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2011.06.03

飯守泰次郎氏、チャイコフスキーを語り、弾く

今年から来年にかけてシリーズで開催される、飯守泰次郎&東京シティフィルのチャイコフスキー交響曲全曲演奏シリーズのプレ・イヴェントとして行われた、飯守氏のレクチャー(講演会)に行ってきました。
会場は森下文化センターの多目的ホール。フル編成のオーケストラのリハーサルが出来る程度の大きさのフラットスペース。
お客さんは200人弱といったところか。

ワーグナーの楽劇だったら4時間立って振り続けても平気で、終わってすぐもう1回やってもいい位だが、チャイコフスキーの交響曲を1曲振ると息も絶え絶えになってしまい、マネージャーに心配される、と仰る飯守さんが、まずは「論理的なドイツ人には嫌われる」というチャイコフスキーの音楽の臆面もない魅力について、ロシアという国の国土や歴史の途方もないスケールを引き合いに出しつつ、熱く語られる。
お気軽に演奏されがちなチャイコフスキーとは一味違うものにしたい、という意欲が言葉の端々から実感できる。

image - 資料

後半は、飯守さん自らピアノに向かって、6曲の交響曲のすべての楽章の主要主題を自ら弾きながらの解説。
これが凄かった!
来場者には、あらかじめ上のような資料(コピー12ページ)が配られていた。
飯守さんのピアノは、ご自分でも仰るとおり決して本職のピアニストのように指が回る訳ではないけれど、背後にあるオーケストラの音のイメージというものが怖いほどに伝わってくる。
「ここは弦楽器です」
「序奏です。ロシア正教会の、男声合唱のような音です」(5番の第2楽章)
「ここはヴァイオリンとチェロのオクターブです。フルートが絡みます。鳥の声でしょうか」
「ここに半音の動きがあります!チャイコフスキーの半音は嘆きや痛みです。至るところにあります」
「ファゴットです!ファゴットという楽器はドイツなどでは滑稽なキャラクターで見られていますが、チャイコフスキーにとっては暗さや陰鬱の象徴です」
「目を覆わんばかりの惨状、とでも言いましょうか」(6番「悲愴」の第1楽章展開部)
「ここで地獄の釜の蓋が開きます」(同じく「悲愴」の第4楽章、ドラが鳴る箇所)
などという注釈の言葉とともに、それぞれのパッセージが弾かれる。
聴き慣れたそれらのパッセージが、今までまるで気付かなかった存在感と真実味をもって立ちあがって聞こえてくる。
あまりの面白さに引き込まれて聞いていたら、いつの間にか8時45分。休憩なしの105分ぶっ通し。
放っておけば3時間でも4時間でもひとりで喋り続けそうな勢いだった。いかにもワーグナー指揮者(笑)
さすがに最後の「悲愴」はかなり飛ばし気味だったけれど、あまり馴染みのない初期交響曲の解説をじっくり聞くことができたのは収穫だった。

いやー面白かった。
シリーズ開幕本番が俄然楽しみになってきました。
第1回は来週7日オペラシティ、3番「ポーランド」と4番。当然私も行きます。

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