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2011.12.31

あれから30年

2011年の最後は、なんとしても今年中に書いておきたかったこのCDについて、書こうと思う。
日本のサクソフォンカルテット界を長年にわたって牽引した老舗、冨岡和男氏率いるキャトル・ロゾー・サクソフォンアンサンブルのデビュー・アルバムのこと。

King, KICC69

キャトル・ロゾー・サクソフォンアンサンブル「亜麻色の髪の乙女」(キングレコード)

1980年12月録音。
CDには1992年5月という発売日付があるが、原盤のLPレコードが発売されたのは、1981(昭56)年の3月のこと。
今からちょうど30年前である。

キャトル・ローゾ「亜麻色の髪の乙女」
LPジャケット(キングレコード/SevenSeas K25C82)

このLPでは、「キャトル・ローゾ・サキソフォンアンサンブル」という団体名を名乗っていた。
それにしても皆さん若い!
冨岡先生は34~35歳、あとのお三方は全員20代。
一番若い池上さんなど、LPのプロフィールには芸大大学院在学中とある。

当時私は大学の2年生になるところで、このレコードは発売日を狙って買いに行きましたよ。
このレコードを買ったちょっと後に、私は生まれて初めて「アンコン」(アンサンブルコンテスト)というものにサクソフォン四重奏で出場した。
「アンコン」草創期のこと。
そう、このレコードは、1970年代の終わりに始まった全日吹連「アンコン」というものの歩みと同期するかのように、情報の極端に少なかった当時、数少ない貴重な「参考音源」として広まっていったのだった。
LPレコードが廃盤になったあとは、ビュッフェ・クランポンが引き継いで、カセットテープで(楽譜とセットのような形で)販売していたはずだ。
この音源を初めて聴いたのはカセットテープだった、という方もおそらくいらっしゃると思う。

1980年代初頭の当時、日本国内で普通に入手できたサクソフォン四重奏のレコードといえば、ほぼ、デファイエ・カルテットの赤いレコード(リュエフ、パスカル他)と緑のレコード(デザンクロ、シュミット他)、日本録音の小品集の3枚だけ(ギャルド四重奏団のLPは国内発売されたことはあったが、当時既に廃盤となって久しかった)。
学校吹奏楽の活動の中で、アンサンブル、就中「サクソフォン四重奏」というもののレパートリーをどのように位置づけるか、という問題について、道しるべとしてこのレコードが担った部分というのは、おそらく前記3枚のレコードのどれよりも大きい。
このレコードに含まれる4曲のサクソフォン四重奏のオリジナル曲~「異教徒の踊り」(P.ショルティーノ)、「序奏とスケルツォ」(R.クレリス)、半音階的ワルツ(P.ヴェロンヌ)、アンダンテとスケルツェット(P.ランティエ)、そして他の編曲小品は、草創期の「アンコン」の曲目や、当時ようやく始まったアマチュアのサクソフォン四重奏の活動のレパートリーとして繰り返し登場し、定着していった。
私自身が真っ只中にいたその時代の空気というものは、今でもはっきりと思い出すことができる。
勿論それは、このレコードの演奏の、今日でも充分に規範足り得る演奏の素晴らしさの所以でもある。
…実は今回、久々にこのCDを聴き返してみて、特に「鉛の兵隊の行進」(ピエルネ)、「スペイン舞曲第2番」(グラナドス)といった、なんということのない小品の真実性に改めて感銘を受けたのだった。

音楽における、コンテストとかコンクールとかいう「教育」由来の行事というものの是非や功罪はよく語られるところだけれど、少なくとも、多くの吹奏楽人が「アンサンブル」というものに触れ、楽しさを見出すきっかけになったという点で、大きな役割を果たしたことは間違いない。
私だって、アンコンに参加する、というきっかけがあったからこそ、サクソフォンカルテットを本格的に始めることになったんだし。
そのような時代の流れは、ごく短期間での日本のサクソフォン四重奏の隆盛をもたらし、キャトル・ロゾー、下地啓二氏率いる東京サクソフォンアンサンブル、そして80年代後半のアルモ・サクソフォンクァルテット、トルヴェール・クヮルテットといった団体の結成と活躍に、直接につながってゆく。

