2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

« 宝塚初体験 | トップページ | 都響プロムナード#321 »

2007.01.31

【連載】マルセル・ミュールの生徒たち 18

この連載の趣旨、見方については連載第1回のエントリをご参照ください。

いよいよ60年代に突入。佳境に入ってきました。

1959-1960

BEAUFRETON, Bernard
BEUN, André
BICHON, Serge
BOURQUE, Pierre (Canada)
CLAUZEL, Claude
DECUGIS, Claude
FAURE, André
GALLET, François
LAMOUREUX, Jean
MIQUEU, Jacques
ROTH, Iwan (Suisse)
SEFFER, Joseph (Hongrie)
TANGUY, Claude
THIBAUT, Joël
VANÇON, Pierre
VANOVERBERGHE, René

試験曲:Concertino (Pierre Hasquenoph)

André BEUN(アンドレ・ブーン、1937.2.19-)は、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のメンバー(ミシェル・ヌオーの後任の首席奏者)としてたいへん有名。ヌオーがソプラノを吹いたギャルド四重奏団のレコードにアルトで参加している他、のちに自らパリ・サクソフォン五重奏団(QSP)を主宰し、何枚かのCDを残している(1987年のギャルド来日時に、QSPの単独リサイタルが神奈川県立音楽堂で開かれているのだが、聴きに行くことができなかったことを大変後悔している)。
ブートリーのディヴェルティメント、ゴトコフスキーのVariations pathétiqueをそれぞれ作曲者のピアノで演奏したレコード、というのもよく聴いたものだ。

Cd133

その録音を含むいくつかの音源が、「Saxophonie」と題するCD(Corelia)で復刻されている。

1961年、ギャルドの伝説の初来日公演に最若手の隊員として同行したのに始まり、1991年の公演まで都合4回、ギャルドのメンバーとして来日した。
最後の来日時の演奏会のアンコールで、サクソフォンセクションの最前列のブーン氏が突然立ち上がってガーシュウィンのナンバーを独奏したことは、強く印象に残っている。

Andre_beun

1961年の来日時に撮影されたポートレイト。(Thunder所蔵)

Andre_beun_19611104

同じく1961年の来日時に、朝日講堂で開催された公開マスタークラスの風景。
受講生(左)は、当時東京藝術大学3年生だった大室勇一氏である。(!!)
(出典:バンドジャーナル昭和37年1月号)


Serge BICHON(セルジュ・ビション)は、ふたつ前の連載回でコメントをいただいたとおり、リヨン音楽院でクロード・ドラングル(のちにパリ音楽院に進んでデファイエに師事、現パリ音楽院教授)ほか多くの門下生(日本人を含む)を育てた名物教授だった方。
1986年、息子のフランクを社長として、BG Franceを設立、自らはアドバイザーとして製品開発に携わる。BGのリガチャーやアクセサリーにはお世話になっている方も多いことでしょう(私もそうです)。

ビション氏はまた、リヨンの門下生と共にEnsemble de Saxophones de Lyonを結成し、数枚のCDを録音している。

Cd134
I.ゴトコフスキー、R.ロベール、G.ガスティネル、A.ティスネの作品所収(REM/311182)

ここで聴ける音は、ヴィブラート控えめで音はまっすぐ伸ばし、ミュールやデファイエのような(オーケストラで言えばクリュイタンス指揮の音楽のような)起伏の大きなスタイルとはかなり異なる、「クール」で精緻な演奏で、初めて聴いた当時はかなり違和感を持ったものだったが、時が経って今となってみると、現在のフランスでスタンダードとされるスタイルは明らかにこれの延長線上にあることが判る。
CDの演奏メンバー表はこちら(いつも重宝させていただいているmckenさんのサイト)にupされているけれど、見てみるとビション自身の後任(リヨン音楽院・現教授)Jean-Denis Michatをはじめ、Sylvain Malézieux、Fabrizio Mancuso(共にハバネラQ)、Laurent Blanchard、Guillaume Bourgogneなど、のちにパリ音楽院を経て現在のフランス・サクソフォン界の第一線で活躍することになる方々の名前が並んでいて、壮観。
リヨン(ビション)-パリ(ドラングル)というラインは、サクソフォンのフレンチ・スタイルの変遷を考える上で、鍵となりそうな存在だと思う。

Jean LAMOUREUXについては、検索してみるとラムルー管弦楽団に関する記述が山のように引っかかってくるため、探しきれなかった。

« 宝塚初体験 | トップページ | 都響プロムナード#321 »

