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2011.07.26

「匿名の歌」…静岡行き覚書

もう2週間も前のことになってしまったが、静岡行きの記録。
帰ってきてから楽譜書きとか楽譜書きとかプライベートな仕事に追いまくられ、先日やっと終わったので想定ブログネタをひとつずつ片づける日々。

SSJ, 20110710シンフォニエッタ静岡 第20回定期演奏会(グランシップ 中ホール「大地」)

オネゲル/夏の牧歌
モーツァルト/協奏交響曲K452
 Ob植田明美、Cl竹内未緒、Bn小山清、Hn月原義行
長谷川勉/匿名の歌たち~室内オーケストラのための
モーツァルト/交響曲第40番
 指揮:中原朋哉

今回、室内オーケストラ版としては初演の、「匿名の歌たち」が大変興味深かった。
作曲者長谷川勉氏は、現在は山形大学教授で、指揮者中原さんの作曲の師匠だそうだ。
どんな音が出てくるのか身構えて聴き始めたら、拍子抜けするような平明な響きが聞こえてきた。
時代的には、ほぼ120年くらい前の雰囲気だ。
ちょうど、ワーグナーの影響を受けた19世紀末のフランスの作曲家の未発掘の作品、という趣。
それは、私がフランス音楽に興味があるのでそう聞こえるのであって、もしロシア音楽好きの人が聴いたらボロディンとかリャードフの未聴の作品に聞こえるかもしれないし、東欧音楽好きの人が聴いたらヤナーチェクやニールセンの若い頃の習作かと思うかもしれない。
作曲者の言葉によると曲名の由来は、「私」というこだわりを捨てた、作曲者が別に誰であってもかまわないような匿名性や無名性とでもいうもので、自分が接した古今東西のいろいろなものが単に自分を通過して現れてきた、というようなことを意図しているそうだ。

そのような考え方には私は深く共感するものである。
「個性」というものを必要以上に高く評価するような考え方が、現代の音楽を駄目にしたことを、みんなもっと知るべきだと思う。
何か他人と違うこと、何か目新しいことをしなきゃいけないという強迫観念めいた考え方が、そうすればとりあえず(才能のない者でも)「個性的」というポジティヴな評価を貰えるという風潮と結びついて、音楽の「進歩」と称する過去百年間の馬鹿らしい「実験」の数々を生んだということを、もっと思い知るべきだ。
そういうものが最近やっと終りに近付いたようで、私は嬉しいんですが。

私のことをそのへんの聴かず嫌いのアンチ現代音楽の人と一緒にしないでね。
ワタシゃ高校生の時から、NHKFMの「現代の音楽」(上浪さんの司会の頃)を毎週聴いちゃラジカセでエアチェック(死語)してたような人間ですよ。
広瀬量平の「天籟地響」の放送初演のために、学校のある日にわざわざ早起きしてラジオ聴いてたヘンな中学生は、私だ。
ちなみに私は、「個性重視の教育」とか、「自分探し」なんていう言葉は大っ嫌いです。
つうかそんなもんは有り得ないと思ってる。それこそが、「個性」は至上のものであるという勘違いに基づいた幻影だ。
閑話休題。
この「匿名の歌たち」という作品、再演の機会があることを願う。

モーツァルトの協奏交響曲は、よく演奏される同名曲とは違い、「ピアノと管楽器のための五重奏曲」K452のピアノパートをどなたかが弦楽4部に編曲したというもの。
ソロ管4人が前列に並び、ひな壇の上に弦楽器群が座るという斬新な配置。
弦がなかなか激烈なことをやらされていた。
モーツァルトの書くピアノパートというのは、他の楽器では代替できないようなスペシャルなものなんだな、ということが納得される。
メインプロの「40番」は、もうちょっと弾きやすいやり方やテンポ設定にしようと思えばできたかもしれないが、敢えてそうしなかった、ような印象を受けた。

今回(楽団サイトに載っているような理由により)曲目変更があって、当初の南フランス音楽紀行、みたいな曲目が、1曲めの「夏の牧歌」だけになってしまったのは私としてはちと残念だった。
特にシャブリエの「田園組曲」は聴きたかったな。
今後に期待しましょう。
面白かったのは、アンコールとして本来プログラムに入っていた(中原さんのお得意の曲でもある)ラドミローの「ラ・ブリエール」からの1曲が演奏されたんだけど、終演後私の周囲にいた常連とおぼしきオバサン達がすごく喜んでいたこと。
「ラドミロー良かったわねー、聴きたかったのよねー」
なんて、フツーのおばさん達がフツーに喋ってるの。
なにげに凄い光景だな、って思った。


開演前のロビーでの、チャリティコンサートの光景。
小山さんと、今回エキストラの仙台フィルファゴット奏者海野さん(最近、小山さんのもとでフランス式バソンを始められたそうだ)により、モーツァルトの「バソンとチェロのための二重奏曲」。
演奏前に海野さんが震災後の仙台の現況について、少しく話された。
まだまだ到底「復興」には程遠い状態のようで、うーむ、言葉がない。

20110710

正真正銘の「バソン」デュオ。
これがどれほど珍しい光景か、ということをちゃんと分かっているお客さんって、果たしてどのくらいいたのかな。

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