を迎えていて、引き締まった弦の音色は格別なものがあった。ただそのせいか?、オケの弦と後列の管とで感覚に温度差が生じてしまい、「ウェストサイド」ではそれが気になって、いまいち楽しめなかった。ラフマニノフは良かったです。
午後2時開演で、終演は5時近くという長いコンサートとなった。盛り沢山で面白かったけれど、盛り沢山すぎて印象が分散してしまった感もある。
どうでもいいけど、東響って団員さんの衣裳が紺の燕尾なのね。
エキストラの方は黒を着ているので、すぐに見分けがつく(^^;
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東京都交響楽団 第633回定期演奏会(サントリーホール)
マリー・シェーファー/マニトウ(精霊)
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(Vn:矢野玲子)
ルトスワフスキ/管弦楽のための協奏曲
指揮:小泉和裕
久々に、文句なしに素晴らしいオーケストラのコンサートでした。
1曲めからかなりにハードな現代曲だったけれど、たいへん面白くて25分を飽かず聴いた。斬新で激烈で、オーケストラの技量を極限まで試すようなサウンドでありながら、西洋音楽の伝統を確かに内包した響きはありがちのゲンダイオンガクとは似て非なるものだと思った。小泉さん、相変わらず胸のすくような見事なまとめ方ではある。作曲者臨席。
次がチャイコフスキーというのも気持ちの切換えが大変だ。初めて聴く若いソリストということでちょっとだけ心配だったが、なかなか堂に入った演奏ぶりで、エモーショナルによく歌うし音程感が良いし、心配は杞憂に終わって良かった。デビュー当時の戸田弥生さんをちょっと思い出す。
プロフィールを見るにとてもたくさんのコンクールに挑戦して成果を上げているようだが、そのことが(「コンクールすれ」せずに)よい結果に結び付いているように思える。
休憩後はルトスワフスキの「オケコン」。いやーこれ本っ当に面白い曲だわ。休憩時間で帰っちゃったお客さんが結構いたようだが、なんと勿体ない。20世紀の「オーケストラ」という音楽媒体の面白さをこれだけ生かした曲というのはあまりないと思う。
演奏は、小泉さんの、振りが大きい割に出てくる音楽はクール、といういつもの印象を改めさせられる熱演だった。
演奏終了直後の小泉さんが思わず見せたガッツポーズが、結果を物語っていたか。
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栃尾克樹 バリトンサクソフォン・リサイタル(浜離宮朝日ホール)
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲第1番
G.フォーレ/エレジー
R.シューマン/アダージョとアレグロ
高橋悠治/影の庭(委嘱作品・初演)
高橋悠治/民衆に訴える
O.ヌッシオ/ペルゴレージのアリエッタによる変奏曲
Pf:高橋悠治
栃尾さんのバリトンは、人の声のようだ。世に聞くバリトンサックスの音は、低音域はもっとゴーッと図太いし、高音域はもっと刺激的だし、中音域はどっちつかずの没個性な音がするけれど、栃尾さんの音はその点、質感における一貫性が人間の声を思わせるのだ(フラジオ音域はウラ声ということか)。こういう言い方は実はあまり好きじゃないが、「癒される音」だ。あまりに快い音で、聴いていて時々意識を失った(^^;。
だけど考えてみたら、そもそもバリトンサックスというのは昔からそういう音だったような。ミュールのカルテットや、昔(1950年代)のビッグバンドを聴いても、バリトンサックスは今よりもっと細身でコンパクトな音に聞こえる。1970年代にレコードで入ってきたデファイエ・カルテットのバリトン(神様ジャン・ルデュー)の音は、ものすごくブリブリと吹いているように聞こえ、日本ではそういうイメージのバリトンが一世を風靡したけれど、長じて実際に聴いたルデューさんの音は全然そんなことはなかったし、そう思って当時のレコードを聴き返すと、あら不思議、あの頃はいったい何を聞いてそんなふうに思ったのだろう、というくらい軽い音で、拍子抜けするのだ。
聞こえてくる音をこうやって言葉に書きとめる行為が、いかにその時代の感性や耳に左右されることか、と考え始めると、客観性などというものが信じられなくなる。
私たちに出来ることと言ったら、「その時に」聞いた、感じたことを、できる限り素直に表しておくことくらいだ。
良い演奏会だった。
しっかし高橋悠治のピアノ面白かったなあ(「高橋悠治」というのは私にとって、一人の人間・音楽家というより、とても観念的・抽象的な存在なので、どうしても「高橋さん」とは書けない)。
ある意味、「作曲家の弾くピアノ」の極北だな。楽譜を前にしてさらう、ってことをほとんどやっていないような感じ。決して間違った音符を弾いている訳ではないのに、聞こえてくるものがあまりにいつもと違うので、もしかしたらこれ全部即興で弾いてるのかしらん、という錯覚に時々陥る。
その高橋悠治の新作の、見覚えのあるような、ないような景色の街の中を、超簡単な地図1枚を頼りに宝探しをするような、不思議な音楽風景も、なかなかをかし。
2曲めに演奏された「民衆に訴える」は、上記リンク先ホームページで楽譜が公開されている。
アンコールに、マーラー「子供の魔法の角笛」より『美しいトランペットの鳴り渡るところ』(高橋悠治作品の元ネタのひとつ)、サティ「ジュ・トゥ・ヴ」、サン=サーンス「白鳥」。
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台風が去って、今日は良い天気。
空気が澄んでいるせいか、まるで高地のように肌を刺す日射しだけれど、太陽が雲に隠れると途端に涼しくなる。
恒例、父に会いに青梅の特養へ往復したあと、夕方は、東京交響楽団を聴きに川崎へ。
長いこと広大な更地のままだった駅の北側の東芝工場跡地に、ラゾーナ川崎とやらがオープンしたばかりで、たいへんな人渦を横目に見つつ、ミューザ川崎の入口をくぐる。
チャイコフスキー/歌劇「エフゲニー・オネーギン」より ポロネーズ
グラズノフ/ヴァイオリン協奏曲(Vn:佐藤俊介)
チャイコフスキー/交響曲第5番
指揮:金聖響
これで中プロがチャイコフスキーのコンチェルトだったりしたら、絵に描いたように月並みなチャイコフスキー・プロの出来上がりで、そんなのには興味ないんだけれど、グラズノフってのが渋いですね。
自分がサックス吹きだからか、グラズノフのヴァイオリン協奏曲というのは格別に好きな曲のひとつなのです。滅多に演奏会にはかからないので、今日のこのコンサートを聴いてみようと思った第一のきっかけでもある。
ただ今日の演奏は、ソリストの「若さ」がもろに出てしまったか、決して下手ではないんだけど、音程は終始緩いし音が(というか「音楽」が)飛んで来ないし、聴き始めた瞬間に眠たくなるような演奏だったのが、ちょっと残念。
メインプロの「5番」はなかなか良かった。金聖響という人は、とても繊細な音楽性の持ち主なのに、必要以上に繊細さを表に立てずにバランスのよい音楽作りをする人だと思う。
東響の音色の明るさもあって、健康的なチャイコフスキーではありました。
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東京フィルハーモニー交響楽団 第729回定期演奏会(サントリーホール)
尹伊桑/交響曲第4番
ワーグナー/「さまよえるオランダ人」序曲、「ローエングリン」第3幕への前奏曲、「タンホイザー」序曲、「トリスタンとイゾルデ」第1幕への前奏曲、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
指揮:若杉弘
今日はいろいろ面白そうなコンサートが多い日だったけれど、たまたま知り合いから招待券が回ってきたので、こちらへ。
もともと、6月に亡くなった岩城宏之氏が指揮するはずだった曲目を、そのまま若杉さんが引き継いだもの。告知されていた3つのプログラムは、それぞれ自らが深く関わった内外の現代作品に、ロッシーニ、ヴェルディ、ワーグナーの序曲集を組み合わせたもの(オーケストラのキャラクターを考慮しての選曲に思われる)。
まさに「旅立ちの日が近いことを悟って、自己の芸術の集大成を目指していた」(公演プログラムの文章より引用)かのような選曲。指揮することができず、さぞ無念だったことだろう。
コンサート自体は、とくに追悼公演という感じではなく、ごく普通に進行した。
尹伊桑の作品は、サントリーホール落成記念の委嘱作品のひとつとして、岩城氏が初演したもの。私としては聴いていて、作曲者の発想に辿りつくことができず(ある種の現代曲って、なんだかどれを聴いても同じに聞こえてしまうことがあるんだよなあ。私の耳が悪いせいなんだろうけど)、ちょっと残念。
休憩後は、なにしろワーグナーのポピュラーな序曲集をコンサートホールでまとめて聴くのは久しぶりで、それなりに楽しかったけれど、若杉さんの説明過剰で手際の良すぎる指揮が…。あまりにも現実的で、余韻が感じ取り辛いような。オケは良かったけれど。
普通は「前奏曲と愛の死」でセットで演奏される「トリスタン」の、ワーグナー自身による前奏曲単独バージョン、とやらを初めて聴いたのが(こういうのを持ってくるところがさすが若杉さん)、なかなか印象的。この絶妙な中途半端さが。
前売完売だったそうだが、その割には場内空席が目立っていたのが不思議。そもそも完売なのになぜ招待が出るのだろう?
この公演のチケットの発売当初、岩城さんが亡くなる前に作られたチラシが出てきたので、追悼の意をこめて貼りつけておきます。
今となっては貴重なものかも。
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なんか知らんバタバタしていたけれど、やっと少し落ち着いて土曜日(9月30日)のことを振り返っている。
初夏のような暑さが戻ってきた中、渋谷アクタスへ。
6階アンナホールにて、しまっぷーこと大栗司麻さんのリサイタル。
C.パスカル/ソナチネ
R.ブトリー/ディヴェルティメント
R.コルニオ/牧歌と田園の踊り
E.ボザ/プルチネルラ
P.M.デュボワ/組曲形式による性格的小品
H.トマジ/バラード
飯野明日香(Pf)
立ち見まで完売の大入り。一昨年にやはり同じ会場で大栗さんのリサイタルを聴いた時は、私は遅れて2曲めから入ったのに余裕で座れたのだから、この2年間で着実にファンの数を増やしているようだ。
まあ、そりゃそうだろうな。現にワタシだって、一昨年は一人で来たのに、今年はアンサンブルのメンバー全員を含む10人で押しかけている訳で。
しかし練習日でもよお全員は集まらんのに、よく揃ったもんだ。終わったらこのままアンナホール借りて練習でもするか、などと言い合って笑う。
開演前は、協賛のフランス流紅茶店アンシャンテによる、紅茶と焼菓子のサービス。
紅茶の紙コップは、しまっぷーのキャラクター(シマリス)付き。
このシール欲しいぞ。

コンサートはフランスの地理や習俗に関する軽いお喋りをはさみながら進んだ。
大栗さんの音は、とてもストレートで、浸透力がある。サックスの音、というより何か金管楽器の音のように、自分の感受性の被膜を突き破って届いてくる。
一昨年聴いた時の、胸を打たれるような悲愴なまでの一途さより、今年は少し余裕というか遊びが出てきたように思ったけれど、言うべきことを小細工なく並べてゆく大栗さんの音楽は健在で、嬉しかった。デュボワが一番面白かったな。この瞬間芸の連写みたいな音楽世界には大栗さんの率直さがよく似合う。
ピアニストもなんだかもう、やたらと面白い人で(演奏ばかりでなく、曲間のお喋りも)、演奏を聴くのは二度めだけど、こういう人だとは知らなかったなあ。勿論、ただ面白いだけじゃなく、腕は立つし音は派手だし遠慮はないし(この会場のピアノは少々小さすぎた)、「伴奏」なんて言葉は嘘ですね。パスカルのソナチネのような曲で、こんなにピアノが(良い意味で)出しゃばっている演奏は久々に聴いたような気がする。ところどころ別の曲のように聞こえた。
アンコールは、デュボワの「りす」とダマーズの「ヴァカンス」。
ヴァカンス、勿論良かったけれど、合宿先の奥志賀で聴いた「ヴァカンス」のほうがもっと良かったなー、と思ったのは錯覚ではないと思う。
今日の演奏がどうこうと言う訳ではなく、日常を離れた旅先という環境が、演奏する立場としても聴く立場としてもいかに格別なものであるか、ということ。…また聴きたい。
終演後は、下の階の控室に下りて、アンサンブルのメンバー全員でずらーと(親分の出所を出迎える子分のように(^^;)縦に並んで、ご挨拶。poco近所迷惑。
ご本人的には今日の演奏の出来はかなり不本意だったような感じを受けたけれど、どうしてかな。別にそんなことはないと思うのだけれど。
でもまあ、分からなくはない。私自身もここ何年か、聴いてくれた方が「良かった」と言ってくださるような本番ほど、不満や後悔が後にたくさん残るような気がしているので(この8月の発表会も、例年になくたくさんの方に誉めていただいて、終わった当初は気分が良かったけれど、後で録音聴いて思いきり凹んだ)。
音楽の神様は、自分で演奏をする者には厳しくて、なかなか幸せを分けてくれないようだ。因果なものよのお。
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読売日本交響楽団 第452回定期演奏会(サントリーホール)
ボロディン/交響曲第3番、交響曲第1番、交響曲第2番
指揮:ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
という訳で(9/27のエントリの下半分参照)、行ってきました。
面白かった。知っている「2番」に関してだけど、ロシアの演奏スタイルって、日頃CDで聴くヨーロッパのそれとは全然違うのね。最初始まったとき、あまりにもテンポが遅くて堂々としているので、一瞬違う曲かと思ってしまった。速いところは速いんだけど。
ロジェストヴェンスキーという人の指揮を見ていると、「指揮法」なんて、要らねぇんじゃねーか、と思ってしまう。
「出せっ」という仕草をすれば音は出るし、「止めろっ」とやれば止まるし、「鳴らせっ」とやれば鳴るし、…以下同様。要は、「技術」じゃなくて、振っているその本人自身に説得力があるかどうか、なんだけど。
恐れ入りました。
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コンサート2つ。
横浜楽友協会室内楽演奏会(杉田劇場)、2時開演。
グランボワ・サクソフォン倶楽部(神奈川県立音楽堂)、5時開演。
どちらも、日頃たいへんお世話になっている方々のいらっしゃるところ、しかも同じ根岸線沿線の会場、絶妙な開演時間。
ハシゴしろ、と言われてるようなもんですな。
まずは楽友協会。
会場は新杉田の駅前。しかし最近出来るこの手のホール併設の商業施設というのは、どうしてこう構造が分かりにくいんでしょうか。ホールの入口を探してウロウロしてしまった。
そういえばいつだったか行った大泉学園のゆめりあも、ホールのありかが全然分かんなかったし。
