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2008.09.06

ゾルマン指揮の東フィル

夏が終わった、なんてエントリを上げた途端に、なんなんだこの暑さは(>_<)
それでも季節は着実に次へと向かっている。秋のコンサートシーズンも開幕。

Tokyo Phil, 080905東京フィルハーモニー交響楽団 第758回定期演奏会(サントリーホール)

A.ルーセル/バレエ組曲「蜘蛛の饗宴」Op.17
V.ダンディ/フランスの山人の歌による交響曲Op.25(Pf:横山幸雄)
C.フランク/交響曲ニ短調
 指揮:ロナルド・ゾルマン

私のためのプログラムみたいな曲目だ。
もともと若杉さんが振る予定だったのだが、急性膵炎で入院とのことでキャンセル。ちょっと心配。
ルーセルの師匠がダンディ、その師匠がフランク御大という、フランキストの系譜を辿る若杉さんならではの凝ったプログラムだったのだが、急遽、フランクの祖国ベルギーから代演の指揮者が来日、幸い曲目変更なしで開催されることとなった。

1曲め「蜘蛛の饗宴」は、堅実だが少々素っ気なくて地味な雰囲気。
まあ、この曲の日頃聴き慣れているCDというのが、クリュイタンスやプレートルの煌やかな演奏だし、昨年久しぶりに聴いた実演がパイヤール指揮の水戸室内管のゴージャス極まりない演奏だったくらいで、これは想定範囲内か。
ところが、この一種の素っ気なさが、2曲めの「フランスの山人」(チラシには「交響曲第1番」とあったが、プログラム冊子からはこの記述が消えていた。見識だと思う。作曲者はこの交響曲に番号など付けていないからだ)では、素晴らしい方向に作用することとなる。

ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」は、今までにも書いたことがあるとおり私の最も愛好するシンフォニーのひとつだけれど、滅多に演奏会にかかることがなく、私が実際に聴いたのは今宵が二度め。(初回は17年前の1991年、ジャン・フルネ指揮の都響。この曲で重要な役割を果たすピアノ独奏は、当時22歳、かのアレクサンドル・タローの東京デビューだった。)
正直言って、たった二度めの実演でここまで立派な演奏が聴けるとは、予想もしていなかった。
この曲の、優美で平明な曲想に比しての楽器法上の厳しさとソルフェージュ的な難しさ、それらを克服するところから生まれる一種の禁欲的で高潔な美しさが、実に見事に表出されていた。
現在この曲の入手しやすいCDというと、デュトワ(モントリオール響)かヤノフスキ(仏放送フィル)あたりかと思うけれど、そのどちらの演奏よりも断然良いと思った。
東フィルの演奏も、弦は若干弱いところもあるけれど、管(特にオーボエ、ホルン、トランペット)に関しては文句無しの素晴らしさ。

休憩後のフランクも良かった。
それこそ教会のオルガンのようなイメージの、むやみな感情の起伏を抑えたスタイルで、一見何もしていないような、重厚過ぎない、やはり一種の素っ気なさを備えながら、これだけ音楽的に充実した演奏というのはなかなかないというものだ。
この曲が、こういう行き方で成功することがあるとは、これも正直思っていなかったな。大抵の場合は、それこそ鼻歌を歌うみたいな「なんにもない」演奏になってしまうのだが。

この指揮者、ちょっとタダモノではなさそうだ。
素晴らしく良いとは言いがたい客入りながら、終演後はブラヴォーの声がたくさん飛び交う。楽員さんの指揮者に対する称賛の拍手もかなり本気が入っていたように見えた。
若杉さんのキャンセルは残念だし心配だけど、災い転じて福となった感じ。

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