引き継がれゆくマルセル・ミュール
グリーンドア音楽出版から今般発売された、マルセル・ミュール(Saxophone、1901-2001)の復刻CDについて書いてみたい。
昨年10月発売の「独奏編」(2枚組)と、今月発売の「四重奏編」の2タイトル。
ご存じ木下直人さんの原盤提供とこだわりのデジタル・トランスファーによる、内外でこれまでに幾つか出たミュールの復刻CDの中でも、収録内容と取り出された音の素晴らしさという点で「これ以上のものは今後世界のどこでも不可能」(木下さん談)というレベルのものと思う。
音のリアリティという点では、ミュールの、あるいはSPの復刻というものの概念を覆されるものだ。
もともとSPは回転数が速く(78回転/分)、収録の際にもミキシングやトラックダウンのような余分な工程がないため、本来の音の再現性はとても高いはずなのだが、今までの通常の復刻のように針音ノイズを低減するために特定の周波数の音をカットするような処理を入れてしまうと、一見聴きやすくはなるものの、音のリアリティはどうしても下がってしまう。
そういうことをしない木下さんの復刻は、以前から個人的に聴かせていただいていたが、ノイズは大きいもののリアリティは凄くて、有名なイベール「コンチェルティーノ・ダ・カメラ」の音源など、私自身がオーケストラと一緒にステージに乗ってこの曲をやった時に体験した、チェロの胴がブーンと振動するのが直に伝わってくる感じなど、木下さんのSP復刻でしか聞こえないものだ(それ以降のどんな新しい録音にもない)。
ミュールの音の、昔なつかしいメロウな音という一般的なイメージも、実はそういう昔の復刻によって作られたものかもしれなくて、今般発売のCDで聴ける音というのは意外にも、口腔容積の狭い中に高い圧力の息を通す、現代的な奏法で出てくる音とも共通性が感じられるものだ(勿論、ヴィブラートは当時のスタイルで豪快にかかっているが)。
ミュールの音って、そもそもこういうものだったのか。
私がマルセル・ミュールに興味があるのは、「今なお生きている音楽家としてのミュール」に対してなので、そういった方向性は大歓迎だ。
思えばこれまでのミュールの復刻の音は、あまりにも「骨董品」として捉えられていなかったか。
いわば、次の時代に「マルセル・ミュール」を受け渡すための前提が、今般発売のCDでようやく出来上がった、ということだと私は考えている。
まさしく「未来への遺産」だ。
収録曲もなかなか興味深く、いちいち述べることは不可能だが、ギャルド(吹奏楽)の演奏の中でソロをとっている、まだヴィブラート奏法を導入する前のミュールの音や、初耳の無伴奏の「白鳥」(サン=サーンス。これがまた素晴らしい)、ミュールの師匠であるフランソワ・コンベルの復刻など、たいへん珍しいものも多い。
解説は、独奏編がロンデックス門下の上田啓二さん、四重奏編があの「世界の」栗林君。これもなかなか興味深い。
ギャルドの四重奏団のメンバーの変遷など、これまで赤松文治さんの自費出版のギャルド本にしか公式の日本語の記述は無かったもので、こうしてまとまってくれてたいへん有難い。
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