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2007年5月

2007.05.27

宮前にて本番

宮前ウィンドオーケストラの本番。
昨日のゲネプロ(夕飯を食べて帰ってきたら日付が変わっていたので、日記更新は諦め)から引き続いて、勝手知ったる宮前の文化センターに通う。

Miyamae_hall

音の輪の練習等々で、この10年以上の間、何度も通ったホール。
ちゃんとしたホールでの本番というのは実は意外と久しぶりだったりする。毎年5月にあった「音の輪」は無くなってしまったし、アンサンブルコンテストは旧年中に終わってしまったし、2月の本番は客席でのバンダだったし、3月のアンサンブルコンクールは大学の階段教室のような舞台だったし。

舞台の上の独特の高揚感が、好きだ。たとえどんな小さな舞台であっても。
自分の居場所は「そこ」だ、というシンプルで小さな達成感と、一種の嬉しさを感じる。
デューク・エリントンだったかカウント・ベイシーだったか忘れたけれど、「あなたの故国(country)はどこですか」というインタビューに対して、「ステージの上が私のcountryなのです」と答えたんだそうだ。
舞台に立つ人間の端くれとして、そういう境地に少しでも近づきたいと思う。

1部クラシック&オリジナル、2部懐かし系のポップス(「宝島」だの「ボイジャー」だの。「宇宙戦艦ヤマト」には個人的に燃えました)、という、久々に乗った典型的市民吹奏楽団の定期演奏会。
地元の普通のおじさんおばさん、お爺ちゃんお婆ちゃんたちがたくさん来場し(老人施設から送迎の車で来ているような方もいて、驚いた)、当たり前のように楽しんでいることがよく分かる。市民バンドの王道だけれど(吹奏楽というのはそもそも、「街角の音楽」だったのだ)、そういうあり方をきちんと実践している一般吹奏楽団というのは今日意外とないのではないか。
見習わなければいけないと思う。

今回、以前のエントリに書いたような事情で、練習出席は昨日を除いて2回程度という状態でお手伝いさせていただいたのだが、それなりの仕事はできたんじゃないかと思っている。
演奏も全体的に、本番が一番集中力が発揮されたちゃんとした演奏だったという、ある意味これも典型的アマチュア楽団のありようかもしれない。最終的にたいへん楽しく、気持ちよく終わることができた。

070527

終演後、ソリストのしまっぷー先生、ゲネプロ本番のみで急遽お手伝いをお願いしたとめ氏、応援に駆けつけてくれたしまっぷー門下のアンサンブル仲間たちと、記念撮影。

打ち上げではとめ氏が炸裂しておりました(笑)

2007.05.25

田中靖人リサイタル

Yasuto Tanaka 070524田中靖人サクソフォンリサイタル2007(浜離宮朝日ホール)

R.ブートリー/ディヴェルティメント
F.シュミット/伝説 op.66
長生淳/天国の月
R.ムチンスキー/ソナタ op.29
I.アルベニス(長生淳編)/セビーリャの聖体祭~組曲「イベリア」より
長生淳(G.ビゼー原曲)/アルルの女
 Pf:沼田良子

行けるかどうか微妙だったけれど、行くしかないだろうと思って行ってきた。とりあえず休憩後のムチンスキーからは聴けた。前回(2003年)のリサイタルはアンコールしか聴けなかった(^^;記憶があるので、今回はまだしも。

セビーリャの整体師、じゃなかった、「セビーリャの聖体祭」が素晴らしかった。光と影、喧騒と静寂、聖と俗など、様々な相異なる相貌がスペインの陽光の下で渾然一体となっているような音楽だ。長生さんの編曲もこれは比較的原曲に忠実なもので(ところどころにお馴染み、って感じの即興的フレーズが入るが)、田中さんの、繊細でかつ滞空時間の長い音楽の運びにも似つかわしい。こういうのを聴いてしまうと前半を聴けなかったことが悔やまれる。
沼田さんのピアノも驚くべきものだ。これほどに「己を消す」ことのできるピアニストというのは実はあんまり見たことがない。演奏を聴いていると(良い意味で)ピアニストの存在を忘れてしまう。ソリストと音楽の隙間にすっと入り込んで己の居場所を確保し、それでいて決してそこに埋没することなく澱みのない明快な音楽的信号を発令する。
こういう人がソロを弾くとどうなるんだろう。沼田さんの「イベリア」を聴いてみたい、と思った。

「アルルの女」のほうは、いつもの長生さんの流儀で、「アルルの女」を題材とした長生流ラプソディー・カプリチョス、という趣。これはこれで面白いっちゃ面白いんだろうけれど、アンコールで「アルルの女」の間奏曲の原曲バージョンが演奏されたのと(はからずも)比べてしまうことになると、悪いけれどオリジナルの圧勝、ではあった。いやー、なんという名曲なんだろうか。150年の時を生き残ってきたというのは伊達ではない、と実感。
アンコール2曲めは、真島俊夫編曲のモリコーネ・コレクション。小串さんなどが演奏しても似合いそうだ。

昨夜とは全く違い、客席には顔見知りの方々がたくさん。
サックス吹きのコンサート・ゴーアーな方々と、終演後の余韻を楽しみながら他愛のないお話を語らうというのも、これはこれでまた楽し。

