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2007年9月

2007.09.30

【告知】なめら~か7th

NAMERAKA20070930(9月10日のエントリの再掲載です。当該コンサート終了まで、この投稿をトップに掲載いたします)

昨日の日曜は、朝9時から夜10時まで練習&ゲネプロ(ホール練習)でした。
さすがに、疲労困憊。今日は眠くて仕事にならんので、とっとと帰ってきた。

今週末は合宿(奥志賀高原)、来週もう一回練習日があって、再来週はもう本番。盛り上がってまいりました。
(別名、突貫工事のはじまりはじまり^^;;)

という訳で、正式に告知させていただきます。

サクソフォン・アンサンブル なめら~か第7回定期演奏会
2007年9月30日(日)19:00開演 横浜みなとみらいホール・小ホール
入場無料(整理券等は必要ありません)

曲目:
I.アルベニス(M.ミュール編)/セビーリャ、コルドバ
J.S.バッハ(栃尾克樹編)/イタリア協奏曲
C.ドビュッシー(中村均一編)/ベルガマスク組曲
A.グラズノフ(J.-M.ロンデックス編)/サクソフォン協奏曲(サクソフォン独奏:大栗司麻)
F.メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」の音楽より

今回は見てのとおり、プログラムにサクソフォンアンサンブルのためのオリジナル作品がひとつもない。
サックスアンサンブルの主催演奏会としては、私の経験した限り、過去にほぼ例のないものだと思う。
「オーソドックスなプログラム」ということになるんだろうが、ここまで極めたオーソドックスはもはや前衛と呼べるかも。
実際問題、練習の過程ではいまだかつて経験したことのないような苦労を強いられております。
どうなることやら…

たくさんの皆様のご来場をお待ちしております。

2007.09.29

ドビュッシーSQ

雨模様の土曜日。
今日は涼しい。昨日より13度くらい気温が下がったらしい。

昼は新宿2丁目の行きつけのお店。ソプラノの最終調整。
下のファの音がどうしても引っくり返りやすいのは、かなり抑え込んだけれどそれでも…。この楽器の限界かもしれないなあ。今回の曲目(特に「ベルガマスク組曲」)にはこの音がかなり重要な場面で多発するので、怖いといえば怖い。

1曲めのアルベニスのチームで、衣装に赤のワンポイントをつける(スペインに因んで)、ということがいつの間にか決まっていたので、小田急デパートの紳士服コーナーで赤のポケットチーフを購入。
考えてみたら、赤いストラップ1本持っていれば解決したことだった。

昔在籍していた吹奏楽団の演奏会で、ポップスステージの衣装で首に青のバンダナを巻くことになっていたのを、ある年配のクラリネットの団員さんが当日まで知らず、本番はクランポンの青いスワブを首に巻いて誤魔化した、ということがありました(^^;
Swab
これ↑。


その後、お茶の水へ移動。本日のお楽しみ。

Quatuor Debussy, 070929ドビュッシー弦楽四重奏団(Quatuor Debussy) 東京公演(カザルスホール)

D.ミヨー/弦楽四重奏曲第4番
V.ダンディ/弦楽四重奏曲第2番
C.ドビュッシー/弦楽四重奏曲

フランスのリヨンに本拠を置く弦楽四重奏団。
何度か来日しているらしいけれど、今回はこの、ワタシに聴けと言わんばかりの曲目に痺れて早々にチケットを取ったのだった。席は右列バルコニーの19番(個人的には、カザルスホールのバルコニーの19から31までのブロックは、東京のあらゆるコンサートホールの中で最も美しい響きが聴ける場所だと思っている)。
お客さんの入りは半分くらいかな。弦楽四重奏を聴く客層というのは、ただでさえ少ないクラシックの客層の中でもさらに少数派だから仕方ないけれど、おかげで実に静かで集中した環境の中で、落ち着いて聴くことができた。

演奏は、繊細の極み。
音量をがーっと出すということが、ほとんどない。1階席の後ろの方だったら、聞こえないんじゃないか、と思ってしまったくらい。音の出の合図すらも、ほとんど見えないほどだ。それでもまるで4人でひとつの楽器のように、ぴたっと寄り添っていく。
ドビュッシーの3楽章アンダンティーノの、こんなに静謐で美しい演奏は、初めて聴いたかも。
ダンディ(ダンディの弦楽四重奏の実演なんて初めて聴いたし、これからもそうそうあるとは思えない。貴重な機会)も、別の団体のCDで聴いていた印象だととても晦渋でアカデミックな感じがしていたけれど、今日は全然そんなことがない。
ミヨーも貴重な演奏。第2楽章の、葬送行進曲ふうの音楽の中間部に厳粛なフーガが挟まれた雰囲気など、本当にこれミヨーの音楽か?と思ってしまった。

アンコールにドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」、そして、G.タイユフェールの弦楽四重奏曲のフィナーレ(!)。
いやー、良かった。明日自分でもドビュッシーを吹くので、勉強のために…という気持ちはあったけれど、そんなことは関係なく楽しんでしまった。

Quatuor Debussy

会場でCDを売っていたので、記念に買って帰る。
ドビュッシーと、ブラームスの1番所収。

帰り道、もと実家の近所に立ち寄って、子供の頃からなじみの床屋さんへ。
私の父とほとんど同じ歳のおやじさんと、その息子(小学校の3つ4つ後輩)のお店。
黙って座れば、何も言わずともいつもどおりに刈ってくれる。
やっと、頭が軽くなった。


さて、明日です。
私が出席できなかった時に、あとの3人で受けたアルベニスのレッスンのメモを読みながら、夜は更ける。

ピッコロに捧げる

先日、渋谷のタワーで見つけて衝動買いしたCDの1枚。
これは衝撃的だった。

Fontec FOCD20049Dedication for Piccolo(Fontec
 菅原潤(Picc)、三木香代(Pf)

NHK交響楽団のフルート・ピッコロ奏者、菅原潤氏によるピッコロのソロアルバム。
この夏、私たちにとって最大のイベントは、日本フルート協会のコンベンションに出演してヴィヴァルディのピッコロ協奏曲の伴奏をさせていただいたことだったけれど(記録はこちら)、菅原さんはその「ピッコロの世界」という企画枠の座長だった。
会場の隅で私たちのゲネプロを聴かれたあと、物凄い的確なアドバイスをいただいて感嘆させられたことを思い出す。

N響のピッコロ奏者といえば、これはもう間違いなく日本ピッコロ界の頂点に立つプレイヤー、と言っていいだろう。それにしてもこんなソロCDを出していたとは知らなかったぞ。版元がフォンテックだから気付かなかったのかな。こういうアルバムはマイスターミュージックの領分だとばかり思っていた(マイスターミュージックだったら新譜は定期的にチェックしているので気付いたはず)。

収録内容としては、モーツァルトのフルートソナタや件のヴィヴァルディのラルゴをピアノ伴奏で吹いているのはまあ当然として、驚くべきことにメインとなる曲目はすべて、オーボエの典型的なレパートリーなのである(モーツァルトのオーボエ四重奏、サン=サーンスとプーランクのオーボエソナタ)。
で更に驚くべきは、これらの曲のなんとピッコロに似つかわしいこと! ハッキリ言って、オーボエと同じ音域のはずのソプラノサックスで吹くよりもずーーっと、これらの曲のありように似合っている(サックスでオーボエの曲を吹くと、なんだか妙に音が色気づいちゃって別世界になってしまうんだよね)。
ピッコロという楽器の、ピュアで浮世離れした、しかも歴史を内包した音色が、オーボエのやはり葦笛以来の伝統のある音世界とシンクロするのだろうか。プーランクの終楽章なんか凄いよ。まるで仲間の群れからはぐれた動物の嘆きみたいな、シンプルでイノセントな悲しみの表現。

機会があったら是非、R.シュトラウスのオーボエ協奏曲をピッコロ独奏で聴いてみたいと思った。きっと似合うんじゃないか。
私たちも今度の(暦的にはもう明日だ;;)演奏会ではアレンジ物ばかり演奏する訳だけれど、どうせアレンジ物をやるんだったら、必然性という観点でこのくらいのレベルを狙いたいものだ(心意気的には)、と思ったことだった。

ピッコロの最低音はなぜか(Cではなく)Dなので(何故なんでしょう?誰か教えてください)、ところどころオクターヴを上げたり、音階上昇の途中でチェンジしなければならないのが、惜しい。

2007.09.28

「曲目解説」

自分の演奏会本番が近いので、それ関連の話題など。

コンサートのプログラムに載せる曲目解説、業界語でいう「曲解」は、第1回の演奏会からこのかたずっと私が自分で書いている。
サクソフォンアンサンブルのオリジナル曲の場合は比較的簡単で、作曲者の国籍と生没年とあと適当に何か書けばそれらしくなるけれど、今回の演奏会のようにすべてアレンジ物、しかもヨーロッパのクラシックの名曲ばかりとなると、なかなか大変。まず作曲者が有名で、作品自体も有名で、有名だということはそれだけ現在まで伝わっている付帯情報が多いということで、どれを取捨選択するか、ということ。
基本的にはコンサートを聴きにきた人が、演奏開始までの(あるいは演奏中の)ちょっとした時間つぶしに読む訳で、まず何より、これから演奏される音楽について興味をひくものでなければならない。曲を知らない人にとっては、聴きどころはどこか、とか。別に楽曲分析の答案みたいなものを読んでもしょうがないしね(CDの解説や音楽事典の丸写しみたいな文章ではよくありがち。主題呈示が何調で展開部が何調、再現部が何調なんて書いたって、聴いてわかる人は何人いるだろうか。そもそも「展開部」「再現部」って何ですか)。作曲家や作品自体に関する客観的な情報は、必要最低限でいい。
その上で、文章自体が面白ければ、言うことはないが。

