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2007.10.31

サー=ネヴィルのジュピター

Tirasi071029サー=ネヴィル・マリナー指揮のN響で、モーツァルトの「ジュピター」を聴いた。(10月29日、サントリーホール)

前プロに堀正文さんの独奏でヴィヴァルディの「四季」全曲があったんだけど、職場を出ようとした直前に予想外の事態が発覚してぶっ飛んでしまった(>_<)
演奏者としての堀さんはあんまり好きなタイプではないので(リーダーとしては凄い人だと思うけれど)、まあいいか(これは一種の負け惜しみだな)。

とにかく、(少なくとも私にとっては)真の巨匠、指揮者の中の指揮者サー=ネヴィルの、モーツァルトである。
素晴らしいモーツァルトだった。

決して流麗な指揮ではなく、むしろ現代の指揮者の中ではバトンテクニック的には不器用なほうだと思うけれど、オーケストラという人間集団の極微を知りつくした(マリナーはロンドン響の第2ヴァイオリン首席奏者だった)統率ぶりとリーダーシップがみごとに発揮されていたと思う。
実際、N響がこんなにいきいきと艶やかな音で、管セクションのなんということのない裏の和音に至るまで、見事に揃ってしかも自発性たっぷりに弾いていたのを見たのは、久しぶりかもしれない。
アンコールに応えて弦だけで演奏された、K136のディヴェルティメントのフィナーレは、さらにシェイプアップされた鮮やかな仕上がり。

多くの人が既に言っているように、マリナーという人の音楽は、個性で勝負、というものではないけれど、ちっぽけな「個性」などに頼らずに秀でた演奏をつくりあげることのいかに困難かを、心ある方は知ってほしいというものだ。

サー=ネヴィルも既に83歳、あと何回日本に来れるものかしら、と思っていたが、まだまだ全然お元気そうで、安心。
N響でももちろん良いのだが(そういえば、手兵アカデミー管との日本公演はもう無いのかしら?)、1998年以来のこととなるが、是非もう一度都響にも来ていただきたいものだ、と思っている。
サー=ネヴィルのロンドン響時代からの盟友だった故ジェラルド・ジャーヴィス氏が当時都響のコンマスをしていたよしみで、1995年にマリナーの都響への初客演が実現したのだった。ウォルトンの交響曲第1番やオール・モーツァルト・プロなど4つのプログラムを聴いたけれど(全てジャーヴィス氏がコンマス席に座っていたけれど)、どれもが最高度の良心と信頼感とにみちた演奏で、それまで私自身もなんとなく持っていた「マリナー=何でも屋さん」、という印象を一新したのだった。

ジャーヴィス氏は、その時のシリーズの演奏会を最後に翌月から肺癌の治療のための入院生活に入り、そのまま復帰することなく翌年には亡くなることとなる。
そんな意味でも尚更に印象的な、マリナーと都響との組み合わせだった。

…そういえば改装終了後のサントリーホールに初めて(やっと!)入ったような気がする。
トイレが大改修されていたのは判ったけれど、ホールの中に入ってみると、ぱっと見、どこが変わったのかよくわからない。
もしかしたら壁は張り替えたのかな?

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コンサート(2007年)」カテゴリの記事

コメント

『四季』が聴けなかったのは残念でしたが、20世紀にマリナー+都響という組み合わせをお聴きなられたとはうらやましい! そのコンビネーションも今後実現してほしいですねぇ。シベリウス、ラフマニノフ、なあんてのを振ってくれるとオモロそうです。えへへ。

残念ながらマリナーを生で聞いたことはないッス。高校を卒業したばかりの頃だったかな?マリナーがアカデミー以外のオケを振った演奏を初めてレコードで聞いた。惑星です。そのころはメータ・ロスフィルの若々しい演奏がはやりだったけど、マリナー・コンセルトヘボウの演奏を聴いてぶったまげた記憶があります。ハッタリが全くない演奏。今でもあの惑星が一番好きですね。

>よねやま様
90年代の最初に私が都響の会員になった当時のコンマスは、ジャーヴィス、古澤巌の2人でした。その年の秋から、当時22歳の矢部さんが新しく加わった。
ジャーヴィス氏はマリナーのロンドン響での同僚(アシスタント・コンマス)で、アカデミーの結成にも参画していたそうです。アカデミーの練習会場だったセント・マーティン教会には、ジャーヴィス氏の運転する車に同乗して行ったものだ、とは、後年のマリナーの述懐。
ジャーヴィス氏はのちに、ボーンマス響、ロンドン・フィルのコンマスを経て、大阪フィル、そして都響へ。
世界のオーケストラのリーダー席を渡り歩いたベテラン音楽家の最後の職場の、最後の仕事相手が、盟友ネヴィル・マリナーだったという訳です。

この頃の矢部さんは、ジャーヴィス氏がコンマスの出番の時は必ずといっていいほどサイドに座っていました。
オーケストラのリードの仕方はジャーヴィスさんに教わった、という意味のことを、いつだったか仰っていました。
矢部さんの最初のソロCD(「ソット・ヴォーチェ」)は、ジャーヴィス氏に捧げられています。

マリナーと都響の組み合わせに私がこだわるのは、以上のような歴史的な経緯があるからなのです。
単なる身びいきではない、ある必然性を備えたものだと思っています。
是非実現して欲しい。

おふたりめのコメントの方は、もしかしてken師でしょうか。
そう、私もマリナー=コンセルトヘボウの「惑星」は愛聴盤です。
マリナーの「惑星」、そしてアカデミーとの「エニグマ変奏曲」のCDについては、いつか独立したエントリで書いてみたいです。

> おふたりめのコメントの方は、もしかしてken師でしょうか。

スイマセンm(__)m 
またしても、名前を忘れました。私です。
しかし、私だとわかるとはさすがですね(^_^;)

>単なる身びいきではない、ある必然性を備えたものだと思っています。

マリナー=ジャーヴィス=矢部...
そういう深いつながりがあったんですねぇ。

想い起こせば、Thunderさんは既にその頃から私、およびその周辺の人達に都響を勧めていましたよねぇ。海外オケにカブれていた当時の私は、そんな大切なインフォメーションに対して、「けっ、日本のオケなんて」と歯牙にもかけていなかったもんなあ。全く悔やまれますです、ハイ。

>是非実現して欲しい。

うん、うん。
今年N響に来た勢いで、マリナーは来年都響へ来てくれるかもと淡い期待を寄せていたところ、都響へはなぜかペンデレツキが来てしまいますね、しかも定期に登場。ちょっと一大事件かも。更になんと「作曲家の肖像」には大野和士が。というワケで、2008年度の都響の一連の公演プログラムが発表されたところで、Thunderさんによる見どころ聴きどころなんぞをお願いできればと。えへへ。

P.S.:
> おふたりめのコメントの方は、もしかしてken師でしょうか。

私もわかりました。
というか、私とThunderさんだからわかる、という状況でせう。

>2008年度の都響の一連の公演プログラム

こちらですね。

http://www.tmso.or.jp/j/concert_ticket/by_month/index.php?year=2008&month=4

すでに元エントリのテーマと離れてきておりますので、詳しくは他のオーケストラ(4月にシーズンが始まる5つのオケ-都響、東響、読響、東フィル、シティフィル)が出揃ってからじっくりやりたいと思っていますが、ヨーロッパの新進をずらりと並べた定期のラインナップは壮観ですねえ。
新シェフのインバルの出番がいくらなんでも少ないような気がするのですが、致し方ないのかなあ。次年度以降に期待します。

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