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2011.12.25

1940年の東京(長文)

今年になって発売された、たいへん興味深いCDを聴いた。

皇紀2600年奉祝楽曲集+
皇紀二千六百年奉祝楽曲~付・近衛秀麿「大礼奉祝交声曲」、玉音放送(Altus)

もう随分前のことだけれど、このブログに「イベールの『祝典序曲』(長文)」という記事を書いたことがある。
過去記事はあっという間に埋もれてしまうブログという媒体にあって、5年以上経った今でもそれなりの数のアクセス数を得ている記事である。
その記事の中で、

「実はこれ、紀元2600年の奉祝とやらで日本政府の委嘱により書かれた曲で、初演は大戦直前の1940年、山田耕筰の指揮で東京・歌舞伎座にて行われているのだが、その話はまた別の機会に。」

と書いているんだけど、あれから5年が経ってこのCDが発売されたおかげで、やっと「その話」について書く機会が巡ってきたようである。

「皇紀」とは、「日本書紀」の記述(要は、神話である)に基き、神武天皇の即位年(キリスト教紀元前660年)を元年として戦前の日本で使われた紀元のこと。
1940年(昭和15)は皇紀の2600年に当たり、奉祝のために東京オリンピックをはじめとするいくつかの大きな国家行事が予定されていたが、国際情勢の悪化によりそれらの多くは中止となった(日中戦争は続いており、日米関係は開戦前夜の険悪な状況であり、ヨーロッパでは第二次世界大戦が既に勃発していた)。
にもかかわらず、当時の日本政府が英・仏・独・伊・ハンガリー5ヶ国の政府に委嘱した「紀元2600年奉祝音楽」の作曲という事業は無事に実現し、それらの作品は1940年12月、東京にて初演され、その後すぐにレコード録音され発売された。

今般CD発売された「皇紀二千六百年奉祝楽曲」は、そのさいに録音された、R.シュトラウス(独)「皇紀二千六百年奉祝音楽」、ピツェッティ(伊)「交響曲イ調」、イベール(仏)「祝典序曲」、ヴェレシュ(ハンガリー)「交響曲」の4曲をCDに復刻したものである。
(もう1曲、英国のベンジャミン・ブリテンは「シンフォニア・ダ・レクイエム」を作曲し日本に送付しているが、「奉祝にレクイエムとは」という判断その他により当時演奏はされなかった)
これらは以前にも、ローム・ミュージックファンデーションより日本SP名盤復刻選集IIIという7枚組のCDの中で復刻されたことはあったが、入手しにくい発売形態であり大部なセットでもあり、今回の発売はたいへん貴重かつ有難いものだ。

ローム・ミュージックファンデーション-日本SP名盤復刻選集III
ローム・ミュージックファンデーションの復刻CD

オーケストラは、新交響楽団(現N響)、中央交響楽団(現東京フィル)、東京放送管弦楽団、星桜吹奏楽団(いずれも日本放送協会専属の楽団)、東京音楽学校(現藝大音楽学部)管弦楽団、宮内省楽部の合同による160人編成。
1940年当時の、日本の洋楽界のまさに「総力戦」ということだ。
ジャケットに、初演会場の東京歌舞伎座のステージ(と思われる)にぎっしり並んだ写真が載っている。

演奏を聴いてみると、なにしろ70年以上前のSPレコードの復刻なので、勿論ノイズだらけの貧弱な音ではあるけれど、注意深く聴いてみると、意外とやるべきことをきちんとやっている真っ当な演奏であることが分かる。
特にR.シュトラウスが手強いということで、30回以上という今のアマオケ並みのリハーサル回数を重ねたとのことだ。
注目のイベール「祝典序曲」も、さすがに1970年代のフランス国立放送管弦楽団の輝かしい響きと比べるのは厳しいものがあるけれど、指揮者(あの山田耕筰である)のぶっ速いテンポによくついて弾いている(テンポの変わりめで時々乱れるけど)。
驚くのは中間部のサクソフォンのソロ。さかやん(阪口先生)ばりのヴィブラートのかかった、見事なソロである!
ラヴェル「ボレロ」の初演(1928年)でマルセル・ミュールがサクソフォンのヴィブラート奏法を公式に試してから、まだたったの12年。
この時代の日本に、ミュールと同じヴィブラートを駆使するサクソフォン奏者が、既にいたのだ。

