RVWの9番
ヴォーン=ウィリアムズの「交響曲第9番」のスコア(Oxford University Press)を買った。
ヤマハで10290円もするので、前々から欲しかったがなかなか手が出せなかったものの、昨今のユーロ高の影響か、SheetMusicPlusでは以前$54という値段だったのがいつのまにか$75に上がっているし(送料を含んだらヤマハの現店頭価格とほとんど変わらない)、たぶん次回入荷では3割くらい値上がってしまうと踏んだので、えいやっと購入。
この曲、日本で実際に演奏されたことはあるんだろうか?私は寡聞にして知らない。
英国の大作曲家R.ヴォーン=ウィリアムズ(1872-1958)の最後の交響曲。1958年4月に初演され、作曲者はその4ヶ月後に85歳の大往生を遂げた(そういえば今年は没後50年である)。
通常のオーケストラ編成に、サクソフォン3本(A2T1)、フリューゲルホルンを含む特徴的な編成で書かれていて、ワタシ的には以前から大変興味のある作品だった。
80代の高齢で書かれた作品とは思えないような重厚なエネルギーの漲った曲だし、いかにもヴォーン=ウィリアムズらしいペンタトニック(五音音階)も随所に聞こえるものの、曲全体の雰囲気としてはなんとも晦渋で沈痛な、くすんだ趣と音色を感じさせる作品である。
この音色に、サクソフォンとフリューゲルホルンという、ここで敢えて使われた2つの特殊楽器が関係している。おそらく。
サクソフォンは、曲が始まってすぐに3本のアンサンブルで第1楽章の主題を呈示するのをはじめ、なかなか目立つ使い方をされている。
第3楽章(スケルツォ)でもいきなり主題呈示を担当するし、主題が回帰する部分での、サクソフォン1本ずつのどソロによるフーガなど、なかなかスリリングである。
でも、実際に音を聴いてみると、楽譜から想像されるような派手なものでは全然なくて、なにか重く地味な感じがするのが、興味深い。
作曲者のノートによると、サクソフォンはAlto1本は必須だが、あの2本はやむを得ない場合は省いてもよいとあって、その場合の代用パート(クラリネット、コーラングレ、ファゴット、ホルン等)をこと細かにスコア上に豆符で書き込んでいる。(引用したスケルツォの譜例では、2nd Altoはクラとファゴット、Tenorはバスクラとファゴットのユニゾンが指定されている)
この代用パートの存在、あるいは楽器の選択が、作曲者の発想を辿る上で重要なヒントを与えてくれるような気がする。
即ち、いかにもサクソフォン!という派手で目立つものではなく、クラのようなファゴットのようなコーラングレのような、或いはそれらのどれでもないような、中性的で曖昧で抽象的なキャラクターを持つ楽器を求めた末に、サクソフォンという楽器の選択に行き着いたのではないか、と。
考えてみると、英国という国でのサクソフォンのありよう、求められる音色やスタイルというものが、フランスや「ジャズの国」アメリカとは違って、伝統的にそういう方向に近いのではないか、という気もする。
フリューゲルホルンも、いくつかのとても印象深いソロがあるのだが、この楽器についても作曲者は面白いノートを残している。
「これ(フリューゲルホルン)もまた大変重要な楽器だが、…このパートは決してコルネットで演奏してはならない。指揮者は奏者が本物のフリューゲルホルン用のマウスピースを使っているか、注意して見ること。」("never"がわざわざイタリック体で印刷されている。)
何か、この曲でのサクソフォンの使用と同種の志向を感じる。
決然たる曖昧さの追求、とでも言うのか。
この作品は、ロイヤル・フィルハーモニック協会の委嘱で書かれ、同オーケストラによって初演された。
ちょうど、後にロンドン響首席奏者(クラリネット)となるジャック・ブライマーが、副首席として在籍していた頃である。(ジャック・ブライマーについては、以前こんなエントリを書いたことがある)
このサクソフォン・パートは、初演ではブライマーが吹いたのではないか、と私は想像する。
そもそも、最低1本のサクソフォンを必ず必要とする(しかもきわめて重要なパッセージばかりが並んでいる)作品というのは、確実にそれを吹ける名手の存在を前提としなければ、作曲家としてもなかなか書けるものではない。
この曲の、私がよく聴くCDは、ボールト指揮ロンドン・フィルによる1969年の録音(EMI)。
どの演奏がいいのかよく知らなくて、「ジャケ買い」に近い選択だったんだけど、結構正解だったかも。
サクソフォンはいまひとつ鈍い演奏で、あんまり上手いとは思わないけれど、以上のような作曲者の発想を考えてみたら、むしろこれで良いのかもしれない。
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