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2009.07.28

オーティス・マーフィー 2009夏

週末は例によってバタバタ。
土曜日(25日)のことを今頃ようやく書いている。
やっと梅雨が明けたか(もうとっくに明けてるんだけど)、という熱暑の中、今年度初のK高へ。

今年は合宿にお邪魔することにしているので、顔見せとして。
午前はパート練。ごく基礎的な発音とエアの流れに絞ってチェックしてみるが、2年生はほぼ問題なし。
こうなってくるとサクソフォンのコーチとしてはワタシゃ最早殆どやることは無いんだけど、1年生の子が引き離されちゃってるのが課題だな。
なんとかせずばなるまい。
午後は合奏を後ろから見せていただく。
今年のコンクール自由曲はとてもJazzyな雰囲気で、「カッコいい曲なので是非やりたい」、と生徒のほうから持ってきた曲だそうだが、じゃあ具体的にどう吹けばカッコ良くなるかということを生徒たちはまだあんまり判っていないので、オトナは苦労させられる訳である(苦笑)。
合宿がいろいろ楽しみだ。

夕刻、K高を後にし、新宿のドルチェ楽器へ急ぐ。

Otis Murphyオーティス・マーフィー マスタークラス&コンサート(アーティストサロンDolce)

・マスタークラス
中島諒
グラズノフ/協奏曲
 佐藤渉(通訳)

・コンサート
マルティノ編/ガーシュウィン・ファンタジー
P.ゴールドスタイン/Fault Lines
A.ウェイネン/アルト・サクソフォンとピアノのための二章
*A.ベルビギエ(ミュール編)/18のエチュードより1、10
*P.ヒンデミット/コンツェルトシュトゥック
 *佐藤渉(A.Sax)
A.ピアソラ/3つのタンゴ(アディオス・ノニーノ~オブリビオン~リベルタンゴ)
A.ハチャトゥリアン(ボーンカンプ編)/剣の舞
 オーティス・マーフィー(A.Sax)、ハルコ・マーフィー(Pf)

30代半ば(1972年生まれ)の若さにして、来日機会も多く、日本で最も知られた海外のサクソフォン奏者のひとりとなりつつある名手、オーティス・マーフィー
ドルチェでのクリニック&コンサートは、はや4回めとのこと。
東京定期公演、という趣。

まずは、一昨年のJSAジュニアコンクールの覇者でもある高校3年生、中島さんによるグラズノフ。
高校生離れしたスケールの大きさと意思力。足跡ひとつない新雪の上を踏みながら決然と、しかしゆっくりと歩いて行くような、清新でひたむきなグラズノフに、感銘。
演奏終了後、オーティス氏は最大限の表現で中島さんの演奏を讃えつつ、奏法上・音楽上のトピックに切り込んでゆく。
ネック+マウスピース、あるいはマウスピースだけで音を出させて、音のリラックスと柔軟性について解説。
オーティス氏の、ネックだけで出す音の素晴らしくひそやかに安定したピアニシモ!そういや私も、四半世紀近く前にK師匠から「スーパーソフト」という超ピアニシモの技法を習ったっけ。忘れてちゃいかんなあ。
また、マウスピースだけで5度のグリサンドで上下するという柔軟性のエクササイズは以前、パリ音楽院出身井上麻子さんのブログでも見たことがある
方法論として優れたものは、流派は関係ないんだな、と実感。
「ひとつひとつの音は1粒の真珠のようなもので、綺麗なネックレスを作るように1本の糸を通さなければなりません」と言って、グラズノフの冒頭から実演してみせるレガート奏法のあまりの完璧さに、唖然。
アレに比べたら、世に聞くサクソフォンのレガートなんか全然、レガートじゃない。オーティス氏の楽器には、オクターブキーが付いてないんじゃないか、と思ってしまうくらいで。
指のポジションの柔軟性、低音域と高音域の舌とエアの流れの違い、自然な呼吸法のイメージ(鼻から吸った息をそのまま口へ回すような)、自然なチェスト・アップの姿勢(背伸びして上で結んだ両手をそのまま下ろすポジション)などなど、次から次へと繰り出される論理と実践が結びついた物言いの数々に、メモが追いつかない。

2部のコンサートも、P.Goldsteinのような現代寄りから、お得意の「剣の舞」のエンターテインメントに至るまで、今年は例年になく雰囲気が幅広く楽しい。
すごくホットな演奏をするようになったなあ、と思った。
あれは今世紀の初め頃だろうか、まだインディアナの教授になる前、服部先生の個人招聘に近い形で来日して文京シビックの小ホールとかでリサイタルを開いていた頃の演奏とは、いろいろな面で微妙に違ってきているようにも思う。
オーティス氏の内面でもきっと、何かが確信を具えて焼き上がってきているに違いない。
前半で通訳を務めた佐藤さんが2曲共演したが、明らかに同じ志向性を感じるメロウで艶のある音同士が、快く響いた。
(18のエチュードの2sax版というのは初めて聴いた)

オーティス氏の音楽は、鏡のようなものだと思う。
その平明さ、歪みのない清澄さという点で。
私たちがそこに自分の姿を映すと、それがなんともバランス悪くねじれていることを、見せつけられることになる。
でも、いかに歪んだものを映そうとも、それ自身は鏡であることをやめはしない。

私も初心に帰って、じっくりと「音づくり」からやり直さなきゃいけないなあ、と、しみじみ痛感。

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