最近のコンサートでは、演奏者自身が、演奏する曲の面白さや特徴を達意の文章で語る、というケースが増えてきて、楽しいことが多い。
演奏者自身の言葉は、なんといっても説得力がある。聴き手としてはよく知っている曲であっても、演奏する側からするとそういう見方があるのか、と感心させられたり。
雲カルのリサイタルのプログラムでの雲井さんの解説など、毎回楽しみにしているものだ。

「曲目解説」というものを書いたり考えたりする上で、私自身が参考とし、またそのひとつの理想のあり方だと思っているものは、芥川也寸志著の『音楽を愛する人に』(ちくま文庫)という本である。
この本は、いわゆる「名曲」を百曲選び、それについての紹介文を見開き2ページずつにまとめたものだけれど、実に面白い。専門的な音楽用語を全く使わずに、これだけの内容を簡潔に書くことができるというのは、まさに本物の音楽家で本物の文章家の業だ。
百曲の中にイベールの「コンチェルティーノ・ダ・カメラ」が入っていたり、芥川氏のサクソフォンに対する嗜好や興味をかなりはっきりと見てとることができるのも、興味深い。

「あとがき」がまた、素晴らしい。
ここに全文引用したいくらいだけど、さすがにそれはできないので。

2007.09.25

連休2日め(NJPこうもり、とか)

23日。
10時からみなとみらい小ホール(来週の本番の会場)にて、私たちの演奏会チラシの折り込みをさせていただくため、昨日に引き続いて朝一から横浜へと向かう。
電車に乗る時、サックスのケースを抱えたお嬢さんが一緒に乗り込んできたのだが、誰かと思ったら4年前までウチの団員だったU嬢でした(同じ最寄り駅に住んでるはずなのだがここでは初めて逢ったような)。横浜に着くまでの間、懐かしくも楽しくお喋り。
みなとみらいホール着、いつもの通り道を通って小ホールへ。挟み込み作業開始。集まったいろいろな団体の見知らぬ方々と、束の間のチームワークをとりつつ作業机の回りをぐるぐる回る。1時間弱で終了。
軽く腹ごしらえの後、セルマージャパンでレッスン中のしまっぷー先生に楽譜を届けるため、渋谷へと移動。
着いたらちょうどウチの団員約1名がレッスン中で、しばらくその場にいてレッスンぶりを眺めて楽しむ(笑)。

私自身がこうやって、定期的に師匠のところに通ってスケールやらエチュードやらを生真面目に習っていた時代は、もうずいぶん昔のことになってしまった。
20代前半の時期、毎週のように通った中村橋のマンションとか、その後、毎週というほどにはいかなかったがよく通った玉川上水のアパートとか。あの道沿いには今はモノレールが通っているはずだ。…
いろんなことを思い出して(あるいは、考えさせられて)、ちょっと複雑な気分。

セルマージャパンのショップで、気になる新譜CDを見つけ、もしタワレコにあればポイントが付くからと思って(^^;急遽黄色の塔に移動して探すも、見つからず。参ったなあ。また行かなきゃ。
タワーではぜんぜん関係ないCDを数枚衝動買い。この話はまた後日。

NJP, 070923地下鉄半蔵門線に乗り込んで、今度は錦糸町へ向かう。やっと本題。

新日本フィルハーモニー交響楽団 第420回定期演奏会(すみだトリフォニーホール)
J.シュトラウス2世/喜歌劇『こうもり』(コンサート・オペラ形式)
 指揮:クリスティアン・アルミンク
 演出:三浦安浩

これは楽しかったなあ!
オーケストラはピットではなく舞台上にいるものの、いわゆるコンサート形式ではなくかなり本格的なセットを組んでのオペラスタイルの上演(衣装、演技ももちろんあり)で、とてもオーケストラの定期演奏会の一環とは思えない。
クラシック音楽が「娯楽」だった時代は確かにあるんだな、と思った。とにかく、理屈抜きに楽しい。筋書き的には馬鹿馬鹿しいくらいのもんなんだけど、別にそんなことはどうだっていい。「水戸黄門」に哲学や厳密な歴史考証を求める人なんかいないのと同じこと。
音楽を味わい、楽しみ、よく笑った。朝からの移動続きの疲れでちょっと意識が飛ぶも、目が覚めると舞台上は相変わらず同じような馬鹿騒ぎ。…

