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2007年8月

2007.08.30

これからのいろいろ

この秋も、聴きたいコンサートは目白押し。

8月はシーズンオフでコンサートがあまり開催されず、聴くという楽しみはあまりないけれど、代わりに秋以降のスケジュールに思いを馳せてチラシを眺めてみたりチケットを手配したり、という方面の楽しみがある。
旅行だって買い物だって、計画を立てている時が楽しい、ってのがあるじゃないですか。コンサートだって同じこと。
この秋からは2年ぶりに新日本フィルの定期会員(トリフォニー第2日)に復活することになったし、今日は都響のインバル指揮(!)年末の「第九」公演の会員優先予約を済ませてきた。(ディープなコンサート・ゴーアーにとっては、「第九」とは8月とか9月にチケットを取るものなのです(^^;)

さて、サクソフォン系のコンサートも多士済々なのだが、そんな中の第一弾、雲カルのアルト奏者佐藤渉さんのリサイタル(9/22)のチケットを取ろうと、先日マネジメントのレックスのサイトにお邪魔したのだが、そこで偶然、オリヴィエ・シャルリエ(Vn)と上田晴子(Pf)のリサイタルの告知(9/19)を見つけ、びっくりして思わず一緒に発注してしまったのだった。

オリヴィエ・シャルリエ(パリ音楽院ヴァイオリン科教授)といえば、私にとっては紛れもなく世界最高のヴァイオリニストのひとり。
正確無比な技巧と、どんな細部にまで「意思」を通わすことのできる強靱きわまりないフレージングは、今まで私の聴いてきたあらゆる器楽演奏家たちの中でも最高レベルのものだ。
しかし何故か、大きなマネジメントとか派手な演奏活動とかとは無縁の人で、一番最近聴いたのは一昨年の静岡でのアマチュアオーケストラとの共演だったし、今回のリサイタルだって、会場はキャパ250のルーテル市ヶ谷センターだと。
サントリーホールとかオペラシティとかで、何千人もの客を集めてリサイタルをする斯界の名手たちに全く引けをとらない、どころか、彼ら(彼女ら)よりもよほど聴くべきものを持った演奏家だと思うのだが。

これはやはり、仕事が忙しいとかなんとか言ってないで聴くべきだと思った。
これでルーテル市ヶ谷程度のキャパの会場さえ満席にならないようだったら、日本の聴衆の見識が問われるというものだ。
ピアノの上田さんも素晴らしい方だと自信を持って言える。2004年だったか、作曲家湯山昭のデビュー50周年記念コンサートというのを紀尾井ホールで聴いた際(須川さんが「マリンバとアルトサクソフォーンのためのディヴェルティメント」を吹いていた。ライブCDも出ている)、何人ものピアニストが出演された中に上田さんもいたのだが、ひとりだけ音色も響きもダイナミクスも飛び抜けて聞こえたものだった(勿論、出演されていたのは全員名のあるプロのピアニストばかりだったにもかかわらず)。

…シャルリエに入れ込んだおかげで、他のコンサートのことが書けなくなってしまった(^^;
つづきはまた日を改めてやりましょう。

2007.08.29

アフィニス夏の音楽祭

20070828第19回アフィニス夏の音楽祭・東京演奏会(JTアートホールアフィニス)

エルガー/弦楽のためのセレナード
ドヴォルザーク/弦楽五重奏曲第3番
R.シュトラウス/歌劇「カプリッチョ」前奏曲(P.チャバ編・弦楽合奏版)
R.シュトラウス/16管楽器のためのソナチネ第1番「傷病兵の仕事場より」(指揮:下野竜也)

アフィニス文化財団が日本のオーケストラ支援の一環として長野県飯田市で毎年開催している「アフィニス夏の音楽祭」の、東京演奏会。
国内のプロオーケストラの若手団員を公募して、内外のベテラン演奏家や音大教授陣とともにレッスン、室内楽やオーケストラの演奏会をするというもので、東京演奏会の会場は職場から歩いて行ける虎ノ門のJT本社内ということもあり、夏枯れでコンサートの少ないこの季節、楽しみにしていた。

