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2016.04.29

4月のオーケストラ競演

チラシ画像4月のまとめ。

東京都交響楽団 第805回定期演奏会[Aシリーズ](東京文化会館)

ストラヴィンスキー/
バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)
バレエ音楽「火の鳥」(1910年版)
 指揮:フランソワ=グザヴィエ・ロト
 (コンサートマスター:矢部達哉)

4月12日(火)。
7日のBシリーズに引き続いての登場。

何というのだろう、とても新鮮で不思議な驚きに満ちた演奏だった。
よくある濃密な色彩感のある演奏というのではなく、粗削りで武骨といってもいいような音なのだが、これらの曲を初めて聴くような驚きと新鮮さがあった。
多分ブーレーズ辺りが元祖ではないかと思うのだが、現在主流となっている、分析的で洗練された、ゲーム的な解釈の仕方を排して、これらの音楽を再現してみようという姿勢に思えた。

この人は本当の「ピリオド主義者」だな。
形や編成や奏法から入るのではなく、これらの曲が何十年も演奏され続けてきた間に蓄積された情報を「抜く」ことによって、初演された当時の姿に迫ろうとしている。
情報を「抜く」ことは本当に難しい。
携帯電話やパソコンがなかった時代に私たちがどうやって情報のやり取りをしていたか、もう思い出すことも難しいように。つい25年くらい前の話なのにね。
フランソワ=グザヴィエ・ロト。要注目だ。

プログラム画像NHK交響楽団 第1832回定期演奏会[Aプログラム](NHKホール)

J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番BWV1006-前奏曲
 Vn:伊藤亮太郎
同 /カンタータ「神よ、あなたに感謝をささげます」BWV29-シンフォニア
同(ヘンリー・ウッド編)/組曲第6番-終曲
同(バルビローリ編)/カンタータ「狩りだけが私の喜び」BWV208-羊は安らかに草を食み
同(オーマンディ編)/カンタータ「心と口と行いと命」BWV147-主よ、人の望みの喜びよ
同(ストコフスキー編)/トッカータとフーガ ニ短調BWV565
プロコフィエフ/交響曲第5番
 指揮:レナード・スラットキン
 (コンサートマスター:伊藤亮太郎、篠崎史紀)

4月16日(土)。
前半はバッハとその編曲特集。
後世の作曲家・指揮者によるバッハのアレンジだけでCDを作っているスラットキンらしいプログラムだ。
開演いきなり、指揮者は何もせず、コンマス1人がいきなり立ち上がってバッハのパルティータを弾くという、面白い導入。
後半のプロコフィエフは、N響というオケのダイナミックレインジの大きさを生かした、聴き応えある演奏となった。
スラットキンという人は、アメリカの指揮者によくある無駄に大振りなところが一切なく、コンパクトでたいへん音楽的な棒だ。

チラシ画像仙台フィルハーモニー管弦楽団 東京特別演奏会(サントリーホール)

ベルリオーズ/幻想交響曲Op.14a
同 /レリオ、または生への回帰Op.14b*
 *レリオ役:渡部ギュウ、Ten:ジル・ラゴン、Bar:宮本益光
 *仙台フィル300回定期記念合唱団(合唱指揮:佐藤淳一、清水新)
 指揮:パスカル・ヴェロ
 (コンサートマスター:神谷未穂、西本幸弘)

4月17日(日)。
全席完売のサントリーホール。
久々に聴く仙台フィルは、「幻想」とその続編の「レリオ」を並べるという、滅多にない挑戦的なプログラム。
まあ、こうして実際に「レリオ」を聴いてみると、どうして「滅多にない」のか、納得も行くというものなのだが。
(私の持っているマルティノン指揮のCDには、「音楽史上他に類例をみないほど珍奇で不統一で狂気じみた作品」、と本当に書いてある)
演奏は、首席指揮者パスカル・ヴェロの、これまた狂気じみているほどの真摯さがすばらしく印象的。

終演後は、楽団員も指揮者も総出でロビーに出てきての、先日の熊本地震関連の募金のお願いタイム、となった。

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