プロコフィエフを尋ねて(望翠楼跡へ)
非常事態宣言下、「密」を避けて近隣の散歩。
一昨日(23日)が誕生日だった大作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891.4.23-1953.3.5)に因んで、私の家から歩いて行ける場所にあるゆかりの地を訪ねてきた。
プロコフィエフは、ロシア革命後の混乱を避けて米国へと出国する途上、2ヶ月ほど日本に滞在したのは有名な話だが、その最後の10日余りを大森の望翠楼というホテルで過ごしている。
大森駅の西側は20mほどの標高の高台になっており、一帯は昔ながらの住宅地で、道と土地の区画は百年前から今までほとんど変わっていないため、場所は正確に辿ることができる。
地図画像の左下の青い丸(現在地)の場所。
「クレスト山王ヒルズ」というマンションになっている。記念碑や説明板等はない。
20年近く前に私が大森に越してきた頃は、ネットで望翠楼の場所を探してもよく判らなかった記憶があるが、今は簡単に調べがつくようになった。情報公開が進んだようである。
百年前に日本に縁のあった大作曲家に思いを馳せた。
右手のマンションが、「望翠楼」のあった場所。
突き当たりは急な階段で下の道とつながっている。
闇坂(くらやみざか)。
地図のセブンイレブンの位置から、高台に上る。
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