吹奏楽団で、年2回のフル編成の演奏会の他にもこういうアンサンブルの集いを毎年開催し続けるというのは、なかなか出来ることじゃないし、素晴らしいことだと思う。
ただそうなると、聴く側の人間としては欲が出るもので。ただ演奏すればいい、という段階から早いとこ脱却して欲しいし(勿論、ちゃんと脱却出来ている方もいる)、きちんと自分たちの演奏会として位置づけてそれなりの準備の上で「音楽」を聞かせて欲しいです。
正直なところ、今日は特に後半のチームのいくつかが…。例年はそれほどに感じることはなかったような気がするのだが。自分自身の要求が高くなったのかな。
また、今年は金管チームが、面目を一新していたように思ったのが印象的だった。
終演後の挨拶もそこそこに、桜木町へ移動、紅葉坂を上って県立音楽堂へ。
グランボワサクソフォン倶楽部 第5回定期演奏会
ラヴェル/ハバネラ形式のヴォカリーズ
ラフマニノフ/ヴォカリーズ
*豊住竜志/サクソフォン協奏曲「A FLUSH OF LIGHT」(世界初演)
*ヴィードフ/サキソフォビア
サウンド・オブ・ミュージック メドレー
チャイコフスキー/祝典序曲「1812年」
指揮、*独奏:大森義基
*客演指揮:宗貞啓二
見た目満席に近い盛況、若々しく見事に準備された演奏に、よくまとまった曲目。良い演奏会だった。
県立音楽堂いい音だあ。最近出来る残響ばかり多い会場になんか、負けやしない。
出てくる音楽は、大森さんの音楽性そのまま、という感じで、実に気持ちよい。明るく、おおらかで、何事に対しても肯定的で。
これが宗貞先生の指揮となると、音色からして全く違ってくるのが、楽しくも興味深い。相当に緊張と集中を強いる練習なんだろうな、ということが明らかに想像がつく。
指揮者それぞれの資質がこれだけストレートに音に表れてくる、ということが、やはりメンバーの「若さ」の証か。
あとは、昨年聴いた時も思ったのだけれど(そう、去年のグランボワ演奏会の帰り路、アルフレッド・リード博士の訃報がメールで飛び込んで来たのだった…)、演奏以外の面でも様々感じられる若さ(青さ、と言ってもいい)と、実際の音に聴かれる完成された音楽性とのギャップが、不思議だった。
このギャップが解消された状態が、「大人の演奏」、と言われるものになるのだろう、きっと。
豊住氏の作品は、単一楽章でさほど長くなく、たいへん明るく輝かしい、素敵な曲だった。ある意味では日本人作曲家の作品とは思えないような、無理のない明るさ。…無理がないというのは勿論、音楽的に、ということで、技巧的にはかなりすごいけれど(ソロパートはアマチュアにはまず演奏不可能)。
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モーリス・ブルグ&中野振一郎 デュオ・リサイタル(Hakuju Hall)
ヘンデル/ソナタ ト短調HWV.364b
テレマン/ファンタジー第2番 イ短調(オーボエ独奏)
J.S.バッハ/ソナタ第3番ニ短調 BWV.527
フォルクレ/組曲第5番より ラモー、シルヴァ、ジュピター(チェンバロ独奏)
F.クープラン/趣味の融合(新しいコンセール)第11番 ハ短調
Ob:モーリス・ブルグ
Cemb:中野振一郎、Vc:菊地知也
「オーボエの神様」モーリス・ブルグの、今回の来日では東京でただ1回の公式なコンサート。
別に「オーボエの」と断り書きを付けずとも、私にとっても神様に間違いないので、今回は早くからチケットを取って待ち構えていたのだ。
前にも書いたけれど、あなたの好きな管楽器奏者は?と訊かれたら、「ミュール、デファイエ、モーリス・アラール(バソン)、ブルグ」と即答することにしているくらいで。
なんという輝かしい音色。強靱なフレージング。
CalliopeレーベルのCDで親しんだサン=サーンスのソナタや、パリ管の首席奏者として数多くの録音で聴いた、あの音だ。
吹いているところを間近で見ていると、恐ろしいばかりに強大な息の圧力をかけっ放しにして、それをタンギングでせき止めていることが判る。管楽器奏法の基本といえば基本なんだけど、それにしても、エーッそこまでやるんですか、と目をむいてしまうくらいに。
そんな「過酷な」、と言ってもいいような身体コントロールを、60代後半となった(1939年生まれ)今も自らに課して、あの果てしなくどこまでも遠くに飛んでいくようなフレーズの飛翔を可能としている。呆気にとられる、とはこのことだ。
ブルグの音楽は、私にとっては「20世紀の讃歌」、のようなものかもしれない。
私自身が最も音楽というものに純粋に親しんだ時期でもある、1980年代頃までの、未来への希望と憧れと躍動にみちた時代の息吹を、感じるような気がする。
今の時代に、まだこのようなものを実際に生きて聴くことができるというのは、なんという幸運だろう。…
客席は、ホールの固定客と思われるオジサンオバサンの他に、みるからにオーボエ業界の方々、オーボエ専攻の学生さんらしき若い人たちの集団という、いかにもどこかで見たような風景。
N響のIさん、新日フィル首席のFさん、日本フィル副首席のMさんらの姿を見かけた。とても上品な感じの初老のご婦人が車椅子で来場されていて、どこかで見た顔だと思ったら元N響のK島さんではありませんか、とか。
それはそうと、Hakujuホールの主催公演はいつもそうなのかは知らないけれど、開演直前にステージ後ろの壁に幻灯(とは言わないか。もとい)プロジェクターで、今後の公演の宣伝映像をいろいろと映写する、なんてことをするのね。ちょうど映画館の予告編みたいに。面白いっちゃ面白い試みなのかもしれないけれど、ワタシゃ思わず「ダッセー!」と大声出してしまいました(^^;。これはやめてほしいなあ。
アンコールに、マラン・マレ「サント・ジュヌヴィエーヴ・デュ・モン教会の鐘」。
これが凄かった。たった3つの音を延々と繰り返すベースの上での、さまざまな色や光が飛び散るような豪華絢爛たるパッセージの応酬に、酔った。…至福の時。
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新日本フィルハーモニー交響楽団 第404回定期演奏会(サントリーホール)
ハイドン/交響曲第82番「熊」
ベルリオーズ/歌曲集「夏の夜」(コントラルト:ナタリー・シュトゥッツマン)
ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第1組曲、第2組曲
指揮:クリスティアン・アルミンク
9月になると、やれ練習だ、本番だ、コンテストだ、コンサートだ、仕事だ(順序は深い意味はありません)、と、忙しい季節の幕開け。
今シーズン最初のオーケストラ演奏会は、新日本フィル。
シュトゥッツマンの「夏の夜」に尽きた。なんという深い声だろうか。この曲はこうでなくちゃ(ソプラノでも歌われるけど、最初に親しんだCDがフォン=シュターデのメゾソプラノ版だったせいか、女の人の低い声に萌えます)。バックのオーケストラも繊細極まりなし。この曲のこんな素晴らしい演奏が生で聴けるなんて。
休憩後は「ダフニス」の第1組曲と第2組曲。第1組曲?…そんなのがあったのか。まあ第2組曲があるんだから第1組曲も当然あるんだろうけれど、寡聞にして初めて聴くような気がする。
第1組曲というのがどの部分かというと、バレエ第1幕の終わり(海賊がクロエを拉致して行った後)の「夜想曲」から、アカペラ合唱による間奏曲を経て、第2幕最初の「戦いの踊り」まで。合唱をどうするんだろうと思っていたら、舞台裏で合唱部分をオルガンで弾いて次につなげるというやり方だった。アイディアとしては面白いけれど、時間が結構長いだけにずっとオルガン独奏が続くというのは少々間が持たなくなってくる感がある。デュラン版のフルスコアにはたしか、合唱が使えない場合はこれを弾けというオーケストラ版の譜面が書いてあるはずで、素直にそれを使えばよいのにと思った。
まあ、第2組曲のほうが圧倒的にポピュラーなのも、分かる気がした。
演奏は、「ダフニス」に関してはクールで思い入れの少ない感じで、出てくる音は決して悪くはないし各ソロも見事ではあったけれど(例のフルート大ソロは白尾さん。あとホルンとかオーボエとか)、フランス音楽マニアといたしましては若干物足りないところもある。まあいいけど。
公演プログラムに、本日の出演者(エキストラも含む)&並び順一覧という紙がはさまっていて、なかなか面白い試みだと思った(アマオケみたい)。他のオケでもやればいいのに。
「ダフニス」第1組曲のホルンとトランペットの舞台裏バンダは、樋口哲生(N響首席)と神代修だって。うぉー、なんという豪華な布陣!
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須川展也 サクソフォン協奏曲コンサート(東京オペラシティ・コンサートホール)
本多俊之/風のコンチェルト(Concerto du vent)
E.グレッグソン/サクソフォン協奏曲(日本初演)
吉松隆/ソプラノ・サクソフォン協奏曲「アルビレオ・モード」
同 /サイバーバード協奏曲
(アンコール 吉松隆/融けてゆく夢)
Sax:須川展也
齊藤一郎指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
Pf:小柳美奈子 Perc:山口多嘉子(サイバーバード協奏曲)
須川さんが自分が委嘱し初演したコンチェルト4曲、まとめて一晩でやってしまおうという、演奏家であったらやれるもんなら一度はやってみたい夢の企てであるだろうが、こうして実現してしまった。企画から実施に至るまでの様々な下準備や尽力のことを想像すると気が遠くなりそうになるけれど、出来上がって聞こえてきたものは、まさに須川さんの天性のサービス精神をそのまま具現したようなコンサートであり、そういうコンサートで演奏されるにふさわしい音楽だった。
ある音楽家の演奏活動と、その成果としての作品、そしてその「人」そのものが、これほど同じ方向を向いているということは、それだけで一種の感動を覚える。
思ったこといろいろ。
特記すべきはオーケストラの素晴らしさと準備の良さ。厚く潤い豊かな弦といいニュアンスのよく揃った管といい、まさにプロの仕事(大声では言えないが本多さんの曲は初演の時とは違いすぎた)。東フィルいいじゃないですか。
コンマスは荒井さんだった。3階から見ていたんだけど、要所要所で目立たないながらも非常に的確な仕切り方をしていて、感心。
グレッグソン氏の曲は聴き応えがあった。明らかに英国音楽調の導入から、テンションコードの応酬を経て、ハ長調による一大フィナーレへと至る、スケールの大きな展開。変な前衛的技法や特殊奏法なんか使わなくても、個性を印した音楽はちゃんと書けるのだ、とばかりに。
須川さん本人に伺った話だが、グレッグソン氏に、(今の時代に)なぜハ長調の音楽を書くのですか?と尋ねてみたんだそうだ。グレッグソン氏の答えは「私がエドワード・グレッグソンだからだ」、と。なんたる自信。
「サイバーバード」。江戸川で聴いた初演以来はや12年。聴いたのは何度めかな。初演(読響)、須川さんのオーケストラ・リサイタル(94年、新日本フィル)、新星日響定期(95年)、芸大オケ(98年)、吉松隆個展(2001年、都響)、そして今回と、6回めだった。再演を重ねて、すっかり「古典」の風格漂う傑作となったと改めて思う。
もう1曲は、決して悪い作品とは言えないんだけれど、やはりインパクトの差があり過ぎて、ちょっと微妙かな。
客席は8割方は埋まっていたか。久しくご無沙汰な方も含め、いろいろな方にお会いした。
8月7日のリリアにいらしたという方にいきなり挨拶されたりとか。(嬉しかった。)
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今日も酷暑。
午前、借りていた自宅近所のスタジオで、最後の音出し。
「本番のつもり」で、明日演奏する3つの楽章の通し演奏を2回やってみる。そこだけ吹くと出来るところが、通して吹くと出来なくなってしまう。悔しいなあ。でも、崩れやすいところは大体分かったので、あとは出たとこ勝負だ。
夕方(とはいってもまだまだ日の高い時刻)は外出、渋谷の人ゴミをかき分けて、NHKホールへ急ぐ。
N響ほっとコンサート-オーケストラからの贈りもの-
スーザ/海を越えた握手
A.リード/アルメニアンダンス パート1
A.ピアソラ/オブリビオン、リベルタンゴ(Sax:須川展也)
ティケリ/アメリカン・エレジー
モーツァルト/アイネ・クライネ・ナハトムジークより第1楽章
バーバー/弦楽のためのアダージョ
レスピーギ/交響詩『ローマの松』
山下一史指揮 NHK交響楽団
そもそもはN響が毎年夏に開催している、若い人向けのコンサートなのだが、今回は「あの」N響がコンサートの前半、吹奏楽を演奏するということで、別の意味で話題となっていたイヴェント。
一種の怖いもの見たさ(笑)で、聴いてきた。
あの広大なNHK紅白歌合戦ホールの舞台に、要所要所をN響正団員が占めた本格的な吹奏楽編成が並んでいるというのは、なかなか壮観。コンマスの席にあの横川晴児さんが座っているのを見てちょっと感動を覚える。クラリネットはさすがに団員だけでは足りないのでエキストラ奏者がたくさん加わっていたけれど、分かっただけでも東響首席のNさん、新日フィル副首席のSさん、元都響首席のCさんほか錚々たるオケマン達の顔が。オーボエのトップは茂木さん、ホルンは松崎さん、トランペットは津堅さん、エキストラのユーフォニアム奏者はなんと○囿さん!あり得ない豪華メンバーだ。
演奏が始まると、正直言って最初のスーザは「あれれれれ、」って感じだったけれど(マーチは難しいっす)、アルメニアンダンス以降はなかなか感動的な仕上がりとなっていた。ところどころで聴こえるオーボエとかホルンのソロがとにかく見事な音で、例えプロだろうと普通の吹奏楽の世界では絶対聴けない音だ。N響というオケがいかに日本の最高の名手を揃えた団体か、ということを改めて見せつけられる思いがする。
吹奏楽を知り尽くした山下さんの指揮も冴えていて、オケ出身の指揮者がたまに吹奏楽を振るときのような不自然な感じは皆無。練習日数なんかほとんど無かっただろうけれど(せいぜい1日とか2日とか)、それらしい一体感を表出することに成功していたと思う。
サクソフォンのトップを吹いた須川さんが2曲独奏。このメンバーに対抗するサックスを連れて来ようと思ったら、須川さん以外考えられないでしょう。いつもよりは大人しいかなという感じだったけれど、まあ仕方ないか。
とりあえずここまでで、いったんup。後日補足するかもしれません。
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グラン・カナリア・フィルハーモニー管弦楽団 東京公演(東京芸術劇場)
ビゼー/『カルメン』より 前奏曲、ハバネラ、セギディーリャ、ジプシーの踊り
ファリャ/交響的印象『スペインの庭の夜』(Pf:霧生トシ子)
ロドリーゴ/ある貴紳のための幻想曲(Gt:ぺぺ・ロメロ)
ラヴェル/スペイン狂詩曲
同 /ボレロ
指揮:ペドロ・アルフテル・カーロ
