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2008.02.06

翼のはえた指

翼のはえた指-評伝安川加壽子(青柳いづみこ著)を、読了。
私には馴染みの昔のフランス系の話題や固有名詞満載の本だけに、私がまだこれを読んだことがなかった、ということに驚かれた方もいらっしゃったようだが。
それだけでなく、非常に含蓄に富んだ、いろいろなことを考えさせられる内容だった。

18歳までフランスで過ごし、パリ音楽院ピアノ科を一等賞で卒業、続いて室内楽や和声法のクラスにも在籍し(同期生にヴァイオリンのヘンリク・シェリング、作曲のクロード・パスカル、作曲/ピアノのピエール・サンカンらがいたとのこと)、帰国後は日本を代表するピアニストとして芸大教授ほか幾多の要職を務めた、安川加壽子(1922.2.24-1996.7.12)の評伝である。
単行本で出た頃から気にはなっていたが、新書版(白水uブックス)で再刊されたのをきっかけに、やっと読んでみたところ。

自ら安川門下の優れたピアニストであり、達意の文章家である著者によって、決して平凡ではないものの(若き日を除けば)意外なほどドラマティックではないその演奏家/教育者としての生涯が、冷静沈着に語り明かされていくが、その著者が、「エピローグ」の最後3-4ページでいきなり怒鳴り始めたことに、私はびっくりした。
日本の音楽界は、「安川加壽子」の活かし方を間違えた、と言うのである。
日本のピアノ界がヨーロッパに追いつくまであと50年かかる、という安川自身の言葉を引用し、そのために何をすべきか、どうあらねばならないかという探求を、(ヨーロッパ由来の真に合理的な奏法を日本ではじめて身につけた)安川の演奏をキーに行うべきだったところを、日本の音楽界は安川の音楽を「フランス風」、というカッコでくくって封印して神棚に祭り上げるだけだった、という著者の告発の言葉は痛烈である。

この言葉、私にも実に耳が痛い。
以前当ブログで、CD復刻された安川のドビュッシー・ピアノ曲全集について書いたことがあったけれど、そのときの文章を今読み返すと、私も上で罵倒されていたような轍を完全に踏んでいることがわかる。

そもそも、西洋の文物をとり入れる時にはまず形から真似し(これはドイツ式、とか、これはフランス式、とか)、内実や本質は後回し(というか無視)、というのは、この百年の日本の西洋文化移入における普通の姿だった。
安川加壽子の実演に、僅かな時間差で接することができなかったのは、実に惜しく思う。
私自身も無意識に嵌まってしまったそのような固定的な考え方から脱却するためのきっかけが、ほんの身近にあったかもしれなかったのに。
もう1回、安川のドビュッシーをじっくり聴きこんでみようと思っている。

著者自身が演奏家(ピアニスト)であるため、本文中のあちこちに出てくる身体的・奏法的考察も、我が身に引きつけて共感しつつ読むことができた。
楽器演奏にさいしての普遍である「脱力」についての考え方とか、「曲げた指」と「伸ばした指」による奏法の差異とか。

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コメント

青柳いづみこ! 全然このピアニストを知らなかったのですが、奇しくも昨日(あ、もう、おとといか、2/5)彼女の来月のリサイタルのチケットを取りました。ドビュッシーと武満、浜離宮朝日ホール。チラシを見て良さげだったので。彼女の「ドビュッシーの時間」という本も刊行されたようです。sun

その安川加壽子の評伝もおもしろそうですねぇ。book

読んでみたい本ですね。
師匠は同じ安川門下なので、
考え方の裏付けが取れるような気がします。
ただ今フランス物をさらっているので、
さらに気になりますね。

>よねやま様
3/20は別件が入るかもしれないので行けるかは判らないのですが、そのコンサートはかなり気になっています。なんたってジェラール・プーレがドビュッシーのソナタを弾くんですから。
ジェラール・プーレはフランスのヴァイオリン界の大御所たちの中ではいまや随一といっていい名手で、しかもこのドビュッシーのソナタを、死の前年の作曲者のピアノで初演した名ヴァイオリニスト、ガストン・プーレの、ご子息なのです。これはひとつの歴史的瞬間ですよ。

浜離宮朝日ホールは、ピアノソロを聴くには都内で最も適した会場のひとつだと思っています。

>さき様
師匠とはH尾先生のことでしょうか。この本の中にも何度かお名前が出てきました。

私もたまたま、ちょうど今Saxカルテットでベルガマスク組曲を練習しているところでして。
自分の演奏、安川さんの演奏のCD、自分が30年前から親しんでいるサンソン・フランソワの演奏のCDと絡んで、ものすごく納得させられる話が出てきました。

絶妙のタイミングで読むことになったなー、と、自分でも感心しています。

>3/20は別件が入るかもしれないので行けるかは判らないのですが、

うー、万難排しておいでいただきたいなあ。
あたかもThunderさんのために企画されたのではないかと思うようなコンサートですので(作曲者、演奏家、そしてホール!)。

>これはひとつの歴史的瞬間ですよ。

え? え? そこまでスゴいコンサートなのかああ。楽しみだなあ。オレ、聴いて、その価値がわかるかなぁ? えへへ。

>浜離宮朝日ホールは、ピアノソロを聴くには都内で最も適した会場のひとつだと思っています。

「ピアノソロ」やヴァイオリン・リサイタルなどよろしいですね。菅原淳さんの打楽器リサイタルでも、打楽器のエネルギーをしっかりホールの音響が支えていました。今月末に聴くN響金管アンサンブルで、今度は更に強力な金管のエネルギーに対してホールが... あ、安川加壽子さんでしたね。

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