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2008.07.14

ジェローム、2008年夏

Jerome Laran, 08071212日(土曜日)。
毎年この季節になると、東京にジェローム・ラランが現れる。

ジェローム・ララン サクソフォンサロンコンサート(アクタス ノナカ・アンナホール)

1. C.ドビュッシー/ラプソディ
2. M.ラヴェル/ソナチネ
3. 鈴木純明/スフルスティック
4. A.カプレ/秋の印象
5. 村上暁子/Trace(新作・初演)
6. Ph.ルルー/SPP(日本初演)
7. F.プーランク/オーボエ、バソン、ピアノのための三重奏曲
 Jérôme Laran(S.Sax、A.Sax)1.2.4.5.6.7、原博巳(A.Sax、T.Sax)3.7
 森あゆみ(Cl)5
 棚田文紀(Pf)1.2.4.6.7

お客さん50人程度の、本当にサロンコンサートの名がふさわしい催し。
基本的に、ララン氏の今回発売となったCD「Impressions d'Automne」(Cafua、23日発売)収録の曲目だった。

Impressions d'Automne

会場で先行販売されたCDを入手、サインを戴く。
私の顔を見るなり、「Thunder San」、と書かれた。(笑)
今日聴けなかった方は、是非コチラのCDをお聴きください。(宣伝)

ジェローム・ラランという人は、とても純粋な音楽家だと思う。
「純粋」というのは、音楽以外のものでその音楽性の本質を形容し難い、という意味で。
彼の演奏について、今回せっかくドビュッシーだのラヴェルだのプーランクだのというオーソドックスなレパートリーを聴くことが出来たわけだし(今まで聴いた彼のリサイタルはすべて作曲業界絡みだったため、「そういう曲」しかやっていない)、何か気の効いたことを一言くらい書こうと思ってさっきから考えているんだけど、思い浮かばないのだ。

おそらくその、言葉が思い浮かばない、ということが、ジェロームという音楽家の本質の一部を為している。
だからこそ、ある種の現代物などで、あれほどにシンプルに没入した演奏を聞かせるのだな、と。
だけれども、いざ彼自身に「音楽」を語らせると、とても饒舌である。(今回曲目解説を自分で喋りながらの進行だったが、とてもたくさん喋っていて棚田さんも通訳をかなり苦労されていた様子。)
だが、喋らせると饒舌である、ということも、純粋さの要素の一部だと思う。

純粋といえば、顕れ方は少々異なるが、原さんもそうだな。
音楽の枝葉ではなく、根元しか見ないそのありようは、ある種のピリオド楽器の奏者のメンタリティに似ているかも。

ピアノの棚田さんは、サックス界では「ミステリアス・モーニング」のシリーズで知られる作曲家にして、パリ音楽院フルート科の専任伴奏者。
絵に描いたような「作曲ピアノ」だった。
それにしてもまあ、上手いこと。
アップライトを横倒しにしたような大きさの、寸詰まりのグランドピアノという楽器の制約を逆手に取って、オルゴールみたいな軽やかな響きを作り出す。
ジェロームは「もしかしたら私よりもよほどフランス人的な感覚の持ち主」、と言っていた。

ドビュッシーのラプソディをやっている真っ最中、外で大きな雷鳴が聞こえ、なんだか曲がすごくオドロオドロしい雰囲気になっていた…(笑)。
プーランクでなくて良かった(^^;

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