イープラスの得チケにチケットが半額(S席10000円が5000円)で出ていたのを見つけ、曲目がなかなか魅力的だったこともあり、思い立って急遽聴いてきた。スペイン領カナリア諸島、ラス=パルマスのオーケストラ。
「オルケスタ・フィラモニカ・デ・グラン・カナリア」って、なんだかサルサバンドみたい。
日本のオーケストラみたいに巧いわけではないけれど、実になんともいえないローカルな味わいある音のするオケだ。こういうのと比べると、日本のオケは「工業製品」だなあ、と思う。『スペインの庭の夜』なんて、CDではよく聴いていたけれど、正直、こんなに良い曲だと思ったのは初めてのことだ(いまいちつかみどころのない音楽だと思っていた)。
席は1階の前から3列めの右端近く。目の前のステージ上は2nd Violin群の背中で(渋いことに対向配置だ)、管は音はすれども姿は見えず。さすが安売りに流れて来るだけあって、これがS席かというような席だったけれど(おまけに近所には、関係者とおぼしきエスパニョーラな一群が座っていて演奏中小声で話とかしてくれるし。後半いなくなったが)、ギターを聴くにはちょうど良かった。PA一切無しだったので、上の階だったら聴こえ辛かっただろうな。ペペ・ロメロ師、さすがの貫祿。これ目当てで来ている人も多かったのだろう。一際、喝采多し。
休憩後はラヴェル。もっと精緻で引き締まった演奏というのは他にもあるだろうけれど、これはこれでよろしい。「ボレロ」はトロンボーンのソロが終わったあたりからどんどん加速するタイプの演奏で、ボレロって元々スペインの舞曲だったもんね、ということを納得させられる。
サックスは2人とも本国から連れてきた奏者のようだったが、プログラムにメンバー表が無いので名前は分からない(テナー、なかなか端正な美しい音だった)。
アンコールに、「三角帽子」の終幕の踊り。これが最高に良かった!この推進力とエネルギー、野性的な味わいは、まさに「十八番」、到底真似はできません。これだけでも聴きに来た甲斐はあったというものだ。
真夏の初めにふさわしい、実に楽しいコンサートでした。
会場ロビーで、Arte NovaやASVから出ているこのオーケストラのCDをたくさん売っていたので、ファリャの入った1枚を買って帰る。

ファリャ/恋は魔術師、スペインの庭の夜(Ricardo Castro, Pf)、「三角帽子」第2組曲
エードリアン・リーパー指揮 グラン・カナリア・フィルハーモニー(Arte Nova)
ブログ書きながら流し聴きしているんだけど、なかなかイイです、これ。特に「スペインの庭の夜」、今まで聴いたことのあるどんな演奏よりも良い。というか、しっくり来る。これで1枚1000円程度というのはお買い得だと思う。
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第8回・都響とティーンズのためのジョイントコンサート(東京文化会館)
チャイコフスキー/「エフゲニー・オネーギン」より ポロネーズ
ビゼー/「カルメン」第1組曲(小・中学生+都響ジョイント)
チャイコフスキー/大序曲「1812年」(高校生+都響ジョイント)
レスピーギ/古風な舞曲とアリア第3組曲
グリーグ/「ペール・ギュント」組曲より
指揮:現田茂夫
一般公募の小・中・高校生(のべ130人近く)が、都響メンバーによる演奏指導・レッスンを受けて、演奏会のステージに一緒に乗るという、毎年この季節恒例の、ワークショップ型のコンサート。
各オーケストラとも、未来の聴衆の獲得と啓蒙のために、単なる音楽教室にとどまらない様々な教育プログラムを考えて実践しているけれど、都響のこのやり方というのは、手間暇はかかるけれど最も効果的で、しかも傍で聴く一聴衆としても大変面白いものだと思う。
ジョイントの曲目では、弦楽器だったら外側プルト、管のソロ等を小・中・高生の子が担当し、都響の楽員さんはサポートに回る。コンマス席に中高生の女の子が座り、サイドに矢部達哉さんが座って譜めくりとかしている様は、なかなか感動的だ。
弦だったら半分近くのメンバーが子供たちということになるんだろうけど、それでもちゃんと都響っぽい音が出てくるのには、感心してしまう。弾き方が似るせいかな。管なども時々すごくよく吹く子もいるし。
あの年齢の頃から、これだけの「お手本」の方々に混じって弾く(吹く)というのは、素晴らしい経験だよなあ、と思う。ワタシの中学・高校時代を思い出せば、あの頃はいったいなーにをやってたんでしょーか、ってなもんで。
あの当時にこういう催しがあって参加してたら、ワタシゃ今頃プロになってたかも。
…あ、そうか、どーせサックスだから最初から縁はないけどさあ(チッ)。
休憩後は都響単独でのステージ。レスピーギさすが都響の弦、という貫祿の演奏だった。別に、「普通」のことをやってるだけなんだけどね。リハーサルだっておそらく1回とか2回とか、そんなもんだろうし。「プロフェッショナル」、ですなあ(感嘆)。
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フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2006
新日本フィルハーモニー交響楽団
R.シュトラウス/オーボエ協奏曲(Ob:古部賢一)
同 /交響詩『英雄の生涯』
指揮:クリスティアン・アルミンク
ミューザ川崎のフェスティバル公演、実は初めて聴いた(毎年この時期は忙しいのだ)。というか、ミューザにコンサートを聴きに来ること自体がとても珍しい。そのくせステージに乗ったことはあるという。(来年も乗ることになりそうだ。)
お目当てはR.シュトラウスのオーボエ協奏曲。これは私にとっては本当に特別の1曲で、しかも古部さんのソロはちょうど10年前にカザルスホールで聴いた演奏が未だに忘れられないほど印象に残っているので、楽しみにしていた。
今日の演奏はちょっとホールが広すぎて(客入りもイマイチ良くなくて)音が散らばっていた感じもあったけれど、そのせいでこの曲の、人生最後の日の青い空、みたいな痛切な明るさがより見にしみて感じられたような気がしたか?
休憩後の「英雄の生涯」。編成が大きくなって豪奢なサウンド。だが音色はとても軽くて澱みがないので、気持ち良くなって「英雄の戦い」が終わった辺りからすっかり意識を失ってしまいました(^^;。
アンコールにヨハン・シュトラウス『酒・女・歌』。これまた軽やかで祝祭的、楽しかったです。
終演後は、音の輪仲間でもあり、次回の私たちのアンサンブルの演奏会にソリストとして出演をご快諾いただいている、フルートの渡辺先生を待って、今日何人か来場していた音の輪メンバーとともに、階下のエクセルシオールへ。閉店までの少しの時間、お茶をご一緒する。
楽屋雀の女性陣たちの会話が、楽し。
…
イープラスの得チケに、グラン・カナリア・フィル(廉価レーベルのArte NovaからたくさんCDを出している、スペインはラス=パルマスのオーケストラ)の東京公演が半額で出ていたので、8月3日の東京芸術劇場に急遽行くことにした。
ペペ・ロメロのギターで「ある貴紳」、ファリャの「スペインの庭の夜」(ピアノ:霧生トシ子)、それとラヴェルの「スペイン狂詩曲」に「ボレロ」が一晩で聴けるなんて、素晴らしいじゃないですか。
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ジェローム・ララン サクソフォンリサイタル「サクソフォーン旋風(Le tourbillon du saxophone)」(大泉学園・ゆめりあホール)
大村久美子/イマージュの錯綜
堰合聡/サクソフォーン(ソロ)(初演)
鈴木純明/アンチエンヌ(Sax:原博巳)
小櫻秀樹/俺は作曲家だ!(初演)
夏田昌和/西、あるいは秋の夕べの歌(Perc:山本晶子)
ピエール・ジョドロフスキ/混合(Mixtion)(日本初演)
湯浅譲二/私でなく、風が…
ヤコブ・テル・フェルドゥフィス/ひっつかまえろ!(Grabe It!)
全曲サクソフォンとライヴ・エレクトロニクス、あるいはそれに近い編成の作品ばかりという、一種恐ろしいコンサートを聴いてきた。
ジェローム・ララン Jérôme Laran。Mr.ビーンをずんぐりむっくり体型にしたような、一度見たら忘れがたい印象的な年齢不詳の風貌のフランス人。まだ若いんですが。
様々なタイプの「現代音楽」が博覧会のようにずらっと並ぶこの強烈なプログラム、開演7時、終演9時40分におよぶ長丁場を、子供みたいな純粋な好奇心と集中力を発揮して吹ききっていた。
なぜそんなに長い時間がかかったのかというと、曲間準備の特殊さ故。ステージ真ん前の客席にセットされた机の上には、音源ユニットとミキシング・コンソール、PCのモニタとキーボードが置かれ、曲間毎に音源、ミキサー等機材の調整、PAのセッティングが入る。舞台上と舞台袖と客席の間を忙しく人が出入りし、時間つなぎに突然作曲者や演奏者への即席インタビューが舞台上で始まったり、なんだか学園祭みたいなノリで進行するのだった。
職場から大泉学園は少々遠くて(何回電車乗り換えたことか)、客席で聴けたのは前半の最後の曲からだったけれど、充分お腹いっぱいでした。
それでも曲そのものは結構面白くて、最初に聴いた(前半最後の)曲こそ何か陳腐な感じがしたけれど(演奏自体は怖いほどの集中ぶりだった)、後半の曲はどれも言いたいことがわりと良く分かって退屈せず聴けた。とくに最後Grab It!の面白さは、これは聴かなきゃ絶対判らない類のものだろう。
「聴かなきゃ判らない面白さ」を現出する、というのは現代作曲家冥利に尽きることだと思うぞ。
今日はどちらかというと作曲家業界の催しで、客席にはサクソフォンの関係者はそんなにいなかったけれど、さすが、たまにいるサックス系の客は濃い顔ぶれが揃ってました(^^;。
ともあれ、希少な機会に臨席出来て、良かった。
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東京都交響楽団 特別演奏会(サントリーホール)
モーツァルト/交響曲第31番『パリ』
ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲第1番(Vn:庄司紗矢香)
ストラヴィンスキー/バレエ音楽『火の鳥』(1910年全曲版)
指揮:大野和士
今日はいろいろと催しが重なっていたんだけど、発売日を待ち構えてチケットを買ったこちらの演奏会へ。
全席完売の盛況。大野さんが舞台に登場すると、それだけで「待ってましたっ!」とばかりの大喝采。期待通り、素晴らしいコンサートでした。曲が素晴らしくて、演奏者も素晴らしくて、勿論演奏自体も素晴らしく、何よりもコンサートという一期一会の出会いの高揚感がいつにも増して素晴らしい。間違いなく今年の都響で一番。
明日も同一内容でもう1回あって、そちらはまだ席があるらしいので、仕事が忙しくなければ当日券買ってでももう1回聴きたいくらいだが、そうはいかないだろうなあ。
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安川加寿子記念会・第7回演奏会(東京文化会館・小ホール)
フォーレ/マスクとベルガマスク(ピアノ4手版)
徳田敏子、藤井ゆり(Pf)
ラヴェル/『夜のガスパール』より オンディーヌ、スカルボ
鈴木貴彦(Pf)
ラヴェル/ヴァイオリンソナタ
三輪真樹(Vn)、大西慶子(Pf)
プーランク/ピアノ、オーボエとファゴットのためのトリオ
岡本愛子(Pf)、辻功(Ob)、多田逸左久(Fg)
ショパン/夜想曲op.37-2、舟歌op.60
坂上博子(Pf)
ストラヴィンスキー(ピアノ独奏版)/『火の鳥』より 魔の踊り、子守歌、フィナーレ
黒田亜樹(Pf)
ミヨー/スカラムーシュ
沼田宏行、安田正昭(Pf)
ラヴェル/ラ・ヴァルス(2台ピアノ版)
浜口奈々、多美智子(Pf)
18歳までフランスで育ち、40年以上にわたって東京芸術大学ピアノ科主任教授、のちに名誉教授の地位にあった安川加寿子こそ、日本の「ピアノの女王」の名に最もふさわしい存在だと思うけれど、残念ながら私が現在に至るコンサート聴き歩き生活を始める直前に引退されてしまったので、ついに実演に触れる機会はないままだった。
それでも、没後10年の今年も、こうやって様々な世代の多くのお弟子さん達が集まって、その名を称えるためにこんなに素敵なコンサートを企画し、聴かせてくれる。「人徳」、なんていう月並みな言葉ではとても表しきれないものがある。
東京文化会館小ホールがほぼ満席の盛況。ロビーには生前のリサイタルのポスター、ガラスケースに並んだ(終戦直後の頃からの)演奏会プログラム、国内外で授かった勲章の数々など、ゆかりの品々が展示されていた。
元々プーランクのトリオが聴きたくて目をつけていたコンサートだけど、聴き終わって印象に残ったのはその前後のラヴェルとショパン、そして最後の「ラ・ヴァルス」かな。ピアノ2台の「ラ・ヴァルス」の何とカッコイイこと。ほとんど格闘技の世界。
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雲井雅人サックス四重奏団 第5回定期演奏会・第一夜(ルーテル市ヶ谷センター)
ジャンジャン/四重奏曲
櫛田てつ(月+失)之扶/万葉
アプシル/ルーマニア民謡の主題による組曲
織田英子/サクソフォン四重奏のための『遠い日』(委嘱作品・初演)
秋透・編/3つの富山県民謡
アルベニス/カディス、コルドバ
ピエルネ/民謡風ロンドの主題による序奏と変奏
今までとは少々趣向を変えて、どこかしら「民謡」とか「民衆」というものにイメージがつながる親しみやすい曲を揃えてのステージ。だけどやっぱり雲井さん達は雲井さん達で、出てくる音楽は深くて、静的だ。
「お祭り」というものには、祭りだワッショイとそれこそ「お祭り騒ぎ」をしている一般民衆の参加者もいれば、礼拝堂や神殿の一番奥で祈りつつ沈思する方々というのもいる訳で、それぞれの人にはそれぞれのふさわしい居場所というものがあるらしい。
決して音楽が「重い」訳ではない。むしろ反対。とくに前半の曲たちで私自身にも覚えがあるような、1曲吹ききるごとにハァハァと肩で息するみたいな硬直した重さとは、全く無縁なのだけれど。
曲の最後が弱音で終わる箇所での、まるで風の音のような「ひゅーっ」というppの和音が、とても印象的だった。
アンコールの2曲め(アルベニスの「愛の歌」)に感激。ほとんど誰も演奏しないしCDも(多分)ないけれど、私は10年以上前に吹いたことがあって、大好きな曲だ。
最後は、いつものアレでした。アレを聞かないと雲カル聴いた気にならない、ということで。
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この週末は、シンフォニエッタ静岡の定期を聴くために、泊まりがけで静岡へ往復してきた。
友人の指揮者中原朋哉氏のプロジェクト。「モーツァルト・オーケストラ静岡」の頃から通算して、(自分が演奏者として呼ばれて訪れたときも含めて)もう何度めの静岡行きだろうか。
