静岡へ行った件
先々週の週末(7月3日)のことを振り返っておきます。
リアルタイムでブログを書いている暇がないまま、翌週の怒濤のコンサート週間に突入してしまった。
シンフォニエッタ静岡を聴きに、新幹線で静岡まで往復してきた。
去年は都合で行けないことが多かったので、ずいぶん久しぶりな気分。
プロフェッショナルのフランス音楽マニアでもある友人の音楽監督中原さんの指揮を聴きに行くのは勿論だけれど、単に友人の演奏を聴きに行くというだけではない、音楽と地域社会というものに根差した独自の見識と趣向があると思うからこそ、ひとりの定期会員として演奏会場である東静岡のグランシップまで年に何度か足を運んでいる。
シンフォニエッタ静岡 第15回定期演奏会(グランシップ 中ホール「大地」)
R.シュトラウス/ホルン協奏曲第1番
L.モーツァルト/アルプホルン協奏曲
ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」
Hn:ヴィリ・シュヴァイガー(ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団首席ホルン奏者)
指揮:中原朋哉
今回のテーマは、「ホルン」。
ザルツブルクから招かれたソリストが、ばしっと燕尾服姿でシュトラウスを披露したかと思ったら、チロルの民族衣装(というか、要は羊飼いの作業着ですね)に着替えて全長3mのアルプホルンを吹き(父親が著名なアルプホルン製作家なんだそうだ)、休憩後はオーケストラのホルンセクションに加わって、2名の正楽団員とともに「英雄」の3パートのホルンを吹きまくる。
圧巻はアルプホルンでした。
あんな、800席のホール全部を包み込むような1本の管楽器のサウンドというのは、聴いたことがない。
音というか、空気感というか。
ああいうものに包まれるのは、純粋な快感、ですね。
そもそも、アルプホルンという楽器の生音を聴いたのは、私だって初めてだ。
中井紀夫という作家が書いた、「山の上の交響楽」という小説がある(ハヤカワ文庫。今も出ているかどうかは知らない)。
SF小説といっていいと思うんだけど、音楽とか、オーケストラというものを題材にした小説の中では、最高傑作のひとつだと私は思っている。
この中に、「八百尺」という空想上の楽器が出てくる。
コンサートホールと同じくらいの大きさを持った、巨大なラッパ型の管楽器である。
この楽器が演奏会本番、800人の演奏者による大シンフォニーのクライマックスで鳴らされたときの描写は、以下の通り。
「…しかし、アサガオから響き渡るはずの音は聞こえてこなかった。あまりにも低い音程のため、人間の耳では聴きとれなかったのである。ただ、肌を震わせる空気の振動だけが、やわらかくあたたかい巨人の掌のように、奏楽堂全体をやさしく包みこんだ。」
アルプホルンの音を聴いたときにまざまざと思い出したのは、20年以上前に読んだけれど表層的な記憶からはすっかり飛んでいたこの小説の、この一節だった。
まさにその通りだった(音は聞こえたけど)。
中井紀夫という人は、絶対にどこかでアルプホルンを生で聴いて、そこからこういうイメージを得たに違いない。
とても得難い機会だった。
室内オーケストラとしての正統性の追求と高い演奏レベルの維持、よそにない独自性と意外性の担保、聴く人の知的好奇心の刺激、ということをこれほどまでに両立した企画というのは、見事としか言いようがない。
終演後のロビーでは、中原さん自ら現地で調達して持ち込んだ、パリとザルツブルクの各種雑貨の即売会。
なかなか賑わっていた。これまた楽しい試みですね。
こんなものを買いました。パリのメトロの路線図コースター。
…という訳で、7月3日後編へと続く。
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