そのような流れの推進力の原点のひとつが、間違いなく、この「亜麻色の髪の乙女」と題する1枚のレコードだった。
文字通り、ひとつの時代を画する名盤、と言っていいと思う。
冨岡氏は、雑誌「パイパーズ」357号のインタビューで、

「…僕はソリスティックな世界ではそれほど貢献出来なかったけれど、サクソフォンカルテットを広めることは出来たと思っています」

と語っているけれど、(ソリスティックな世界云々はさておき、後半部分に関しては)本当にそうだ、と思う。

それにしても、私なぞにとっては30年前のことというのは結構「つい先日のこと」、という感覚なんだけれど、それこそ「何もなかった」場所にいきなりこのレコードが現れたのがたったの30年前だということが、ちょっと信じられない。
この間の、こと日本のサクソフォン界の気の遠くなるような時代の進み方に思いを及ぼすと、特に。


余談だけれど、このLPレコードのジャケット写真について。
撮影場所については特に記載はないが、ここは地下鉄赤坂駅の入口である。
もう20年以上前のこと、偶然赤坂駅に降り立った時に、「あっ、あのレコードの表紙だ!」と発見したのだ。
当時、赤坂駅の近くにビュッフェ・クランポンの日本支社があったので、近場で綺麗な場所ということで4人揃って撮影に行ったのだろうと思う(その頃のキャトル・ロゾーは、全員ビュッフェの楽器を使用していた)。
そういえば、セルマージャパンのサービスセンターも当時、赤坂見附にあったっけ。

今はどうなっているのかな、とふと思って、実は先日、訪れてみたのだ。
赤坂駅近辺は、TBSの引っ越しがあってずいぶん様変わりしていたけれど、その一角は何も変わりなくそこにあった。

2011年

2011年10月撮影。
東京メトロ赤坂駅、国際新赤坂ビル東館出口のらせん階段。

…この30年が長かったのか短かったのか、本当に、よく分からなくなる。

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コメント

明けましておめでとうございます♪今年も宜しくお願い致します。(^^)

寝ようかなと思ったら、こんな記事が!

高校時代、テープで聴いた世代です。(^_^;)
そして、1988年の大学1回生の時、このLPに入っていたほぼ全曲を練習し、
春休みに演奏会で一部をプログラムに取り上げました。リュエフをやったのも、この時。

懐かしい空気の写真ですね。駅の風景だけが変わらないというのが何とも言えず。(^.^)

明けましておめでとうございます。

このレコード(orカセット)に触れた方には、それぞれの、その触れた人の数だけの出会いがある、これはそういう「歴史的な」文物なのだろうと思いますね。

こんばんは!

二度めのコメントですが、時折読ませて頂いてます。
同年代の懐かしさか、楽しく読ませて頂きました(^0^)/

赤坂には、楽譜を良く買いに行きました(^_^;)

今の時代を見ると、
うちらの時代は、経過にすぎなかったのかな?とか
思ったりしますが、

でも、楽しい時代に(80年代)に、珍しい経験をしたのかな?とかも思います。

今は、偉くなってしまった先生方の、純な部分を、宝物のよーな気分で思いだしちゃいました。

(やっぱり、O先生も(^0^)/

コメント有難うございます。
ハンドルネームを変えられましたか?
二度めのコメントとのことですが、一度めが見つからなかったので…

楽しい時代でしたよね。
まあ、常に、現在というのは途中経過でしかない訳ですが。

あと30年経ったら、今の20代の人たちはやっぱり今の時代のことを懐かしく思うんでしょうか。
私はもう生きていないかもしれないし、検証のしようはありませんが。

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