グランシップでの本公演(第2回定期演奏会)と、翌日朝10時からの、今回のソリスト、フェルディナント・シュタイナー(ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団首席クラリネット奏者)による、入場無料の地元の公民館コンサートに行ってきた。
本公演は、モーツァルトのクラリネット協奏曲と、セレナード第10番『グラン・パルティータ』。5月の第1回のときより良い演奏だったんじゃないかな。バセットクラリネットを使用、バックは弦楽器各パート1人ずつという、なかなか新鮮な響きのする協奏曲。そして、弦楽器のない『グラン・パルティータ』は、吹奏楽出身者としての血が騒ぐところがあるんだろうか。ソリスト、シュタイナー氏も引き続き乗ったクラ群、客演の日本フィルファゴット奏者小山清氏がトップに座り、バソン(フランス式バスーン)2本という極めて珍しい布陣となったBasson群、そして、これまた客演の都響首席有馬氏が1番を吹いたホルン群など、聴きどころ多し。
翌朝は隣駅での公民館コンサートへ。

朝、宿を取っていた焼津の駅で電車を待っていたら、首都圏ではもう見られなくなった湘南色の電車が。
思わず写真1枚。
公民館へ向かう町中には、懐かしい、野菜の無人販売スタンド。

今日のコンサートは、隣の幼稚園の歓声やら役場の放送やらが容赦なく聞こえてくる公民館の普通の大部屋(会議室)での、備え付けのアップライトピアノによる伴奏なんだけど、内容はなかなか本格的。プログラムは以下の通り。
モーツァルト/クラリネット五重奏曲より1、2楽章(ピアノ伴奏)
シューベルト/アルペジョーネ・ソナタ
ヴェルディ/オペラ「椿姫」幻想曲
ミヨー/スカラムーシュ
ベニー・グッドマン/名曲集
東京でコンサートを聴き歩く生活をしていると、地方での音楽文化の享受という状況はなかなか実感できないものがあるけれど、年に何度かの静岡行きはそういうものを実地で理解するよい機会だ。
この手の本番を、「ドサ回り」などと呼んでしまうのは簡単だけど、所詮は、東京だって、ひとつの大きな「地方」に過ぎないんだよな、とも最近は思う。
それにしても、コンチェルトの本番の翌朝10時の町の公民館などという場で、ニコニコしながら、本格的なコンサートホールと同じく最高級の技を聴かせるソリスト氏には、感服。
…
余談です。
夕方、東京に戻ってから、あるプロオーケストラの定期公演を聴いたんだけど。
正直、かなりに腹立たしい思いがしたので、詳細は書かないことにした。
演奏がどう、というんじゃなくて、そこで演奏された作品(現代音楽ばかり4曲)、及びそのような作品で構成されたコンサートというものの、精神的、社会的なありように、大きな疑問を抱いたのだった。
別にオレは、現代音楽だから聴く耳持たない、みたいな偏狭な人間ではないつもりだけど、それにしてもコレはないでしょう、と。
このコンサートのプレトークの時に指揮者が、「聴衆の間には現代音楽について、難しいとか、作曲家が何を言いたいのか分からない、馬鹿にされているように思う、などといろいろな誤解がある」と述べていたけれど、それはある意味、誤解ではなくて核心を衝いた真実なのではないか(たとえ誤解だとしても、そのような誤解を招いてしまうのは無理もないのではないか)、という気がする。
ソリストは熱演だったんだけどねえ。(つうか、元々ソリスト目当てで行ったようなもの)
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ジョアン・ファレッタ客演指揮月間最後の都響定期公演を聴く(東京文化会館)。
職場を出遅れて、休憩後のストラヴィンスキー『プルチネルラ』(全曲版)しか聴けなかったけれど、これだけでも大満足でした。ある意味、私が音楽というものに求める要素が、全部入っている曲だと思った。明るく軽やかであり、幸福感にみちていること、色彩豊かで華やかであり、しかも室内楽のように親密であること、古いものの良さを生かしつつ、新しくもあること(ご存じのように『プルチネルラ』は、18世紀イタリアの作曲家ペルゴレージの作品に基づくバレエであります)、等々。
演奏も、もし自分がこれを演奏することとなったらかなり嫌になりそうな難しさだけど、そんなことは全然思わせず弾き(吹き)きっていた。ヴァイオリン(山本)、オーボエ(本間)、ファゴット(堂阪)、トロンボーン(小田桐)のソロ各氏、ブラヴォー特記。
…
余談だけど、ワタシの音楽上の「明るさ指向」というのは昔から一貫しているようで、私が毎年出場しているサクソフォンの発表会で、去年はルクレールのハ短調ソナタを吹いたんだけど、この10年以上いつもピアノ弾いてもらっている方に「Thunderさんのソロで短調の曲弾いたの初めてです」ってそのとき言われて、そうだったのか、と自分でも感心したことがありました。
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サクソフォン・ラージアンサンブル・アイル 第11回演奏会(イシモリホール)
友人宮崎さんの率いる「アイル」。
宮崎さんとは15年前、八ヶ岳山麓のヤマハSaxセミナーでご一緒して、夜中に抱腹絶倒の業界ウラ話をいっぱい聞かせてもらって以来の付き合いだし、アイルには以前は知り合いの団員も何人かいたので、ずっと興味はあったんだけど、演奏会が毎回必ず何かの予定と重なっていて聴けなかったのだ。
今回やっと、11回めにして初めて聴けた。たいへん面白かったし、楽しく聴くことができた。演奏自体は、まあ、いろいろで、個人々々の技術も方向性もかなりバラバラで(とりあえずよくここまでまとめてこれだけのことをやらせるよなあ、と感心)、終演後は何人もの団員さんに「へたくそですみません」みたいなことを言われたんだけど、そういう問題じゃないのですよ。「そういう問題じゃない」、ということがよく分かる演奏、というか。
アマチュアの演奏団体によくあるような、そこそこに上手いけれど、あきらかに自分たちがやりたいことをやっているだけで、お客さんはいてもいなくてもあまり関係ない、みたいなのって、私全然ダメ、生理的に受け付けないんだけど、少なくともそういうのとは全く違うと思う。自分でも不思議なほど自然に聴けるんだもの。
メンバーの「個性」というのは代替のきかないもので、勿論ある局面に限れば他のメンバーにレベル的に劣る、ということはあるかもしれないけど、それでもその人の個性というのはかけがえのない、その人のものだ。
その人の個性の、劣る部分をあーだこーだ言って矯正するのではなく(勿論ある程度の矯正は必要だけど)、まずは良い部分、というか、その人にしかない部分というのをうまくプロデュースして、全体の中に生かしていけばいいんだな、ということが、よく分かる。
私も常々、そういうふうに考えたいとは思っているんだけど、なかなか思い通りにはいかなくて、ついつい減点法で考えてしまうんだよね。「このヘタクソ、」みたいな発想。いかんいかん。
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東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第200回記念定期演奏会(東京オペラシティ)
指揮:飯守泰次郎、矢崎彦太郎
プロコフィエフ/古典交響曲(矢崎)
ラヴェル/ラ・ヴァルス(飯守)
リスト/レ・プレリュード(矢崎)
R.シュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら(飯守)
たまたま近くにいたので、開演直前に当日券で駆け込んだ。東京のメジャー・オケの中で一番若いシティフィルも、はや創立30年、定期公演も200回。役付きの指揮者2名が登場しての、今宵は華やかな祝祭定期。
開演前のプレ・トークで舞台上に漫才のように2人並んで話をしていたけれど、指揮者が2人ステージに並ぶというのは実は珍しい光景かも?
演奏は、飯守さんの『ラ・ヴァルス』の余りの素晴らしさに尽きた。果実は腐る寸前が一番甘い、みたいな、これが爛熟の「ウィーン」です!とでも言わんばかりの、確信にみちたものすごい演奏。正直言って、シティフィルのフランス物は矢崎さんのシリーズでさんざん聴いたけれど、ここまでの水準の演奏はついぞ聴いたことがなかったぞ。
今までなんとなく、飯守さんといえばワーグナーとかベートーヴェンとかシューマンとかのゲルマン系で、矢崎さんがラテン系、みたいな固定観念があったけれど、それって所詮は固定観念だったのね、とつくづく思わされた。音楽は虚心に聴かなければいけませんなあ。
また、飯守さんの指揮ってちょっと見は酔っ払いみたいなフラフラした振り方だけど、実はすごいバトンテクニックの持ち主だ、ということが初めて分かった。ああいう風には身体動かないよ、普通は。
いやあ、今日は新たな発見が多くて、来て良かった。
なんとアンコールで合唱団(東京シティフィル・コーア)が登場、「行け、わが想いよ、金色の翼に乗って」(『ナブッコ』より)に始まる、アンコール4曲の大盤振舞。「第3部」、って感じ。最後も華やかでした。
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東京都交響楽団 第628回定期演奏会(サントリーホール)
モーツァルト/セレナード第8番『ノットゥルノ』
チャイコフスキー/組曲第4番『モーツァルティアーナ』
イベール/ロンド『モーツァルトを讃えて』
モーツァルト/交響曲第39番
指揮:ジョアン・ファレッタ
ひとひねりしたモーツァルト特集。若杉さんのプログラミングをちょっと思い出させるものがある。
お客さんの入りがいまひとつだったのが不思議。P席とか、安い席はいつもより断然大入りなのに、定期会員の方々が座っているとおぼしきS席ブロックに空席が目立つ。マニアックなプログラムだと思われたのかな。全然そんなこと無いのに。
チャイコフスキーの「モーツァルティアーナ」が大変面白かった。楽しさ満載、コテコテの19世紀ロマン派の流儀による、モーツァルトの解釈と編曲というか。第3曲は有名な「アヴェ・ヴェルム・コルプス」だけど、弦も管もゴージャスに使って、ハープも盛大に鳴る。第4曲は変奏曲。長大で華やかなヴァイオリンソロ(矢部さん)はじめ、オーケストラの聴かせどころがこれでもかとばかりに次から次へと現れる。こんな面白い曲があったなんて!
対してイベールは、20世紀人の理想郷としてのモーツァルト、か。それでも(モーツァルト風のメロディを使っていても)、イベールはやっぱりイベールだけど。
ジョアン・ファレッタ、好調です。次の定期はストラヴィンスキーの『プルチネルラ』全曲版。これまた、底抜けに楽しい演奏が聴けそう。
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東京都交響楽団 東京芸術劇場シリーズVol.60
作曲家の肖像「ベルリオーズ」
「ベンヴェヌート・チェッリーニ」序曲
歌曲集「夏の夜」(Ms:加納悦子)
幻想交響曲
指揮:ジョアン・ファレッタ
約1ヶ月ぶりの都響。たった1ヶ月なのに、随分久しぶりのような気がする。
芸劇2階のいつもの席で、ベルリオーズの特集を聴く。コンマスは山本さんだったが、なんといつもとは逆に矢部達哉さんがトップサイドに座っていた!あんまり見られない光景かも。
指揮は初来日のイタリア系アメリカ人女性指揮者、ジョアン・ファレッタ。写真からはなんとなく長身のオバサン(失礼)を想像していたのが、とても小柄なレディが颯爽と舞台に出てきたので、ちょっと驚いた。
大きなアクションで、アメリカ人指揮者によく見られる右方向に大きく拡がる振り方は、斎藤メソード門下の日本人指揮者の洗練された振り方を見慣れた目にはちょっと素人くさく見えるけれど、非常に祝祭的で明るい気分と音色を演出するその音楽は、さすがアメリカの3つのオーケストラで音楽監督はじめ要職を兼務する実力は伊達ではないと思わせる。
「夏の夜」では、出だしが歌手とテンポが合わず、一瞬どうなることかと思ったが、2曲めからは持ち直した。ただ、この歌い手さん、歌い方があまりにもオペラチックで、ちょっと私の好みではない。声は実によく出ているし、オーケストラの伴奏はさすが都響、繊細をきわめたもので良かったんだけれど。
休憩後は「幻想」。
都響の「幻想」を聴くと、なんてことのない弦や木管の1フレーズや、木管と高弦のユニゾンの音色、金管や打楽器の入ってくる微妙な間の取り方とか、そこかしこにジャン・フルネさんのDNAがこのオーケストラには残っていることが感じられる。素晴らしいことだと思う。
それでも最後5楽章は、フルネさんではあり得なかった速いテンポと高揚した気分で終わる。ブラヴォー。
続く定期公演(22、27日)でも、非常に興味深いプログラムが準備されていて、楽しみ。
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ここのところ忙しいので2日続けて早く帰るのは無理かと思っていたが、今日も帰れたので、ダッシュで日本フォーレ協会の例会へ。
日本フォーレ協会第XVII 回演奏会「100年前のフォーレとその周辺」(東京文化会館・小ホール)
フォーレ/アヴェ・マリアop.93
Sp:神谷明美、佐伯葉子、Pf伊藤明子
同 /小ミサ曲
アンサンブル・コンセールC
指揮:野平多美
同 /沈黙の贈物op.92
同 /シャンソンop.94
同 /ヴォカリーズ
Sp:石井恵子、Pf伊藤明子
同 /舟歌第8番op.96
ドビュッシー/映像第1集
Pf:江端津也子
ラヴェル/博物誌
Br:根岸一郎、Pf:林達也
デュカス/ヴィラネル
Hn:阿部麿、Pf:林達也
ルーセル/田舎風op.5
Pf:林達也
同 /ディヴェルティスマンop.6
Fl:三上明子、Ob:柴山洋、Cl:古澤裕治、Hn:阿部麿、Bn:田中成行、Pf:林達也
タイトルどおり、100年前、1906年前後に書かれた作品によるプログラム。毎年のことだけど、歌・ピアノ・器楽と何人もの演奏家が入れ替わりで、1曲長くてもせいぜい10数分程度の出番のために日頃鍛えた技を披露するという、なかなか盛り沢山な趣向で、よございました。
ワタシ的には後半の方が断然面白かったし演奏も良かったような気がする。『博物誌』を歌った根岸一郎という人は、見かけによらず(^^;繊細できれいな発音のバリトン・レジェの声の持ち主で、林達也氏の精緻なピアノともども今宵一番の聴きものだったのでは。
デュカスのヴィラネルを吹いているところを実際に見たのは初めてだけれど、ホルン吹きの方には常識なのかもしれないが、この曲って前半はロータリーを一切使わない(ナチュラルホルン状態)で吹くんですね。知らなかった。音階的なパッセージは右手のコントロールで吹くので、音色の全然違う音が並ぶのが楽しい。
最後ルーセルのディヴェルティスマンは、ホルン以外はかなりのベテラン揃いの木管五重奏で、これまた楽しかった。しかしピアノ+木五の曲って、なんかこうオチャラけた曲が多いのね。
1906年ですか。フォーレは61歳、パリ音楽院の院長に就任したばかり。ドビュッシーは今の私と同じ、44歳(ワタシはドビュッシーと100歳違いなのだ。別にエラかないけど)。『海』を初演した頃。ラヴェルは31歳の新進作曲家。かと思うとサン=サーンス71歳、マスネ64歳といった前世紀の大家も健在。モンマルトルには25歳のピカソが住み、マチスが野獣派の展覧会を開き、コクトー、ストラヴィンスキー、ディアギレフといった20世紀を彩る天才たちが「デビュー前夜」の時を過ごしていた。