2007.05.24

フォーレの舟歌と夜想曲

societe Faure du Japon, 070523日本フォーレ協会第XVIII 回演奏会/フォーレの「舟歌」「夜想曲」連続演奏会 第一夜(東京文化会館・小ホール)

G.フォーレ/
舟歌第1番、夜想曲第1番、第2番、第3番
 Pf:須江太郎
夜想曲第4番、第5番、舟歌第2番
 Pf:淺田淳子
舟歌第3番、第4番、夜想曲第6番
 Pf:藤井ゆり
組曲「ドリー」
 Pf:淺田淳子、澤田真子
舟歌第5番、第6番、夜想曲第7番
 Pf:河江優

今年の日本フォーレ協会の例会は、シンプルにピアノ曲オンリー。今日と11月の2回にわたって催される、「舟歌」と「夜想曲」の全曲演奏会。
第一夜の今回は、その中でも殊更に美しく親しみやすい、フォーレ初期~中期の珠玉の名品が揃っている。

通い慣れた東京文化の小ホール。誰一人知り合いのいない薄暗い客席に溶け入るように座って、何も難しいことを考えず、心を真っ更にして、それぞれの出演者が2~3曲ずつの出番のために磨きをかけて準備してきた曲たちの、美しい響きと和声を浴びる。
私は普段たくさんのコンサートに行くけれども、自分が本当に聴きたいのは、こういうコンサートだと痛感する。

…客席に假屋崎省吾さんの姿を見る。
この人、いろいろなコンサートで見かけることだ。

2007.05.22

若かりし頃

今を去ること32年の昔、私が中学校の吹奏楽部に2年から途中入部し、最初に渡された楽器がテナーサクソフォンだった。
友達の付き合いみたいな形で入部したので、そもそもどんな楽器があるのかなんて知りやしない。「じゃあ君は、テナーサックスをやってくれ、」と当時の顧問の先生(現在は、東京都の中吹連理事長という重責を担う方である)に言われて、サクソフォンを始めることとなった。

楽器はその数年前に卒業した先輩の個人所有物だったらしいのだが、どこのメーカーの製品だったのか、全然覚えていない(当時はメーカーなんか気にもしていなかった)。少なくともヤマハやセルマーではなく、ヤナギサワでもなく、クランポンでもなかったのは確か。うぅ、いったい何だったんだろうか。
その楽器、音程が滅茶苦茶で、真ん中のシの音(左人指し指1本)とドの音(中指)が全く同じ音が出たのだった(普通の指使いで音階を吹くと、「♪ドレミファソラシシ~」となった。もしかしたらどこか壊れていたのかもしれない)。チューニングでB♭の音を要求されても出やしないので仕方なく、中指を離す(ド#の指)とB♭ぽい音になるので、それでチューニングを切り抜けて(!)合奏に参加していた。
そんなふうな日々の合奏で、ワタシはいったい何をどう吹いていたのか、もはや全く記憶がない(爆)。

その楽器はいつのまにか持ち主のところに返されて無くなったので、もう1本の備品のニッカンを吹くようになったのだが、それがまたえらく古くてボロボロな楽器だった。音程は前の楽器より多少はマシだったものの、練習中によく、いきなり何かの部品が落下して音が出なくなったりした。
学校の体育館(兼講堂)のステージでの本番の直前に、左手サイドのHigh-Dキーのタンポが取れてどこかに行ってしまい、音が全く出なくなったことがあった。時間がなかったので、咄嗟にステージ脇に下がっていた緞帳(というかカーテン)の下端を引き裂いてトーンホールとキーの間に挟み、なんとか事なきを得た。
演奏中にHigh-Dキーを使うと、それが落下してしまうので、拾って挟み直して演奏を続行した(^^;。

途中入部のため教えてくれる先輩もいなかったので(同学年ではサックスは一人だけだった)、タンギングのやり方すら知らなかった。リコーダーのタンギングの仕方は知っていたけれど、サクソフォンの場合は口の中にマウスピースという巨大な異物があるし、しかも舌で直接リードを叩くということがあまりにもハシタなく感じられたので、舌を使わない発音で1年くらい過ごした気がする。音は「フーフーフー」と喉で切ったり、「ウッウー」と腹で切ったり、16分音符が出てきたら両者を併用して「ウフフフッ」とか、今にして思えばなにげに高度なことをやっていた。

ご承知の方も多いように、管楽器の導入段階でタンギングを使わない発音の訓練をするというのは、実は非常に理に適ったことなのである。舌に頼らずに息の柱を瞬時に立ち上げて音を出す、という点において。
後年、ダブルタンギングがさほど苦もなく出来るようになったというのも(というか私の場合、ダブルタンギングは昔から普通のテクニックとして日常的に使っていたので、いつ出来るようになったという認識がない)、もしかしたらこの、サックス吹き始め当初1年間の基礎訓練のゆえ、ということなのか。

全く、人生何がどこで幸いするか分からないもんだ。

2007.05.21

世界の創造

ダリウス・ミヨー作曲、バレエ音楽「世界の創造」。
ミヨーの最高傑作のひとつであり、また古今東西のオーケストラ作品の中で、最もサクソフォンが活躍する曲のひとつでもある。
冒頭、天地も未分明の混沌を表現する物憂げなソロ、続くフーガでの(Jazzの影響を受けた)ソロに始まり、終わり近く、全オーケストラによる乱痴気騒ぎの中ひとり悠然とメインメロディを吹き続ける場面に至るまで、サックスの聞きどころはたいへん多い。

