秋山和慶さんの訃報に
秋山和慶さんの訃報は今までにないくらいのショックで、この虚脱感というか喪失感は、年明けから何人もの方が亡くなられたニュースを聞いたどの時にもないものだった。特に面識があった訳ではないんだけど。
思えば秋山さんは、オーケストラにしろ吹奏楽にしろ、「合奏」の音楽の世界にいる私たちのような人間すべての、父親のようなものだったな。何でも知っていて、何もかもすべてをにこやかに見通している慈父のような。無窮の安心感と信頼。
コンサートを聴きに行って、それがプロのオーケストラだろうが学生の吹奏楽団だろうが、ひとたびプログラムに「指揮:秋山和慶」とあったら、演奏や仕上がりには何の心配も詮索も要らなかった。何が得意で何が不得意で、みたいな考えすら不要だった。1時間超のシンフォニーでも1曲4分の吹奏楽コンクールの課題曲でも、最高の洗練と自然さと、音楽そのものの深い喜びだけがあった。
そんな指揮者はほかに誰もいない。
オーケストラのCDもあるけれど、私はやっぱりこれだな。
改めて聴くに、途轍もない演奏ですよ。
追記
この(左側)「ガイーヌ」を含む録音について、東京佼成ウインドオーケストラの常任指揮者だったフレデリック・フェネル氏がこんな回想を残している。1982年のTKWO定期演奏会に客演指揮者として初来日を果たす、少し前の話。
「マイアミ大学の大学院で教えていた指揮法のゼミに、ある優秀な学生がおりました。ある日のこと、電話で東京佼成ウインドオーケストラにゲストとして招待された事を話しますと、彼はハイファイ・オーディオに夢中な友人の家を訪問するよう、取り計らってくれました。彼は私には黙っていましたが、この訪問の目的はTKWOのLPを私に聴かせることだったのです。
そのLPはハチャトゥリアンのバレエ組曲『ガイーヌ』からの編曲で、秋山和慶氏の指揮による演奏は、全体を通してまさにセンセーショナルなものでした。他の職業であったなら引退が最大の関心事であるべき時期に、1枚のレコードが私の人生に新たな進路を示してくれたのです。」
フレデリック・フェネル 2000年1月
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