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2009.12.03

D-SAXとモレッティ

D-SAXD-SAX~17人のサクソフォニスト&1人のピアニスト~Vol.3(川口リリア・音楽ホール)

シャブリエ(笹尾淳一編)/狂詩曲「スペイン」(5Sax+Pf)
フランセ(笹尾淳一編)/5つの異国風舞曲(6Sax)
イベール(ロンデックス編)/室内小協奏曲(11Sax+Solo)
 A.Sax独奏:ファブリス・モレッティ
フィル・ウッズ/3つの即興曲(4Sax)
バーバー/弦楽のためのアダージョ(8Sax)
ガーシュウィン(山田武彦編)/ラプソディ・イン・ブルー
 Pf:服部真理子
 Sn.Sax:野原孝、S.Sax:岡安良子、野口紗矢香、林田崇義、三國可奈子、A.Sax:石森裕子、瀧幸恵、中川陽子、藤田鎭大、T.Sax:小松崎美沙、関根瑞恵、本田裕美、渡部瞳、B.Sax:石岡公恵、笹尾淳一、松岡一樹

ピアニストの服部真理子先生率いるサックス集団、D-SAX。
3回めの演奏会だそうだが、はじめて聞かせていただく。

ピアニストとサクソフォン奏者のメンタリティというのは、普通は(経験上)かなり異なるものだけれど、真理子先生のメンタリティはほとんど「サックス吹き」だ。
と、アンコールの最後、椅子を全部どかして全員が暴れながらサックスを吹きまくる前を、黒眼鏡をかけたモレッティ氏と2人で(!)ディスコ・ダンスを踊り狂う真理子先生を見て、そう思った。
なんだかんだ言っても、サックス吹きは基本的に「おバカ」である、という事実を、モレッティ氏ともども巻き込んで(笑)明らかにして、コンサートは終わった。
お見事である。
ノリが若いなあ。
勿論、この「若さ」なくしては、今日の演奏は不可能だっただろうが。

注目のモレッティ氏のイベール。さすがだった。
ダイナミクスの広大さ、ニュアンスの豊かさ、美しくコントロールの効いたヴィブラート。
一昨年、ビュッフェ・クランポン社の40周年記念演奏会で聴いた、楽譜どおり11人編成のオーケストラを従えてのこの曲のモレッティ氏の演奏は、後にも先にもこれを凌駕するもののない(ソロ、オーケストラ共々)奇蹟のような演奏だったけれど、今日はそれをちょっと思い出させる凄味があった。
テンポが走り気味、と言ってしまえば確かにそうかもしれない。でも、ちょっと意味合いが違うような気がする。
「走る」とか「遅れる」と言うと、何か絶対的に正しいテンポが奏者の外にあって、奏者がそれにどこまで追従できるか、みたいな感じになるけれど、そうじゃないだろう。
モレッティ氏の演奏を聴いていると、モレッティという演奏者の内部に「あるべきテンポ」があって、それが時間感覚と共に融通無碍に伸縮する、というイメージが感じられる。
それは、デファイエでも、ランパルでも、モーリス・ブルグでも、フランス人の優れたソリスト皆に共通する印象でもある。
バックの11人のサクソフォニスト達は、そのような時間感覚を確かに共有しつつ演奏していた。
そのことは間違いない。
でなければあんなふうには合わない。
モレッティ氏は、演奏終了後の真理子さんのインタビューで、D-SAXの印象を聞かれて

まいう~

とドスの効いた声で叫んで(ヘンな日本語教えたの誰だよ)場内の笑いを誘っていたけれど、これは単なるウケ狙いではなく(それもあっただろうけど(笑))、かなりに本気だったのではないかと思う。

アンコール(真理子さんのピアノ伴奏)で演奏した、ロマンティック組曲(プラネル)の「センチメンタルなワルツ」も絶品だった。
巴里(カタカナの「パリ」ではなく)の香りだ。
このちょっと古みを帯びた金属質の光沢は、日本人の奏者が吹くこの曲からは感じ取ることができない。

ノリが若い、ということは、たまに思いがけない場面で学生みたいな未熟さが露呈してしまうところもあって、そこが残念だった。
MCをメンバーで交代で担当していたけれど、曲間のセッティング作業が意外と時間がかかったせいで、話す予定のことを全部話し尽くしてしまい、ネタ切れ状態で絶句・立往生、という場面が一人ならず見られたり。
どう振る舞ったらよいか分からない状況下で適切に振る舞うことができる、ということは、人間に要求される最も根源的な資質のひとつである。
音楽とは関係ないといえば関係ないかもしれないけれど、私たち客は、演奏だけでなく、演奏者の態度やマナーや、MCを含む演奏会全体の構成や雰囲気のすべてに対してお金を払って、会場に座っているのだから。
ましてやそれが「イベール」の曲前の場面だなんて。
せめてこの曲(イベール)くらいに関しては、クラシックのサクソフォン奏者として、いくら喋っても喋り足りないくらいのネタを常日頃から持っていて然るべきだ、と考えているのは、私だけなんでしょうか。

メインプロは、真理子先生堂々の「ラプソディ・イン・ブルー」。
お洒落なガーシュウィンだった。
真理子先生のピアノにも、フランス人みたいなグルーヴ感を感じるのは、私だけでしょうか。

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コメント

ファブリスには数年前、ルデュー氏の四重奏を広島で聴いたとき以来会ってませんが、その終演後ロビーで抱擁し、サイン会に列んだお客様をびっくりさせてしまったのを思い出します。
元気そうで何より。彼とはパリやアンシーでいろいろと戯れた仲間でした。ゆっくり飲みたいものです。
真理子さんも元気そうで安心しました。

地方にいると取り残されたようでちょっと寂しい気がします。

ご無沙汰しております。ファブリス氏はお腹はいちだんと拡張したものの(笑)たいへん元気そうでした。
毎年の来日では地方公演もいろいろあるようですが、九州まではなかなか機会がないようです。是非おとう先生のお力で呼んであげてくださいませ。

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