Bernstein, Milhaud

最近(といってももう3月のことだが)、これともうひとつミヨーの代表作「屋根の上の牛」を組み合わせた名盤である、バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団による1976年録音のCDが、1300円で何度めかの値下げ再発売された(東芝EMI)。
この東芝の1300円盤シリーズ、4月まで長いこと「3枚買って商品貼付のシールを集めると、お好きなタイトルを1枚プレゼント」というキャンペーンをやっていて、私もちょうど締切り間際に3枚集まったところだったので、あんまり考えずにこのCDを貰ったのだった。
1987-8年頃にCD化された海外盤は勿論とっくに持っていたけれど、オリジナルのLPと同じジャケットになんとなく惹かれたもので。

Bernstein, Milhaud
マルP1987の表示のある、米EMI盤。

久しぶりに聴き返したけれど、実に起伏が大きくて楽しく、また雰囲気満点な演奏だと思った。バーンスタインが指揮台の上で飛んだり跳ねたり身体くねくねさせたりしているのが見えるような。それでいて、決して緩くない。見事に引き締まっており、連携のとれたしかも自発性たっぷりのアンサンブルを聴くことができる。
サクソフォンはダニエル・デファイエ。特記されている訳ではないけれど、デファイエ自身がいろいろな機会に自分の会心の演奏として挙げているのを見たり聞いたりした。

東芝のCD復刻の音の例にもれず、聴き慣れた海外盤に比べて細部のリアリティは増しているが、全体の雰囲気は少々痩せ気味の音になってしまっているような。
アナログ録音の、良い状態のCD化というのは難しいものだなあと思う。

Kent Nagano, Milhaud

もうひとつ参考までに、同じく「世界の創造」と「屋根の上の牛」のカップリングのCD。
ケント・ナガノ指揮、リヨン国立歌劇場管弦楽団による、1992年のデジタル録音(Eraro)。
これは初出当時のジャケット。今は再発売廉価盤で出ているようだ。
とってもスマートでスタイリッシュな演奏。これをはじめて聴いた90年代の当時は、バーンスタイン=フランス国立の「濃い」演奏にあまりにも慣れていたため、少々違和感も感じたけれど、現在となっては、ああ、「今の」フランスのオーケストラってこうだよなあ、と率直に理解できるようになった気がする。
サクソフォンの音もヴィブラートの少ない今風のものだ。誰が吹いているんだろうか。特にクレジットは無いけれど、リヨンだし、セルジュ・ビション門下か、もしかしたらご本人かもしれない。

実演でも何度か聴いたことはあるが(一番最近は、昨年暮れのサクソフォンフェスティバルでの、東京シンフォニエッタ+小串さん、というもの)、非常にアンサンブルの難しい曲なので、なかなか万全の演奏で聴けることは少ない。
いままでに聴いた最も完璧な実演は、6~7年前の沼尻竜典指揮トウキョウ・モーツァルト・プレイヤーズの演奏だった。サックスは須川さん。
一度、ジャパン・チェンバーとか紀尾井シンフォニエッタとか、東京のインディペンデント系室内オケの演奏で聴いてみたいものだと思っている。

2007.05.20

合奏、合奏

週末は土日とも、楽器を担いで駆け回ることとなる。

今日はリサーチ。初夏の陽気、閉め切った体育館(当然、空調なんざありません)での合奏は暑さがコタエる。エーッ、と自分でもびっくりするくらいマウスピースを抜かないとチューニングが合いやしない(バリトンなので影響が大きい)。体育館の床のあちこちには皆で持ち込んだ扇風機が回っている。

そんな中、昼の12時半から5時45分までびっしりと合奏。
ウェーバーのクラリネット協奏曲第2番、三角帽子、アメリカの古い舞踊による組曲(ロバート=ラッセル・ベネット)、スペイン(シャブリエ)。
この環境での練習は辛いけれど、ここの楽団は曲が選りすぐりの「名曲」ばかりなのでまだ救われる(「普通の」吹奏楽団だと、なんでこんなものやらなきゃいけないんだ、と言いたくなるようなポップスもどきやなんちゃってJazzで、演奏会のための練習時間の半分近くを取られてしまうのが、正直、苦痛)。
毎年おなじみのゲストオーボエ奏者のKさんが今年も登場。相変わらずの素晴らしいソロを振りまいている。

2007.05.19

東京文化、日参

TMSO, 070518東京都交響楽団 第644回定期演奏会(東京文化会館)

ニコライ/歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲
モーツァルト/フルートとハープのための協奏曲(Fl:マチュー・デュフォー、Hp:シュレイファー弓子)
ブラームス/交響曲第4番
 指揮:ニールス・ムース

2日連続の東京文化会館。今日は都響。

ここ最近の都響はオーソドックスなプログラムが多い。今日など特に。
モーツァルトの「フルート&ハープ」も、ブラームスの4番も、どちらも18歳(大学1年生)のときに毎日のようにレコードを聴いて覚え親しんだ曲だ。モーツァルトはランパル&ラスキーヌ(Erato)、ブラームスはバルビローリ=ウィーンフィル(セラフィムの1300円盤)。
10代だった当時は月に1~2枚のレコードしか買えなかったので、いったん買ったレコードは次の月まで繰り返し聴いて覚えたものだ。というわけで当時知った曲は、その曲を知った頃の日々の記憶と結びついて覚えている。最近はそんなこと無くなったなあ(棚からパッとCDを取り出しても、それはいつ買ったものかなんて、全然思い出せない。どころか、ろくすっぽ聴いてすらいなかったりする)。

