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2009.08.18

金賞

土曜日の夜、蓮沼の某店にて、K高ウィンドアンサンブルの吹奏楽コンクール金賞受賞を祝して、顧問にして指揮者のken師を囲み、プライヴェートな呑み会。
出席者はken師、私、合宿でご一緒したK高ジャズ部のコーチI藤さん、オブザーバーのY氏と、全員が在りし日の都立D高校ブラスバンド部の同窓生である。
部外者にはなんのことだか絶対に判らないであろうディープな思い出話で、楽しく盛り上がる。
K高の合宿でも、食事時の「先生方御席」では、3人でずーっとこんな感じで喋りまくっていたので、他の顧問の先生方が全く会話に入って来ることができなかった(笑)。

今回、生徒たちに金賞を取らせてあげる(ヘンな言い方だけど仕方がない)ことができて、本当に良かったと思う。
金賞というものには、取ってみなきゃわからないこと、実感できないことというのがたくさんある。
「金賞」というと、取る前は、何か自分たちには手の届かない、とてつもなくすごいものであるかのような印象があるけれど、いざ自分のこととなってみると、意外とそうでもないと言うか、別に大したものではない、日常やっていることの延長上にあるものだ、ということが実感できるはずだ。
そのような経験をするのはとても貴重なことであり、大切なことである。
実際、K高の生徒たちもコンクールの後、ken師によれば考え方的に「何か一皮むけた」、ような印象があるらしい。
それは、「金賞を獲るためのノウハウを理解した」、ということとは違う。断じて違う。
言ってみれば、「平時」とか「日常」というレベルが、「金賞を取れる」レベルまで上がる、ということである。

今回のK高の審査評では、10点満点をつけた審査員が何人かいたそうだ。
経験上、単に巧い(ピッチが合っているとか、縦が揃っているとか)だけでは、「満点」は貰えない。正しいピッチにしろアンサンブルの精度にしろ、「良い演奏」を実現するには必要なものだけど、「完璧」というのはあり得ないのだから。
満点をつけるというのは、審査員も人間なのだから、「良い演奏」である上に、理屈ではない、言葉で説明できないインパクトを演奏から感じたとき、ということになるのではないか。

ピッチや縦が「ある程度」合っている、ということは、すくなくとも「不快ではない」良い演奏である、ということ。
言葉で説明できないインパクト、というのは即ち、きちんと「音楽的なメッセージを備えた」演奏である、ということ。
聞いていて快く(不快ではなく)、しかもメッセージの伝わる演奏。
なんだ、これって、「音楽」というものが成立する、最低条件じゃないですか。

金賞というのは言わば、「少なくとも、あなた達のしていることは『音楽』に値します」という、保証のようなものだと思う。
これが「音楽」に値するなら、じゃあこの調子でこれからもやって行こうじゃないか。もっともっと色々なメッセージをお客さんに伝えて行こうじゃないか。ということになるだろう。
ここでは金賞とは、目的とかゴールではなく、「音楽」のスタートラインなのだ。
「『平時』のレベルが上がる」、というのは、そういうこと。「日常の延長線」、というのもそう。
そういうことを理屈でなく空気のように理解している環境があればこそ、「金賞常連校」というのは、3年間でどんどんメンバーが入れ替わっても、あるいは年によってメンバーの実力差が多少あったとしても、大過なく毎年金賞を取り続けることができるんじゃないかな。

私は過去十数年間、東京と神奈川で、少なくとも予選・県大会レベルでは「出れば必ず金賞」、というアンサンブルに所属してコンテストに出続けていた人間なので、そのことはよく判るのである。
↑この段落の一文を読んで、私が自慢話をしているように読めたとしたら、アナタは私の言わんとすることを全く理解していない。
その「金賞常連アンサンブル」は残念ながら解散してしまったので、最近は金の字とは縁遠くなっているけれど、今でも私は、どのような本番でも、結果としてどういう演奏になったかはともかくとして、常にその時に出来得る限りの準備の上で臨んでいるつもりです。
それが「日常」、だから。

要は、金賞なんて大したもんじゃないんだ、単なる「始まり」であり前提なんだ、ということを真に実感し言い切るためには、一度はそれを獲得しなくちゃいけない、ということ。
良かったね。
金賞おめでとう。

20090805

K高合宿の最終日、ホテル前にて記念撮影。
私は向かって右端。

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音楽随想」カテゴリの記事

コメント

僕は当事者なのでうまく自分の考えが整理出来ませんでしたが、よーするに全く同じことを感じていました。Thunder氏にキチンと文章で表現してもらってありがたいです。ある意味で、今年ほど僕も生徒も「賞」を意識しなかった年はないです。合奏でも音程とか縦とか全く言わなかったし。ジャズ風な音の出し方止め方みたいなことしかやってない。っていうか、そもそもあまり合奏やっていない。いろいろなことが相乗的に良い方向にいったカンジです。来年はそういうことが、たまたまではなく、空気として自然に出来るようになっていけばいいなと思います。

お疲れさまでした。
以前にも生徒さんがアンコンで金賞でしたね。
素晴らしいです。

おっしゃるように、快く、かつメッセージのある演奏をめざしたいものです。
ですが、それでもいつも金賞というわけにはなかなかいかないですが。

>ken師

このエントリの文章は私としてはかなり苦労して書いているのですが、無事意図したようになっているようでホッとしました。
mixiのほうに書いたのですが、「音楽的日常」というこのブログのタイトルも、ああ、そういう意味もあったか、と自分でも気付きましたし。

私がちょうど10年前、アンコンの全国大会とやらに出場した時も、練習回数は私がかつて経験した数々の本番の中でも屈指に少なかったことを思い出します。東関東が終わって全国までの2ヶ月弱の間に、2回しか合わせられなかったんですから。
それでも結果は金賞。
「日常」というものが充実していれば、時にそんなふうに思いがけない配当が貰える、ということなんでしょうか。

>てれすこ様

アンコンのような「精鋭部隊」と、今回のように全員で勝ちとった金賞では、やはり嬉しさが違うように感じます。

そうなんです、本文ではああ書きましたが、現実問題となると「運・不運」という厄介なファクターが絡んでくるんでして…

それだからこそ、今回金賞が貰えたというのは、率直に嬉しい訳です。

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