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2009.01.18

ラザレフの時代、始まる

JapanPhil, 090117日本フィルハーモニー交響楽団 第607回定期演奏会-アレクサンドル・ラザレフ首席指揮者就任披露公演(サントリーホール)

プロコフィエフ/交響曲第1番「古典交響曲」
モーツァルト/ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲(Vn:漆原朝子、Va:今井信子)
プロコフィエフ/交響曲第7番「青春」
 指揮:アレクサンドル・ラザレフ

土曜日に聴いた演奏会。
昨秋より日本フィルの首席指揮者に就任したアレクサンドル・ラザレフ(1945-)の、就任披露定期。

ラザレフ=日フィルは今後3年の任期中に、プロコフィエフの交響曲全曲をとりあげるとのこと。今日はその第一弾。
ちょっと前の何かの雑誌で、この件に関するラザレフへのインタビューを読んだのだけれど、去年の暮れに行われたゲルギエフ=ロンドン響によるやはりプロコフィエフのツィクルスの話題が出た際、ラザレフが
「私たちの方が絶対に良い演奏ですから」
と自信たっぷりに言っていたのを見たのである。
ほう、そこまで仰るというのは、これは是非聴いて確かめなければ。
という訳で、行ったのであります。
超満員。日フィルの定期でこれだけの大入りの客席を見るのは珍しい。
ホールの前には開演直前まで、キャンセル待ちのお客さんの人垣が。

演奏は、結論から言うと、さすがにロンドン響を超えるという訳にはいかなかったけれど(私は件のツィクルスは聴いていないので類推だけど)、とても立派な演奏だったし、今後も続けて聴いてゆく価値のあるものだと思った。
低音を充分に鳴らした豊潤な響きに、いつになく分厚く揃った弦の音。速い・おそいの対比を見事につけた解釈。
ロシアだ。
普段はなんとなく軽く、なんとなく精密に演奏される「古典」とは一味違う演奏だったし、メインの「7番」をこんなに面白く聴いたのは初めての経験だったと言っていい(もっととりとめのない曲だと感じていた)。
ラザレフという人はプロコフィエフに相当思い入れがありそうだが、「どうだい、プロコフィエフというのはこういう音楽だよ!」という、強烈なメッセージを聞いた気がした。今回の2曲こそは、プロコフィエフという音楽家が、そのキャリアの最初と最後に到達した、音楽の真の「簡潔さ」へのアプローチなのだ、という。
純粋に演奏の技術的な面だけでも、普段の(とくに定期公演以外の)日フィルの演奏とは隔絶した仕上がりだったと思う。これは相当に厳しいリハーサルをしたに違いないと想像する。
それでも、明らかに棒が指し示す(指揮棒は持っていなかったが)音楽のレベルまでオーケストラが付いて行けていない、という場面はあったけれど、そこは今後のオーケストラの頑張り次第だろう。

「7番」は、最後が静かに終わる初稿版での演奏。
アンコールに、ラザレフは紙(メモ)とマイクを持って登場。日本語で「今は、プロコフィエフが、最初に、書いた、4楽章を、演奏しました、これから、プロコフィエフが、書かされた、書かされた、書かされた?(コンマスに確認を求める。場内笑)4楽章を、演奏します」とアナウンスし、第4楽章再現部より再び演奏開始。
今度は、蛇足のように賑やかなエンディングが最後にくっついた改訂版で終了。
演奏はこっちのほうがリラックスしていて良かったが。

モーツァルトは、ソリストおふたりの強烈な存在感が印象的でした。
漆原朝子さんは実はナニゲにファンだったりする。
今井さん、見た目も存在感の大きさも、初めて見た20年近く前から変わらない人だ。

という訳で、充実した演奏会だった。
とくに「7番」という曲に開眼したのが収穫だったな。こういうことがあるのが生演奏の醍醐味だ。
ツィクルスの次回(今年の6月。今度は「2番」)も、スケジュールが許せば是非聴いてみたい。

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