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2013.03.17

伊藤あさぎ(Sax)

昨日(土曜日)はアンサンブル練習日。
団内の小さな発表会のあと、打ち上げ兼転勤で退団するメンバーの送別会。
本日開通の池袋方面からの直通客を迎えて賑わう横浜中華街にて4時間強、楽しく呑む。

チラシ画像開けて日曜は春うらら。
桜も咲いた。(早っ)
午後はオペラシティへ。

伊藤あさぎ サクソフォンリサイタル(東京オペラシティ・リサイタルホール)

ラヴェル(D.ワルター編)/ソナチネ
サン=サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソ
Ph.ルルー/SPP
坂田直樹/Missing Link~サクソフォンとエレクトロニクスのための(委嘱作品・初演)
 エレクトロニクス:有馬純寿
F.シュミット/伝説
F.デュクリュック/ソナタ嬰ハ調
 佐野隆哉(Pf)

ラヴェルのソナチネが凄く良かった。
ワルター編のオーボエ版のこの楽譜は、色々な人が(ソプラノサックスで)演ったのを聴いたが、正直言って一度も感心したことが無かったんだけれど、今回初めて、これはいい!と思った。
とても透明で格調高くて、こういう良さが出せるものなら、自分でもやってみたい。(無理だろうけどsweat01
何が違ったのかな。

発音のニュアンスのとても豊富な演奏で、飽きず聴くことができたのは確か。
例えばピアニストという人達は、指で鍵盤を押すという動作だけで、あれほどの千変万化する音色を作り出すのだから、管楽器だってもっとそういう発想があって良いんじゃないかと常々思っていたところだったので、たいへん共感を覚えた。

「いかにもサクソフォン的」な因習を脱却しようという試みは、現代のサクソフォンの演奏の流派に共通するものであるのは間違いない。
ただ、サクソフォンばかりでなく、ピアノにも弦にも、あるいはエレクトロニクス音楽の分野にもやはり「因習」というものはあって、また因習を超えようという方向性そのものが次の段階ではまた因習となってしまったりするので、具体的に何をするかという話になると、結局のところすべては実験である。

サン=サーンスなどはまさに「実験」で、難しさの種類の違いというものを痛感させられた。
サックスで吹こうとするとこれほどの特殊技巧の見本市になってしまうのに、原曲は学生音コンに出るくらいの人だったら高校生だろうが中学生だろうが普通に弾いてしまう曲なんだからねえ。

初演のエレクトロニクス作品も、作品自体は少し因習的なものを感じたが、終結近くになって作曲者の肉声のようなものが聞こえてきた気がした。
演奏そのものは他の曲とは人が変わったようにワイルドでたいへん面白かった。
最後のスタンダード2つ(シュミットとデュクリュック)も、よく聴くものとはちょっと違って、「儚さ」のようなものが通底した内省的な解釈を興味深く聴いた。


あさぎさんとはじめて会ったのはいつのことだっただろう。
ちゃんとお話をしたのは、2007年の秋、静岡でドラングルを聴いた時の終演後の舞台裏が最初だったと思う。
1年後の菅打楽器コンクールの本選の時には、結果発表のボードの前で居合わせたのを覚えている。
あさぎさんは2位だったが、私は「僕の中では1位でした」、と言った。
その場にはあさぎさんのお母様もいらした。
あれから5年も経つのか。

20130317

チケット番号が1番だった♪

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