音楽監督は四方恭子(Vn、ケルン放送響元コンミス、京都市立芸大助教授)、講師陣はVnヘンリク・ホッホシルト(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管コンマス)、シュテファン・ワーグナー(北ドイツ放送響コンマス)、Va深井碩章(北ドイツ放送響首席)、Vcヘルマー・シュティラー(ミュンヘンフィル首席)…といった主にドイツ圏のベテラン達で、演奏会では日本各地のプロオケから集まった30人を超える受講生たちと一緒に、ステージに乗るのである。
冒頭、エルガーのセレナードを久々に聴いて、感激。…やっぱ、いい曲だわこれ。
後の曲はそれほど馴染みのある曲ではなかったけれど、邪念の全くない、音楽への専心にみちた演奏のなんと気持ちのよいこと。
そりゃそうだろう。講師・受講生ともに一流のプロばかりの演奏者たちが、全く商売っ気抜きに、音楽の神髄を伝えようと(あるいは、吸収しようと)集っている訳で、これが半端な演奏になどなりようはずがないというものだ。

最後、R.シュトラウスの大編成の木管アンサンブルの快い響きを堪能しつつ、終演。
外へ出てみると、コンサートの最中に大雨が降ったようで(全く気付かなかった)、路面はずぶ濡れ、すっかり涼しくなっていた。

2007.08.27

今日の練習

夏シーズンの大きな本番がいろいろ終わってみると、実は私たちのアンサンブルの定期演奏会前のスケジュールが大詰めを迎えていることに気がつく。
今日は、グラズノフのコンチェルト特練。
朝10時の合奏開始にひとりでも遅刻者がいたら、連帯責任で全員昼飯抜き、というお達しが出ていたところ、なんと開始5分前には全員揃ってました(^^;
なんだよ、みんな、その気になればちゃんと時間通りに来るんじゃん(^^;、てなもんで。
さすが、パートが揃ってると練習がはかどること。前回に合わせたときはあんなに苦労したのに、今日1日で残りを全部見終わって最後に何回かソロ合わせも出来た。パチパチ。

夕方からは蒲田へ移動。
3-4日前に急遽SOS連絡を受けて、高校の後輩が主宰している某バンドの演奏会に手伝いで乗ることになり(テナー)、夜間はホール練習だった。

本番は来週の日曜(9/2)というギリギリの依頼で(テナーがいないなんてアリエナイ事態なんだからさ、もっと早く連絡してくれぇ)、本当は昨日1回の練習だけでどうにかする予定だったのだが、曲目に「リンカンシャーの花束」(P.A.グレインジャー作曲)が入っていて、これがあまりにもヤバイので今日も出席してきました。
単に聴く分にはたいへん馴染み深い曲で、CDだって何種類も持っているのだが、意外にも本番で演奏するのは初めて。
とにかくまあ、本当に、判らん曲でして。

Lincolnshire posy

例えばこれ、結局何拍子なんでしょうか(^^;

Lincolnshire posy

「etc.」って言われてもねえ。
そもそも、「4分の2と2分の1拍子」って、何ですか。

ともかく、作曲年代(コピーライト表示1940)を考えたら、こういう記譜法を考えついたということを含めてたいへんな前衛音楽であることは間違いない。
残念ながら今回、指揮者も含めて、この曲の全貌をきちんと理解している人って、誰もいないんじゃないかという感じではある(^^;。
ちゃんと演奏すればこの世界の世紀の名曲であることは間違いないのに(メンバーも30数人の小編成ながら、ひとりひとりは結構吹ける人間が揃っているのに)、実に勿体ない話だなあ。

意外な知り合いに逢ったり(相変わらず世間は狭い)、何年も会っていなかった高校の別の後輩(実は結構ご近所さんだったことが判明)に再会したり、その点では良かった。

2007.08.21

記録・8月17日

翌17日の覚書。
(16日の記事、たくさんのコメント有難うございます。もう遅いので、明日まとめてお返事します)

第20回 サクソフォーン発表会(川口リリア・音楽ホール)

J.S.バッハ/シチリアーナとアレグロ
 古屋核(A.Sax)、大賀美子(Pf)
F.クライスラー/テンポ・ディ・メヌエット、才たけた貴婦人
 佐藤葉子(Vn)、佐藤輝(Pf)
W.A.モーツァルト/三重奏曲第4番 K.498 「ケーゲルシュタット」第2楽章
 村上達也(Cl)、田辺元(A.Sax)、村上ちづ(Pf)
チック・コリア/スペイン
 新井透(S.Sax)、今井よしえ(T.Sax)、大賀美子(Pf)
小六禮次郎/SAKURA
 藪侑里子(A.Sax)、藪広樹(Pf)
R.プラネル/プレリュードとサルタレロ
 中野明(A.Sax)、西川幾子(Pf)
C.ケックラン/エチュードより1、2、3
 岡村広紀(A.Sax)、秋元栄陽子(Pf)
C.パスカル/ソナチネ
 土方宏明(A.Sax)、西川幾子(Pf)

