フェスティバル(蛇足)
暮れの風物詩、サクソフォーン・フェスティバルも無事終了したところで、終わりゆく2006年を惜しみつつ、オマケの蔵出し画像をひとつ。
私が初めて聴いた、第3回(1981年)のフェスティバルのチラシ(クリック拡大。文字が読めるよう、いつもより大きな画像です。実寸でご覧ください)。
会場は平河町の日本都市センターホール。懐かしいなー。
出演者を見ると、今でもおなじみの人、今は全然聞かなくなってしまった名前、あるいはもうこの世の人ではない方も、いらっしゃる。
この頃はアマチュアの出演団体がけっこう多かったのね…と思われるかもしれないが、そうではなく事態は全く逆で、サクソフォンアンサンブルというものにまともに取り組んでいる吹奏楽部を持つ学校というのが、日本全国レベルでもこれくらいしか無かったのだ。
「全日本アンサンブルコンテスト」という行事も、始まってまだ3回めくらいの頃。吹奏楽の活動の中で、「アンサンブル」というものは何をどうやってするものなのか、ほとんど誰も何も判っていなかった時代だった。
今となっては想像もつかない感覚だと思う。
ワタシゃ大学2年生でした。何も判らないなりに、アンサンブルが大好きで、大学の備品のクランポンの古ーいバリトンを繰ってアンサンブルコンテストにデュボワの1、4で出場してみたり(音源なんか無かった)、都立高専(当時の日本サクソフォン協会副会長の宮島基栄氏が吹奏楽部を振っていた)の知人から話を聞いて、こんなフェスティバルに足を運んだりしていた訳だ。
果敢なチャレンジだったな、と思う。
あれからちょうど四半世紀が経ったけれど、この頃の果敢さというものは失いたくないと思っている。
…このエントリを書くために調べていて初めて知ったのだが、都市センターホール(麹町中学校の隣だった)って、今はもう無くなっちゃったんですね。
ホールがあった日本都市センターという建物自体が高層ビルに改築されて、コンサートホールの施設は廃止となってしまったようだ。
90年代の中頃まで、友人のオケ、吹奏楽団からオペラ公演まで、プロ、アマ問わずたくさんのコンサートに通った場所だったので、残念ではある。
まあ、当時から古いし汚いし、椅子は狭いし傾斜は急だし、かなり時代がかった建物ではあったが。
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コメント
第3回サクソフォンフェスティバルは聴きに行きました。当時は高校3年生。お寺様の演奏を聞いて、自分もいつかラージをやってみたいと思ったことのがこの頃だと思います。あの当時はアンサンブルに興味を持っていた方がそう多くない時代ですね。ギャルドのLPから流れる、アンドレ・ブーンのサックスソロの音に憧れたものです。
投稿 井伊 | 2006.12.29 12:45
おおお。
昔うちの近所?にそんなものが建っていたとは。
と、元千代田区民のひとりごと。
投稿 銀次。@元都会ッ子 | 2006.12.29 13:56
え。都市センターホールなくなっちゃたんですか。いろいろ思い出深いホールなんですが。。
僭越ながら、今後とも、お互い果敢さだけは大事にしていきましょう。
投稿 mcken | 2006.12.29 21:14
>井伊さま
あの場にいらしたのですか。
そう、サクソフォンアンサンブルの一般の団体というのも、「お寺」くらいしかありませんでしたね。30代はじめ頃の¥田先生が颯爽と頭を吹いてました。
サクソフォンアンサンブルをやろうにも、ソプラノ、特にバリトンの調達が困難を極め(個人で持っている人なんて皆無に等しかった)、学校以外の場ではまず無理でしたし。
レコードも、デファイエQが2-3枚、発売されたばかりのキャトルロゾーのデビュー盤、当時既に廃盤になって久しかったギャルドQの古いLPくらいしかなかった。
>銀次。さま
平河町が近所ってのはすごいですね。
そして今は…(^^;
>mckenさま
そうなんです。虎ノ門ホールとか、目黒公会堂とか、都内ではここのところ昔懐かしい思い出深い会場がひっそりと消えています。
投稿 Thunder | 2006.12.30 01:03