さて、今日の指揮者のニルス・ムース。初めて聴く名前だが、なかなかいいです。1曲め(吹奏楽編曲版とかで割とよく聴く曲だ)からとても落ち着いたしなやかな響きが出てきていた。もしかしたら1曲めが今日の中でいちばん良かったかも。
モーツァルトは、疲れが出たか記憶がところどころ飛んでいる(^^;。フルートのソリストはパリ・オペラ座のスーパーソリストを経てシカゴ響の首席になった方だそうだ。管楽器のエリートコースの極致ですなあ。アンコールにお二人で「チャルダッシュ」。
休憩後のブラームス。重くはなく、といって軽いわけでもなく、素直にじっくりと歌い上げるタイプの、わりと好みの演奏。いやしかし、いい曲です。やはり。

クラシック好きの人に、ブラームスのシンフォニー4曲の中でどれが一番好きかと問うと、大勢は「1番」派と「4番」派に分かれるんじゃないか。私は「4番」派。
でもって、4番が好きな人は概して2番も好き、という傾向があるような気がする。吉田秀和という人もそうらしい、と知ったときはちょっと嬉しかったな。

2007.05.18

N響のラヴェル

NHKSO, 070517NHK交響楽団 東京文化会館公演

エネスコ/ルーマニア狂詩曲第2番
モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番K467(Pf:小菅優)
ラヴェル/スペイン狂詩曲
同 /亡き王女のためのパヴァーヌ
同 /道化師の朝の歌
同 /ボレロ
 指揮:ローレンス・フォスター

と書いてはみたものの、実は間に合わず休憩後のラヴェルしか聴けなかった。
東京文化でN響を聴くのはたいへん珍しいので(工事休館中のサントリーホールでの定期公演の代替ということらしい)、じっくり聴いてみたかったが。

指揮者はアメリカ国籍ながらルーマニア出自とのことで、独特の粘着力のある音楽をする人だ。
ラヴェル4曲を、袖に引っ込まずに、続けて、あたかも一繋がりのシンフォニーのように聴かせてくれた。「亡き王女」は緩徐楽章で、「道化師の朝の歌」はスケルツォということか。そういえば4曲ともスペイン絡みの音楽である(パヴァーヌはスペイン起源の宮廷舞曲)。

演奏は、よくも悪くも「N響のラヴェル」で、上品だしカッチリとはしているけれど、あんまり「面白い」演奏とはいいがたい。管のソロも弦のテュッティも、高次の倍音があまり響いてこないので、音色的に地味な感じがする。ドイツのオーケストラが無理やりラヴェルを器用にこなしてます、みたいな雰囲気。ところどころで唖然とするような巧さを聞かせるけれど。例えば打楽器群。「スペイン狂詩曲」などほとんど打楽器コンチェルトのように聴いてしまった。ボレロのスネアドラムも、あんな超ピアニシモで正確に始まったというのは聴いたことがないほどだ。「ボレロ」といえばトロンボーンも見事!でした。
「亡き王女」のホルンは、ヴィブラートばりばりで印象的に始まったが、おおっ、と思ってよく見たら新日本フィルの吉永さん(エキストラ)ではありませんか。すごいなあ。
サックスのエキストラは小山さん(ソプラノ)と國末さん(テナー)。4階左サイドで聴いていたんだけど、國末さんの音が轟然と浮かびあがってきていたのが印象的。先日のリサイタルでも思ったのだが、國末さんの音というのは上に向かって鳴る傾向があるのかな。もしかしたら1階席には小山さんの音のほうが届いていたのかも。
しかし、N響のサックスのエキストラというと冨岡センセの専売特許、みたいなイメージが長いことあったけれど、すっかり世代交代してしまったようですね…

2007.05.16

フランス音楽の「祈り」

Tokyo City Phil. 070515東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 第208回定期演奏会(東京オペラシティコンサートホール)

イベール/祝典序曲
オネゲル/交響曲第2番~弦楽とトランペットのための(Tp:上田仁)
プーランク/グローリア(Sp:半田美和子)
 合唱:東京シティ・フィル・コーア(合唱指揮:藤丸崇浩)
 指揮:矢崎彦太郎

告知を見た時から楽しみにしていた演奏会。
なんたって初めて生で聴く、イベールの「祝典序曲」。この曲については以前こんなエントリ(長文注意)を書いたことがある。私のコダワリの一品。
そして、オネゲルの交響曲とプーランクの「グローリア」という組み合わせも、独自の「祈り」の境地を感じさせてくれるものだ。まるで、救いのない暗さから、一点の光明を経て人間性の全面的な解放へと向かう階段を上るかのように。
世の中には「苦悩を乗り越えて歓喜へ」みたいな音楽は数限りなくあるけれども、この組み合わせによって得られる境地は、まさにフランス音楽ならではのもののような気がする。
席は3階センター、1列14。偶然にも、以前シティフィルのフランス音楽シリーズの会員だった時の毎回の指定席と同じ。