ベルリーニ/歌劇『ノルマ』より「カスタ・ディーヴァ(清らかな女神よ)」
サン=サーンス/歌劇『サムソンとデリラ』より「あなたの声に心は開く」
加藤昌則/スロヴァキアン・ラプソディ
プッチーニ/歌劇『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」
 須川展也(A.Sax)、加藤昌則(Pf)

今回はあんまり写真など撮っている暇がなかった。
これは打ち上げ会場にて(やや光量不足)。

20070817


2007.08.19

記録・8月16日

第13回日本フルートコンヴェンション2007 TOKYO&第1回ワールドフルートコングレス

私たちなめら~か儀、日本フルート協会より招待を受けて、この8月16日、出演して参りました。
覚書程度に記録を少々。

070816

今日も既に35℃超えの猛暑の中、上野駅に集合して会場の東京藝術大学へ向かう。
大学の掲示板に貼られたポスター。

070816

私たちの控室は、芸大の敷地内になぜか唐突に建っている、不忍荘(しのばずそう)という名前の、この茶室のような古い日本家屋。
もと在学生のしまっぷー先生も「こんなのがあったなんて知らなかった」、というワンダーワールド。
部屋は25畳くらいの普通の和室で、台所もあって床の間もあって布団とかもちゃんと備えてある。宿泊用に使っているらしい。
すっかり、寛ぐ。

070816

なんだこれは。

070816

会場の第1ホールにて、リハーサル。
ソリストは言うまでもなく、われらが渡辺泰先生(新日本フィル)。
曲は、ヴィヴァルディのピッコロ協奏曲ハ長調RV443/F.VI-4。
コンベンションの公式プログラム(全184ページの冊子)に、編曲者として私の名前が載りました。
この曲、ピッコロ界ではコンクールやオーディション等の定番中の定番らしい。サックスでいうイベールみたいなもんか。なかなかこういう色物企画でもないかぎり、ピッコロ奏者としては正面切って出し物にしづらい曲のような感じがする。

上の写真の右隅に写っているのが、今回の企画「ピッコロの世界」の座長、菅原潤先生(NHK交響楽団フルート・ピッコロ奏者)。
私たちのリハを聴いて、二言三言アドバイスをいただいたのだが、これがまた最低限の言葉の中に的確きわまりない核心を衝いた内容で、感嘆。


芸大構内で見つけたヘンなもの。

070816

じゃあ何なんだよ。

070816

本番前、ホール棟の廊下にてまったりと待機中。
この微妙な古さが、私自身が25年前大学生だったころをちょっと思い出させる(勿論ワタシゃ芸大じゃありませんが)。というか芸大って、奏楽堂だけは新しいけれど、校舎自体はずいぶんと年季が入った感じだ。さすが国立大学。
滅多にない機会なので校舎内探検とかもしたかったのだが、中でフルートのコンクール(非公開)を同時進行でやっている関係で、入れるところがなかなか無かった。猛暑の戸外には出たくないし。

第1ホールは私たちの出番の直前まで立ち見も出る超満員だったらしいのだが、ちょうど奏楽堂で高木綾子のリサイタルが始まり、客はどっとそっちに流れて結果的には普通の入りでした(^^;。

演奏内容は、自分ではよく分からないけれど、昨年の1回めの本番(私たちの定期演奏会)よりはこなれていて良かったんじゃないかな。

20070816

すべて終了後、片付け終わった第1ホールにて記念撮影。
演奏をするためにここに来る、なんてことはもう二度とないだろう。
たいへんに貴重な機会をいただいた渡辺先生と日本フルート協会の皆さんに、感謝。

この日は肩凝りが酷くて首がうまく動かなくて、渡辺先生や菅原先生にはずいぶん心配していただきました。
フルート奏者の方々というのは、楽器の構え方が不自然な格好なので、肩凝りというのはどうやら職業上の非常に切実な問題らしい。
3日間PCに触らなかったせいで、だいぶ良くなったが。

フルート協会の方々との合同の打ち上げに出て騒いでいたら、帰宅は0時過ぎ。
翌日のことは、また日を改めて。

2007.08.18

おわりました

現在京浜東北線の車中です。疲れました。今年の発表会は、練習量からするともう少しちゃんとした演奏になる予定でしたが、なんだか…。本番には魔物が棲んでいる、てのは本当ですね。

