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2015.11.22

雲カル2015

チラシ画像雲井雅人サックス四重奏団 第13回定期演奏会~ケネス・チェ氏を迎えて(浜離宮朝日ホール)

J.S.バッハ(成本理香編)/パルティータ第2番(クラヴィーア練習曲集第1巻より)ハ短調BWV826
D.ケックレー/Tsunagari~ソロS.Saxとサクソフォン四重奏のための*
H.ヴィラ=ロボス(F.ボンジョルノ編)/ブラジル風バッハ第5番より アリア*
A.ペルト/スンマ(われ信ず)
I.ゴトコフスキー/サクソフォン四重奏曲
 雲井雅人(S.Sax)、佐藤渉(A.Sax)、林田和之(T.Sax)、西尾貴浩(B.Sax)
 *ゲスト:Kenneth Tse, Saxophone

19日(木)。
連日の睡眠不足と、前日から本業関係の展示会で終日立ち歩きずくめで疲労困憊(普段は座って仕事しているだけに堪える)という、音楽を聴くにはかなり厳しいコンディションながら、雲カルはやはり雲カルだった。

雲カルを聴くときはいつもそうなのだが、今回は特に、和声というものの原拠について考えさせられた。
和声の美しさというのは五線の上や鍵盤の上で観念的に組み立てるものではなく、音が2つ重なるとゾクッとして、3つ重なると更にゾクゾクッとして、4つ合わさるともう卒倒、みたいに、「行為」として、遂行的に現れてくるものなのだ、ということが、特にバッハを聴いていてよくわかった。
だから、音楽の進行中に現れる非和声音や不協和音が、とても印象的なんだよね。
だからこそ、純正な響きにこだわるのだな、ということ。
(和音の一個一個をチューナーでいじくり倒すような私たちアマチュアの流儀とは、次元の異なる話。)

ゲストのケネス・チェ氏、あの「天然」と言ってもいいような純粋な音楽への没入ぶりは、16年前、新宿のビルの一角の小さなホールでの日本デビューを聴いた時から変わらない。
「ブラジル風バッハ第5番」での、楽器で「ささやき声」を再現するかの弱音のコントロールは本当に凄かった。

ペルトの、スタイル的にも和声的にも他のあらゆる作曲家と隔絶した、孤立点のような不思議な美しさのあとに、ゴトコフスキーの濃密な「歌」と怒濤の奔流にて、締め括られた。

アンコールに「ガブリエルズ・オーボエ」と「花は咲く」。
まるで、今日のプログラムで聴き取ったことのにこやかな復習のように響く。


ケネス・チェ氏の日本デビューのことを文中に書いたけれど、そのときのコンサート(林田さんとのジョイントリサイタル、1999年6月10日)のチラシ画像をブログの過去記事から引っ張ってきました。
ケネス・チェ、「天才だ!」と思ったものだ。
「あなたの街に現れたら、決して聴き逃すことのないように!」と当時のニフティのサクソフォン会議室に書き込んだ記憶がある。
今となっては、林田さんのお姿にびっくりされる方が多いかも(笑)

チラシ画像

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