オーケストラの出番表は以下の通り。
こういうものを公開してくれるオーケストラは、新日本フィルだけだ。私たち楽屋雀にとってはなかなか有難いサービスで、他のオーケストラでも見てみたいものなのだけれど、いろいろ難しい事情はあるんだろうな。

member, 070923

やはり今季から定期会員になったというK高のken師が来ていたので、終演後は楽屋口にてW先生の出待ち。
K高ではアンコン出場チームの件でちょっとゴタゴタが持ち上がっていて、3人でしばらくシリアスな話となる。
…生徒たちに自主性があるのは勿論良いことなんだけれど、我々大人のもくろみというものが伝わらないというのは、それはそれで困ったものだ。
落としどころはどのへんになるかしらん。

…とまあ、色々あった1日でした。

2007.09.24

佐藤渉リサイタル

22日(土曜)。
朝9時半から、来週に迫った本番の最終練習。
午前中はカルテット。今年の私の出番は、アルベニス「セビリア」「コルドバ」と、ドビュッシー「ベルガマスク組曲」。いずれもソプラノ。今年は久しぶりに持ち替えなしで、ソプラノ1本に絞って練習できるのが有難い。
午後は第2部のラージ。グラズノフのコンチェルトの頻繁なテンポ変化を調整、そしてメインプロの「真夏の夜の夢」。

1週間前の最終練習にして、やっとなんとか仕上がりそうな感じになってきた。この状態でせめてあと2~3回練習できれば…ってところなんだけど、もう無理。
というか、同じことをずーーっと、(どのような本番であれ)本番の直前になるたびに感じ続けている気がする。
演奏活動というものに足を踏み入れてもう30年も経つんだからさぁ、いい加減学習しろよぉ、といつも思うんだけど、結局本番前はバタバタなんだよねぇ。

4時半に練習終了、挨拶もそこそこに地下鉄みなとみらい線に飛び乗って、神楽坂へと移動。

Wataru Sato, 070922佐藤渉 サクソフォーンリサイタル(音楽の友ホール)

O.ネルソン/ソナタ
J,リュエフ/シャンソンとパスピエ
P.M.デュボワ/協奏曲
C.ケックラン/エチュードより 2、5、9、11
R.R.ベネット/スリーピース組曲(Three Pieces Suite)
吉松隆/ファジーバード・ソナタ
 Pf:川岸麻理

雲カルのアルト奏者、佐藤渉さんのリサイタル。
224席の地下室(音楽の友ホール)は、本来空いているはずの最後列壁際の椅子までひとつ残らずぎっしり埋まった盛況。これで火事とか起こったら大惨事だぞぉ、などとつまらんことを考える。客層は昨日とはずいぶん違うようだ。

とてもメロウで明るく、おおらかによく歌う音色が印象的だった。
人の心にあるわだかまりとか障害物とかを、いつの間にか取り去ってくれるような、thankfulな音色。夏に聴いたオーティス・マーフィー氏と共通する雰囲気がある。
曲目はたいへん多様なもので、かのオリバー・ネルソン(Jazzサックス奏者、作編曲家、プロデューサー)の学生時代の習作に始まり(かなりにアカデミックな筆致で、フィル・ウッズのソナタみたいのを期待したら拍子抜け)、フランスの名品いくつかを経て日本代表「ファジィバード」に至る。ファジィバードは須川さんの演奏とはずいぶん印象が違い、「なめらかバード」とでも呼びたい雰囲気だった。
かと思うとデュボワのコンチェルトでは、ものすごい勢いで大量の音符を並べてみせるし。
#余談だけれど、私たちの世代の人間がサクソフォンの数あるレパートリーのうち、デュボワのこの曲を殊更に熟知しているというのは(マーフィ氏のマスタークラスにもこの曲を持ってきた受講生がいたけれど、楽譜はほとんど見たことがないのに、ほとんど全部の音を追いかけることができたものだった)、間違いなくユージン・ルソー氏のレコードのおかげだろうと思う。
リチャード・ロドニー・ベネット(1936-)のThree Pieces Suite(「3ピースのスーツ」と「3つの小品による組曲」を引っかけたタイトルか)は、最大の聞き物だった。都会的で親しみやすくお洒落なメロディとハーモニーに彩られた小品で、是非センスのいいピアニストと一緒にやってみたいと思った。楽譜出てるのかな。