ご来場・ご声援ありがとうございました。とりあえず帰ってゆっくり寝ます。

2007.08.17

【告知】発表会20th

20070817(7月27日のエントリの再投稿。当該コンサート終了まで、この記事がブログのトップに掲載されます)

こちらのエントリの下の方でもお知らせしている夏のサクソフォーン発表会のチラシが、見てのとおりたいへん素晴らしく出来上がったので、ここで正式に告知させていただきます。

第20回 サクソフォーン発表会
 2007年8月17日(金)19:00開演(変更となりました)
 川口リリア・音楽ホール(JR京浜東北線川口駅西口)
 入場無料
 スペシャルゲスト:須川展也(Sax)、加藤昌則(Pf)←ピアニストが変更となりました

この発表会の由来(なんで須川さんが?という事情)については、前年のエントリをご参照いただければと思います。
この発表会が始まってから、はや20年以上が経ってしまった。
歳月は容赦ないけれど、この得難く充実した時間をずっと過ごし続けることが出来ているのは、有難いことです。

私は、R.プラネル「プレリュードとサルタレロ」を演奏いたします。
実は明後日(7月29日)の日曜、レッスン(別名・島送り←一部意味有名;)だったりする。やばっ。

皆様のお越しをお待ちしております。

2007.08.16

本番2days、初日終了

フルートコンベンション本番、無事終演。フルート吹きばっかりの中に混じっての打ち上げも辞して、また明日の本番のために今から帰宅します。

東京芸大での演奏の機会なんて、もう二度とないでしょう。
サントリーホールでも何でも、どんなステータスの高い会場だって、極端な話、金さえあれば乗れるけれども、「芸大」はそうはいかない。本当に貴重な機会だった。

写真も何枚か撮ったんだけど、PCの使い過ぎによる肩凝りがひどいため、しばらく家でパソコン作業は遠慮しようと思ってます。
詳細upはしばしお待ちを。

やってきました

やってきました
東京藝術大学。

2007.08.14

夏の思い出

というタイトルで、こんな文章を、5年前のちょうど今頃の季節に書いたことがある。
というか、もう5年も経ってしまったのか、ということが、ちょっと驚き。

http://homepage1.nifty.com/thunder-sax/diary208.htm

この文中の「K高」というのは勿論、今現在教えに通っているK高のことではありません。
自分自身の、「吹奏楽コンクール」、あるいは「吹奏楽」そのものに対するアンビバレントな心境の根源は、どうもこのあたりの記憶や体験にあるような気がする。

もし「K高」に行っていたら、どうなっていたかな。
人生には様々な局面で「もしも、あのとき…」という瞬間があるけれど、これはそんな中でも最も早い時期の、最も大きなものとなるような気がする。…

今となっては、D高に行って良かったと思う。
D高はきわめて刺激の少ない平穏な学校で、強制されること(やらなければならないこと)も何もなかったから、何をすべきかを自分で見つけなければならなかった。周りに比較すべきものがなかったから、自分自身を掘り下げるしかなかった。
そういったことごとがあまりにも遠回りであることに、当時は途方に暮れたものだったけれど、遠回りしている間に見ることのできたさまざまな風景は、間違いなく現在の自分の糧になっている。

ずっと後になって、とある音楽界の大先達の方にお会いしてお話をした時に、
「悔いの多い青春を送りなさい」
と言われて、なんのことだか分からず面食らったことがあった。
だけど言わんとするところは、今こそ、よく分かる。

2007.08.13

コンクール本番

今日も暑い中、K高生徒たちの吹奏楽コンクール本番(府中の森芸術劇場)。
午前中は仕事を休めず、午後からノコノコ行ったため、予想通り当日券なんかありゃせず、実際の演奏はロビーでテレビ観戦と相成る。

070813

ヘンな緊張もなく、練習で積み重ねてきたとおりの率直で好感の持てる演奏だったと思うけれど、結果は「銅賞」。
決して箸にも棒にも引っかからないような演奏ではなかったし、ここまで頑張って銅賞はかわいそうだとは思うけれど、結果は結果。
一斉横並びで審査されるというのは、厳しいもんですなあ。
代表になるような上手い学校って、ある意味異常だもの。ああいうところと、我々のような、3年生も出場せずあくまでも学校の部活という枠内で出来る範囲で頑張っている(といっても、やろうとしていることの内実はそれなりに高度なものだとは自負しているが)学校とが同じ土俵で勝負、というのはねえ。

