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2011.12.24

クリスマスイブ

三連休のさなかのクリスマス。
仕事も、本番も、練習もなく、心安くこの日を迎えるなんてことは、もう何年もなかったような気がする。

キリスト教徒でもないのになぜクリスマスを祝うのかわからない、と仰る方もいるのかもしれないけれど、少なくとも私たちのように西洋音楽に関わる人間にとっては、西洋文化の根源であるキリスト教の精神に触れて、西洋の人々のクリスマスに寄せる思いや様式について考えるのは、無駄なことではないと思う。

でも現実には、クリスマスというのはありふれた年中行事のひとつでしかなく、もしかして自分たちがやっているのが「西洋音楽」である、という自覚すら無いのかもしれないけれど。

CD - Marc-Antoine Charpentier

という訳で、マルカントワーヌ・シャルパンティエ(1645-1704)の「真夜中のミサ」を聴いてます。(デイヴィッド・ウィルコックス指揮キングズ・カレッジ合唱団ほか、EMI)
もう10年以上も前のことだけれど、鷺沼の教会のクリスマスコンサートにサックス四重奏で招いていただいて、聖歌隊の皆さんの伴奏をしたことがある。
その聖歌隊の方々が歌っていたのが、この曲ではないけれど、シャルパンティエの幾つかのモテットだった。
こんなに幸福な、こんなに美しい音楽があるのかと思いましたよ。
こういう形で、この作曲家とその音楽を知ったのは、とても貴重で、ちょっと誇らしい経験だ。
このCDについては以前にも書いたような気がするけれど、よいものは何度書いてもよいのだ。

CD - Honegger, Une cantate de Noel

クリスマスを題材とした音楽の中で屈指に感動するものといったら、オネゲル(1892-1955)の「クリスマス・カンタータ」だと思う。
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団ほか(Decca原盤、Universal)。

低周波騒音みたいなオルガンのペダルと低弦の持続音で、まるでこの世の絶望をすべて背負ったかのように重苦しく始まり、合唱の祈りの歌とともにそれが進むと、頂点で児童合唱による突然の清楚な響きで場面が一転、極めて明朗で幸福な世界が現出する。
「きよしこの夜」を始めとする4曲のクリスマス・キャロルが、対位法的洗練の粋を尽くして同時進行で進むクライマックスの部分は、目眩がするくらいに感動的だ。

カップリングがドビュッシーの「聖セバスティアンの殉教」というのもいい。
私が大学生の頃にLPレコードで愛聴した音源。
古い録音(1954年)だけれど、CD化はとても成功していて聴きやすい音だ。

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CDを聴く」カテゴリの記事

コメント

初コメです。この時期にオネゲルの“クリスマスカンタータ”を聴く(笑)数少ないひとりです、私も。

正直、あのCDを買ってから何年もあの曲を聴ききれませんでした。理由は“クリスマス~”って言ってるのに(笑)あの重さ、暗さに耐えきれなかったからです。

オネゲルの作風は理解していたつもりでしたが、あの時期にあれを聴く人って(笑)!
当然今でも聴くときはひとりでヘッドホンです。

一通り聴けた時は感動しました!今となっては前半の部分も素晴らしい(笑)特にオルガンの導入部分と一番最後の終息部分は鳥肌ものです!

私は普段ひとつの曲を聴き比べとかする趣味はないのですが、この曲だけはいろいろ(3つ位しかありませんが…)聴きました。が、やはり“アンセルメ”が一番です。“マルティノン”のほうが上手なのに…何故か“アンセルメ”に軍配があがります。

生の演奏も聴きにいきましたが、どうしても“アンセルメ”が脳裏をよぎる。

素晴らしい曲です!


毎年思うのですが…年末は“第9”と“クリスマスカンタータ”を一組にするというのはどうですか?

感動的だと思います!

こんにちは。各コンサートでたびたびお声をかけさせていただいています、tfmです。

> もう10年以上も前のことだけれど、鷺沼の教会のクリスマスコンサートにサックス四重奏で招いていただいて、聖歌隊の皆さんの伴奏をしたことがある。

カルテットで聖歌隊の伴奏に招かれるとは、どんな経緯だったのでしょう?
少し最近15世紀、16世紀のミサを聴く機会があって、なんとなくですがサクソフォンと宗教音楽に可能性を感じています。
(独特の響き方と、人声に近い音域を持つサクソフォンでミサ曲を演奏するというのも面白いと思っているのです)

苫児さま。コメント有難うございます。なんとなく色々と共通するもののある感性に親近感を持っております(笑)
そう、マルティノンもありましたね!(私もLPで聴いたのはマルティノンが先でした)

第九と「クリスマス・カンタータ」を一緒にとりあげるというのは、デュトワが(たしか10年以上前ですが)N響でやったと思います。
今のN響ではあり得ない発想でしょうね(笑)

tfmさま。
とくに変わった経緯というものは無くて、当時のカルテットの主宰者が地元の学校の先生だったので、生徒の親御さんでそこの教会に出入りしている方々から依頼を受けたということです。

土地柄を反映してか、町の教会の聖歌隊とはいえなかなかレベルの高い合唱でした。
なかなか出来ない経験ですよね。私もそれ以降はそのような機会には恵まれません。

一番最初に聴いたものがどうしても自分にとって一番になってしまう…(最初の男が忘れられない笑 …あっ、忘れられないのは二番目だったっけ?)

私が一番最初に聴いたのは“アンセルメ”でした。

オネゲルといえば“交響曲第三番”が大好きなんですが、これは“カラヤン”(珍しいですよね)を一番最初に聴いてしまい、名演といわれる“ボード”などはイマイチぴんときません(笑)


思うにどちらもその時代の空気感までも記録されているという気がします。録音古いし(笑)


オネゲル好きなんです!
冬は“クリスマスカンタータ”ですが、夏は“夏の牧歌”ですかね(笑)

「刷り込み」現象というヤツですね。よく分かります。
オネゲルの交響曲は私は逆に、ボドを最初に聴き込んで(カラヤンはちょっと畏れ多くて近づいてません。笑)、その後に有名なデュトワ盤を聴いたら「?」と思いました…

極めつけはやはり「火刑台上のジャンヌ・ダルク」でしょうか。
あれもマーラーの8番と同じで、冷静になって考えてみると何で感動するのかよく分からないんですが(笑)、でも聴けば絶対感動しますね。

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