雲カル4名総出演によるアンコールが、贅沢の極み。

2007.09.23

貝沼拓実1stリサイタル

世間では三連休が進行中。
3日も会社に行かなくていい、とはいえ、ワタシの立場としてはこの時期家でゆっくり休んでいるという訳にはいかず、怒濤のようにスケジュールが進行しております。
ぼちぼち書いていきましょう。

Takumi Kainuma, 070921貝沼拓実(Saxophone)1stリサイタル(21日、浜離宮朝日ホール)

棚田文紀/ミステリアス・モーニングIII
ドビュッシー(貝沼拓実編)/牧神の午後への前奏曲
野平一郎/アラベスク第3番
P.サンカン/ラメントとロンド
C.パスカル/ソナチネ
C.ドビュッシー/ラプソディ
E.デニゾフ/ソナタ
 Pf:羽石道代

職場を出遅れて、野平をほぼ全曲ロビーで聴く(爆)。
浜離宮朝日は職場から歩いて行けるホールのひとつなんだけれど、自転車でも飛ばせば「牧神」から聴けたかもしれない。

という訳で、映画の正編を見ずに続編だけ見たような状況で、しかも1週間の仕事疲れがたまってあまり集中して聴けなかったので、詳しい感想は残念ながら書けないけれど(と言いつつ書いてしまうけれど)、思ったのは「新しい世代の演奏家だなあ、」ということ。
音楽の表面的なスタイルや時代性を超えた、かのブーレーズが言った「音楽の絶対零度」という位置から音楽を捉える感性というのは、私たちの世代の演奏家にはないものだ(何人かの限られた「天才」と呼べる方々はそういうものを持っているが)。
デニゾフのソナタなんていう曲は、容易に手の出せない超現代曲だと思っていたのは、私にしてみればそんなに遠い昔の話ではないのだけれど、今日聴いた演奏は、第1楽章で冒頭の主題が戻ってくるところなんか、まるでブラームスのシンフォニーのソナタ形式の楽章を聴くように違和感がなかった。
最初の3曲をちゃんと聴くことができなかったことがかえすがえすも惜しまれる。

あと20年もしたら、普通の大学生やハイアマチュアの方々が、普通にデニゾフを吹いてしまう時代というのが来るかもしれない。
根拠のない話ではない。今から20年前だったら、アマチュアのプレイヤーが例えばプロヴァンスの風景やクレストンのソナタを吹くなんて事態は絶対考えられなかったけれど、今はそれこそ高校生だって気のきいたやつは吹いちゃう訳でしょ。

アンコールに「タイスの瞑想曲」。

2007.09.21

これからのいろいろ(続き…にならず)

チケット入れ(この先行く予定のコンサートチケットを入れておく封筒)が最近妙に重いなあと思っていたら、こんな状態になっていた。

Tickets

重い訳だ。(額面総額は幾らになるんだろうか?)

うち、定期会員になっている都響新日本フィルのチケットだけで20枚近くあるので、仕方ないんだけど。
真ん中のカードは、都響のメイト会員券。これ1枚で定期演奏会7公演分。
なお明日からは、貝沼拓実さん、佐藤渉さん、新日本フィル定期の「こうもり」(J.シュトラウス)の三連戦です。
サクソフォン絡みのコンサートは、意外と、ない。明後日が終わると、10月のトルヴェールクヮルテットと、しまっぷー先生の小さなコンサートくらいか。

同名エントリのつづきを書こうと思っていたんだけど、チケットの束を見ていたらくじけてしまいました…(^^;
もう寝ようっと。

2007.09.20

シャルリエのリサイタル

Olivier Charlier, 070919上田晴子(Pf)&オリヴィエ・シャルリエ(Vn) デュオリサイタル(ルーテル市ヶ谷センター)

モーツァルト/ヴァイオリンソナタ変ホ長調K302
ベートーヴェン/ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」
ドビュッシー(ハイフェッツ編)/牧神の午後への前奏曲
サン=サーンス/ヴァイオリンソナタ第1番
ラヴェル/ツィガーヌ

私がかねてから世界最高のヴァイオリニストのひとりと思っている、オリヴィエ・シャルリエのリサイタル。
シャルリエのソロリサイタルを一晩ちゃんと聴くのは実は初めてだったりする(今まで聴いた機会はすべてオーケストラとのコンチェルトだった)。
ルーテル市ヶ谷には3年ぶりに入った。この間に改装されたようで、客席の椅子は完全に新しいものに替わっていたし、床にはたしかカーペットが敷いてあったはずだが全面板の間になっていた(少しわんわん鳴る感じになってしまったような)。

このリサイタルの告知を見つけた時に、びっくりした勢いでほとんどプロパガンダに近いこんなエントリを当ブログに書いて、どうやらそれを読んでチケットを買ったという方も数人はいらっしゃる様子で、もしもその方たちの期待を裏切ることになったらやばいなあ、と一瞬でも心配した自分は愚かだった。まさに「圧巻」、の一言でした。

