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2010.10.11

回想のカザルスホール

三連休終了。
リハーサル漬けの日々が終わった。
今日はアンサンブル最終練習。
何人ものメンバーがよその(自分の所属以外の)カルテットチームの練習に居残って、忍法「自分のことは棚に上げる」(苦笑)を駆使し、いろいろ、ああだこうだ。
こういうことがお互いに遠慮なく、雰囲気が悪くならずできる風通しの良さと率直さは、私たちのグループのいいところだと思いますね。

家に帰って、ふと思い立って雲カルのDVDを観る。

KumoiQ & Otis Murphy 2009
オーティス・マーフィー×雲井雅人サックス四重奏団 ジャパンツアー2009(Brain Music

昨年秋のツアーの東京公演のライブ。
ちょうど私たちの演奏会本番の前日で、実際に会場で聴いていた。
DVDを購入したのも随分前なんだが、私の場合「聴き了えてしまった」演奏会には正直なところあまり関心が向かないので、ゆっくり観ている時間もないまま置いてあったところ(「新着音盤」ではないですね)。

20091102

私はステージ上手脇のバルコニー席、上の画像の右上の切れるか切れないかというあたりに座ってました。
まだ記憶の中に残っている昨年11月のコンサートの一部始終が、角度を変えて、目の前で再現されていく。
雲カルの音が会場内の空気を揺らすあの感じ、オーティス氏の密度がぎっしりと詰まった深い音色。
オーティス氏とハルコさん、雲カルメンバー、そしてそこにいるお客さんとの間の、連帯感と共生感。
この会場にいなかった人にとっては、この映像(と、音)はどのように受け取られるのだろうか。
あるいは、何年、何十年も経って、詳細な記憶をすっかり失ったあとの自分自身にとっては。
こういう演奏会ライブビデオというものは、「記録」という以上に、すぐれて「再創造」である。
単なる「雲カルのビデオ」、「オーティスが吹いている映像」という、記号的な意味だけに受け取られないことを願う。

この映像のもうひとつの価値は、このカザルスホールという、今は入ることのならなくなった名会場の閉館前の姿を、じつにくまなく捉えているところにあると思う。

20091102

このキャプチャの席位置と眺め!
カザルスホールのバルコニーほど美しい音の聴ける演奏会場は、少なくとも東京都内には存在しなかった、と私は思う。
平土間のほうはいろいろと小さな問題があって、都内にカザルスホール以後新しく出来た室内楽会場(浜離宮朝日ホール、紀尾井ホール、トッパンホール、王子ホール)ではその点それぞれに改善されたけれど、ここのバルコニーを上回る幸福な音響、というものは遂に得ることはなかった。
ちなみにここのバルコニー席の最後部というのは業界関係者の定席で、私はとあるヴァイオリニストのリサイタルでY野直子とN道郁代というお二人に挟まれて座ったこともあった。それはともかく。

1987年に開館したカザルスホールという会場が、日本のクラシック・コンサート史上、ハード面でもソフト面でもいかに空前で画期的なホールだったか、ということは、いまや実感として理解している人は(関係者を除けば)ほとんどいなくなってしまったかもしれない。
90年代以降、この会場の客席に数えきれないほど座った者として(90年代の10年間に限れば、間違いなく、サントリー、東京文化の次くらいの頻度で来ましたね)、一度は舞台にも乗った者として(1992年のアマチュア室内楽フェスティバル。デザンクロの四重奏曲を全曲やりました)、このことは機会があったら言い伝えていかなければならないことだと思っている。

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