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2013.02.19

冬の朝

16日。
午前は、昨年からトレーナーとして関わるようになった市民バンドの練習で、代々木のオリンピック記念青少年センターへ。
49年前の東京オリンピックの選手村だった場所で、広い敷地の中に大きな宿泊棟とホールのある練習棟と、いくつもの体育施設が立ち並んでいる。
この週末にここで合宿をしているそうで、練習スタートは9時半という指定。
冷たく透明に晴れ上がった冬空の下、参宮橋駅から同じ目的地に向かうたくさんの若い人たちと一緒に歩いてゆく。

サックスのパート練に1時間ほどお付き合いした後、酒井格さんの「月明かりと渦潮」という比較的新しい曲の木管分奏を指揮。
スコアは初めて見たけれど、いい曲ですねこれ!
「たなばた」のちょっと青臭いところはもはや微塵もなく、紛れもない「マスターピース」の香りがする。
こういう曲だと、音符を追っているだけでどんどんインスピレーションが湧いてくる。

突発的な代役以外でみんなの前に立つのは初めてだったので、最初に少しだけ、「練習」というものについての自分の考えについて話した。
「練習」というものは、「本番」に向けての積み重ね、という面があることは間違いないけれど、決してそれだけではないと思う。
本番とは異なる様々なマイナス条件があるとしても(個人の譜読みやさらいが足りないとか、人数が揃ってないとか、指揮している人間が違うとか)、それでもなお、その中で最善を尽くして、あたかもそれ自体がひとつの「本番」であるかのように、その時点での最も良いものを作る、という志向があるべきである。
今日は「練習」だから「ここまで」出来ればよいとか、「本番までに」これが出来ればよいとかいう考え方ではなく、常にその時その場で最善を尽くす、そしてその「最善」を日々の練習の中で少しずつ拡大してゆく、その繰り返しの中にたまたま「本番」というものもあるんじゃないか、と。
音楽というのは時間の芸術で、「今」できる音楽というのは今、ここにしか無いのだから。

こういうことを面と向かってハッキリ言う指導者の方というのには皆さんあまりお目にかかったことがなかったのか、かなり好意的なインパクトと共に受け止めてもらえたようだった。
吹奏楽コンクールを中心に回っている学校吹奏楽の世界では、コンクールなり何なりの「本番」を想定して、そこでの最適解をめざして積み上げていくやり方が普通なので、それに慣れきっていたのかもしれない。
でもそれって、芸術というよりは、「教育」の分野の流儀でしょ。
皆さんもういい大人なんだから、そろそろそういうものからは卒業したほうがいいと思うんだけど、なかなか離れられない(離れようとしない)人って多いですよねえ。

続く練習は、私の指揮というのがそもそも無手勝流の滅茶苦茶だし、なにしろスコアも初めて見たくらいなのでそう大したことは出来ないけれど、皆さんの前向きさにも助けられて、まあ、それほど的外れでもないことはやれたような。
午前の練習を終えて帰り際、何人かのあまり面識のない団員さんから、わざわざ直にお礼を言われましたよ。
ちょっとでも判ってもらえたんだとしたら嬉しい。

午後は次なる目的地へ。

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