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2021.07.27

【サクソフォン奏者のためのオーケストラスタディ(5月30日)】

Tirasi210530

5月30日(日)
雲井雅人(Saxophone)
サクソフォン奏者のためのオーケストラスタディ レクチャー&コンサート
井口みな美(Piano)
ドルチェ楽器

5月の振り返りをひとつ飛ばしていたので、改めて採録しておきます。

ウィーン・フィルの日本公演に乗ったサクソフォニスト雲井雅人氏による、雲井先生ならではの内容、リアリティと説得力、そして語り口が最高にすばらしい、今までに決して無かった内容のレクチャーだった。
そして、その受け止め方に関しては、実際にオーケストラの中で(サクソフォンを)吹いた経験がある人とない人とでは、かなり異なるのではないか、とも思った(それについてはここでは触れない)。
ともあれ、今回配信も無かったし、このまま忘れ去ってしまうのはあまりに惜しいので、レクチャーの概要を文字起こししてみた。
録音をとっていた訳ではなく、手許の殴り書きのメモが元なので内容の正確さに関しては担保できませんが、それはご了解の上でお読み下さい。

ボレロ(ラヴェル)
演奏:ソプラノ、テナー。Durandのピアノ伴奏版の出版譜
今日の仕事の半分は終わった(笑)。1人で2本吹いてみた。できないことはない。阪口先生もよく一人で2本吹いたそうだ。
初めて吹いたのは20代の頃、服部さんに呼ばれてテナーを吹いた。服部さんはグリッサンドをしなかった。服部さんはデファイエ派だから?グリッサンドをめぐるデファイエとボザの確執の話をひとしきり。雲井先生と先生の奥様が乗ったボレロをデファイエが聴いたことがあったが、終演後デファイエはグリッサンドをしなかった奥様だけを褒めて雲井先生には一切声をかけなかった由(場内大笑)
弟子(林田さん)を初めて相方に呼んだ時は自分の事よりも緊張した。頭のドがちゃんと当たるか、タイの長さをちゃんと取れるか。どの楽器も等しく緊張する。頭をプスッとやったら続くすべての人たちのポテンシャルにかかわる。伴奏で相当高い音を16分音符で外さず吹き続けるホルンもすごい。オケというところは「それ」が出来る人が首席奏者と呼ばれてその席についている。
元のスコアはソプラノではなくソプラニーノ。実際にソプラニーノが使われることは殆ど無いが、楽器の調の違いによるテンションの違いはあると思う。
演奏:ソプラニーノ。最後半音足りないのでベルを膝で塞いで出した(笑)

アルルの女(ビゼー)
演奏:アルト(Senzo)
前奏曲のソロは主人公フレデリの知的障害をもつ弟の主題。間奏曲は「神の小羊」という合唱曲になった。どちらも「弱き存在」をサクソフォンに託している。これが作曲された当時の楽器で吹くとどうなるか。
演奏:アルト(1870年代のビュッフェクランポン)
楽譜に書いてあるfやsfは当時の楽器のもの。現代の楽器で何も考えずそのまま吹くととんでもないことになる。もし「19世紀オーケストラ」のような試みがあってこの曲をやるなら是非これ(当時の楽器)で吹いてみたい。

展覧会の絵(ムソルグスキー/ラヴェル編)
演奏:アルト
あたまの音(ド)がちゃんと出るか、最後のdim.で指揮者を満足させられるか。自分が「何を求められているか」を的確に知ること。次の仕事の電話がかかって来るか来ないかの分かれ目。千葉馨に「やっぱりその音(ド#)低いんだな」と面と向かって言われた話。スコアにある最後の音のグリッサンドは滅多にやれと言われないが一度だけやった事がある。指揮者の意図は絶対。

ガイーヌ(ハチャトゥリアン)
演奏:アルト
音楽鑑賞教室でよく演奏されるためこの曲の仕事は多い。サクソフォン的には意外と大変。打楽器がうるさくて拍が分からないし、チェロとユニゾンだがチェロなんか聞こえない。オケはやり慣れ過ぎているため練習をしてくれない。ちゃんと「私初めてです」、と言って練習してもらうこと。歌おうなどと思わず機械的に対処する。

世界の創造(ミヨー)
演奏:アルト
オケでは一度だけやった事がある。なかなか演奏されないのが残念。ロンデックス編のサクソフォンを含む室内楽版というのをやろうとして楽譜を注文したら、届いたのはピアノ+弦楽四重奏版だったこと。ピアノの音を抜いたり足したりして無理やりやった。ひとつの楽章がまるごとサクソフォンソロというのは珍しい。スコア上はViolin1、2とCelloの間にサクソフォンが位置する。ほぼ2分音符と全音符のみのシンプルな美しさはオーケストラの音楽ならでは。音楽はこのようにあるべきではないのか。自分が昔さんざんやってきたのにこんなことを言うのは何だが、示威行為のような演奏はそろそろやめませんか。

ハーリ・ヤーノシュ(コダーイ)
演奏:アルト
この曲だけは他の曲とは違い、でかい音を要求される。その点では「イワン雷帝(プロコフィエフ)」と双璧(ロストロポーヴィチの指揮で吹いたが、どんなに頑張って吹いてももっと大きくと言われた)。金管と打楽器のトレモロにかき消される。ナポレオンの敗退の音楽なので、フランスの楽器サクソフォンにナポレオンの姿を託しているのではないか。最後の情けない葬送行進曲。

ロメオとジュリエット(プロコフィエフ)
演奏:テナー
昨年ウィーンフィルの日本ツアーに帯同して吹いた。ウィーンでやっていない演目なので、サクソフォンが必要なことを忘れていて奏者を手配していなかった(とウィーンフィルの事務長が言っていた)。日本で合流してゲネプロ本番。リハーサルは英語。ウィーンフィルだからといって特別なことは無かった。皆でベストを尽くそうと努力することは日本のオケもウィーンフィルも同じ。
下のド#で始まるいきなりのソロが嫌。日本ではもっと小さく、と言われることが多いがウィーンフィルではそれほどでもなかった。テヌートでペザンテの雰囲気で(軽くならないこと)。他のソロも真ん中のド#、上のド#で終わる。柔軟に、オケの雰囲気に溶けるように。

シンフォニックダンス(ラフマニノフ)
演奏:アルト
オーケストラでやった事はない。ラフマニノフがなぜここで突然サクソフォンを使ったかは謎だが、良いイメージを持ってくれていたと思いたい。ピアノ+サクソフォン版の新アレンジを披露。
最後にセッティングの話を少々。ソロに必要なセッティングと、オーケストラでのそれは違う。確実に音が当たって、楽にコントロールできることが第一。


余談だが、雲井先生が唯一乗られたという「世界の創造」のオーケストラというのはおそらく1996年12月の新日本フィルのカザルスホール定期で(指揮:高関健)、私は聴いておりました。
このときは終演後にホワイエで楽員とお客さんの交歓パーティーがあって、雲井先生とお話をした記憶がある。

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