ラフマニノフとアメリカ、そしてサクソフォン
ラフマニノフは、編曲を除けば自身の最後の作品となった『交響的舞曲』作品45(1940)で、生涯で唯一サクソフォンを用いているが、ここで突如としてサクソフォンを使った理由や事情については「分からない」、というのが定説だった。
#作編曲家ロバート・ラッセル・ベネットのアドバイスにより、という言説があるようだが、どうもそれが直接の要因という訳ではないらしい。
これについて、移住先のアメリカで親しんだポール・ホワイトマン楽団とそのアレンジャーのF.グローフェからの影響ではないか、という見解が以下に載っていたので、覚書として引用する。
(リンク先のドキュメントは都響のサイトだが、文章の著者は小室敬幸さんという作曲家/音楽学者の方)
« 【竹澤恭子&江口玲(1月31日)】 | トップページ | 【吉本梨乃Violin(2月1日)】 »
「音楽随想」カテゴリの記事
- ジョセフ・ホロヴィッツの訃報(2022.02.11)
- ラフマニノフとアメリカ、そしてサクソフォン(2022.02.02)
- 瑞穂青少年吹の「ジュビラント序曲」(2021.05.21)
- ■訃報 濱田滋郎(2021.03.22)
- 正しい態度(2020.08.28)
「サクソフォン」カテゴリの記事
- ラフマニノフとアメリカ、そしてサクソフォン(2022.02.02)
- その昔のギャルド(2022.01.02)
- A.リード「5つのカメオ」の動画(2021.10.04)
- 久々にThe Sax(2021.08.29)
- 【サクソフォン奏者のためのオーケストラスタディ(5月30日)】(2021.07.27)
最近のコメント