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2010.06.20

進歩ということ…インバル、マーラー復活

TMSO, 100618東京都交響楽団 特別演奏会(ミューザ川崎シンフォニーホール)
同 第701回定期演奏会(サントリーホール)

マーラー/交響曲第2番「復活」
 Sp:ノエミ・ナーデルマン
 Ms:イリス・フェルミリオン
 二期会合唱団
 指揮:エリアフ・インバル
 (コンサートマスター:矢部達哉)

インバル師率いるわれらが都響の、700回の記念定期演奏会には行けなかったけれど(このブログを開設して間もない頃、ちょうど600回の定期があった。あれから5年が経つのか。あの頃はまだ故ジャン・フルネ師が現役だったなあ…)、同一プロによるミューザ川崎での特別演奏会とサントリーでの701回定期を聴いた。

3月のインバルのマーラー「3番」の超名演は今も耳に残っているけれど、都響というオーケストラは明らかにあれがきっかけで一皮むけたというか、変貌したように思う。
いい意味で、「普通」になった。
今日のような、先日の小泉さんのニールセンもそうだけれど、以前だったら「事件」と呼べるような演奏の質の高さを、あたかも日常のことのように実現するようになってきた。
それはもしかしたら都響に限らず、東京の他のオーケストラでも、同時多発的に起こりつつある変貌かもしれない。
私たちはいま、物事が「進歩」するまさにそのとき、という、貴重なタイミングの真っ只中に居る…のか?

今までに聴いたこともないくらい見通しのすっきりした「復活」だった。
マーラーの「復活」という曲、最後のあまりにも壮大な、感動の押し売りのような大袈裟さと、そこへ持ってゆく強引さが苦手だったんだけど、インバルの持っていき方は本当に一分の疑念もなく納得させられるというものだ。
だから、(何かと比べて)良いとか悪いとか感動的だとかいう話ではなく、音楽そのものの尊厳と感動を、音楽の流れに沿って追体験していくことになる。

インバルの指揮は決して分かりやすくはない。と思う。
棒の動き方は大きくてはっきりしているし、「溜め」も「切れ味」もあるけれど、どこが2拍めでどこが3拍めなのか、一生懸命見ていても私にはよく分からない場合が多い。
たぶん、私には想像もつかないような次元の情報共有を、インバルとオケ、合唱の間で実現しているということなのだろう。
そういえばインバルが19年前(1991年)、初めて都響にやってきた時の最初のプログラムもやはり、マーラーの「復活」だった。
物凄くスケールの大きな演奏で、最後はやはり、というか無理やり感動的に終わったけれど、そこへ至る細部はかなりいろいろいろいろトラブルが起こっていた記憶がある。

物事は進歩するのですよ、やはり。

今日最も感動した箇所。
3月の「3番」に続いて今回も来日、4楽章「原光」を深々とした声で歌ったメゾソプラノ歌手が、「むしろ私は天国に暮らしたい!」と歌い終えた後を引き継いだ、オーボエ広田さんの「入魂の」ソロ。
まさしく、絶唱、でありました。

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