オーケストラの全メンバー表は、以下の通り(クリック拡大)。
こちらのメンバー表は、前記ローム・ミュージックファンデーション版のCDの解説書に依る。
今回復刻されたCDには、この手の音楽、この時代の事象について書かせたら日本には他に適任者はいないであろう、片山杜秀氏による2段組29ページにおよぶ詳細な解説が付いており、実に読み応えがあるが、残念ながらオーケストラのメンバー表は載っていない。
資料的価値ということを考えたら、解説文は多少削ってでもメンバー表は載せるのが筋だとは思うのだが。

紀元二千六百年奉祝交響楽団編成表1

紀元二千六百年奉祝交響楽団編成表2

凄いメンバーである。
特に新響(N響)系には、戦後のかなり後々までN響で活躍された方々の名前がぞろぞろ。
黒柳徹子さんのお父様(新響コンマス)の名前もしっかりと。
チェロに斎藤秀雄の名前がありますね。
チェロの倉田高は、やはりチェリストの倉田澄子さん(桐朋学園大学教授)のお父様。
コントラバス深海善次の「新訂吹奏楽法-楽器論と編曲法」という著書を手にとったことのある吹奏楽人は多いんじゃないか。
ホルンの高田三郎は、合唱曲「水のいのち」「心の四季」の作曲者本人。
ハープの山田和男は、のちの指揮者・山田一雄である。

クラリネット・サクソフォンとして5人の名前が挙がっているけれど、サクソフォンを演奏したのはおそらく「松島貞雄」氏であろうと思われる。
松島氏は、戦後のかなり長いこと(おそらく1960年代まで)、N響の「クラリネット/サクソフォン兼務」奏者として在籍された方である。
サクソフォンという楽器はオーケストラに定席がないので、サクソフォンを使う曲の場合はエキストラ奏者が呼ばれるけれど、ことドイツのオーケストラ界では長いこと、サクソフォンは慣習的に「クラリネット奏者の持ち替え楽器」という扱いであり、ドイツのオケに範をとったN響でもそのようなシステムを採用していた。(今ではN響でもサクソフォンは専門のエキストラ奏者を呼ぶようになったが)

#カラヤンはベルリンフィルで、サクソフォンを使う曲があった場合必ずパリからダニエル・デファイエを呼んだ、というのは有名な話だけれど、これって当時のドイツでは例外中の例外、普通だったら絶対にあり得ないくらい特殊な事態だったということなのですよ。
カラヤンだから許された贅沢、というか。
デファイエ自身も、パイパーズ誌のインタビューで「(ベルリンフィルでは)サクソフォンはカラヤン以外の指揮者の時は、バスクラリネット奏者が持ち替えて吹いた」と明言している。

松島氏の名前は、草創期の柳沢管楽器でアドヴァイザーの役割を果たした方として、社史に写真入りで載っていたし(少し前まで、プリマ楽器のサイト内でPDF公開されていたが、現在は見られないようだ)、同様の記述を雑誌「The SAX」誌上で見たこともある。
戦前・戦後の日本「オーケストラ」界での、数少ない(おそらく他には皆無に等しい)サクソフォンのエキスパート、ということだろうか。

…ともあれ、そんな訳でこのCDで聴ける音は、大戦により日本の洋楽環境が壊滅的な打撃を受ける直前の、戦前日本の洋楽界が総力を結集した最後の姿を横断的に留めているものなのである。
よくこんなCDが出たものだなあ、と感心する。

奉祝楽曲4曲は、CD1枚には入りきらず、かといって2枚組にしては中途半端な収録時間になってしまうためか、この(2枚組)CDには、大変興味深い「おまけ」が2つ付いている。
ひとつは、近衛秀麿(1898-1973)の作曲になる、「大礼奉祝交声曲」(昭和天皇の即位の大礼を奉祝するカンタータ)の1928年録音の復刻。
もうひとつは、「終戦の詔書」。
いわゆる「玉音放送」(1945年8月15日)である。「堪へ難きを堪へ忍び難きを忍び」っていう、あれ。
いや、私も「玉音放送」の全編をちゃんと聞いたのは、初めてだ。
一般的にはこのCD、「玉音放送が聴けるCD」として知られることになるだろうと思う。

それにしても昭和天皇の生声、懐かしい。
昭和天皇の声は「祝詞(のりと)」の発声である、とする解説には、目から鱗。そうだよな、戦前の日本は「神国」であり、天皇というのはその最高位の祭司でもあったのだから。
比べるとやはり今上天皇の御声は、まさに「人間の声」だと実感する。

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