まさに「時代の転回点」という、面白い時代だった訳だ。今の目から見れば。
百年後から今の2006年という時代を見ると、どうなるのだろう。そんなこと誰にも分からないけど。
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ダンディ/テーマ・ヴァリエ、フーガとシャンソン
フランク/プレリュード、コラールとフーガ
デュカス/ピアノソナタ
この渋ーい曲目を見て以来、聴きたいっ!と思っていたコンサート。デュカスのソナタ(演奏時間45分!)をリサイタルで弾こうという度胸と根性からしてただごとではないし、前プロのダンディの秘曲(ずっと昔アニー・ダルコのレコードで聴いて以来)をはじめ、全体をフランク御大とフランキストの傑作でまとめたプログラム。こんなの、聴き逃したら次はいつ聴けるんだろう、というようなものだ。
鷲見家というのは音楽一家のようで、この方の息子さん(コントラバス奏者)のブログを通じて知ったのだった。
ご本人は東京音大の教授だそうで、客層は老若男女幅広く、ピアノの生徒さんばかりかヴァイオリンのケース等を持った学生さんもたくさん来場していて、盛況。
私自身の体調がいまひとつで集中して聴けなかったところが残念だけど、前半は頑張って聴いた。たいへん格調高く、淡々と集中して音楽を産み出してゆくという趣の、余計なもののない見事な演奏だったと思う。
アンコールにフランク「ゆるやかな舞曲」。(絶品。)
プログラム裏の宣伝によると、今日と同じ曲目のCD発売も予定されているようだ。
今日ちゃんと聴けなかった分、楽しみに聴いてみよう。
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サクソフォン・ガラ・コンサート-日本管打楽器コンクール入賞者による(紀尾井ホール)
國末貞仁、林田和之、松原孝政、山田忠臣(Sax)
J.S.バッハ/イタリア協奏曲より1(S林田、A國末、T山田、B松原)
加藤昌則/マドリッド・インスピレーション(山田、Pf小柳美奈子)
ガーシュウィン(長生淳編)/ラプソディ・イン・ブルー(國末、Pf中村真理)
ルクレール/2つのヴァイオリンのためのソナタ集よりop.3-3(林田、松原)
長生淳/天頂の恋(山田、國末、Pf小柳美奈子)
スウェルツ/クロノス(松原、Pf沼田良子)
トマジ/サクソフォン協奏曲(林田、Pf沼田良子)
ボザ/アンダンテとスケルツォ(S松原、A山田、T林田、B國末)
ちょうど30前後の世代の、現在の東京で最もアクティヴに活躍するサクソフォン奏者たちが揃って、4者4様の個性を華やかに聴かせるコンサートだった。それにしてもこうして聴き比べてしまうとさすが林田さんの貫祿勝ちって感じではある。林田=松原のデュオも、後半の松原さんのソロとは音色が違ってお互い似てくるのが面白かった。かなり違う個性の持ち主なのに一緒に吹くとどちらがどちらだか区別のつかないハインツ・ホリガー&モーリス・ブルグのデュオというのを思い出す。(林田さーん、舞台の上ではレディーファーストですよー)
他にも長生淳氏の新作トリオ(初演ではないが)とか、聞きどころ多し。長生さんの曲はとてもソフィスティケイトされた味わいでちょっと意外だった。國末さんのテナーの音色に感心。
そんなこんな、いろいろ。終演後のロビーは大混雑…というか、大混乱(^^;でした。早々に逃げてきた。
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花岡千春(Pf)リサイタルシリーズ
別宮貞雄・室内楽作品の夕(東京文化会館・小ホール)
ピアノのためのソナチネ
アルトサクソフォンとピアノのための『街の歌』(Sax:雲井雅人)
4手ピアノのための日本組曲第2番『北国の祭り』(2ndPf:尾高惇忠)
オーボエとピアノのためのソナチネ『薄明』(Ob:井上圭子)
歌曲集『抒情小曲集』(Sp:小泉惠子)
別宮貞雄の作品は、饒舌だ。音の数も多いけれど、そればかりでなく、曲の長さが聴いていて予測される長さよりもほんの少し長くて、そのほんの少しが今日のように何曲も積み重なると、饒舌さをいや増す感じがするような。
響きそのものはさすがに、20世紀フランスのアカデミックな作曲家たちのそれと共通するものがあって、ワタシとしてはとても好きなんだけど。「ピアノのためのソナチネ」の2楽章なんか、まんまラヴェルの延長上だし。
最後の歌曲がいちばん良かったな。室生犀星の湿っぽい詩を(しかし日本の詩人というのはどうしてこう暗い詩ばっかり好きこのんで書くんだろう…)怜悧なハーモニーが中和して、独特に不思議な世界を現出していた。
『街の歌』で久々に聴いた雲井さんの生音に、改めて感嘆。サックスを聴いているというより、なんだか山中で湧き出る清水を器に汲んでいるみたいな(なんのこっちゃ)、とても抽象的な美観というものを感じる。
最後、出演者全員が揃ったカーテンコールの舞台に、84歳の作曲者が客席から登壇、両手を振って満場の拍手に応えていた。いつまでもお元気で!
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バンベルク交響楽団 日本公演・最終夜(サントリーホール)
武満徹/セレモニアル(笙:宮田まゆみ)
シューベルト/交響曲第7(8)番「未完成」
ベートーヴェン/交響曲第7番
指揮:ジョナサン・ノット
たまたま急遽チケットが回ってきたので、忙しい中だったけれど行ってきた。
決して「ブランド力」のあるオーケストラ・指揮者ではないし、曲目としても地味な回だったせいか、満席という訳にはいかなかったが、最近稀にみる雰囲気のよいコンサートだった。演奏中は実に静かだし、楽章間のとってつけたような不自然な咳払いも少ないし、早すぎる拍手や下品なブラボーもないし。要は、本当に「音楽」の好きなお客さんが静かに集中して聴いていた、というそれだけのことなんだけど、その「それだけのこと」というのがなかなか無いのですね。
はじめて聴いたオーケストラだが、演奏も非常に繊細できめ細やかで、しかもここぞという場所ではばしっと「切り立った音」が出てくるという、たいへん好ましいものだった。かと思うとアンコールではいきなり、リゲティの「ルーマニア協奏曲」第4楽章、などという弾けた曲を切れ味鋭く鳴らしてくれるし。素晴らしい。
バンベルクという町は、街全体が世界遺産に登録されているような、人口7万ほどのドイツの古い地方都市だそうだが、このオーケストラの定期会員が6千人いるらしい。
市民の1割が定期会員っすか。すごい。考えられないぞ。そんな町に住んでみたいものだ。
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静岡まで日帰り往復して、友人中原朋哉氏のオーケストラ、シンフォニエッタ静岡の第1回定期公演を聴いてきた。
会場は東静岡のグランシップ中ホール。
ワーグナー/ジークフリート牧歌(オリジナル編成=弦パート一人ずつ)
ジョリヴェ/トランペット、ピアノと弦楽のためのコンチェルティーノ(Tp宮地茂樹)
モーツァルト/交響曲第41番「ジュピター」
演奏は、ヒヤッとする場面が2~3あったけれど、去年の12月に同じワーグナーとモーツァルトを聴いた時に比べたら良くなっていたんじゃないか。演奏中にヒヤッとする(トラブルをカバーし切れず音に表れる)、というのは、まだ演奏団体として若い、ということで、致し方ないところはある(20年ちょっと前くらいの頃の、今はない新星日響のコンサートを思い出して、個人的にはちょっと懐かしい気分(^^;)。
ジョリヴェが生で聴けたのは良かった。実は私も初めてこの版の実演に接した。パリ音楽院の卒業試験曲として作曲された作品だが、実際にこの曲が課題曲として発表されたところ、卒業コンクールを棄権する者が続出した(25人の卒業候補生中、10人が辞退して留年を選んだそうだ)という、いわく付きの難曲。宮地くん熱演。昨年の9月に私が室内オケ版『ボレロ』の本番に乗せていただいた時、隣ですごい勢いでピッコロトランペットを吹きまくっていて、なかなかやるなとは思っていたけれど、大したものだ。(「2番」やる時は呼んでね。)
終演後は指揮者楽屋にてしばし歓談。
プロとして演奏団体を立ち上げるとなると、採算を取ることを考えなくちゃならないから大変だ、と、(当り前のことなんだけど)思う。
音楽が、マニアックなものとしてではなく、地域社会の中で本当に楽しく興味深く感動的なものとして定着するために何をしていけばよいのだろう、と考えさせられる。
帰路、新幹線の静岡駅まで移動の途上、ご一緒したピアノの志田先生ともそんな話になった。簡単に結論が出るような話ではないけれど。
土砂降りの雨になるという予報だったのに、さほどのことはなくホッとした。
最終こだまで帰京。意外と時間があるもんだな、と思った。
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1週間ぶりのエントリ。「日記」じゃありませんな。
とても印象的なコンサートを聴いた。
平原あゆみ ピアノリサイタル
セヴラック/組曲「ラングドック地方にて」
フォーレ/夜想曲第1、2、6番
ラフマニノフ/ピアノソナタ第2番
先日ムジカーザに行った際、偶然見つけた1枚のチラシ。セヴラックの『ラングドック地方にて』がプログラムに入っている、若い(1981年生まれ)ピアニストのリサイタルの告知だった。
閃くものがあり、行くことにした。「ぶらあぼ」にも載っていなかったから、ムジカーザに行かなければ知ることはなかっただろう。
セヴラック(1872-1921)のピアノ曲は、農村のドビュッシーとでもいう雰囲気の美しい曲で、チッコリーニが弾くCDで以前から親しんでいたけれど、実際に演奏されるのを聴く機会というのは、なかなかあるものではない。
なんでもこの平原さんという方、日本セヴラック協会(そんなのがあったのか)会員、そしてピアニスト舘野泉氏の唯一のお弟子さん(舘野さん、基本的に人を教えるということはしていないらしい)なのだそうだ。
期待しつつ聴く。
最後のラフマニノフはともかく、セヴラックにしろ、フォーレにしろ、聴く前は何かのんびりしていて、ひんやりと美しい、みたいなイメージがなんとなくあった。
繰り広げられた演奏はしかし、良い意味で期待を裏切る、熱さと切迫感にみちたものだった。
一点を見据え、なんだか泣きだしそうな顔で(終演後は本当に泣いていたかも)、一途に、まるで音楽に挑んでいくかのように弾ききってゆく。音量もすごくて、このムジカーザという小さな会場では音が溢れかえりそうだ。
若い演奏だ。二十代の若さでないと、こういう演奏はできないだろう、多分。
だけど、それだけでもない。君は何をそんなに、まるで明日という時間はないかのように弾くんだい?と訊きたくなるほどだ。
光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』に出てくる、少女「あしゅらおう」のことを思った。
永遠より永い時間の中で、絶対者を追い求める、美しくも凛々しいヒロイン。
そう、音楽をするというのは本来的にそういうものだ。フォーレも、音楽とは「存在し得ないものに対する憧れ」、だと言っているし。
心が濾過されたような聴後感の残るコンサートだった。サックスでいえば下地先生のコンサートのような。
「平原あゆみ」という名前は、是非に心に留めておこうと思った。
必ずや将来、今日とはまた違った形での再会があるに違いない。
アンコールに、プーランクの「エディット・ピアフ讃」。
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日本サクソフォーン協会の新人演奏会を聴いてきた。
といっても、二夜にわたるうちの2日めだけ、しかも聴けたのは後半の3人のみだったけど。コンサート自体に興味があったというより、人に会う用事にかこつけて行ったような感じ。
それでも、田村真寛氏のシューマン(幻想小曲集)を聴けたのは良かった。新人のサクソフォン奏者の方が、こういう場にシューマン、しかもテナーで出てくるというのは、時代は変わったものだと思う。
だが、現代の最も先鋭的なクラシックの演奏家の方々というのは、野平一郎とか藤井一興といった方々を例に挙げるまでもなく、現代の音楽と同じくらいにベートーヴェンやシューマンやフォーレも見事に(その時代のスタイルで)弾くのだから、サックス界もやっとそういう世界に追いついてきつつある、のかな。
帰り路、頭の中をシューマンがエンドレスで廻っていた。
あ、それから、最初に聴いた大阪の加納星子という人はなかなか印象的だったな。あのキッパリとストレートな感じというのは東京のサックス吹きとは一味違うというか。最初は緊張していたような印象だったけど、最後に向けてだんだんふっ切れて良くなっていった。
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東京都交響楽団 第626回定期演奏会(東京文化会館)
ニールセン/「仮面舞踏会」序曲
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(Pf:ニコライ・ルガンスキー)
ニールセン/交響曲第4番「不滅」
指揮:ヨゼフ・スウェンセン
もう遅いし今日は疲れてるので、簡単に。
『不滅』、熱演だった。生演奏ならではのカタルシスを強烈に感じる曲であり演奏だった。注目のティンパニ、4月からの新入団員(広島響からの移籍のようだ)久一さんが、入団早々の大活躍。いやあ上手いなあ。現首席の安藤さんに全くひけを取らない。どこのオケでも、最近入ってくる若いプレイヤーの巧いことには、感心させられる。
曲自体はそれほど詳しくは聴き込んでいないものなので、マニアックな感想は書けないけれど、この東京文化会館という誤魔化しの効かない会場でこれだけの音を聴かせてくれたのだから、言うことはない。
ピアノのルガンスキーも、見事なものだ。音量は凄く大きいのに音色が綺麗なので、うるさい感じが全然しないところが素晴らしい。
昨年12月の、ジャン・フルネ引退公演ライブのCD/DVD(Fontec、5月20日発売)がロビーで先行販売されていたので、買って帰る。

私自身もそこに居て深い感銘と感慨を持った、20年間追っかけ続けた音楽家の正真正銘最後の舞台の記録なのだから、勿論買わない訳にはいかないんだけど、しかしなあ。「2枚CDとDVDによる、カーテンコールまで完全収録、インタビュー付き」、なんて、完全にマニア向けのお宝グッズ扱いじゃん。
そういうもんじゃないんだけどなあ、フルネさんの芸術というのは。
ま、ワタシがこんなところでぼやいても、しょうがないことだ。
発売を率直に喜ぶことにしましょう。
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アフィニス・アンサンブル・セレクションNo.100「四方恭子と仲間たち」