これ以上考えられないほど正確な指回りも音程も、決して押しつけがましくなく、すべては演奏される音楽の相貌をくっきりと、誇張なしに正確に描き出すこと、へと奉仕している。
また、フレーズの持続の中で緊張感を自在にコントロールするという、得難い才能をも備えている(ハイフェッツ編の「牧神の午後」で特にそれを感じた。まるで最初からヴァイオリンのために書かれたオリジナルのように聞こえたものだ)。管楽器吹きも是非参考にしたらいいと思う。

1曲めのアンコールが、グルックの「オルフェウス」からのメロディ(いわゆる「精霊の踊り」というやつ)で、個人的にとても懐かしい(デファイエや、新しくはモレッティのSaxophoneのCDに入っていたっけ)。

2007.09.19

合宿から帰って

今年の夏は志賀高原に2回も行けて幸せだったけれど

途端に現実に引き戻されています(>_<)

いよいよ、演奏会本番近し。

今回の合宿ではあんまり写真は撮らなかったけれど、とりあえず何枚か。

070916a

最終夜のコンサート。

ビュッフェスタイルで食事を出しての正式なコンサートというのは中止になってしまい、とりあえず食後の歓談タイムの余興という形で、吹き倒し。
これのために松本から駆けつけたギャラリーの方もいらっしゃり、感謝。

070916b

武闘派デュオ。(笑)

森の音楽堂

3日間とも好天に恵まれ、こと最終日は強烈な暑さ。
他のカルテットチームがシゴかれている間、宿から徒歩数分の、森の音楽堂へと散歩に出る。
山と森、高原の空気(標高1600m)、ひろびろとした芝生。素敵すぎる。
こんな場所で、演奏会やってみたい。

今週末は須川さんがやってくるようですね。

2007.09.17

レッスン風景

レッスン風景
怒濤の合宿も早いものでもうすぐ終わり。
爽やかなレッスン風景など。

2007.09.15

山の夕暮れ

山の夕暮れ
グリーグの抒情小曲集の中にそういうタイトルの曲があったと思う。
1日めの練習終了。奥志賀は快晴ながら、すでに秋の気配深し。

夜が明けた(*_*)

夜が明けた(*_*)
この三連休はなめ合宿のため、先程3時頃7名で奥志賀高原の宿に到着。軽く到着の乾杯のつもりで飲み始めたら、結局いつものノリでこんな時間に(@_@)

練習は午後からスタート予定。

2007.09.14

告知・補遺

こんなのもあります。

http://bersarooms.com/2kai_concert_syousai_to_plan.html

去年のオープニングコンサートから、ちょうど1年。
アルフレッド・リード博士のちょうど1周忌の日で、5つのカメオより「アリア」を演奏したっけなあ。

2007.09.08

サクソフォン奏者ジャック・ブライマー

Eric Coatesこの夏に買ったCDから。

エリック・コーツの音楽(EMI) ※CD2枚組
組曲「三人のエリザベス」、組曲「ロンドン」、行進曲「全労働者諸君」、木の精、スリーピー・ラグーン、シンデレラ幻想曲、行進曲「ダム・バスターズ」、組曲「ロンドン・アゲイン」他

サー=チャールズ・グローヴズ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル、レジナルド・キルビー指揮バーミンガム市響、サー=チャールズ・マッケラス指揮ロンドン・フィル

エリック・コーツ(1886-1957)は、ワタシが大好きでことあるごとにネタにしている、英国伝統のライト・クラシック界の大物作曲家。生前には「彼こそ音楽を書くために生まれてきた男」、と評されたこともあるという、生き生きとした愉悦にみちた音楽を書く人だ。
当ブログには以前こんなエントリを書いたことがある(「エリック・コーツ」でググってみると、なんとこのエントリがトップに上がってくる)。

英EMIのClassics for Pleasureという廉価盤シリーズの中の1タイトルで、昨年発売されたものらしい。
2枚組のうちグローヴズ指揮の1枚分は既に音源を所有しているのだが、値段が2枚で千円ちょっとだったし、未聴の分だけで充分モトは取れるだろう、と思って買ったのだが、収録曲の中にコーツがサクソフォンとオーケストラのために書いた"Saxo-Rhapsody"(「サックス狂詩曲」と訳すのか。委嘱者シガード・ラッシャーのSP録音の復刻や、ロンデックス門下のKenneth Edge演奏のCDが現在入手可能)という曲が入っており、ここでソロを吹いているのはなんと、あのジャック・ブライマーなのだ。

