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2010.04.28

フィラデルフィア・サウンド

The Philadelphia Orchestra, 100427フィラデルフィア管弦楽団(サントリーホール)

ストラヴィンスキー/バレエ音楽「火の鳥」(1910年版全曲)
同 /バレエ音楽「春の祭典」
 指揮:シャルル・デュトワ

初めて生を聴いた。
私が15歳、高校1年生のとき、生まれて初めて自分の意志で、自分のお小遣いで買ったクラシック音楽のレコードというのが、オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の「シェエラザード」(CBSソニー)だった。
あれから幾星霜。
余談だけど、そのときもう1枚買ったレコードというのが、ヨッフム指揮コンセルトヘボウのワーグナー序曲集だった、てのは渋いでしょ(笑)

爾来33年。
実のところ、格別に感動した、という訳ではなかったけれど、とても感慨深かったし、いろいろなことを感じたり考えたりした。

アルゲリッチはトンズラしたらしいが。
私が聴いた27日のプログラムは関係なし。

世に「フィラデルフィア・サウンド」というくらいで、もっときらびやかで派手な音色をなんとなく想像していたら、そういうわけでは全然なかったので、最初のうちはちょっと戸惑った。
オーボエもファゴットも、ホルンも、音色的にはむしろ弦に溶け込むような、落ち着いた感じ。
その弦にしても、同じ北米のオケでもたとえばモントリオール響みたいな、格別に輝かしい色彩感を備えているという訳ではない。
トランペットはさすがに化け物だったけれど。

デュトワの指揮も、とてもオーソドックスで自然な流れで、ストラヴィンスキーで言えばサロネンみたいなセンスと才覚をもった音楽の運びとは、ある意味対極のようなものだと思った。
デュトワ自身の若い頃とも違ってきているような。
プログラムに載っていたデュトワへのインタビューなど読むに、最近は自分自身が「伝統」というものの一部をなしているという意識を強く持っているのだそうで、意識してそういうふうにしているらしい。

しかし「フィラデルフィア・サウンド」というものの真髄は、表面的な音色や形や明るさ暗さのことではない、ということは、聴いているうちになんとなく判ってきた。
彼らの音楽の本質は、何と言うか、「無窮の安心感」である。
後半の「春の祭典」で本当に感心したんだけど、大音量とパワーで押してくる部分に、全く「無理」や「力み」がない。
彼らの演奏を聴いていると、海上に浮かぶ氷山が見えている部分の何倍もの体積を水中に隠し持っている、というようなことがイメージできる。
個人プレイで言えば、日本のオーケストラのオーボエやホルンやクラリネットにも、フィラデルフィアの奏者に負けないような音色や音楽的センスの持ち主は、いる。
だけど、オーケストラ全体でかかってきた時の、あの倦むことを知らない力の持続と余裕は、全くかなわない。
アメ車のパワーみたいなもんですよ(月並みな例えだけど)。
どんな大音量でも歪まない最高級オーディオの音のシンプルさと、同じだ。

そういえば、最初に書いた「シェエラザード」をはじめ、当時いくつか聴いたこのオーケストラのレコードは、皆そうだったな。
件の「シェエラザード」は、CDになって現在の私のライブラリーに収まっているけれど、目先の変わったことは実に何一つしていないオーソドックスな演奏なのに、隅々までちゃんと磨かれていることに関しては今でも、並ぶものがない。
そういえば評論家の出谷さんが、何のレコードを買えばいいか迷ったらとりあえずオーマンディ=フィラデルフィアにしとけ、と、30年前の当時、雑誌とかいろいろな媒体に書いていたっけ。
とりあえずどんな曲であってもオーケストラをきちんと鳴らして模範的な演奏になってるから、と。確かにそうかもしれない。
実はワタシゃ結構影響受けてます。…

客入りはそんなに良くなかったけれど(チケット代が高いせいかな。アメリカのメジャー・オケのチケットはなんでこう高いんだろうか。余程ギャラが高いんだろうな)、終演後は大喝采に包まれた。
アンコールにシベリウス「悲しきワルツ」。
フィラデルフィアの弦楽器群の艶やかでゴージャスな音色を、単体で初めて聴けた。


最初に「格別に感動した、という訳ではなかったけれど」、と書いた内実というのは、そんなこと。
わりと客観的に聴いてしまった。
だけど、聴いて本当に良かったと思うし、高いチケット代だけの価値は絶対にあったと思っている。

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コンサート(2010年)」カテゴリの記事

コメント

いわゆるフィラデルフィアサウンドっていうのは、ストコフスキーとオーマンディ時代のサウンドで、ムーティー以降はかなりイメージが変わってきたという印象があります。ヨーロッパ的な音色に近づいてきたというか、トランペットを抑え気味にしてトロンボーや弦重視になったという印象です。Thunder氏が言われるように、オケ全体がffで来たときの、濁りのない独特の柔らかい余裕のある音色は、格別の安心感があります。あの安心感は、ヨーローッパの一流オケでも聞けない独特の音色だと思います。デュトワ時代になって、新たな音色になっていくのでしょうか?このコンビ、実は結構期待してます。次の来日では、是非聞きに行きたいと思います。うらやましいなぁ~。

コメントどうもです。
オーマンディの時代の実演に間に合わなかったのが悔やまれます。当時の演奏のCDを聴いても、たしかにトランペットはギンギンに吹きまくってますね。

でも、表面的に変わったとしても奥底で変わらないもの、というのが「伝統」の本質だとすれば(私はそう考えてます)、間違いなく「フィラデルフィア・サウンド」の伝統は継承されている、と思いますね。

デュトワ氏は「伝統を次代へ伝えるのがここでの今の私の仕事だ」、というようなことをインタビューで喋ってましたが、どういう仕事をこれからしてくれるものか、楽しみではあります。

私のフィラデルフィア・サウンドはムーティから。ライヴは1985年に東京で、1989年に名古屋で聴いてます。とは言うものの、どんな感じだったか、今となってはほとんど覚えておりません。とほほ。
絵、ローマ三部作、ショスタコの祝典序曲などをLPやCDで、楽器全部が聴こえるきらびやかサウンドを楽しんできました。
 
今回の来日公演、27日と28日両方を聴いちゃったのですが、まあ、彼らのバイタリティーのスゴいこと、スタミナの有ること有ること。絶対ワシらと食ってるものが違うと思います。
(野球は弱いみたいですが... えへへ)
http://www.philorch.org/tour_2010/gallery.html

おそくなりました。

フィラデルフィアを振るムーティはなぜか(CDでも)聴いたことがないんですよ。
サヴァリッシュのCDの何枚かは結構好きです(ヒンデミットとか、ストコフスキー編曲集とか)。サヴァリッシュという人は実は「ドイツ系」の指揮者じゃないんじゃないか、という気がします。

あれからオーマンディのオリジナルジャケット・コレクションからいくつか聴き返していますが、弦の音色は今でも特質が残っているように思いました。

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