ま、とりあえずは、この先もやるべきことがたくさんある、ということ。
やることがあるのは有難いことだ。

070813

記念撮影を撮影。

それにしても、神奈川県の古巣バンドを9年前に辞めて以後、もうこのさき一生縁はないだろうと思っていた吹奏楽コンクールの世界だったけれど、こうして意外な形で戻ってくることとなった。
ちょっと若返った気分の、夏の夕暮れだった。

2007.08.12

影の庭

本日8月12日は、古巣バンドの友人I氏(16年前の私の入団当時の副団長)の命日。
日航機事故の何周年、というニュースが巡ってくるたびに、思い出す。

ある人のことを覚えている、思い出すことができる、ということは、その人は(自分にとっては)生きているのと同じだ。
逆の場合を考えてみるといい。忘れてしまった、思い出すこともないような人というのは、死んでしまった人と(意識の上では)何の違いもない。
これからも毎年、思い出し続けたいと思う。…

the garden of shadowsさて、話は全く変わって。
栃尾克樹さん(東京佼成ウィンドオーケストラ・バリトンサクソフォン奏者)の新しいアルバム、「影の庭」(マイスターミュージック)を、やっと聴けた。
新譜といっても、発売からもう2週間以上経ってしまっているが(CD屋さんに行く暇がこんなにないとは思わなかった)。

素晴らしいアルバムだと思う。
ほぼ今回収録の曲目で組まれた昨年のリサイタルのレポートはこちらに、一昨年発売のアルバム「アルペジョーネ・ソナタ」の感想はこちらに挙げさせていただいており、正直言って言うべきことはこれらで尽きていて、付け加えるべき称賛の言葉が思いつかない。

と言いつつ、つまらない感想をひとつ付け足すならば、「ブレスが全然目立たない」、ということ。
バッハのチェロ組曲はいろいろな方がサクソフォンで演奏するけれど、どうもあの、細かい音符をひとしきりパラパラパラパラと吹いた後に、おもむろに休んで大きくブレスを取って、また再開する、という、クローゼのエチュードでも吹くような流儀が私、聴いていてどうも苦手なのですよ。
管楽器だからブレスを取らなきゃ吹けない、のは当然だし、ブレスを取るタイミングを確保した上でどう説得力のあるフレージングを作るか、ってところが音楽性の見せ所だ、ということは理屈では理解できるんだけど、ただ単に聴くだけの無責任な立場としては、ぶつ切れの演奏を聴くくらいなら原曲のチェロでのちゃんと繫がった演奏を聴いたほうが良い(^^;訳で。
さもなくば、先日のオーティス・マーフィーみたいに、循環呼吸を駆使するか。

このCDに入っているチェロ組曲の演奏も、最初は循環呼吸を使っているのかと思った。
だが、よーく聴くと要所要所でちゃんと息を吸っている。それも、ぼーっと聴いていたら聞き逃すような素早いタイミングで、しかもこれ見よがしな大きな音も立てずに。
これだけのブレスで、バリトンサックスでバッハのチェロ組曲を吹く、ということは、周到なフレーズの設計の上に、余程のコンパクトで完成された奏法と無駄のない呼吸法を習得していないと、絶対無理だ。…

CDのタイトルとなった、高橋悠治への委嘱作品、『影の庭』は、楽譜が作曲者本人のサイト中で公開されている。→こちら(PDF)

是非、この曲は、一度楽譜を見ながら聴かれることをお勧めする。
一流のプロの音楽家という方々の持っている「ソルフェージュ能力」というものの凄さが、実感できると思う。

「ソルフェージュ能力」とは、楽譜を見て、その音楽がどのように鳴るものかということを把握する能力である。
私の考えでは、アマチュアとプロの演奏家を隔てる差というのは、楽器の演奏能力も勿論だが、より以上にこのソルフェージュ能力の差だと思っている。
この『影の庭』という曲は、委嘱作品なのだから、この楽譜1枚以外に、音楽の全体像を把握する手がかりはない。
…もしそういう状況で、あなたが「この楽譜」を演奏しなければならないとしたら、どうするでしょう?
栃尾さんという演奏家は、それに対してどういう答を出しているか。
見物(みもの)です。