コダーイ/セレナード ヘ長調op.12
ラヴェル/ピアノ三重奏曲
シューマン/ピアノ五重奏曲op.44
四方恭子、吉岡麻貴子(Vn)、佐々木真史(Va)、山崎伸子(Vc)、小山実稚恵(Pf)
JTアートホールにて室内楽のコンサートを聴いた。このホールを運営するアフィニス文化財団の主催による、日本のプロオーケストラ支援の一環としての演奏会。オーケストラメンバーによる室内楽活動をサポートしたり、今日のように各オケの若手楽員と、指導的立場にあるベテラン音楽家との共演をプロデュースするというシリーズで、本日が第100回めなのだそうだ。めでたし。
室内楽の王道ともいうべき内容のコンサートだった。演奏も充実の極み。なかでも四方・山崎・小山という「師匠格」の3人によるラヴェルのトリオは、圧巻。巨大な建築物を仰ぎ見るかのようなスケールの大きさに、我を忘れて聴き入った。それにしても山崎さん、ウマ過ぎ。これでチケット代2000円は安すぎる。
満ち足りた気分で帰宅…しようとすると、途中新橋辺りの週末の酔っ払いサラリーマンの集団が実に興醒めで、うざったく感じるのだった。仕方ないけど。
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先日、コンサート会場で偶然お逢いしたレックスのK子さんにご案内いただいた、マリオ・カローリのフルートリサイタルに行ってきた。
会場はムジカーザ。指揮者の井上道義氏の自宅の一部なのだそうだ。百席ほどの小スペースながら、天井が高くてたいへん聴きやすい響きがする。
J.B.ボワモルティエ/組曲第3番よりサラバンド、組曲第2番よりリゴードン
S.カルク=エラート/シンフォニッシェ・カンツォーネ
三枝成彰/青い天使
J.ドゥブリエール/5つの奇妙な小品
吉松隆/デジタルバード組曲
A.ジョリヴェ/5つの呪文より第4曲
R.ムチンスキー/ソナタ
マリオ・カローリ(Fl)、ラファエル・ゲーラ(Pf)
いやー、強烈なフルートだった。ここまでやるか、ってくらい。まさに「目の覚めるような」、というか。いったんヤルと決めたことは情け容赦なくやる、みたいなこういう「潔さ」と「スピード」は、ある種のヨーロッパの演奏家にしかみられない質のものだ。日本のサックス吹きがこういう演奏をしたら叩かれるだろーなー、などと思いながら聴いていたが、知らぬうちにどんどん惹き込まれていった。
冒頭のボワモルティエから、非常にエモーショナルで、まるで昨日作曲されたかのような新鮮さ。現代音楽を得意としているようだが、頷けるというものだ(私の2列前に座っていた紳士は作曲家の湯浅譲二氏のような気がしたのだが…?)。しかし決して内にこもることなく、音楽自体はどこまでも開放的で明るいところが素晴らしい。
カルク=エラートという人の作品は初めて聴いたのだが、たいへん気に入った。澄みきった青空を自由自在に舞い飛ぶような明るさとおおらかさと大胆さ。こういう音楽があったのか、という新鮮な驚き。
非常に満足したコンサートだった。K子さん、ありがとうございました。
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Hans de Jong(ハンツ・ド・ヨング)サクソフォンリサイタル(DAC・スペースDo)
ドビュッシー/ラプソディ
ハンツ・ド・ヨング/夢、そして錯乱 1-2
鍋島佳緒里/アナザー・ダンス(初演)
鈴木治行/編み目(初演)
伊藤博之/絶望の天使II
ウェルナー・ハイダー/ソナタ・イン・ジャズ
ピアノ:寺嶋陸也
先日久しぶりにDACに寄った時、たまたま発見した1枚のチラシ。オランダ大使館の肝入りで来日したサクソフォン奏者のソロリサイタルの告知だった。
1957年生まれ、ベルギーはアントワープの音楽院の教授だそうだ。作曲家としても多くの作品を書いているが、今回作曲業界の方の企画でSaxの関係者はぜんぜん関わっていないためこういうプログラムながら、特に現代音楽オンリーの人という訳でもなさそうだ。
もしDACに行かなかったら知ることはなかっただろう。
楽器は、お椀型小指キーの旧タイプ・プレスティージュ。ボーンカンプをはじめとする私の聴いたことのあるオランダのサクソフォン奏者たちと共通する、きらびやかさは無いけれど木質の落ち着いた音色だけれど、音の輪郭はかなりはっきり出てくる。「中部ヨーロッパ、」という言葉をストレートにイメージさせる。こういう音で演奏されるドビュッシーは、なかなか核心を衝いていてよろしい。
ただこういう音というのは、単純に「ダークな音、」とかいう言葉で表現してしまうと、聞きようによっては正反対の意味にも取られかねず、難しいところだ。
会場でCDとか売ってるかな、とひそかに期待していたのだが、残念ながら無かった。だけど、こういうプレイヤーというのは、録音だと真価は判らないかもしれない。
日本人作品が3曲演奏されたが、1曲だけ面白い曲があったので思いきり拍手したら、隣席に作曲者が座っていた。
最後の「ソナタ・イン・ジャズ」は、かなり明瞭にモダン・ジャズそのものという作品で、デニゾフのソナタを3楽章から始めて続きを(意図して分りやすく)書いたらこうなるだろう、という趣。この曲は「普通の」サックス奏者のレパートリーとしても根付く可能性があるかもしれない。
ピアノも素晴らしかった。寺嶋陸也という方は作曲もなさるようだが、作曲家兼業ピアニストという人たち(野平一郎、藤井一興、伊藤康英、…etc.)に共通する、音楽を見通す透徹したまなざしを感じる。
会場ではさすがにサックス界の方々にはほとんど遭わなかったが、雲カルのマネージャーのK子さんにばったりお会いして「すごいですねThunderさん、どこにでもいらっしゃるんですねー」と感心されてしまった(^^;。
いや、そういう訳でもないんですけど。たまたま、そういうことを言われかねないようなコアな現場には外さず居る、というだけの話で(^^;。
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東京都交響楽団 第625回定期演奏会(東京文化会館)
ベルク/3つの管弦楽曲
ブルックナー/交響曲第9番
指揮:ジェイムズ・デプリースト
演奏はたぶん良かったんだろうけれど、それでも先日のサントリーの時の奇蹟のような素晴らしさには及ばなかったような。特に冒頭のベルクが、曲的にワタシの好みからかけ離れていたので(無調だろうが12音だろうがセリーだろうが、音色が美しければ楽しめるんだけどねえ…)、出鼻をくじかれてしまい、期待したほどには楽しめなかった。
ブルックナーの9番。部分的には感動的な美しさがあるのだけれど(最後のアダージョとか)、全体にはもはや確固としてブルックナーで、聴いててちょいと疲れます。「2番」の若さが懐かしいなあ。
以上、存在証明ということで、簡単に。
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既に一昨日のことになってしまったが、15日に、最近ウチのアンサンブルと繋がりのできたサクソフォン奏者大栗司麻さんの出演するコンサートを、栃木県下都賀郡野木町というところまで聴きに行ってきたので、簡単に。
エニスクラシックコンサート(野木町文化会館エニスホール・大ホール)
ヴィターリ/シャコンヌ
シャミナード/交響的練習曲op.28、6つの演奏会用練習曲op.35より「秋」
ミヨー/ヴァイオリンとクラリネットのための組曲
バルトーク/ラプソディ第1番
R.シュトラウス/ヴァイオリンソナタop.18
ヤーノシュ・マテー(Vn)
ベンジャミン・ラヴィッツ(Pf)、羽石道代(Pf、ミヨー)
大栗司麻(A.Sax、ミヨー)
野木というところは本当だったら私の家の最寄り駅から湘南新宿ラインで1本勝負なんだけど、今日は新宿駅の工事のおかげで湘南新宿ラインは終日運休。上野から宇都宮線各停でのんびりと1時間強。
会場は、地平線の見えそうな(^^;ひろびろとした田園風景の中に忽然と建つ、新しくかつ非常に本格的なコンサートホールだった。うーむ、ひとつの日本の風景ですなあ。
実質的にはヴァイオリンのリサイタルだったのだが、曲目は見てのとおり、地方ホールの主催公演としてはなかなか挑戦的なプログラムで(なにげにワタシ好み^^)、東京文化会館の小ホールとかで開催したとしても全然不思議じゃない。
ヴァイオリニストはミュンヘン放送交響楽団(ミュンヘン・フィルや、ミュンヘンに本拠を置く有名なバイエルン放送響のことではなく、バイエルン放送の第2オーケストラのようだ)のコンサートマスターとのことだが、歌心はあるし腕前は確かだし芸人的サービス精神も旺盛、非常に素晴らしい「音楽家」で、たいへん楽しめた。東京ではやらないのかな。
R.シュトラウスのソナタ、いい曲だ。気に入った。自分はこういう、クラシックと近代の間をたゆとうているような音楽が、格別に好きなんだな。よい曲を知ることができて、うれしい。
司麻センセの出番が少なくてちょっと残念。こんどはもっといっぱい聴きたいな。
最近、東京都内を離れて、「ちょっと地方」のコンサートを聴く機会が多いけれど、集客やお客さんの啓蒙、という点で、共通する問題を感じることが多い。
今日はそれでも、これだけ本格的な曲目にしては客入りは健闘していたほうなのかもしれないけれど、それにしても、ホールが大きすぎるような。また、作曲者の事典丸写し的プロフィールを載っけただけのプログラム冊子というのも、どうかしらん。
演奏会終了後、現地にて夕食(タクシーの運ちゃんお薦めの駅前の定食屋。スゲェ量多かった。店の名前忘れた)、ふたたび1時間強電車に揺られ、帰宅。それでも11時前には帰れた。
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新日本フィルハーモニー交響楽団 第400回定期演奏会(すみだトリフォニーホール)
ブラームス/悲劇的序曲
シューマン/ヴァイオリン協奏曲(Vn:ヴィヴィアン・ハグナー)
ブラームス/交響曲第4番
指揮:クリスティアン・アルミンク
当初、ヒンデミットの「画家マチス」をメインとするプログラムが予告されていたのが、(1曲めも)変更となって、400回という区切りの回としてはずいぶんと普通の曲目となってしまった。ヒンデミット聴きたかったな。まあ、「4番」はブラームスのシンフォニーの中では一番好きなので、いいんですけど。
新日本フィル、相変わらず上手いけれど、こういう曲目だと、アルミンク若いなあ(良くも悪くも)、ってことがよく判るような。基本的に伝統的なスタイルの上に色々とやりたいことを盛る、という方向だったけれど、どの程度まで、ってところで、指揮者とオケの按配の具合が、シンフォニーの1楽章あたりまでは微妙に違うような感じがしてならなかった。2楽章から先は折り合いがついたように聞こえたけど。
シューマンは初めて聴いた。ところどころ眠くて(1週間の疲れが溜っていたか)記憶が飛んでいるけれど、うーむ、あまり演奏されない曲というのはそれなりの理由があるのだなあ、ということも、これまたよく判る(^^;。
なんだかんだ言っても、こういうオーソドックスな曲目のコンサートというのも、いいものだ。
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東京都交響楽団 第624回定期演奏会(サントリーホール)
モーツァルト/交響曲第29番
ブルックナー/交響曲第2番
指揮:ジェイムズ・デプリースト
音楽界も新年度が始まった。3月に定期公演がなかったので久々の都響。指揮は常任指揮者就任2年めの車椅子のマエストロ、ジェイムズ・デプリースト。
モーツァルトは勿論モーツァルトで良かったけれど、休憩後のブルックナー2番が圧倒的な素晴らしさだった。
どこまでも真摯で、気高く、しかし神がかり的なものはなくあくまでも音楽的で、無駄なもののない充足した世界。隙のない透明な響き、魔法にかけられたような時間が流れていく。
デプリーストのブルックナー、って、聴く前はなんだか想像がつかなかったんだけど、なるほど、これはただごとではない。
オーケストラもすばらしい集中力を発揮し、特にホルン!には痺れた。ソロ(有馬さん)は完璧だったし(演奏終了後ひとりで立たされた時、客席のあちこちからブラヴォーがかかっていた)、セクションのハーモニーの純正さと音楽的な存在感は近年の都響の演奏の中でも稀にみるものだったのでは。
自分としては苦手だと思っていたブルックナーだけど、こういうブルックナーもある、というのは気付かなかったな。
2番、ってのがいいですね。後期のシンフォニーみたいな頑固なイメージではなく、自分はこれで行くんだ!と思いながら、本当にこれでいいんだろうか?と自問自答しつつ逡巡しているような、独特の若さというか「青さ」のようなものがあるようで。
音楽自体の中にあるそういう若さが、マエストロの芸風とシンクロするのだろう。17日の「9番」はどうなるだろうか。
こちらのインタビューによると、この『2番』というのは「12歳の子供」なんだそうだ(12歳はいくらなんでも若過ぎと思うけど)。
そういえば「12歳の子供」という言い回しは英語圏ではよく聞くような気がする。
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京都フランス音楽アカデミー アンサンブル・スペシャルコンサート(横浜・みなとみらい小ホール)
メシアン/黒つぐみ
J.S.バッハ/フーガの技法より 1、3、4、5、8、9、18
メシアン/世の終わりのための四重奏曲
…いやはや、とんでもないものを聴いてしまった。パリ音楽院の現・元教授陣によるメシアン。あれはいったい何だったのだろうか。言葉が出ません。
サックスで例えれば、ハバネラQ.を聴いた時と同じ。普通の人間には想像もつかないような才能というものが、あるべきところには「普通に」あるのだ。そう、普通に。
競技場のトラック上で、少し先を走っているだけのように見えて、実は十周も二十周も先を走っている、みたいな。
クラリネットのロマン・ギュイオの驚異的に完璧なピアニシモのコントロールが、圧巻。この人だけはコンセルヴァトワールの先生ではなく、マーラー・チェンバー・オーケストラの団員だそうだが、それにしてもすごい。ピアノはクリスチャン・イヴァルディ。世界最高の室内楽ピアニストのひとりだと思う。いつかのブログで書いた「音程のよいピアニスト」の見本のような演奏家だ。ジェラール・プーレ(ヴァイオリン)の素晴らしさは、今更言うまでもなく。
「フーガの技法」は、今回のアカデミーの古楽クラスの教授陣による、ピリオド楽器による弦楽四重奏版。みなとみらいの小ホールに響くバロックな響きが、たいへん心地よい。コントラプンクトゥス18番はバッハの絶筆。書かれたところまで演奏して、「ばさっ」と途中で終わった。このやり方、CDで聴いたことはあったけれど、生で体験するとこれがまたひときわ印象的だ。この後に続く300年の時間を感じさせるかのように。
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急遽ご招待を頂いて、陸上自衛隊東部方面音楽隊・室内楽演奏会を聴いてきた(3月17日、川口リリア・音楽ホール)。
