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2010.11.15

今月のバンドジャーナル

image - Holst, First Suite, March

現在発売中のバンドジャーナル(12月号)の付録楽譜は、伊藤康英校訂版によるホルスト「第1組曲」の第3楽章「マーチ」のフルスコア。
盛夏の8月号に始まって、隔月の3号でついに「第1組曲」の全曲が揃ったことになる。
伊藤氏渾身の浄書スコアと校訂報告は勿論だが、付随する作品分析の価値がまた量り知れない。
現代を生きる吹奏楽人必携の3冊でありましょう。

雑誌本体の方は、今月はコンクール予選報告が多いので分厚くて特別価格(1200円)だが、他にもさりげなく読ませる記事が多い。
「吹奏楽」「管楽器」だけでなく、音楽の様々なジャンル、様々なシーンに跨がるそれらの記事の複眼性が、バンドジャーナルという雑誌の凄さである。

加藤アッキーさん相変わらずいいこと言うなあ。
「上達の秘訣は『まず、自分のヘタさに気付くこと』。」
「ヘタな状態で練習を重ねていっても『ヘタを固める』ことにしかならない。目的や目標のない練習やロングトーンは、全く意味をなさない」。

私も昔よく師匠に言われましたよ。
「下手糞に吹く練習をしてもしょうがないでしょ?」って、軽く。

勿論、自分のヘタさに気付くのは、結構難しい。
自分で自分のことを「私ヘタだから、」とか言っている初心者レベルの方で、実のところ自分のヘタさ加減を「ちゃんと」認識している人というのは、ほとんどいない。というか、皆無に等しい。
むしろ、言葉とは裏腹に、私にもどこか「取り柄」があるはず、と(無意識にも)思っている場合が多い気がする。
多くの「ヘタな」人というのは、自分が上手になることよりも、自分のことを「上手だ」、と言ってくれる人を探すほうに力を注いでいるように見える。

そりゃね、誰だってそんなもの(自分のヘタクソさ加減)なんて、見たくないよね。
自分の傷口を子細に観察して、場合によってはそこに手を突っ込まなきゃいけない、なんて真似は、誰だってしたくない。
でも、それをしなければ、永遠に上手くはなれない。
逆に言うと、自分のヘタさ加減をきちんと認識した時点で、その人は「ヘタ」というレベルから一歩、離れたことになる。

ある時、練習で一緒に吹いていた人に、「私の吹き方をどう思いますか?」と聞かれたことがある。
私は正直に、「ただ音符が並んでいるだけで、フレーズ感や音楽の流れや方向性が感じられない」、と(思ったとおりのことを)言った。
そうしたらその方は、「私としてはいっしょうけんめいにそういうことを考えて吹いているつもりなんだけど、どうしてそう聞こえないんでしょう?」と真顔で聞いてきた。
あのねえ。
ちょっとびっくりしたんだけど、どうやらその方は大真面目に言っているようだったので、しょうがない、懇切丁寧に教えてあげたのですが。

そのような問いがいかに「愚問」であるか、って事は、分かる人はもう全員分かるでしょう。
それが「愚問」である、ってことを知ることですね。
まずはそこから始まる。
というか、そこから始まらない限り、「先」はない。

バンドジャーナルやホルストの話からずいぶん離れてしまった。

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