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2006.07.02

静岡行き(2006夏)

この週末は、シンフォニエッタ静岡の定期を聴くために、泊まりがけで静岡へ往復してきた。
友人の指揮者中原朋哉氏のプロジェクト。「モーツァルト・オーケストラ静岡」の頃から通算して、(自分が演奏者として呼ばれて訪れたときも含めて)もう何度めの静岡行きだろうか。

グランシップでの本公演(第2回定期演奏会)と、翌日朝10時からの、今回のソリスト、フェルディナント・シュタイナー(ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団首席クラリネット奏者)による、入場無料の地元の公民館コンサートに行ってきた。
本公演は、モーツァルトのクラリネット協奏曲と、セレナード第10番『グラン・パルティータ』。5月の第1回のときより良い演奏だったんじゃないかな。バセットクラリネットを使用、バックは弦楽器各パート1人ずつという、なかなか新鮮な響きのする協奏曲。そして、弦楽器のない『グラン・パルティータ』は、吹奏楽出身者としての血が騒ぐところがあるんだろうか。ソリスト、シュタイナー氏も引き続き乗ったクラ群、客演の日本フィルファゴット奏者小山清氏がトップに座り、バソン(フランス式バスーン)2本という極めて珍しい布陣となったBasson群、そして、これまた客演の都響首席有馬氏が1番を吹いたホルン群など、聴きどころ多し。

翌朝は隣駅での公民館コンサートへ。

060701a

朝、宿を取っていた焼津の駅で電車を待っていたら、首都圏ではもう見られなくなった湘南色の電車が。
思わず写真1枚。

公民館へ向かう町中には、懐かしい、野菜の無人販売スタンド。

060701b

今日のコンサートは、隣の幼稚園の歓声やら役場の放送やらが容赦なく聞こえてくる公民館の普通の大部屋(会議室)での、備え付けのアップライトピアノによる伴奏なんだけど、内容はなかなか本格的。プログラムは以下の通り。

モーツァルト/クラリネット五重奏曲より1、2楽章(ピアノ伴奏)
シューベルト/アルペジョーネ・ソナタ
ヴェルディ/オペラ「椿姫」幻想曲
ミヨー/スカラムーシュ
ベニー・グッドマン/名曲集

東京でコンサートを聴き歩く生活をしていると、地方での音楽文化の享受という状況はなかなか実感できないものがあるけれど、年に何度かの静岡行きはそういうものを実地で理解するよい機会だ。
この手の本番を、「ドサ回り」などと呼んでしまうのは簡単だけど、所詮は、東京だって、ひとつの大きな「地方」に過ぎないんだよな、とも最近は思う。
それにしても、コンチェルトの本番の翌朝10時の町の公民館などという場で、ニコニコしながら、本格的なコンサートホールと同じく最高級の技を聴かせるソリスト氏には、感服。


余談です。
夕方、東京に戻ってから、あるプロオーケストラの定期公演を聴いたんだけど。
正直、かなりに腹立たしい思いがしたので、詳細は書かないことにした。
演奏がどう、というんじゃなくて、そこで演奏された作品(現代音楽ばかり4曲)、及びそのような作品で構成されたコンサートというものの、精神的、社会的なありように、大きな疑問を抱いたのだった。
別にオレは、現代音楽だから聴く耳持たない、みたいな偏狭な人間ではないつもりだけど、それにしてもコレはないでしょう、と。
このコンサートのプレトークの時に指揮者が、「聴衆の間には現代音楽について、難しいとか、作曲家が何を言いたいのか分からない、馬鹿にされているように思う、などといろいろな誤解がある」と述べていたけれど、それはある意味、誤解ではなくて核心を衝いた真実なのではないか(たとえ誤解だとしても、そのような誤解を招いてしまうのは無理もないのではないか)、という気がする。

ソリストは熱演だったんだけどねえ。(つうか、元々ソリスト目当てで行ったようなもの)

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