で、演奏はどうだったかというと、イベールは熱演ではあったが、少々思い入れ強過ぎだったかなあ、というところ。最初から最後まで力一杯というか鳴りっぱなしな演奏で、もう少し音色とか雰囲気が柔軟にうつろって欲しかった。
ただしサクソフォンソロは素晴らしかった。会場の隅々まで浸透するソノリテと、これ以上でも以下でもない絶妙な速度のヴィブラートが見事!奏者は波多江さんだったようですね。

後の2曲はなかなか良かった。オネゲルの2番という曲は、(生で聴くとなおのことそうだが)最後の数分で出てくるトランペットソロが全部の印象をかっさらって行ってしまう。今回、オルガン席で吹いていたトランペットのインドライオンこと(笑)上田氏のサウンドがとにかく素晴らしかったこともあり、良い印象で終わることができた。あ、弦(特にヴィオラ)も良かったけれど。
上田氏は5月付で入団されたばかりのようだ。いい人を得ましたね。(しかしシティフィルって、なんだってこんなにトランペット奏者ばかり大勢いるんだろうか)
プーランクも楽しめた。合唱は130人ほど。切れ味にはやや欠けるけれど響き自体はなかなかよく訓練されていたように思う。ソプラノソロともども最初のうちは少し遠慮気味だったが、だんだん調子が上がってきて、最後第6曲の渾身の歌唱には感動を覚えた。
それにしてもプーランクのハーモニーというのは本当に独自の世界というか、どんな編成の曲にも共通するものがあるし、またプーランク以外の作曲家には絶対にあり得ない魅力があるなあ。

2007.05.15

【連載】マルセル・ミュールの生徒たち 20

この連載の趣旨、見方については連載第1回のエントリをご参照ください。

1961-1962

ARNOULT, Jean
CARRE, Jacques-Louis
CLAUZEL, Claude
DEFIVES, Marcel
DUCROCQ, Daniel
FAURE, André
FIGUIER, Jean-Claude
JUILLOT, Michel
MAGNAC, Jean-Pierre
MEYER, Robert (U.S.)
PRATI, Hubert
ROGGE, Richard (U.S.)
SEFFER, Joseph (Hongrie)
SURGET, Michel
TANGUY, Claude
VIATGE, Gilbert

試験曲:Saxiana (Gaston Brenta)

Claude CLAUZELはペルピニャンPerpignanのコンセルヴァトワールの教授となったようだ。Claude TANGUYは探しきれず。
一等賞卒業者ではないが、ハンガリー国籍との注があるJoseph SEFFERはどうやら、フランスのジャズ・ロック界の巨人でたびたび来日もしているサクソフォン奏者、ヨシコ・セファーYochk'o Sefferと同一人物らしい。
ヨシコ・セファーで検索すると、物凄くたくさんの数のサイトがヒットします。
André Faure(Fauréではないので「フォール」と読むのか?)も、一等賞ではないようだが、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のメンバーとなっている(1975、87年の名簿に名前がある)。
ギャルドの団員でパリの一等賞卒業者ではない方というのは少ないのではないだろうか。

2007.05.12

【都響】メンデルスゾーン

TMSO, 070512東京都交響楽団 東京芸術劇場シリーズVol.64
作曲家の肖像「メンデルスゾーン」

「真夏の夜の夢」より 序曲、スケルツォ、夜想曲、結婚行進曲
ヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲(Vn:川崎洋介、Pf:若林顕)
交響曲第5番「宗教改革」
 指揮:小泉和裕

芸劇での都響は、毎度ひとりの作曲家の個展。今回はメンデルスゾーン。
この冬から春にかけて、のべ1ヶ月くらいかけて「真夏の夜の夢」から3曲をサクソフォンアンサンブル用に編曲作業をしていた身としては、楽しみにしていた演奏会だった。
メンデルスゾーンはドイツ人だけど、その音楽のある種の繊細さはフランス音楽のようにも解釈できると思う。実際(何度か書いているような気がするが)、メンデルスゾーンの、とくに「真夏の夜の夢」は、あらゆるクラシック音楽作品の中で私の最も好きな曲のひとつでもある。

さて今日の演奏。「真夏の夜の夢」のほうは、小泉=都響だったら当然このくらいはやってくれるだろうという、ある意味期待どおりの演奏だったが(「夜想曲」のホルンソロは、この5月より首席奏者に昇格した西條氏。good.)、圧倒的に良かったのは、休憩後の「宗教改革」だった。なんだかもう、音のまとまり方も方向性も集中力も、すべて1ランクアップしていた。荘重でありながら、清朗であり、決して暗くない。この曲が一種の信仰告白として(しかも、20歳そこそこの若者の手によって)書かれた音楽である、ということをまざまざと分からせてくれた。何が起こったんでしょうか(3月に聴いたブラームスの3番の時を思い出した)。

休憩前のコンチェルトは、あまり聴く機会はないけれど(実演では初めて聴いた)、とても快活で楽しい曲だ。本当はもっと小さな会場で、ヴァイオリン、ピアノ、弦楽群三者の丁々発止のやり合いを間近に見て楽しむ曲なんだろう。
ちなみにヴァイオリンの川崎洋介氏は、大阪センチュリー響のソロコンサートマスター。かの川崎雅夫氏の子息とのこと。いかにもドロシー・ディレイ門下らしい、強靱なサウンドと推進力を持った方だ。

four-leaf clover

Clover Saxophone Quartetクローバー・サクソフォン・クヮルテット デビューリサイタル(東京文化会館・小ホール)

