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2009.12.31

年の終わりに聴いたCD

東京原住民のいつもの静かな年末年始の休みに入っている。
年賀状作って投函して、親父の病院に行って、床屋に行って髪を切り、大掃除というほどでもないけど部屋の掃除をしていたら、あっという間に大晦日の夜。
合間にはiPodとiTunesをいじくってます。新しいオモチャは面白い。暇な時間にはぴったり。

11月に聴いたトゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル管の演奏会は、今年聴いた112回のコンサートの中で最も感動的だったばかりか、他との比較というものを超えたonly oneだったと思っているけれど、その両者のコンビによる「展覧会の絵」とチャイコフスキーの交響曲第4番のCD(naive)が、ちょうどこの大晦日に届いた。

ソヒエフ/展覧会の絵

あまりに物凄い「展覧会の絵」にびっくりして、演奏会場のロビーで買おうとしたら既に売り切れで、帰ってからHMVに注文したもののなかなか入荷せず、ずっと待っていたもの。
実演の印象とおり、「展覧会の絵」が圧倒的な名演。
ロシアとフランスの幸福な結婚。間違いなく、今までに聴いたことのあるこの曲のCDのベストのひとつだと思う。
チャイコの4番は比べればまだしも普通だけれど、勿論一般的な意味ではとてもいい演奏。
オーケストラの全メンバーの名前が載っている。サクソフォンはPhilippe Lecocq(来日公演と同じ)。

ミュンシュ&パリ管

最近話題の、ミュンシュ=パリ管弦楽団の「海」&「幻想交響曲」の未発表ライブ(Altus)も買ってみた。
1967年11月の、パリ管弦楽団創設記念演奏会というフランスの国家的イヴェントのライブ。
うわーっ、ここまでやるの、と思ってしまうような、集中と爆発と即興性にみちた大変な演奏で、HMVのこちらのページとかを見るとなんとも大仰な言葉が並んでいるけれど、たしかにそれも大袈裟ではないと思える。
これだけテンポを動かしまくって、オーケストラが崩れずにちゃんと付いていくのも驚異的。
もしこれを実演で聴いたとしたら、一生忘れられないような鮮烈な記憶として残るだろうと思う。

ただ、こういうものをCDで聴くと、私の場合、「別に『録音』が聴きたい訳じゃないんだけどねぇ…」という思いがいつもある。
「その場に居合わせたかった」という思いと、「録音を聴きたい」という思いは、全く別のものなのであって…

ちなみに会場ノイズも物凄いです(咳とかくしゃみとかドアの開閉とか)。
正直耐えがたいほど。
これに比べたら、日本のクラシックの聴衆はなんだかんだ言っても超・静かなもんだよなあ、と感心する。

Elijah

今年アニヴァーサリーだった作曲家の中で、没後200年のハイドンはブリュッヘンと新日本フィルのプロジェクト等いくつかの素晴らしい記念コンサートを聴いたし、没後50年のヴィラ=ロボスも歴史的な全曲演奏会があったけれど(日記はこちら)、生誕200年のメンデルスゾーンは不思議なことに大きな行事に接することができなかった。
という訳で、この大晦日、以前に買ったきり鳴らしていなかったオラトリオ「エリア」のCD2枚組を2時間かけて聴いてみた。(ネヴィル・マリナー指揮、Decca原盤)
日頃はCDを2時間以上も集中して聴くことはなかなか出来ないので、いい機会だった。

最初のうちはやたらと具体的でドラマティックに進行するのに、最後に至るといきなりうやむやになってしまい(エリアはイスラエルに引き返したあと結局どうなったんだ?)、「神を称えよ、アーメン」で終わるというお定まりの進行なんだけれど、この「アーメン」がまた中途半端でしまらない終わり方で…
ヘンデルやハイドンの有名オラトリオに比べたらいまひとつ人気のない理由も分かる気がした。
細部はいかにもメンデルスゾーンという美しいメロディの宝庫なんだけれど。
まあ、ワタシゃ所詮日本人で、キリスト教の思想は根本のところで身に沁みないなあ、ということは判った。
(以下たくさん省略)

今年最後のエントリとなります。
来年もたくさんの素晴らしい音楽に接することができますように。

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