マルセル・ミュール Marcel Mule」カテゴリの記事

コメント

おひさしぶりです。
大阪音大・大阪芸大で教えておられるミベモルの前田先生は、ビションの弟子だったと記憶しております。

大室先生が若い!
亡くなられた時、キリスト教式のお葬式でトルヴェール結成前の須川先生達が、献花の間中アンサンブルを演奏されていたのが印象的でした。

こんにちは。
このリヨンのCD、持っていたなあと思って探し出して聴いてみました。
買った当時は正直「なんじゃこりゃあ」状態(笑)で一回聴いたらそのままになってましたが、あらためて聴いてみるとなるほど仰るとおり現代に繋がる感じで違和感が無く聴くことができました。
ロベールがかなり面白いですね、演奏の完成度は??ですけど(笑)

アンドレ・ブーンですが、ギャルドをバックにディベルティメントを演奏しているテープ?(だったと思いますが・・)を持っていて昔良く聴いていたのですが、これってレコードだったのかなあ?それともFMのエアチェックか?全く記憶にないのですが、ギャルドが来日したときにブーンのソロでディベルティメントを演奏したことはありましたか?

こんばんは、kotoさん。アンドレ・ブーンのディベルティメントの件ですが、1984年9月30日のNHKホールでの演奏の事だと思います。当日は、Aプログラムが演奏され、私も聴きに行きました。その中に入っているので、NHKでのFM放送でしょう。(私もエアチェックした記憶があります。)ちなみに、当日の会場では1曲目のJ.S.バッハのトッカータとフーガ ニ短調の終わった後に、一人のお客さんが「よかったぞー!!」と声をかけていたのが思い出されて、「ブラヴォー!」を日本語で言うとこうなるかと考えると、妙に面白かったです。(放送では、上手くカットされていたような気がします)昔のプログラムがこんな所で役立つとは、取って置くものですねえ。(感慨深げに・・・)

>KEI様
前田先生は有名ですね。
私の知る限りでは、あと3-4名の日本人の方が、ビションの下でリヨンを卒業していると思います。
ちなみに、リヨンにはパリと並ぶ有名なフランスのもうひとつの国立高等音楽院(CNSM)があるのですが、よく間違われるのですがビションが教えていたのはそこではなく、市内の別の音楽院です(リヨンのCNSMにはサクソフォンのクラスは無いとのこと)。

>あ様
大室先生の葬儀に列席されたのですね。
私は残念ながら大室先生とは面識はありませんでした。
あれからもう19年も経つのか…

>koto様
私も件のCD、最初に聴いたのはもう15年近くも前のことなのですが、久々に聴いてみたら当時とはまるで印象が違うのが実に不思議でした。

>うえの様
フォローありがとうございます。84年のNHKホールは私も聴いておりました。
自分の本家サイトのコンサート記録にも、ちゃんと記載が残っていました。(^^)

http://homepage1.nifty.com/thunder-sax/consax.htm
(いちばん下の方)

1984年ですか・・お二方とも聴きに行かれたのですね。教えていただいて本当にありがとうございました。
しかしThunderさんのアーカイブは凄いですね!
84年というと私は中学生でした(笑)
ちょうど、「大室先生の声が入った教則レコード」を誰かから借りて一生懸命練習していた頃です(笑)
このレコードも今となってはタイトルすら思い出せないのですが、ご存じではありませんか?
模範演奏は鈴木英之氏で、ラクールやクローゼ等が抜粋で演奏されていました。
曲は、リュエフのシャンソンとパスピエが確か収録されていたような・・・?
それを大室先生が解説なさっているという内容です。
なんか質問ばかりで申し訳ないのですが、もし御存じでしたら宜しくお願いいたします。
もう一度聴いてみたい!と長年思い続けているレコードです。
あ、そういえば私が高校時代からとてもお世話になっている先生もビションのお弟子さんです。
ちょうどドラングルと一緒だったと聞いています。

kotoさんの先生とは、M沢先生のことでしょうか?

その教則レコード、噂にはよく聞くのですが、残念ながら現物を見たことはありません。
私も聴いてみたいものだ、と思っています。

はい、M沢先生です。ここ数年はご無沙汰ですが・・。
レコードは真剣に探してみます。
ありがとうございました。

ビションやブーンもさることながら、イワン・ロート先生もパリ音だったとは知りませんでした。
ヤマハのキャンプでお世話になりましたが、また次回の記事を楽しみにしています!

>koto様
私もM沢先生にはフェスティバルの会場などでお会いするのですが、いずれゆっくりと昔のお話などをお聞きしてみたい方ですね。

>あさこ様
そうなんですか、Iwan Roth氏は日本に来られたことがあるんですね。知りませんでした(88年のコングレスには参加されたのだろうか?)。
Roth氏は次回にて卒業予定です。お楽しみに!

確か、最後の八ヶ岳のキャンプ(93年?)の講師だったと思います。
ちょっと学生と問題が起こり(恋愛関係です)、その後来日はされてないと思います。

…そうだったのですか(^^;
いろいろなことがあるもんですね(苦笑)

またコメントお待ちしています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74078/13697568

この記事へのトラックバック一覧です: 【連載】マルセル・ミュールの生徒たち 18:

« 宝塚初体験 | トップページ | 都響プロムナード#321 »