ボザ/アンダンテとスケルツォ
フランセ/小四重奏曲
デザンクロ/サクソフォン四重奏曲
石毛里佳/アレグレットとプレスト(初演)
グラズノフ/サクソフォン四重奏曲op.109

今日は開演に間に合った。間には合ったが、既に先日の雲カルをも上回る超満員。(最終的に当日券は発売されず、チケット無しでやってきた方々はロビーでモニター鑑賞となったらしい)
グラズノフが凄かった。巧い、というか、これはもう異次元の世界だ。先日の雲カルのグラズノフが大きな建築物だとしたら、こちらは謂わば、彩られた流体だ。この曲がこんなふうになめらかに演奏できるというのは、驚きを超えて「不可解」、に近い。
音楽というものは(特にこのグラズノフのような大曲は)、悪戦苦闘しながら追い詰めていくもの、というイメージが私のような四捨五入すりゃ50になるような者にはどうしてもある。だからこそ、私たちの世代の人間がサクソフォンカルテットというものを突き詰めると、キャトルロゾーみたいなぐるぐるドッカンな世界に行く訳で。
私たちにはああいう、当り前になめらかな演奏というのは、どんなに頑張ってさらっても無理だ。もはや前提となる感覚が違うのだろう。

前半の曲はそれでも、少々力を持て余し気味なところもあり、(巧いといえばたしかにあり得ないほど巧いのだが)音楽そのものの魅力よりも、その音楽に向かう演奏者のストイックな姿勢のほうをより感じさせてしまったかもしれない…というのは、とてもゼータクな不満だろうと思う。

石毛里佳という人の曲は、とても魅力的な音楽だと思った。
時間が流れていく速度(曲の「テンポ」という意味ではなく)や密度を、自在にコントロールしながら戯れているかのような。
そういうあり方を完璧に実現した演奏の素晴らしさは勿論あるのだろうけれど。

2007.05.09

フランス国立放送フィル東京公演

Tirasi070508フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団(東京オペラシティコンサートホール)

フォーレ/組曲「ペレアスとメリザンド」
ラヴェル/「ダフニスとクロエ」第2組曲
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
 指揮:チョン・ミョンフン

今年はフランスのオーケストラがたくさん来日するけれど、それらの先陣を切っての東京公演。
2月とか3月とかになっていきなり告知されたので、チケット代がキツかったが、この曲目だったらやっぱり聴いてみたい(特に前半!)と思い、行ってきた。
行ってよかった。

オーケストラの状態は前回2004年の来日時よりも明らかに良い。弦が見違えるように鳴るようになっていたし、元気の良さと自発性に富んだ姿勢には更に磨きがかかっている。フォルテの音量はオペラシティの空間が溢れかえりそうだ。
指揮者の解釈はとてもドラマティックな演出に傾いたもので、ちょっとやり過ぎじゃねーかと思う瞬間もままあったけれど、オーケストラがそれを迷いなく音にしてくれるもので、説得力がある。「ダフニスとクロエ」の第2組曲など、合唱を欠いた編成でここまでドラマティックな音が出てきたのを聴いたというのは、ほとんど例がないかも。
フォーレの「ペレアスとメリザンド」のような静かな曲ではそれでも、随所に思わず出てしまうフランスのオーケストラとしての本性、のような音が聞こえて、嬉しかった。「春の祭典」冒頭のソロは、ちゃんとバソンだったし。(バソンが4本並んだ光景というのは、壮観。)

アンコールに、「春の祭典」第1部のラスト1分くらい(!)と、「カルメン」前奏曲。
「カルメン」の最後ではチョンさん、指揮をやめてしまってチェロと第2ヴァイオリンの間に入ってニコニコしていた。まるで、「いや、なに、どうです、僕なんかいなくたってこんなにちゃんと演奏できるんですよ、」と言わんばかりに。
好感度高し。

チョン・ミョンフンという指揮者だが、実は私、今は無い新星日響の最後の頃の定期会員だったので、合併して東京フィルになった最初の数シーズンに何度か聴いたんだけど、正直あんまり感心したことがなかった。
以来敬遠していたところはあったんだけど、もしかしたら、合併直後でゴタゴタしていた東京フィルというオーケストラのせいだったのかもしれない。一度だけN響を振ったのを聴いた時には、今でも忘れられないほど集中度の高い演奏をしていたのだから。
考えを改めて、また聴いてみようかな…って、この人のコンサートはチケットが高くて困るんだけど(^^;

2007.05.08

雲カル2007

Tirasi070507雲井雅人サックス四重奏団 第6回定期演奏会(東京文化会館・小ホール)

C.フローリオ/四重奏曲(演奏会用アレグロ)
A.グラズノフ/サクソフォン四重奏曲op.109
J.S.バッハ(北方寛丈編)/パルティータ第3番
D.マスランカ/レシテーション・ブック(委嘱作品・日本初演)

