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2010.06.24

マルセル・ミュールの誕生日に

Marcel Mule
Marcel Mule...Encore!(Clarinet-Classics CC0021)

本日6月24日は、名匠マルセル・ミュールの109回めの誕生日。
ミュールの録音の中で私の最も好きな、サン=サーンスの「白鳥」(1932年録音)を聴きつつ。

EMIの国内発売盤は廃盤となって久しく、商業盤ではこのClarinet-Classics盤でしか入手できない。
いま鳴っているのは、以前木下直人さんに譲っていただいた、オリジナル復刻の音源。
考えうる最良の環境でトランスファーを施し、ノイズ(針音)を低減するような細工も一切していないので、盛大な針音はあるものの、リアリティに関しては商業盤の比ではない(ある意味最新録音にも勝る)。

以前の私は、ミュールの良さをいっしょうけんめい言葉で説明しようとしていた。
だからこそミュールに関するウェブサイトなんかを作ったのだし。
それはそれで良かったと思っているけれど、これ以上説明するのはもういいかなと思っている。
マルセル・ミュールの音楽の価値は、説明できることではなく、聴く人がそれぞれに発見するものだからだ。
というか、それを発見するプロセスそのものにこそ、意味がある。

人の知性のパフォーマンスが最も高く発揮されるのは、何の役に立つのかわからないものを、これは何に役立つのだろう?と考えるときである。
ああ、それはこのことに役立つのか!と判ったとき、人は自らの知性を自分で書き換えたのである。
進歩というものはそこにある。

マルセル・ミュールの音楽は、20世紀前半のフランスという限定された時代と地域の空気によって、バイアスがかかっている。21世紀の今ぱっと聴いた時には、それが奇異に感じられることは当然あり得るだろう。
かく言う私だって、22歳のときにはじめてミュールのLPレコードを聴いたときには、びっくりしたもん。え、これが…良いの?って。
それでも私は幸い、十代の頃から伝統的なフランス音楽のレコードやら何やらを浴びるほど聴いて育った人間だったので、準備はできていたのか、程なくすっかりミュールに「ハマって」しまったけれど。
だから、みんなが良いって言うけどミュールのどこが良いんだか分からない、という若い人の正直な意見も、理解はできる。
ただ、事実として、ミュールよりも技巧的にははるかに進化した現代のクラシックのサクソフォンには見向きもしない、一般の純粋リスナーの方が、ミュールだけは好み、認めて、情報を得に私のサイトにやってくる、ということがこの10年間、途切れることなく繰り返されてきたことをどう説明するのか、是非考えていただきたいと思うのである。

だからさ、とりあえず虚心に聴いてごらんよ。
「今の」自分にはまだ理解の及ばない何かが、未発見のままそこに眠っているかもしれない。
「それ」を発見することは、おそらく自分自身を変えることになるだろう。

私は何度か書いたことがあるとおり、ロンデックス門下のO山M美先生に最初にサクソフォンを習い、ミュールを聴かさせられたのだけれど、O山先生はミュールのどこが良いか、ってことをその当時ほとんど説明されなかった。
これの何が良いのだろう?テクニックがある?音が良い?ヴィブラートが面白い?
どれもが当たりでもあり、といってそれだけではない。
O山先生は「息の支え」、ということに関しては実にうるさい(たぶん日本一うるさい)先生だったので、当時の私としては、「支えが出来ている演奏の見本」、どいうことなのだろう、という認識だったのだが、これとて間違いではないけれど勿論それだけでもない。

O山先生は、これを知らないだなんてモグリの言うことだから、聴きなさい、としか言わなかった。
今になってしみじみと、O山先生は偉かったなあ、と感嘆する訳だけれど。

トロカデロ広場の壁に刻まれたポール・ヴァレリーの金言には、こうある。
「友よ、望まずして事に従事することなかれ」と。
自発性こそが、この世界を変える最終的な力である、とヴァレリーは言っているのである。
この言葉の前には、こうも書かれている。
「私をただの墓石とするか、貴重な宝とするか、それは通りすぎる者次第なのだ。君次第である」。

マルセル・ミュールの音楽は今なお輝かしいけれど、ミュールの音楽性と意思を理解し受け継いだ後世の人が、現代のレベルまで進化した素晴らしい演奏をしたとしたら、それはミュール本人よりもっと輝かしい、と私は思う。

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マルセル・ミュール Marcel Mule」カテゴリの記事

コメント

補足、というか解題です。

今回のエントリは、ホントは「若い人のためのマルセル・ミュール」というタイトルになる筈だった文章です。
1年以上前に知り合った年若い(十代の)知人が、ミュールが分からない、と言っていたことを聞いて、どう説明したら分ってもらえるかなあ、とずっと考えていた、ということが前提としてあります。

うまく考えがまとまらないまま時間が過ぎて行ったのですが、ふと考えて「説明することを諦めた」瞬間に、自動的に文章が流れ出してきたのでした。

ということで、せっかくの誕生日だったので、このようなタイトルと相成りました。
これで、いいのだ。

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