ジャック・ブライマー(1915.1.27-2003.9.16)といえば、英国を代表するクラリネット奏者としてあまりにも有名な人物。
ロイヤル・フィル(1947-63)、BBC響(1963-71)、ロンドン響(1971-86)でそれぞれ首席クラリネット奏者を歴任、ソリストとしても多数の録音を残し、全英クラリネット&サクソフォーン協会のプレジデントを終生務めながらサクソフォン奏者としても活躍、高名な「ロンドン・サクソフォン四重奏団」を創設するなど(母体となった団体は別にあるようだが)、相当なキャリアを積んでいたであろうことが窺われる。
はからずも、ブライマーのサックスの音を初めて聴くこととなったのだが。…

ブライマーのクラリネットといえば、録音で聴く限り、軽くヴィブラートのかかったまるでサクソフォンのように柔軟な音が印象的だけれど、彼がいざ実際にサクソフォンを吹くとなると、彼のクラリネットを吹く時のサクソフォン的美質というものがむしろ後退して、少々窮屈な印象を持つことになるのが、不思議に思える。
この曲に頻出するフラジオ音域の音を何の苦もなく当てているし(もともとラッシャーの委嘱で書かれた曲なので、サックス本来の音域外の高音が当り前のように出てくるのだ)、技術的には「持ち替え」とか「余技」というレベルではなく、申し分ないところなんだが。
…そういえば、プロ・アマチュア問わず、クラリネットを本業とする方が吹くサックスの音って、わりと共通してそういうちょっと窮屈そうな印象があるように思うのは、私だけか?

クラリネットとサクソフォンは、同じ1枚リードの楽器ではあるが、奏法の最適化という面では越えがたい一線があるのかもしれない。私はクラを吹いたことがないのでよく分からないけれど。

Previn-Rachmaninovブライマーのクラリネットの音をいま一度確認してみようと、ロンドン響在籍期間の録音の中から、アンドレ・プレヴィン指揮のラフマニノフ「交響曲第2番」(1973年1月、EMI)の有名なソロを聴いてみる。
この曲の第3楽章の長大なソロを吹くことは、クラリネット奏者にとって一世一代の仕事といっていいだろうと思う。

…これは、すごい。
特にソロ奏者の表記はCDには無いので、ブライマーではない可能性も皆無ではないけれど、何にせよこの甘美な音色と無限大といってもいいニュアンスの豊かさには、聴き終えて思わず溜息をついてしまう。
極めて控えめにかかるヴィブラートが効果絶大だ。フレーズの頂点となる大きな音や、クレッシェンドの音符には絶対にかからないところが、奥ゆかしい。逆にふっとdim.する音符や、ピアニシモの伸ばしに、ほとんどそれと判らないほど軽くかかったヴィブラートは、この奏者の音楽的な趣味の良さというものをこれ以上ないほど見事に表出している。

最近のフランスのサクソフォン界にあっては、どの音にもヴィブラートをかけていたミュール-デファイエ時代の反動か、ヴィブラートは控えめに、かける音とかけない音を峻別した上で多彩なニュアンスを追求する、というあり方が主流となっているように思える。
とはいえ、じゃあ具体的に何をどうする、という話になると、それらの多くはいまだ模索の域にあると感じられるんだけど、視線をサックス外に移せば、なんだよ、こんな身近なところに(しかも30年以上も前のことだ)、これほどまでに秀逸なお手本があるじゃないですか、ということ。

「あのジャック・ブライマーがサクソフォンを吹いている」、というマニアック?な興味に始まった一連の探求は、かくのごとき結末に至るのだった。

2007.09.02

かつてのホームグラウンド

蒲田の大田区民センターで本番。
最近出来たアプリコという新しいホールではなく、環八陸橋の向こう、富士通のシスラボ(とは今は言わないが)の裏手にある古い建物のほう。高校の吹奏楽部の定演や地元バンドの各種本番など、高校生の時から30代はじめ頃までの、自分のホームグラウンドだった会場だ。
初めてこの舞台に乗ってから、はや30年が経ってしまった。さすがに外観はかなり古びたけれど、蒲田駅から歩き慣れた道を辿っていくと、昔から何も変わりなくホールがそこにあるというのは、なんだか嬉しくなってしまう。
そろそろ建て替えの話とかが出てきても不思議じゃない古さなので、せいぜい細部を目に焼きつけておくこととしよう。

20070902

ロビーの窓の外は、JRの蒲田車庫。
この風景も30年前から変わらない(並んでいる車両の種類は替わったけれど)。というか、変わりようがない。

20070902

メンバーはたくさんのお手伝いの方々のおかげで、はからずも大田区の吹奏楽界の精鋭が集結したという状態になっており、先週の練習の段階では正直どうなることかと思ったけれど、なんとか崩壊は免れたか(^^;
お客さんも意外と多かったし(とても反応よく聴いていただけて、救われた気分)。
しかし、疲れた。