雲カルの音楽の印象を言葉で表現しようとするのは、困難が伴う。
彼らの仕掛けてくる音楽的メッセージが、今までも常にそうだったように、言葉のレベルを超えたものだからだ。
とは言っても、音楽をするということの究極の目的は、言葉ではあり得ないコミュニケーションを聴く人と共有することなのだから(プロの演奏家だろうと、我々のような趣味で楽器を吹いている素人だろうと、それは同じはず)、それはそれで楽しむべき困難なんだけれど。

雲カルアメリカツアーでの、向こうの多くの聴衆に衝撃を与えたという初演の模様を、公式サイト内の記述で垣間見ていて、いったいどんな曲なのだろうと楽しみにしていた、マスランカの新作「レシテーション・ブック(読誦集)」。
まさに、ひとつの「驚異」だった。
ああいうふうに始まった曲が、ああいう音楽的思考を辿って、ああいうふうに終わるとは、予測だにできなかった。
独り言を言いながらそのへんを歩き回っていた人が、どんどん速度を上げて、最終的に第二宇宙速度に達して引力圏を飛び出してしまいました、みたいな。
唖然。

日頃はそんなこと考えもしないけれど、もしかしたら、神様というのはいるのかもしれない、と思った。
会田綱雄の「訓戒」という詩の中に、神さまを食べるきつね、というのが出てくるけれど、この曲のありようについて考えるときに、それを思い出す。
ここでの「神さま」とは、求められながらもあり得ないもの(例えば、演奏を聴く人と完全なコミュニケーションを共有すること)、の表象。
それを食べるきつね、というのは即ち、不可能や絶望を糧として人の前に立ち現れる存在、到達することのできない「彼岸」とのメッセンジャー。…

そもそも音楽家とは皆、根源的に、「神さまを食べるきつね」であるはずなんだ。

今日も出遅れ(間に合うように仕事終わらそうと頑張っていたのだが、どうやっても間に合わないと判ったところで急にダレてしまい、大遅刻)、グラズノフの2楽章の変奏の合間に会場のドアをすり抜ける。
見ため9割という感じの、大入り。
グラズノフは、骨太のがっしりとした建築を造ろうとしていた演奏だと思った。細かいところではいろいろあったようだけれど、最終的な音楽の大きさの前には吹き飛んだ。
バッハのパルティータは、たいへん楽しい編曲。ヴァイオリン1丁の原曲が、見事にそれらしい、バロックスタイルの「サクソフォン四重奏曲」に変身していた。
これはいつ出版されるのだ、という質問を(アメリカで演奏した際に)たくさん受けたそうだが、私も訊きたいものだ。

2007.05.06

【告知】リサーチ定演

GW最終日は雨。だけど、さすがにもうそれほど寒くない。

リサーチ練習。昨日合宿から帰ったばかりだが、今日は早速いつもの練習場所で練習の続き。しんどい。到着が朝10時の合奏開始ぎりぎりになってしまった。(^^;
体力的には厳しかったけれど(なんで今日練習を設定するだよ~、と文句も言いたかったけれど)、合宿明け後の合奏というのは経験上、なんか知らんガタガタになってしまって「おいおい、合宿の時はあんなにうまく行ってたのに、」ってことになりがちなので、復習の意味で今日楽器が吹けたことはよかったと思う。

Tirasi070616こちらの演奏会です。
赤坂さんのウェーバーも聴き物。本当はコープランドの協奏曲をやるはずだったのが、最終的に編曲許諾が下りず、9年前に一度共演させていただいた時のウェーバー2番の再演ということになった。ということで、演奏の鮮やかさははからずも実証済み。
皆様のご来場をお待ちしております。

東京リサーチ合奏団 第33回定期演奏会
2007年6月16日(土)18:30開演
かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
入場料:1500円
曲目:
ベネット/古いアメリカ舞踊による組曲
ウェーバー/クラリネット協奏曲第2番変ホ長調op.74
 Cl独奏.:赤坂達三
シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」第1組曲・第2組曲

バンドレンの新パッケージ

Vandoren

バンドレンのリード(これはバリトン)の新パッケージ版を初使用。(右は従来版)
でかい。マウスピースの箱かと思った。
見てのとおり、環境管理のために1枚1枚が密封式の個包装になっている。湿度の多い国(^^;からのクレームが余程怖いらしい。
なんだかおいしそうに見える(^^;。子供だったらむいて食べちゃうと思うぞ。

2007.05.05

帰京

リサーチの合宿先の西湖から帰ってきた。
練習、練習、夜は合奏。シャブリエの「スペイン」、R.R.ベネット「古いアメリカ舞踊による組曲」、そして「三角帽子」。いくら吹いても飽きない、名曲の数々。
音出し不可の夜10時以降は、お約束の宴会。昨夜(最終夜)は、レクリエーションとして「腕相撲トーナメント」、団員秘蔵の演芸大会、楽団伝統の替え歌の数々、深夜2時を回っても延々と続けられる、ホルストの第1組曲をはじめとする「人間カラオケ」の大合唱。ここの合宿に初めて参加してからもう十数年経つけれど、ノリが全く変わっていないところが楽しい。
しかし皆、「古いアメリカ舞踊による組曲」を全曲歌えちゃうことにはびっくり。あんな難しい曲、自分の楽譜をさらってるだけじゃ絶対そらで歌えるようになんかならんぞ。