…要は、「音源」に頼らないと曲がイメージ出来ないうちは、アマチュアだ、ということ。

ピアニストと初対面

36℃超え(らしい)の酷暑の中、17日の発表会のためのピアノ合わせへ。

この10年以上ピアノを弾いてもらっているマダムに今年は断られたので、最初は途方に暮れたけれど、いろいろあった末、とても素敵な芸大出身ピアニストの方とご一緒できることになった。
紹介していただいた関係者の方に、感謝。

神楽坂から、住宅地の中の路地のような細い道を分け入った奥へ。
自分の生まれ育ったところと(東京の古い住宅地ということで)共通する雰囲気があって、気持ちが落ち着く。
今日が初対面だが、とても気さくでノリのよい楽しい雰囲気の方で、合わせはスムースに進んだ。
志賀高原でのおさらいの成果があったというものだが、問題はカデンツァだな。レッスンを受けた頃に比べたらだいぶそれらしくなってきたとはいえ、まだまだ、一度出来たとしてももう一度やったときには大崩壊する危険性が常にある。
津堅さん(N響トランペット)を見習って、「200回練習」とかしないと駄目か。志賀では「20回練習」くらいだったらしたんだけど。(←あるパッセージを最初から最後までノーミスで吹けたら「1回」と勘定し、その数だけ繰り返す。間違えたら1回からやり直し。)

それにしても、合宿先で選んだリードがことごとく使えなくなっているのには、参った。温度のせいか、湿度のせいか、気圧差のせいか(あちらは標高1500m)。
あちらでは本当に絶好調で、何時間でもひとりでさらっていられたけれど、こちらではそういう気にはなれない。

2007.08.11

「真夏の夜の幻想」

OperaCity070810東京オペラシティ・開館10周年特別演奏会(東京オペラシティコンサートホール)

R.シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
ショパン/ピアノ協奏曲第2番(Pf:小山実稚恵)
ベルリオーズ/幻想交響曲
 大野和士指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

「真夏の夜の幻想」、というまさに惹句の通りの、素晴らしい演奏会を聴いた。
先程聴いたものが本当に現実のものだったのか、もはやよく判らない。
かの大野和士の、この夏の帰国時の数少ない演奏会のひとつ。発売後あっという間に売り切れてしまったようで、諦めていたんだけれど、いろいろあって無事聴くことができた。ありがとうございます。

オーケストラは対向配置だし、「幻想」は2楽章コルネット付きのオリジナル版だし、大野さんならではのコダワリは随所にあるけれど、何よりとにかく出てくる音の説得力が違う。このオペラシティという会場は小さめなので、どうかすると音が飽和しがちだけれど、今日は全然そんなことはない。すべての音が楽に伸びやかに鳴っていて、しかもここぞというところのf(フォルテ)の迫力はすごい。すごいんだけど、それが全然うるさくはない。ストレスのない明るい発音は、まるでヨーロッパのオーケストラのようだ。日本のオーケストラの音ではない(東フィルはこの1年間に4-5回聴いたはずだけれど、こんな音が出ていたのは正直言って聴いたことがない)。
どんな指揮者でもこういう音が出せるんだったら、N響なんか楽々と超えて本当に日本最高のオーケストラたり得るんだろうけれど。…

「ティル」でも「幻想」でも、大野さんの解釈はそれぞれの場面場面を丁寧に作っていくというより、大きな流れの中でさまざまな響きの遠近やうつろいを演出しているように思えた。

終演は9時半近く。オケが解散しても喝采は止まず、大野さん一人を舞台に呼び返して拍手を浴びせる。
もはや巨匠の風格だった。

2007.08.09

【連載】マルセル・ミュールの生徒たち 23

この連載の趣旨、見方については連載第1回のエントリをご参照ください。

1964-1965

ADAM, Noël
BALLION, Jean
BONNIN, Jean
BOUTIN, Pierre
CATENNE, Daniel
ELMORE, Vicki (U.S.)
GAUDET, Daniel
LEMONNIER, Francis
MAGNAC, Jean-Pierre
NET, Jacques
PODEVIN, Michel
TROUSSELET, Michel
VIATGE, Gilbert
TAYLOR, Marshall (U.S.) Auditeur.

