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2011.04.21

パイパーズ最新号に

パイパーズの最新号(2011年5月、357号)に、この春芸大を退官された冨岡和男先生のインタビューが載っている。
インタビュアーは佐藤淳一さん。
たいへん興味深いので、サクソフォンに関わる方々には是非一読をおすすめしたい。

先生の若き日の貴重な写真満載。
30年だの40年前のことというのは、私のような歳の人間にとっては正直なところさほど昔のこととは思えないんだけれど、進歩の速いサクソフォンという楽器の世界にあっては、冨岡先生が芸大で教えてこられた30年間というのは他の楽器の60~70年分に相当すると思うので、それだけの時間の経過が今なお現役バリバリのひとりの人によって回顧され語られ得るというのは、考えてみたらすごいことだ。

音楽家にとって、成長するとは「天才になる」ことである、という考え方がある。
本当にあったのかどうかは知らないが、いま私が言ったから、あるのである(笑)
冨岡先生は、そのような考え方の体現者だと思う。
なにしろ先生は、演奏家は本物を一度聴いただけで、すぐに感じ取って自分自身に反映できなければ駄目だ、と仰るのだから。
でもそれは、本気で音楽に関わる者だったら、誰もが薄々は分っていることではないか。

「芸術は組織化できるものではなく、個人個人がそれぞれの美を追求する世界ですから、個々に自分の世界に没頭し、良い演奏を生んでいけばいいんです」、という最後の言葉に、深く頷く。
冨岡先生個人や、キャトルロゾーの、あの素晴らしい「個性」、それぞれの「それぞれ性」、としか言いようのない無二のキャラクターを、思う。

しかし冨岡先生若いなあ。
65歳になられたそうだが、とてもそんなふうには見えない。

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コメント

ある小説で、「今、プロで連載を持っている漫画家は皆天才である。」というようなフレーズを読んだことを思い出しました。多分、芸という点で通じ合えるのかなと思います。冨岡先生、かっこいいですね。(私もサックス・アンサンブルの最初は、キャトル・ロゾーでした。)

「天才」とは文字通り考えれば「天から与えられた才能」なのでしょうけれど、そうではなく、自分なりの流儀で「天才」にならなければいけない、というのは表現者に課せられた「任務」だと私は思うのです。

冨岡先生、キャトルロゾーとこの30年のことについては、書きたいネタがひとつあります。近日中に公開予定。

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