やり残していることがたくさんあるまま、9月も全速力で始まったようだ。

フォーレの合唱曲

父の面会に青梅まで往復したあとの夕方は、この秋最初のコンサートへ。
フォーレの宗教合唱曲(原典版)を特集した、アマチュアながら意欲的なプログラムに興味を持っていたところ、縁あって招待していただけたのだ。

混声合唱団コール・リバティスト 第2回定期演奏会(浜離宮朝日ホール)

G.フォーレ/
 エッチェ・フィデリス・セルヴスop.54
 マリア、マーテル・グラツィエop.47-2
 タントゥム・エルゴop.65-2
 タントゥム・エルゴ(1904)
 パヴァーヌop.50
 マドリガルop.35
 ラシーヌの雅歌op.11
 夜想曲第6番(ピアノ独奏)
 舟歌第3番(同)
B.ブリテン/ユビラーテ・デオ
J.ラター/グローリア
 永井千佳(Pf、Org)
 小屋敷真(指揮)

創設2回めの定期演奏会だというのに、浜離宮朝日ホールでやっちゃうんだ。すごいなあ。

とても積極性に富んだ、気持ちのよい演奏が聴けた。
結成間もない団体のためか、選曲にしろ舞台進行にしろ、世のアマチュア合唱団にありがちな独特の流儀にあまり染まっていないところがいい。
1、2曲めあたりはまだ堅さが取れずに、頑張れー、と思いながら聴いていたが(アマチュアプレイヤー一般にありがちな傾向で、私自身もおおいに覚えがあるんだけど、雰囲気に乗っかって歌うことはそこそこ出来ても、何もないところへ自分から「音楽」を立ち上げる、ってことが難しいんだな)、プログラムが進むにつれてだんだん良くなってきて、「マドリガル」あたりに至っては非常にいい感じ。

前半トリは「ラシーヌの雅歌」。
「音楽」そのものの純粋な結晶を無心に、陶然とうたいあげるようなこの玄妙たる傑作が、20歳のフォーレの手になる音楽学校の卒業作品だというのは、この曲を知って30年近く経つ今でも、聴き返すごとに驚嘆するものだ。
高校生の時に買った、ルイ・フレモー指揮のフォーレ「レクイエム」のレコード(Erato)の余白に入っていた古ーい録音で知って以来の愛聴曲だった。東混をはじめとするプロの演奏でも何度か実演を聴いたけれど、なぜかこの古い録音にあるような種類の情感を感じたことがなかったのだが、今日はかなりいい線を行った演奏で、ちょっと感動した。…思うに、この音楽の本質にはプロっぽい即成的なアプローチを拒絶する何かがある、のかもしれない。
合唱が引っ込んだ後にピアノソロが2曲演奏されたのだが、(演奏はなかなか良かったのだが)休憩時間が始まったのかと勘違いして席を立ったりしたお客さんが大勢いたせいで少々集中力が途切れたのが残念。

後半は英国へと渡り、ブリテンとラター。こちらは初耳。ブリテンは予想外に短い曲だったので、びっくり。
ジョン・ラター(1945-)という名前は(吹奏楽界におけるアルフレッド・リードのごとく)合唱界ではよく見る名前だけれど、実際に曲を聴いてみて、納得。適度に現代的で適度に刺激的で、わかりやすくカッコ良い。きっと歌っていても気持ちよいのだろう。ウォルトンみたいだ。
ウォルトンの親しみやすさが吹奏楽に特化するとフィリップ・スパークになり、合唱に特化するとラターになるのだな、と本日認識。

演奏者としての課題は色々あれど、まずはいい演奏会だったんじゃないでしょうか。
ご招待ありがとうございました。

2007.09.01

デニス・ブレイン没後50年

9月になった。
つい1週間前の酷暑が嘘のようだ。

Cd158本日2007年9月1日は、不世出のホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)の没後ちょうど50年の日だそうだ。
(上記リンク、ファンサイトのお手本のような作りだ。ワタシも見習わなければ)

ということで、手持ちのCDを久しぶりに引っ張り出して聴いている(Testament SBT1022)。
シューマンのアダージョとアレグロ(1952年録音)で始まるんだけど、なんだこれは。あまりにもすいすい音が当たるもんで、まるでホルンに聞こえないぞ。
デュカスのヴィラネル(1952年録音)は、この曲たしか前半は左手を一切使わずにナチュラルホルン状態で吹くはずだが…後半と違いが全然判らない(@_@)
改めて、脱帽でございます。

今夜はもう1本エントリを上げる予定。

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