試験曲:Fantaisie caprice (Jules Selmer-Collery)

Jean-Pierre MAGNACは、1974年からナント(Nantes)の、1990年からマルセイユ(Marseilles)のコンセルヴァトワール教授だったとのこと。

Michel TROUSSELETは、のちにギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のメンバー。QSP(パリ・サクソフォン五重奏団)のメンバーでもあった。ベゾン(Vaison-la-Romaine)のコンセルヴァトワール教授という記述もあるが未確認。
(追記)2001年のギャルド来日公演のメンバー表に名前があった。ギャルド最後のミュール門下生である。

聴講生であったMarshall TAYLORは、ノースウェスタン大学大学院出身、ユージン・ルソーと同じくフルブライト奨学金を得てパリ音楽院に学んだ。現在、フィラデルフィア聖書大学、テンプル大学他で教鞭をとる。
Dorn Publicactions(Saxophone Journalの版元)のプロデュースによるマルセル・ミュール特集ページで、彼の筆による追悼寄稿文を読むことができる。

2007.08.08

20年前の志賀高原

はじめて夏の志賀高原を訪れたのは、ちょうど20年前、1987年の夏のこと。
これまでのエントリ等でも何度か言及しているように、セルマージャパン主催のサクソフォン・キャンプに参加するためだった。

このときは、ちょうどキャンプ開始の前日に、翌年(1988年)夏の開催が決定していた「ワールド・サクソフォン・コングレス」の予行を兼ねて、川崎市の麻生市民館で日本サクソフォーン協会のサクソフォン・フェスティバルが執り行われていた。
このフェスティバルと翌日からのキャンプは、続けて両方とも参加する先生方や受講生が相当数(私自身も含め)いたので、夜9時のフェスティバル終演後、麻生から志賀高原に向けて夜行の貸切バスが走ったのだった。

バスの中では私は、当時カワイの講師だった旧知の円田先生と隣席同士で、深夜までずーーっとサックスの話ばかりしていたのを思い出す。
日本とフランスのサックスの音の違い。同じフランスでも、デファイエとロンデックスでは何が違うか。アンサンブルというものの考え方。私が持ってきたいくつかの海外のサクソフォン奏者や四重奏団のカセットテープを一緒に聴いてあーだこーだ言い合ったり、非常にプリミティヴでかつ実践的な話題の数々だった。
当時は今と違い、とにかく「生の」情報が少ない時代だったから(今のように、フランス帰りの若いプレイヤーがゴロゴロいる、などという状況は想像すらできなかった)、円田先生のような百戦錬磨のベテランの方の話というのは本当に貴重で興味深く、何時間喋っていても飽きることはなかった。
当時、私は25歳、円田先生は(おそらく)39歳。
あの貫祿のあった当時の円田先生だけど、今の自分より若かったんだ。…

志賀高原に到着したのは、明け方の午前4時。
結局、ほぼ一睡もせずに喋り続けていたような気がする。
そして、その日の午後から、怒濤のようなキャンプのカリキュラムが始まったのだった。…

私にとって、「師匠」と呼べる人物には、そのキャンプで出会った。
それまでにも、またその後も、何人かの先生方にレッスンを受けたり、お世話になってきたけれど、じゃあアンタは実際のところ誰の門下なんだ、と聞かれたら、迷わずその先生の名前を挙げる。
現在はヤマハを吹いておられる方だが、当時はバリバリのセルマー使いだった。
…そもそも、80年代の当時、国産の楽器を吹いている第一線のプロという方は皆無に等しかったのだが。

3日めの夜(最終夜)は、毎年恒例のことなのだが、セルマーキャンプの主(ヌシ)ことI沢さんの号令一下、部屋別対抗演芸大会(笑)というのが催される。
この年、なぜか私の部屋は、グランプリを受賞(笑)。
相部屋のメンバーには、当時昭和音大の1年生だったO森Y基くんも居た。座布団を使った一発芸の連続、というくだらない出し物で、I沢さんも「これがなんでグランプリなんだー」、と半分呆れていたけれど(^^;。
賞品に、小型の機械式メトロノーム(ウィットナーのスーパーミニ)を貰った。これは今でも使い続けている。


レッスンも受講生発表会もすべて終わった最終日の午前、全員で高原の中をハイキングに出た。
皆でリフトに乗って、東館山の山頂まで遊びに行ったのだった。
8月1日の写真に写っているリフトが、まさにそれだ。

リフトを降りて、山頂までの上り坂を、キャンプの最年長の講師、御歳77の大御所、阪口新(さかぐち・あらた)先生(日本のクラシカル・サクソフォンの開祖というべき方。こちらのエントリ参照)が、半世紀ぶん以上若い受講生たちの列に混じって、元気に歩いていく。
「阪口先生、大丈夫なんですか?」と別の先生に聞いたところ、
「いやあ、阪やんは僕らよりよっぽど頑丈だから、」とあっさり返されたのだった。


