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2012.11.18

ふりかえりその4、小倉大志サクソフォンリサイタル

20121111小倉大志 サクソフォンリサイタル(さいたま市・プラザノース)

ドビュッシー/星の夜
同 /ラプソディ
デニゾフ/ソナタ
真島俊夫/モリコーネ・パラダイス*
モリネッリ/ニューヨークからの4つの絵*
伊藤康英/琉球幻想曲†
 大嶋千暁(Pf)
 *長谷部恵美・広川優香(Vn)、石川可奈子(Va)、布施公崇(Vc)、中村杏葉(Cb)、柴田久徳(Perc)
 †Tsukuba Saxophone Quartet

この週末もいろいろある(あった)のだが、まずは先週のふりかえりの残り。
11日の続き。
もう1週間が経ってしまった。

新宿のドルチェから、雨が降りだした中、次なる目的地の大宮に向けて電車に乗る。
大宮は結構遠くて、埼京線は最初は激混みだったのに駅に停まるたびにどんどん人が降りて空いてくる。
大宮では、初めて乗るニューシャトルなるでっかいプラレールみたいなコンテナ型の乗り物に乗り換えて、2駅。
目指すはだだっ広い土地に忽然と建つ、近代的な区役所庁舎の中のホール。
小倉大志くんのリサイタル。

小倉くんは、特に音楽大学で学んだとかそういうことはなく、ピアノ調律師の仕事をしながらプライヴェートでサクソフォンの勉強を続けてきた、カテゴリーとしては「アマチュア」に属する方である。
おそらくこの日この会場に来た方は、「アマチュア」という概念の質を根本から再構築するという経験をして帰ることになったと思う。
彼のしたことは、単に(デニゾフのような)難曲をきちんと意味を通して音を並べるというだけにとどまらず(それだけでも充分に凄いんだが)、そこにある音と音楽を、小倉大志というひとりの人間の意思と美意識に基づいて、たくさんの共演者(若手プロ、現役音大生他。ツクバSQは小倉くんの所属団体で、また別のとんでもない連中だが)との関係性とコンサート全体のコンセプトとプロデュースの下、再生成するというミッションだった。
これはまさにプロの仕事である。

思い出せば28年前、私がサクソフォンの勉強を始めた頃は、アマチュアの社会人や一般大学生のサックス吹きの方が、例えばクレストンのソナタやプロヴァンスの風景といったサクソフォンのオリジナルのレパートリーをきちんと演奏するなどというのはほぼあり得ない、驚天動地の出来事だったし、周囲に僅かにいたそういう人を最も手近な目標として頑張ってきた自分自身ではあった。
四半世紀が経って、そういうレパートリーを吹くアマチュア奏者なんて珍しくも何ともない時代になり、こうなったらあと何年か経ったらデニゾフのソナタをちゃんと吹いてしまうようなアマチュア奏者も現れるだろう、と以前私は予言したことがあったけれど、それがこんなに早く、しかもただ「吹いてしまう」、にとどまらない水準で現れてしまったことには、率直に感嘆するしかない。

小倉くんと初めて会ったのは、(たぶん)何年か前の波多江さんの門下発表会にカルテットで出場させていただいた時のことで、最後のラージアンサンブル(全員合奏)では同じテナーのパートを吹いた。
当時からストレス無く抜群に豊かな、一聴して「おおっ、」と思うような輝きのある音を出していたが、ちょっと手を離すとチョロQのようにすっ飛んで行ってしまう、勢いがあり過ぎるが故の危うさも持っていたような。
あれから何年かが経って、一種の抑制というものを備えて新たな輝きを獲得した小倉くんにこうして逢うことができたのは、また別の感慨深いものがあった。

20121111

当日のプログラム(の一部)。
プログラム冊子に書ききれない挨拶と曲目、出演者プロフィール等は、厚手の紙に綺麗に刷って角封筒に入れて来場者に渡された。結婚式みたい。
このやり方面白いしお洒落だな。いつか自分でもやろうっと。

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