珍しくも3日間ともずっと天気が良く、富士山の威容が雲もかからずに見え続けていた。
富士の見える風景は、何時、何処にしても、良いものだ。夏の蒼い富士もいいけれど、雪を冠った富士の雄姿(しかもこんなに大きな)はやはり、格別なものがある。
ここ富士五湖地方に合宿と称して楽器を持って訪れるようになって、ちょうど30年が経つ。高校の山中寮(都立高なのに生意気にもそんな校外施設を持っていたのだ)、大学の山中湖セミナーハウス、7年在籍した古巣バンドの合宿地の精進湖、そしてここ西湖、という具合に、いくつかの「定宿」がずっとこの地にあったことになる。
西湖は中でも、「奥座敷」という感じの静かな雰囲気がいい。対岸には道路も建物も何もなく、富士山の溶岩原とその上に生い茂る樹海とが、直接に湖面に接している。おそらくこの千年くらい変わっていない風景なんだろうと思う。

早いうちに帰れて良かった。中央道の小仏トンネル前は多少渋滞していたけれど、このぐらいは(休日の中央道だったら)いつものことだ。夜になっていたらもっと酷いことになっていただろう。
明日も練習の続き。

2007.05.04

西湖

西湖
今朝9時、宿の裏手より。今日はひときわ富士が見事に見えます。
西湖は湖畔に人工物がほとんどないのがよろしい。

2007.05.03

合宿へ

一夜明けて初夏の好天の下、バンドの合宿地の西湖に向けて、富士山麓の新緑の風景の中を富士急電車に揺られてます。5日まで滞在予定。
当ブログは気が向いたら(時間があったら)携帯から更新しますが、メールやコメントのお返事は遅れますのでご了承ください。

2007.05.02

終演

終演
コルボのフォーレ、いやあ、本当に心打たれました。キャパ5000のホールだったとは信じがたい。商売っ気のまったくない雰囲気、大振りでぶっきら棒な指揮ぶり、町の教会の聖歌隊長がそのまま音楽の最も崇高な部分へと繫がっているかのようなありようだった。
2人のソリストも、まさに絶唱でした。

ホールA

フォーレ/レクイエム
ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア
指揮:ミシェル・コルボ

初めてのホールA。でかっ。普門館だ(キャパ5000)。でも普門館よりは音は良さそう。

ホールB7

ビゼー/交響曲ハ長調、シャブリエ/田園組曲(!)
フランソワ=グザヴィエ・ロス指揮、レ・シエクル
現地でチケットが手に入りました(^_^)v
まもなく開演。ワタシの愛してやまないシャブリエの「田園組曲」、はじめて生で聴ける!
残念ながら(というか、当然ですが)ホール内は撮影禁止です。

やってきました、LFJ

やってきました、LFJ
ラ・フォル・ジュルネ「熱狂の日」音楽祭(東京国際フォーラム)。
クラシック好きなら話のタネに一度は行ってみたいお祭りだったけど、毎年「音の輪」のおかげで行けなかった。
今年は私が偏愛する分野の出し物も多いことで、ちょっとだけ覗いてみます。

2007.05.01

ジョイントリサイタル

Tirasi070501國末貞仁・小山弦太郎 サクソフォーン・ジョイントリサイタル(すみだトリフォニー・小ホール)

W.A.モーツァルト/「ああ、お母さんきいてちょうだい」による12の変奏曲(キラキラ星変奏曲)(國末・小山)
R.シューマン/アダージョとアレグロ(國末)
F.シューベルト/「しぼめる花」の主題による序奏と変奏(小山)
R.ブートリー/ディヴェルティメント(小山)
P.モーリス/プロヴァンスの風景(國末)
F.ドップラー/アメリカ小二重奏曲(國末・小山)
 Pf:中村真理

怒濤の5月、いよいよスタート。
出遅れて、3曲終わって休憩に入ったところで到着。それでもお二方のソロ1曲ずつとデュオを聴くことができた。
トリフォニーの小ホールは、通路が座席両端の壁際にしかないというバイロイト劇場状態(^^;なので、遅れて来ると結構困ります。
という訳で、前から3列めに座る。本当はもっと後ろがいいんだけど。

お二人の音色はかなり印象が異なる。小山さんの音はシンプルでなめらかでまっすぐ直進して向かってくるのに対し、國末さんの音はもっと饒舌で、しかも音が一度上に上がってから面状に降りてくる感じがする(理屈ではなく直感的な共感として、「須川門下」だな、と思う)。
そういうお二人がデュオを吹くと、合わないのではないかと思いきやこれが意外と面白い。強弱のバランスや音の方向性の違いによって予想外にさまざまな音が合成されるので、むしろ似た音色の者同士のデュオより楽しい結果になるのかもしれない。
そういえば私も某嬢と「もろび&こぞり」というデュオチームを組んで本番をやったことがあるけれど、お互い音色は笑っちゃうくらい違うんだけど結構楽しかったし評判も悪くなかった。デュオというのはそういうものなのかもしれない。またやりましょう(^^)。閑話休題。

しかし、若い男性同士のデュオというのも、見ていて意外といいもんですね。「男の友情」、というやつが、押しつけがましくなく率直に、爽やかに、見る人に感じ取られる。
お客さんとそういう感情を共有するというのも、音楽というもののひとつのあり方だ。いや、ホント、そう思いますよ。

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