下地啓二野外音楽教室、と題して、下地先生と一緒にみんなで志賀の湿原の中を散歩しつつ、先生のありがたいお話を聞く、という不思議な会があったのは、もしかしたらこの翌年のことだったかもしれない。
足元の草むらで、バッタかイナゴのような虫がぴょーんと跳ねる度に、「おっ、このアタックがいいねぇー。サクソフォンはこういうふうに演奏したいものだねー」などと本気で感心してみせる下地先生に、半ば引きつつ(^^;も、強烈な印象を残したものだ。


20年前の志賀高原でのキャンプ、というと、そんなことばっかりが思い出される。
何の曲のレッスンを受けて、何と言われたか、なんてことのほうが、思い出すことは難しい。
でも、それでいいのだ。音楽というものはレッスンや練習だけで培われるものではなく、そういったさまざまな経験や見聞を含めた、人間性の総体なのだから。
たとえば、高原の山道を若い人たちに混じって元気よく歩く、阪口先生という偉大な人物(逝って既に10年、今の若い人たちにとっては、もはや歴史上の存在でしかないだろう)の後ろ姿を記憶に留めている、ということが、現在の自分自身という人間の幅の一部になっているのだと思う。


先日終わったK高の合宿も、生徒たちにとって、そういうものであってくれるといい。
もしもこの先何年か、あるいは何十年か経って、2007年夏の志賀高原のことを、そんなふうに覚えてくれていたとしたら、嬉しい。

2007.08.06

練習第二日

なめら~か強化練習第2日。
午前、四重奏。メニューは、アルベニスのセビリヤ、コルドバ、そしてベルガマスク組曲。全部ソプラノ。きっつー。
午後、ラージ。アンコール含め、昨日やったグラズノフ以外を全部ひととおり舐める。
最後に、この先へ向けての即席ミーティングの後、16日の本番に備え、ヴィヴァルディを一巡。
濃い1日でありました。

終了後は、昨日無事合宿から帰ってきたK高のken師(何度か言及しているとおり、私の母校の高校の2コ先輩)、オブザーバーのYさん(同、1コ先輩)とともに、合宿お疲れさま会(つうか、普通に呑み会)を開催、歓談。
K高合宿、私が東京に帰った後もいろいろあったらしいが、まあその程度のことは、どこでもいつの時代でもあるものだ。
真面目で頭がよくて、やる気があって、だけど時々どうしようもないほど子供っぽくて「理」をわきまえない、高校生という難しい人種について、いろいろな話を聞き意見を交換する。

そしてまた、練習と指導と休息に費やしたシンプルな5日間の休暇も、終わった。…

2007.08.05

練習第一日

昼間でもTシャツ1枚では肌寒いほどの高原から、一気にサウナ状態の東京に帰ってくると、この土日は早速私たちのアンサンブルの練習(強化練習と称して、2日連続の練習日)が待っている。
午後はグラズノフのコンチェルト。
午後3時間かけて、全351小節のうちやっと66小節終了(^^;。
ふう。先が思いやられるぞ。

終了後はめげずに、皆で中華街へ繰り出す。
1年に一度、夏の強化練習時の楽しみ。
明日も早いぞ。

2007.08.03

ある朝の練習風景

ある朝の練習風景
屋外にてロングトーン。
携帯写真だと遠近感がいまいち判りませんが、スキー場の斜面上です。

音を出すと山びこが返ってくる。

2007.08.01

到着

到着
無事到着、午後の合奏が終わったところ。

宿の目の前はこんな風景。

いざ、山上へ

長野着。
梅雨明けたみたいですね(新幹線の車内ニュースで知った)。

17-8年ぶりの長野駅、印象がまるで変わってました。
蕎麦を食して、いざ出発。

長野新幹線にて

既報の通り、K高ウィンドアンサンブルの合宿に2日めから参加のため、志賀高原へ向かってます。良い天気です。
長野新幹線には初めて乗った。軽井沢で客のほとんどが降りてしまい車内が急に静かになった(^^;。考えてみたら電車で碓氷峠を越えるのも80年代末のセルマーキャンプ以来か。

PCは持ってきていないので、若干連絡不自由になります。あしからずご了解を。>みなさま

上田着。

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