余談ながら(最初からいきなり余談かい)、音楽隊のホームページ(上記リンク)、ものすごく面白いです。お時間のあるときにゆっくりご覧になってみてください。
超本格的なマルチパーカッションのソロ曲から、クロード・ボラン(ボリング)のフルートとジャズピアノトリオのための組曲、金管アンサンブルは定番中の定番『ロンドンの小景』(G.ラングフォード)、などなど、全8曲、たいへんにバラエティに富んだ楽しい演奏会だった。
繰り広げられた演奏もまた自発性にみちた気持ちのよいもので、むかし学生の頃聴いた自衛隊バンドの、昨日のエントリで言うところの「つまらないプロフェッショナル」の典型のような演奏の記憶からすると、時代は変わったものだと思う。
あらゆる階層の音楽家たちの間で、世代交代というものは確実に進んでいるようだ。
さすが自衛隊のバンド、室内楽演奏会といえども、演奏者はみな肩章付きの制服姿。さすがに打楽器は違ったが(女性の打楽器奏者のステージ衣装って、なんか「くの一」という言葉を連想させるものがある)。曲間のセッティング替えにも制服姿の楽団員の方々がわんさと出てきて、作業が機敏でしかも目茶苦茶素早いことには驚きを通り越して感動すら覚える。こんなに舞台転換がよってたかって早く終わる演奏会、ってのは初めてだ。見ていて「無駄な動き」ってものがないし。
とめちゃんが沢山いる、みたいな。(←楽屋落ち)
招待状を下さった、畏友・斎藤了さん(Sax)が、湯山昭『マリンバとアルトサクソフォンのためのディヴェルティメント』と、最後ウォルトンの『ファサード』(Fl・Cl・Sax・Tp・Fg・Percという変わった編成)に登場。ウォルトン面白いな。こういう編成で一度でいいから思いきり吹いてみたい。
湯山作品については、別エントリにて。
更に余談。「東部方面隊」って、英語表記だと"Eastern Army"になるのね。ふうん、アーミーですか。
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音大生によるサクソフォーン四重奏の夕べ(日本サクソフォーン協会主催) 川崎市高津市民館・Noctyホール
という催しに行ってきました(3月9日)。毎年恒例の、音大対抗アンサンブルコンテスト。審査員はいないし賞や点数も出ないけど、気分としてはそんな感じ。
出演者及び曲目は、以下の通り。
桐朋学園芸術短期大学 A.グラズノフ/四重奏曲より
S柳澤真由子 A十倉彩子 T江川良子(演奏員) B松原孝政(演奏員)
東邦音楽大学 C.パスカル/四重奏曲より
S嶋田早苗 A小林あゆみ T古澤悠子 B松原隆浩
尚美学園大学 J.アプシル/ルーマニア民謡の主題による組曲
S河村緑 A菊池尚美 T神田恵里 B波多腰千明
国立音楽大学 D.ケックレー/ステッピング・アウト
S千葉亞覧 A相浦恵 T桑野美奈 B山本直人
武蔵野音楽大学 C.ドビュッシー/弦楽四重奏曲より1・4楽章
S藤田鎮大 A小林浩子 T香高みゆき B村上大
名古屋音楽大学 A.ベルノー/四重奏曲
S瀧彬友 A伊豫田美奈子 T武田梢 B栗田紘次
東京音楽大学 I.ゴトコフスキー/四重奏曲より1・3・5楽章
S猪田麻衣子 A福島哲平 T吉田隆広 B辻野進輔
東京ミュージック&メディアアーツ尚美 A.デザンクロ/四重奏曲
S本田裕美 A古市舞 T狩野剛志 B岩永俊介
名古屋芸術大学 J.アプシル/ルーマニア民謡の主題による組曲
S三輪一登 A新美亜希 T藤田ともみ B尾田麻衣子
昭和音楽大学 I.ゴトコフスキー/四重奏曲より1・2・5楽軍
S土内麻梨 A小川和紘 T島田和音 B完戸吉由希
愛知県立芸術大学 D.ケックレー/ステッピング・アウト~1・4楽章
S中田真砂美 A今尾絵里 T佐藤こずえ B長内阿由多
桐朋学園大学 C.パスカル/四重奏曲より
S茂木建人 A高橋菜津美 T佐川鮎子(嘱託) B蓼沼雅紀(嘱託)
洗足学園音楽大学 I.ゴトコフスキー/四重奏曲より1・3・5楽章
S石毛杏子 A森亜希子 T塙美里 B谷道実子
東京芸術大学 C.ドビュッシー/弦楽四重奏曲より1・3・4楽章
S林田祐和 A田村真寛 T貝沼拓実 B坂口大介
さすがに平日に午後5時開演では最初から聴くのは無理で、それでもちょうど半分くらいは聴けたかな。
今年もやはり、トリの芸大チームが貫祿勝ち、という雰囲気。直近2回の管打コンクール1位受賞者2名をフロントに立てた(…両方学生ってことか、、)超重量級の布陣ながら、ともすると陥りがちなゴリ押しの音楽にならず、むしろ第3楽章の最弱音のコントロールがとても印象に残る結果となった。完成には未だ至らなかったが、しかしサックスでここまでのピアニシモのコントロールは、トルヴェールQあたりの演奏でもなければ聴けないものと思っていたのに、果敢にも学生さんの集団がチャレンジする時代になりましたか。
それにしても、これだけのことをやってのけてもまだ「未完成」なのだから、音楽の世界のなんと深く妥協のないこと。
次点は昭和音大のゴトコフスキーかな。この曲を聴いて「感動した」、というのは、実のところ初めてのことだった。
以前昭和のウィンドシンフォニー(吹奏楽)を聴いた時にも思ったけど、単に上手いとかまとまっているという以上に、発せられた音が空間の中でどのように鳴っているかという次元まで掴まえられているという印象。
余程的確で行き届いた指導がなされているということでもあるのだろう。ジュニアの音楽コンクールみたいに、メンバー名と一緒に指導担当教員の名前も出したら面白いのに、などと(無責任に)思ってしまった。
…
しかし思うのだが、この「音大生による四重奏の夕べ」という催し、十年以上前から続いていて聴ける時には聴いてきたんだけど、去年くらいから俄然、「面白い」ものになってきた。
つい4~5年前までは、音大生たちの演奏を5つも6つも立て続けに客席で聴くのって、ほとんど「苦行」に近いものがあったのに。
何が変わってきたのかな。演奏そのもの?自分自身の、聴き方?
たぶん、両方だろうと思う。
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いろいろいろいろドタバタしているうちに、いつのまにやら3月。話題にする暇もないままオリンピックも終わってるし。
東京佼成ウィンドオーケストラ 第88回定期演奏会(東京芸術劇場)
J.S.バッハ/マタイ受難曲より第54曲 コラール「おお、みかしらは血と創傷にまみれ」
伊藤康英/吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」
龍笛独奏:赤尾三千子
オルフ/カルミナ・ブラーナ
Sp臼木あい、Tn高橋淳、Br成田博之
熊楠フェスティバルコーラス、新宿区少年少女合唱団
指揮:ダグラス・ボストック
久々に聴く佼成wo、なかなかよございました。吹奏楽を聴いている、って感じが全然しないまま演奏会が終わった。
冒頭はハーモニウム(小型オルガン)1台のみの伴奏で小合唱によるバッハのコラール、終わってそのまま切れ目なしに「ぐるりよざ」に突入。これが全く違和感がなく、バッハの別編曲バージョンが始まったのかと一瞬勘違いしたほどだ。おかげで「吹奏楽の曲」を聴くという身構え無しに聴くことが出来た。昔自分でも吹いたことがあって結構苦労した記憶があるけれど、こうして聴いてみるとそんな大曲には聞こえないものだ。
演奏は鮮烈極まりなし。こういう曲をやらせるとさすが佼成、上手いと思う。
後半は合唱付きで「カルミナ・ブラーナ」全曲。
これもまた吹奏楽編曲版ということをあまり感じさせず(元々がそんなに弦が思いきり目立つ曲でもないし)、長い曲を集中して聴くことが出来た。歌い手3人も若手ながらなかなかの実力者揃いで、特にテノール高橋氏の丸焼きにされる白鳥の迫真の歌唱と演技には息を呑んだ。「カルミナ」のテノールをこういうふうに歌える日本人歌手がいたとは、ちょっと驚き。
合唱は寄せ集めながらなかなか頑張っていて、あと男声がもう少し厚かったらなあと思ったけど健闘。コバケイこと小林恵子さん(音の輪結成式の日のエントリ参照)がコーラスマスターを担当したんですね。
フェネルさん亡き後の佼成は、こういう方向に行こうということかな。やっと何か、見えてきたような。
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都民芸術フェスティバル オーケストラ・シリーズ/東京都交響楽団(東京芸術劇場)
ブラームス/ハンガリー舞曲第1番、第5番、第6番
モーツァルト/クラリネット協奏曲(Cl:三界秀実)
スメタナ/連作交響詩「我が祖国」より「ヴィシェフラード」「モルダウ」「ボヘミアの森と草原から」
指揮:ヤン=パスカル・トルトゥリエ
都響のトルトゥリエ月間も今日で終わり。相変わらず快調です。最後くらいは純粋フランス音楽を聴きたかったが。
先日の鳥づくしも素敵だったけれど、今日は都響首席奏者・三界秀実氏のモーツァルトが聴き物だった。
バセットクラリネットを使った演奏だったけれど、普通のクラリネットじゃないというよそ行きの雰囲気は皆無。たいへんに自然で、繊細。第2楽章再現部のスーパー・ピアニシモには場内息を呑んで聴き入っていた。あそこまで弱音でありながら、貧弱さは全くなく、広いホールの隅々まで音が届いていた。
三界さんはピアニシモの魔術師だ。
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昨日(9日)の話だが、新日本フィルの定期演奏会で、オネゲルの劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を聴いた(すみだトリフォニーホール)。
この曲を聴く(というか、観るというか)のは、3回め。前2回はいずれもN響で、指揮は若杉とデュトワだった。
たいへんに感動的な音楽なんだけど、じゃあどこが感動的なのか?と改めて考えてみるといまいちよく分からない微妙さを感じるような気がする。あまりにもキリスト教のなんやらかんやらと、フランス国内の歴史に関する当然の了解を前提としているようで。
例えば、「祇園精舎の鐘」とか「壇の浦の合戦」とか「神武天皇の東征」などという言葉を外国語に翻訳して外国人に聞かせたとして、言葉として理解はできるかもしれないけれど、日本人がそういう言葉を聞いて意識的・無意識的に了解する内容とは、ずいぶん隔たりがあるんじゃないかという、そういう類のこと。
演る方もそれは判っているようで、今回は語り手や歌い手以外にパントマイムだけを担当する2人の役者(ひとりは子役)も付いて、一生懸命判りやすく見せようと演出を凝らしたセミステージ風の上演だった。それでも(それだけに尚更?)判らないことも多いけど。
そういうものがこれだけ頻繁に上演されて、お客さんも入るという、日本人ってのは知的好奇心が余程強いんですね。
また、そういう、謂わばローカルネタを用いて、このような普遍的な「愛」を歌い上げる傑作を作った、アルテュール・オネゲルとポール・クローデル(台詞)の両者にも、感嘆する。
演奏は言うまでもない、素晴らしかった。この曲はオーケストラ編成に3本のアルト・サクソフォンを含むのだが(その代わりホルンが無いんだけど)、新日フィルに久々登場の雲井氏と林田・西尾両氏の雲カルチームが、実に玄妙でエクセレントな響きを聞かせてくれた。
面白いページを見つけた。1959年、「ジャンヌ・ダルク」日本初演時の配役表。
…
伊福部昭氏が亡くなられたそうだ。
どの記事も「『ゴジラ』の、」という紹介のされ方だけれど、ゴジラ以外にも、子供の頃によくテレビで見た「大魔神」「海底軍艦」「地球防衛軍」といったB級日本映画も、みんな伊福部なのね。
個人的な思い出としてはやはり何といっても、高校3年生の時(1979年)に、安倍圭子さん(マリンバ)がソロを弾いた「ラウダ・コンチェルタータ」の初演を東京文化会館の客席で聴いたこと。一生忘れないような鮮烈な印象を植えつけられたものだった。
今はもうない新星日本交響楽団の、創立10周年記念定期だった。指揮は山田一雄(早いもので今年、没後15年となる)。
その場に居合わせる、というのは、他の何事を以てしても代替のきかない、ある種の「絶対」なのだ、とつくづく思う。
葬儀は14日、桐ヶ谷斎場だそうだ。おお、私のもと実家のすぐ近所(徒歩5分)。
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この土日は、本番-打ち上げ-練習-レコーディング(その合間に恒例の藤野行き)と、消耗。
「練習と本番」カテゴリーのエントリが少ない、と先日書いたけれど、そりゃそうだ。消耗するもの。
本気で楽器を吹きまくった後は、搾りカスみたいになってしまって、呑気にパソコンに向かうようなエネルギーなんか残らないものだ。
それでも一応社会人なもので、月曜からは普通に仕事。
終わってから、都響2月定期へ(東京文化会館)。
遅刻して休憩後の「オーケストラのための協奏曲」(バルトーク)しか聴けなかったけれど、これがものすげェ面白かった。速めのテンポで煽ること煽ること、ジャズコンボのアドリブの応酬を聴くような、一瞬も耳を飽きさせないスリリングな演奏。この曲は生でもCDでもたくさん聴いたけれど、ここまで面白い演奏は初めてだ。
指揮はヤン=パスカル・トルトゥリエ。都響には何度も客演している人だが、こういう人だとは正直思わなかったな。本性を現したなフランス人め!という感じ。
前プロが聴けなかったのは残念だけど、次回11日のコンサートは間違いなく最初から聴けるので、楽しみにすることとしよう。詳細はこちら。見てのとおり「鳥づくし」の、たいへん興味深い曲目。コダーイの「くじゃく変奏曲」を生で聴く機会なんて、そうそうありそうにない。
終演後は、そのまま東京文化会館のロビーで開催された定期会員対象の謝恩パーティに参加してきた。
きっかけは何だったか忘れたけど、フルートのN口さんと意気投合していっぱい喋った。…音楽家って面白い人種だ。
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日本フィルハーモニー交響楽団 第577回定期演奏会(サントリーホール)
マーラー/交響曲第3番
アルト独唱:坂本朱
ポストホルン独奏:ミロスラフ・ケイマル(フリューゲルホルン使用)
合唱:東京音楽大学、新座少年少女合唱団
指揮:小林研一郎
マーラーの3番を演奏会場で聴くというのは、かなりに特別な体験だと思う。開演ぎりぎりに飛び込んで、いきなり壮絶な時間に引きずり込まれて、1時間40分。気がついたら終わっていた。
こういう音楽が書けるというのは、世界はいま自分自身のなかにある、ということを全身全霊で確信するということだ。
ひとりの人間の人生の中で、そのような確信を持つことのできる時間は、一瞬だと言っていいほど限られている。
至高の時間を遺してくれたマーラー氏に、感謝。
箱山さんのトロンボーンソロ、ブラボー。
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東京都交響楽団 第621回定期演奏会(東京文化会館)
芥川也寸志/弦楽のための三楽章
