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2012.11.13

ふりかえりその2、風ぐるま(高橋悠治・栃尾克樹・波多野睦美)

201211099日(金曜日)。

風ぐるま~時代を越えて音楽の輪を回す(トッパンホール)

ばらよりも甘く/ダイドーのラメント(ヘンリー・パーセル)*¶†
もう泣かないで(ロジャー・クィルター)*†
アダムは横たわって/恋人たちの春(ピーター・ウォーロック)*†
葬式/白いシャツ(フランソワ・クープラン)¶†
鳥籠*¶†
突然の別れの日に*¶†
六番の御掟について*¶†(以上 高橋悠治/辻征夫・詞、初演)
ファンタジア第6番、第7番(ゲオルク・フィリップ・テレマン)¶
「マタイ受難曲」より 私を憐れんでください(J.S.バッハ)*†
ソナタOp.1-3(バルダッサーレ・ガルッピ)†
膀胱結石手術図(マラン・マレ)*¶†
アンコール:
 胸の振り子(服部良一/サトウハチロー・詞)
 ねむれない夜(高橋悠治/岡真史・詞)
 別れのブルース(服部良一/藤浦洸・詞)

*波多野睦美(声)、¶栃尾克樹(B.Sax)、†高橋悠治(Pf)

私としては勿論、バリトンサックスの栃尾さんの名前があったから行ったようなもんだけれど、それにしても既存のジャンルとかスタイルとかからこれほど離れたコンサート、というより(言葉の最も正確な意味で)ライブ、というのは稀だった。

波多野さんといえば、もともと古楽の分野から出てきた歌い手さんで、勿論ベルカントでも歌えるけれど、ヴィブラートをかけずに真っ直ぐプレーンに声を飛ばせる方。
MCでマイクを通して話す声は、まるで昼間のラジオ放送のDJのように自然だ。
高橋悠治氏といえば、それはもう日本に「奇才」「鬼才」と呼ばれる音楽家は何人もいても、この人の前にはおそらく全員形無しだろうと思われる、本物の「凄味」を持った人。
あまりにも凄みが過ぎて、アッチの世界に行ってしまった感もある(笑)。

全部が3人で演奏という訳ではなく、編成は様々だったが、降り番の人も舞台から引っ込まずその場で聴いている。
休憩後の最初の曲目は栃尾さんのどソロのテレマンの無伴奏ファンタジーだったけれど、それでも3人一緒に出てきたくらい、徹底している。
コンサートというより、まさに、ステージの上で路上ライブをやっているような感覚。
全く「構える」ことなく、350年くらいの時代の幅の中を自在に行ったり来たりする。
マラン・マレ(1656-1728)が自分の受けた(当然、麻酔なしの)手術を元に発想したという「膀胱結石手術図」では、「手足を縛る」、「ここで切開」、「鉗子を入れる」、「血が流れる」、などというリアルなナレーションに、バリトンサックスの音が悲鳴を上げるかと思うと、次の瞬間にはなんということのないバロック舞曲が始まったりする。
それにしてもとにかく、「面白かった」。
演っている本人たちとしてはたぶん、面白がらせよう、という意図は無いと思うんだけど、それにしてもこの面白さはいったい何なんだろうか。

終演後はロビーでサイン会が開かれたが、栃尾さんのCDは既に持っているので買って並ぶという訳にもいかず、遠くからこそっと挨拶。
ロビーの雑踏の中、ドテラみたいな上着を羽織ったサンダル履きのオッサンが背後をうろうろと歩いていったが、よく見たらさっきまで舞台上にいた世界的ピアニスト&作曲家だった(笑)

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