【連載】マルセル・ミュールの生徒たち 22
この連載の趣旨、見方については連載第1回のエントリをご参照ください。
1963-1964
ADAM, Noël
ARNOULT, Jean
BONNIN, Jean
BOUTIN, Pierre
DEMARLE, Guy
DEPUYDT, Jacques
DUCROCQ, Daniel
ELMORE, Vicki (U.S.)
ETHERIDGE, George (U.S.)
GAUDET, Daniel
JUILLOT, Michel
MAGNAC, Jean-Pierre
PODEVIN, Michel
PRATI, Hubert
TROUSSELET, Michel
VIATGE, Gilbert
MOORE, Robert (U.S.) Auditeur.
試験曲:Divertimento (Roger Boutry)
おお、ブートリーのディヴェルティメントだ!
この年の一等賞受賞者の中で日本で馴染み深いのは、なんといってもジャン=イヴ・フルモー四重奏団の創設メンバー(テナー)だったGuy Demarle氏でありましょう。
フルモー四重奏団では、他の3人は一世代若いデファイエ門下だった中にあって、ひとりだけ離れた最年長、飄々とした風情ながら、独特の存在感を漂わせた方だった。
もともと4人とも、パリ音楽院に入る前は、ルーベ(Roubaix)の音楽院で同門同士だったそうだ。
フルモー四重奏団は、1988年川崎でのワールド・サクソフォンコングレスのための初来日以来、しばらくは毎年のように日本に来て、夏の終わり頃に東京でリサイタルを開催し、八ヶ岳山麓でのヤマハ主催のサクソフォン・セミナーに4人まとめて講師として参加されたりしていた。
このセミナーには私自身も何度か参加し、一生忘れることのないだろう輝かしい夏の日々の記憶の1ページになっている。
八ヶ岳ではレッスンは原則的に聴講OKだったので、Demarle氏やPierric Leman氏(アルト)の自室でのレッスンもいくつか聴かせていただいたものだ(フルモー御大のレッスンは、なんとなく畏れ多くて足が向かなかった)。
Demarle氏のほのかに酒くさい(^^;部屋を、今でも思い出す。
1995年に惜しくも急逝され、フルモー四重奏団はメンバーを交代して現在に至っている。
フルモー四重奏団、創設メンバーでの最後の日本公演のチラシ(1994年)。
このときのDemarle氏、たしかになんだか急に老け込んだような印象があったけれど、まさか最後の来日になろうとは。…
他の方では、Jean Arnoult氏が、ディジョン(Dijon)のコンセルヴァトワール教授だった(1970-2003)、という記述を発見。
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DEPUYDT, Jacques氏はルーアン音楽院でH.R.POLLIN氏のアシスタントをなさっていました。病気がちな方でしたがDeffayet先生に近い系統の音色で魅力的でした。とても懐かしい名前に感激しています。
PRATI, Hubertは私がいつも指導に使っている教則本「サクソフォニストのためのアルファベット」の作者です。
投稿: おとう | 2007.07.14 16:23
CDを聴く限りにおいての個人的な意見ですが、Demarle氏の去就を境にフルモーカルテットの音楽がかなり変化しているように感じます。
国内デビュー盤(ALM)から"Art of..."(Gailly)までは曲の中でのダイナミクスも音色も変化が大変豊かで、フルモーカルテットのサウンド(青白い炎・・というか)を感じます。曲の捉え方も大きい。
メンバーチェンジ後の"Masterpiece"は一つの音色と音量で演奏しているようで、なんだかかなり平板に感じます。実演に接している方だと感じ方が違うかもしれませんね。
投稿: DONAX | 2007.07.14 22:21
>おとう様
貴重なフォロー有難うございます。
Hubert PRATI氏は最終的にプルミエプリではなかったようですが、作品やエチュードは今日でもたくさん出版されていますね。
>DONAX様
フルモーQ.ですが、1994年の来日の後は長いブランクがあって、2002年に現メンバーで久々の日本公演を聴いたのですが、印象が昔と全く違っていたという記憶があります。
以前の、ある意味攻撃的で立体的な演奏が嘘のように、温和でソフィスティケイトされた演奏でした。
単純に「歳をとった」せいかとその時は思っていましたが、それだけでもなかったのかもしれません。
投稿: Thunder | 2007.07.15 01:35