同 /チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート(山崎伸子Vc)
プロコフィエフ/交響曲第6番
指揮:湯浅卓雄
別宮貞雄氏プロデュースの都響1月定期第2夜。1人の日本人作曲家の作品と、作曲者が影響を受けた海外作曲家の作品を並べるという趣向。
毎年の1月定期はこの方式でシリーズ化されるようで、来年は間宮芳生(ミヨー、オネゲル)と小倉朗(バルトーク)、再来年は武満(ベリオ)に三善(デュティユー、ブーレーズ)だそうだ。いかにも別宮さんらしい選択。
演奏は前半の芥川作品が素晴らしかった。都響弦上手いなあ。1曲め「トリプティク」は実は以前、某合奏団で吹奏楽編曲版を吹いたことがあるんだけど、すっかり忘れていた。曲中にヴァイオリンやヴィオラの胴を叩く音というのが指定されていて、それだけのために舞台にギターを3台ほど持ち込んだのを覚えている。
後半はプロコフィエフ。有名な「5番」じゃなくて(芥川の交響曲第1番とプロコの5番って、笑っちゃうくらいそっくりな部分があるのだ)、6番ってところが挑戦的だ。いやーしかし難曲ですね。いつになく傷が多かったけれど、これまたいつにもなく勇猛果敢な演奏で、なんだか都響じゃないみたい。
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東京は積雪8cmの雪。5年ぶりだそうだ(5年前の時というのは某アンサンブルの練習日で、大変な目に遭ったことを覚えている)。
この程度で大騒ぎしていては、雪国の方々には本当に申し訳ないと思いつつ。

正午頃、拙宅の向かいの公園内の風景。
…
電車の車窓に白く雪の舞い積もる幻想的な風景が広がる中、横浜へ出て、シエナウィンドオーケストラを聴く(みなとみらいホール)。
指揮は金聖響。全曲アルフレッド・リード作品(チラシをクリック拡大参照。ちょっとエゲツない程の豪華プログラム)。
前売発売10日後くらいに告知を見つけて(去年の11月初め頃のこと)、これは聴くしかないっしょ、と申し込んでみたら、その時点で既に前売チケットは数えるほどしか残っていなかったのだった。明日は、追加公演がある。
感想としては、金管が巧くなったのはここ10年くらいの日本のプロ楽団全般に共通する特徴だなあと実感したこと(「音プレ」や「アレルヤ」での金管セクションのモルト・レガート・ソステヌートなソノリテというのは、ちょっと前だったら絶対に聴くことは出来なかった)、金さんがすごくのびのびと(東京のオーケストラとかに客演した時よりも余程、)振っていたこと。
ライブCDを出すということで、マイクがいっぱい立っており、緊張にみちた好演だったが、「アルメニアンダンスパート1」ではちょっと崩れた。なんとか辻褄を合わせちゃうところがプロだけど。思うに「この曲は何度もやってるし、大丈夫でしょ」てんで、あんまりリハーサルをしてなかったんじゃないか。怖い曲です。明日はきっと良い演奏になると思う。
…
開場前に、クイーンズスクエア内のアフタヌーンティー・ティールームに入る。
普段はすごい行列で、とても入ろうなんて気にはならないんだけど、今日はさすがにガラガラ。目の前の遊園地も臨時休園だし。「お好きな席にお座りください」なんて言われてしまった。あり得ない。
美味しゅうございました。(^_^)

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東京都交響楽団 第620回定期演奏会(サントリーホール)
メシアン/キリストの昇天
別宮貞雄/チェロ協奏曲『秋』(向山佳絵子Vc)
同 /交響曲第2番~オリヴィエ・メシアンに捧ぐ
メシアン/微笑み
指揮:若杉弘
今年の初サントリーホール。別宮貞雄氏(都響の協賛会員、要するに個人スポンサーのひとりでもあり、演奏会場でしょっちゅうお見かけする)プロデュースによる都響1月定期の第一夜。しかし最近メシアンづいてるな。
少々遅れて会場に到着、チラシでは演奏時間10分の「微笑み」が1曲めだったのでまあいいかと思っていたら、曲順が変わって「キリストの昇天」が始まったところで、ちょっとショック。このとびきり美しい曲を都響の金管と弦で聴くのを楽しみにしてたのに。ロビーのスピーカーからは、中で聴いたらさぞ壮麗な響きがするんだろうなという音が聞こえてくる。
休憩をはさんだ2曲は、そのメシアンに私淑した別宮氏の2作。和声とかリズムにフランスぽい感じは少しあるけれど、全体にはそこはかとなく日本調が聞こえる、たいへん親しみやすい映画音楽みたいな雰囲気だった。アルフレッド・リードの第2交響曲などの方がよほど現代音楽的な音だと思う。
御歳83歳の別宮氏、律儀に2曲とも終了後は中央通路すぐ後ろの自席から舞台上まで歩いてきて、場内の喝采を受けていた。
当日のプログラムに別宮氏自ら書いた自作とメシアンの曲目解説、および「メシアンと私」というエッセイがめちゃくちゃ面白い。メシアンが現在のような「カリスマ現代作曲家」となる前から身近で見ていた者の証言として(メシアンと愛弟子のブーレーズとの微妙な関係とか)、たいへん読み応えがある。
最後はふたたびメシアン。
やっぱり都響って巧いわ、と今更ながら実感。楽員個人の技量もさることながら、会場内に響く「音色」に対するセンスが鋭いというか。
音楽は「興味あるものでなければならず、聴いて美しくなければならず、心に触れるものでなければなりません」(byメシアン)。私も、そう思う。
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東京シティ・フィル 第195回定期演奏会(東京オペラシティ)
メシアン/忘れられた捧げもの
サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番(ジェラール・プーレ、Vn)
同 /交響曲第3番「オルガン付き」(小林英之、Org)
指揮:矢崎彦太郎
フランス音楽シリーズが終了してしまって以来、シティフィルは全然聴いていなかったけれど、久々にオペラシティで矢崎さん指揮のそれっぽい曲目の定期だったので、当日券で行ってきた。2階の右サイド席。
客入りはなかなか良く、1階席や2、3階の正面はほとんど空席がないほど。めでたし。
お目当てのジェラール・プーレのヴァイオリンは良かった。音は明らかに最近のヴァイオリンの輝かしい音色とは違って倍音成分の少ない落ち着いたもので、大きなホールでコンチェルトだとたしかに少々地味な感じだけど、歌いまわしの説得力とステージマナーも含めた前世紀の巨匠ならではの雰囲気は、さすがです。
冒頭のメシアンは聴いていていまひとつ乗り切れなかったが(矢崎さんの指揮の、イチ、ニイと1拍1拍念を押すような分かりやすい振り方が、メシアンの音楽の「厳しさ」を若干削いでしまっていたような。なんて偉そうに言ってみたりして)、最後「オルガン付」は模範的な名演だった。全体を丁寧に仕上げ、推進力にも欠けず、フィナーレは慌てず遅めのテンポで格調高く鳴らすと思いきや、最後の結末はここぞとばかりに盛り上げて堂々と終結する。最もシンプルで分かりやすい、正攻法の演奏。ブラボー。
ステージ上にマイクがたくさん立っていたが、ライブCDでも出すのかな。しかし今日は演奏中に咳込む客さんがことのほか多かったのがちょっと…
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ユース・ウィンドオーケストラのウィンターコンサートへ(海老名市文化会館)。
何度か書いているように、1991年から98年まで、私も団員だった楽団。
この2月に、ここの有志のSaxアンサンブル演奏会にお手伝いで出させていただくこともあり(本家サイト&掲示板で告知済)、ご挨拶がてら聴きに行った。
今回は指揮者の鎌田先生繋がりで、神奈川県立上溝南(かみみぞみなみ)高校吹奏楽部との合同演奏会だった。
第1部がユース、第2部が上溝南高、第3部が合同ステージ。
団員指揮者を今回立てず、全曲鎌田さんが指揮をした。おかげでもう、全プロ通じて鎌田節(ブシ)全開。高校生の集団(ほとんど女子ばっかり。男の子は片手で足りるほど)も、最高齢四十ウン歳の「名ばかり」ユースも、基本的に同じ音色が出てくるのには、感心してしまう。掴みが大きくて豊穣なサウンドで、しかも切り込み鋭い、というか。チマチマした音楽にならないところがいいですね。思い起こしてみたら、自分の音楽形成の上で鎌田さんの下で7年間吹いた影響というのがいかに大きかったことか。
上溝南高校にはその昔、一度だけお邪魔したことがある。精進湖でのユースの夏合宿の帰り、たまたま鎌田さんと車に同乗していて、そのまま上溝南高の練習に連れて行かれてパート練習の指導を頼まれたのだった。
あのとき、夏休みのがらんとした埃っぽい教室で、ほとんどマンツーマンで教えた女の子たちは、今頃どこでどうしているのかな。もう24~5歳くらいにはなっている筈だけど。
…
今日は暖かかった。
海老名の駅前から、丹沢の山々を見はるかす。

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日付が変わってしまったが、12日のこと。久々にわりと早く帰れたので、先日案内をいただいたコンサートに行ってきた。
サクソフォンクインテットによる ウィンターコンサート(横浜市栄区民文化センター「リリス」)
モーツァルト/「フィガロの結婚」序曲
ドビュッシー/アラベスク第1番
ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
グリーグ/ホルベルク組曲
天野正道/セカンド・バトル
本多俊之/サクソフォン・パラダイスI、II、III
フォスターラプソディ
チック・コリア/スペイン
小山弦太郎、津田真人、塩安真衣子(A.&S.Sax)、木藤良朝子(T.Sax)、平賀美樹(B.Sax)
遅れて着いて最初に始まった「ホルベルク組曲」の冒頭からいきなり、実に見事な音楽が流れ出してきて、一気に惹き込まれた。5人全員で遠くの焦点を見据えて、迷いなくまっしぐらに進んで行く、みたいに。こういう若々しい潔さには私、弱いです。かといって決して一本調子な音楽ではなく、何気ない細部には言い知れぬ北国の情感のようなものも感じられて、これはいい演奏会になりそうだ、と思った。
ひたむきで、シンプルで、繊細。良い意味で若さに満ちた演奏だった。勿論繊細さと神経質は紙一重で、微妙なところも諸々あったけれど、後半の1曲め、手拍子の中客席をねり歩きながら吹きまくった「セカンドバトル」以降はふっ切れたのか、最近聴いたサクソフォンの演奏会では稀なほどのストレートな音楽的感興があった。
これはまさに、20代くらいの若い人たちにしか出来ない音楽だな。自分がそういう年代の頃には、こんなことが出来得る音楽も機会も持っていなかっただけに、純粋に羨ましいと思う。チケットは持ってなかったし、会場は遠いし開演には間に合いそうになかったし、行こうかどうしようかずいぶん迷ったけれど、行って本当に良かった。
300席の小さな会場ながら、なにげに「濃い」客層で、やたらといろんな知った顔の人に挨拶したり挨拶されたり会釈したり。中には誰だかよく判らない人にも挨拶されたりして(^^;
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昼間は、恒例の藤野へ。
病院の送迎バスの車窓から見る、冬枯れの山々の間の道沿いに畑や集落が続く風景は、小さい頃、亡母の実家のある伊豆修善寺でいつも見ていたような、懐かしい風景(中学生になるまでほぼ毎年、夏休みとお正月の度に遊びに行っていた)。
日本の原風景、と言ってもいいんだろう。
夜は東京文化会館(小ホール)へ。藤井一興ピアノリサイタルを聴く。
当日券で入るつもりで行ったが、満席予測のため開演直前まで足止めをくったものの、無事入場。
フォーレ/舟歌第1番、第7番、第8番、第9番、第10番、第11番、第12番、第13番
ルーセル/ソナティナ
メシアン/にわむしくい(La fauvette des jardins)
圧倒的な印象。
いままで聴いたことのあるピアノとか、ピアノのリサイタルとかは、一体何だったんだろう、とさえ思ってしまった。
隅々まで彫琢され尽くした造形と、倍音のひとつひとつまで手中にあるような千変万化する音響と色彩。おもちゃのピアノのようなキンキンした音から、チェンバロのような乾いた音、そよ風のように繊細なピアニシモから腹にズドンと来るフォルティシモまで、どんな音でも出てくる。この人の指先はいったいどういう構造をしてるんだろうか。
ちなみにピアノはベーゼンドルファーだった。文化の小ホールでベーゼンって初めて見たかも。だから、という訳ではないけれど。
メシアンの作品は、作曲者の山荘のあるアルプスの麓の湖のほとりの森の風景の、暁から深夜までの時間の経過と光のうつろいを表現しているんだそうだ。はあ…。日本の山の情景とあまりにも違う極彩色の描写に、ちょっと引いてしまうが、しかしまあ、よく書くしよぉ弾くわ、としか言い様がない。
しかし、参りました。
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新年最初に聴くコンサートは、新日本フィルの定期でした(すみだトリフォニーホール)。
江村哲二/武満徹の追憶に《地平線のクオリア》(初演)
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番(Pf:シモン・トルプチェスキ)
同 /交響曲第4番
指揮:大野和士
1曲めは世界初演。武満徹追悼(亡くなって今年で10年だそうだ。もうそんなになるのか)のタイトルとおり、たいへんに繊細な、まさに晩年の「タケミツ・トーン」が聞こえてくる音楽だった。
ただ武満のように響きが宙へ舞い上がって行くというより、どこか一点へ収斂していくような感じがある。武満がドビュッシーだとしたら、こちらはラヴェルを思わせるような音。(超個人的、いい加減な印象です)
ピアノ協奏曲。音色はなかなか美しいピアニスト。ただ私はこの曲だったらもう少し遊びのある演奏のほうが好きだ。
最後ショスタコの4番。いやはや、これがまたとてつもない曲で…乱暴狼藉の限りを尽くすような1時間。
以前パーヴォ・ヤルヴィ(後記:失礼、アラン・ギルバートでした)指揮のN響で聴いたときとはなんだか別の曲のような印象があった。そういえばかの時だって、事前にCDで聴いたのとは全く違う曲に聞こえたし。正体のつかみ難いことこの上ない、不思議な曲だ。
演奏は充実の極み。ホルンやファゴット等、ソロが巧いのは勿論、管セクション全部でのフォルティシモでの叩き込み一発でも、全ての音を把握しているかのような見通しの良さ。さすがです。
新年一発めの浮かれた気分なんてものがもしあったなら、そんなものを完膚無きまでに吹っ飛ばすような、凄まじいと言ってもよいような演奏会だった。これだから大野和士が東京のオケに来るときは聴き逃せない。
しかしいくらなんでもちょっと疲れたなあ。時間も長かったし。もう少しホッとできる一瞬も欲しいところ、というのは贅沢か。
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