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2006.12.30

Simple Songs

Cd130雲井雅人氏のニュー・アルバム、「Simple Songs」(Cafua)。
やっと聴けた。

「雲井ワールド」というものがもしあるとしたら、このアルバムほどそれの何たるかを感じさせるものはない。
今まで雲井氏の出した3枚のソロアルバムは、このCDのための準備だったのかと思ってしまうほどだ。
そのシナリオは、基本的に、ある大きな世界、ひとつの曲という形をとった完結した大きな世界に、ひとりの人間が挑んで、還ってくる、という図式になっている。還ってきた人間は出発した人間と同一だが、その旅の前後では微妙に変化しており、それにつれて「世界」もまた、変化している。
雲井氏の演奏を聴くということは、その音色の美しさや表現の見事さを聞いて楽しんだり驚いたりするというより(それも勿論そうなのだが)、そのような世界と人間の諸相を自分の耳で感じ取る、ということに他ならない。

その旅の途上ではさまざまにドラマティックなことが起こるけれど、それらは単に一過性の事件として起こるのではなく、旅人が旅を続ける上で当然果たさねばならない、絶対者の与える「試練」のように立ち現れる。ほとんど古代の英雄譚のような世界だ。
たとえば(当アルバム収録の)デイヴィッド・マズランカのソナタという作品は、そのような旅と試練のありようを、残酷なほどの透明なまなざしで克明に描ききった作品だと思う。この作品の「大きさ」というのは、そのような質のものだ。(私はこの曲は、マーラーの交響曲第6番に比肩する作品だと思っている。)
デザンクロの「PCF」のようなテストピースであっても、そのような感覚は確かに感じ取れる。
昔話で恐縮だが、私は25年くらい前に、若き日の雲井氏が東京文化会館の推薦オーディションに合格してこのデザンクロを演奏していたのを聴いたことがある。すっかり忘れていたのだが、このCDの演奏を聴いていて突然思い出したのだ。
若い頃とは曲の解釈がぜんぜん違ってきている、と雲井氏自らライナーに書いてはいるが、もしかしたら一番根幹の部分というのはそんなに変わっていないんじゃないか、とも思う。この曲でああいう、突き放したような演奏(誤解を呼びそうな言い方だけど、うまい表現が思いつかない)をする人というのは当時から他にいなかったし、今も共通する印象だからだ。

私は、雲井氏にはいずれ、芸術祭参加でリサイタルを開催して、大賞を獲っていただきたい、と夢想している人間である。
それは決して夢物語ではなくて、私が、雲井氏の音楽の質というものが、地方から東京に出てきてさまざまな葛藤の末に自分の感性と居場所というものを作ってきた、日本の多くの知識人の共感を呼ぶに違いない、と考えているからだ。

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コメント

コメントありがとうございました。
Thunderさんのブログ、HPともに
「なんと音楽に対して造詣の深い方だろう」
と思いながら以前より
拝見させていただいておりました。

デザンクロ、雲井先生の演奏で
初めて「音楽」として聴くことが出来たと
感じております。

これからも、ブログの記事を
楽しみにしております。

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