2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ

« 【聴いた】シンフォニエッタ静岡…シャルリエの至芸とラドミロー日本初演 | トップページ | 【聴いた】俊英たちの木管五重奏 »

2012.02.02

フランソワのSACD

去年の暮れ頃から、EMI Classics名盤SACDと題して、EMIジャパンより往年のEMIのクラシックの名盤をSACDで出し直すシリーズがスタートしている。
先日、サンソン・フランソワ(ピアノ)のドビュッシー録音集成が4枚組で出たので、買ってきたところ。

EMI, TOGE12061-4

ドビュッシーの録音は本当にたくさんあるけれど、私にとってはやはりこのフランソワの録音が原点だ。
「ベルガマスク組曲」「ピアノのために」「子供の領分」「版画」という組み合わせで1枚に入っていたLPレコードで最初にドビュッシーのピアノ曲に親しんだのは、私がまだ十代の頃だった。あれからはや30数年。
アビイロード・スタジオのベテランエンジニア達が総力を結集した今回のSACDリマスターは、今までのEMIのマスタリングからは面目を一新するものになった。
家にあった、同じ音源の90年代のCD(セラフィム名義の1500円盤、および95年頃のHS2088マスタリング)と聴き比べても、音に奥行きが増して響きも整い、まるでピアノを調律し直したかのような印象だった。
バックグラウンド・ノイズも明らかに激減したけれど、高音域を落として減らしたのではなく、高域はむしろフラットに伸びている感じ。

ドビュッシーのピアノ曲は、いくつもの響きのLayer(層)が積み重なって出来ている、と言ったのはポール・クロスリーだった。
「レイヤー」と言えば、パソコン上で画像処理をする人にとってはお馴染みの言葉というか、考え方だろう。
残念ながらクロスリー自身の演奏(ソニーへの全集録音)にはそういう感じがあまり感じられなくて、私にとってはむしろフランソワの演奏こそが、いくつものレイヤーが精妙に重なったドビュッシー、というイメージに重なる。
「前奏曲集第1巻」の第1曲、「デルフの舞姫」の冒頭の十数秒を聴くだけで、それは分かっていただけるのではないかと思う。
また、フランソワの演奏の特徴は、実はリズムの立ち上がりの物凄く鮮やかな瞬発性にあると私は考えていて、一見、派手にルバートを効かせた奔放な酔っ払い演奏に聞こえるけれど、それは決して本質ではないんじゃないか。

それでも、フランソワのルバートには強烈な麻薬的効果というか影響力があって…
私が「ベルガマスク組曲」のプレリュードを初めてサックスカルテット(ソプラノ)で演奏したときは、後から録音を聴いて笑っちゃったくらい、フランソワもどきのテンポの伸び縮みを随所でやらかしてしまった。
友人の結婚式での余興演奏で、合わせも当日だけだったから、細かいことは考えずに自分の耳の中にあったイメージそのままに吹いちゃったんだろう。
「ベルガマスク組曲」はその後、一から譜面を読み直してさらい直したので、逆にフランソワがやらかしたことがどれほど天才的な感性と閃きの産物であるか、ってことはよく分かったんだけど。…

さて、今月はこのシリーズで、EMIのあの世紀の名盤、マルティノン指揮フランス国立放送管のドビュッシー管弦楽曲全集も、同様のリマスターでSACD化される。
楽しみである。

« 【聴いた】シンフォニエッタ静岡…シャルリエの至芸とラドミロー日本初演 | トップページ | 【聴いた】俊英たちの木管五重奏 »

新着音盤」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 【聴いた】シンフォニエッタ静岡…シャルリエの至芸とラドミロー日本初演 | トップページ | 【聴いた】俊英たちの木管五重奏 »