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2006年4月

2006.04.30

ひたすら合奏

今年も始まったゴールデンウィークとやらは、恒例楽器三昧。
今日は音の輪コンサートの練習。いよいよ本番も近づいてきて、10時半から夕方6時半まで、何度か休憩を挟みつつドーッと合奏。本番直前恒例の突貫工事(^^;。

今回の演奏会はアルフレッド・リード博士の音楽葬として挙行されるので、途中、かの秋山紀夫氏(日本吹奏楽指導者協会名誉会長、今演奏会の客演指揮者)による弔辞の奉読があるのだが、そのBGMでリード博士の『5つのカメオ』より「アリア」をサクソフォン四重奏で演奏する、という大役を仰せつかりました。合奏終了後は居残ってそちらの練習も。
他にもいろいろあって、いやはや疲れました。
次回5月3日はいよいよ最終練習&ゲネプロ。秋山紀夫氏をはじめ、百瀬和紀氏、汐澤安彦氏といった豪華客演指揮者陣も登場予定。いやー楽しみだなあ。

ということで、昔の資料の蔵出し映像をひとつ。
音の輪コンサート第1回(1989年5月3日、サンパール荒川)のチラシです。(クリック拡大)
あれから17年も経ったのか。なんだかつい先日のことのようだが。

音の輪19890503

リード先生若い。
…ん、3枚並んだ写真の一番右の、サックス持ったアンちゃんは誰だ?
わっ、小串さんだ(^^;

2006.04.26

十周年

会社から帰り、いつものようにメールチェックしてみたら、こんなメールが。

--------------------
From @nifty スタッフ一同

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

弊社サービスを長年にわたりご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
2006年4月26日は、Thunder様が@niftyにご入会されてから、ちょうど10周年となります。(以下略)


そうか、ネットデビューから、10年が経ちましたか。
職場の隅に転がってた、1200bpsモデム(!)の付いたワープロを使って、「ニフティサーブ」にログインしたんだった。
当時は「パソコン通信」の全盛期。「インターネット」だの「ホームページ」だの、という言葉は、ようやく人の口に上り始めた頃。
十年後なんて、想像もつかなかった。

ニフティサーブには、クラシック音楽の大フォーラムと、「パティオ」というサックス吹きの小コミュニティがあって、両方をまたにかけて、オンライン・オフライン入り乱れて色んなことをやらかしました。…若かったな。
クラシック音楽フォーラム恒例の夏オフで、参加者でオーケストラを編成して、これまた恒例の『ボレロ』を演奏する、って時に、ソプラニーノサックスを持ち込んで、ラヴェルの書いたスコア通りに演奏、なんて言って得意になってみたり、とか。
弦パートの代りにサックス四重奏を使って(管パートはスコア通り)、サン=サーンス『動物の謝肉祭』を全曲演奏するプロジェクトとか。原曲通り2台ピアノの伴奏で吹いた「白鳥」は気持ち良かったなー。
ワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』を全曲上演するオフ、というのがあって、合唱隊のガイドとしてサックス四重奏で出演した、なんてこともあった。…

長かったような短かったような、不思議な10年。
いまや「パソコン通信」は歴史の1頁の記述と化し、この間に培われたコミュニティは解体・拡散へと向かって行った。
まあ、「長かったような短かったような、」という感想が出るということは、そこがそれだけ濃密な時間だった、ということだ。
次の10年には、いったい何が待っているだろうか。

2006.04.25

久々に「現代音楽」

Tirasi617Hans de Jong(ハンツ・ド・ヨング)サクソフォンリサイタル(DAC・スペースDo)

ドビュッシー/ラプソディ
ハンツ・ド・ヨング/夢、そして錯乱 1-2
鍋島佳緒里/アナザー・ダンス(初演)
鈴木治行/編み目(初演)
伊藤博之/絶望の天使II
ウェルナー・ハイダー/ソナタ・イン・ジャズ
 ピアノ:寺嶋陸也

先日久しぶりにDACに寄った時、たまたま発見した1枚のチラシ。オランダ大使館の肝入りで来日したサクソフォン奏者のソロリサイタルの告知だった。
1957年生まれ、ベルギーはアントワープの音楽院の教授だそうだ。作曲家としても多くの作品を書いているが、今回作曲業界の方の企画でSaxの関係者はぜんぜん関わっていないためこういうプログラムながら、特に現代音楽オンリーの人という訳でもなさそうだ。
もしDACに行かなかったら知ることはなかっただろう。

楽器は、お椀型小指キーの旧タイプ・プレスティージュ。ボーンカンプをはじめとする私の聴いたことのあるオランダのサクソフォン奏者たちと共通する、きらびやかさは無いけれど木質の落ち着いた音色だけれど、音の輪郭はかなりはっきり出てくる。「中部ヨーロッパ、」という言葉をストレートにイメージさせる。こういう音で演奏されるドビュッシーは、なかなか核心を衝いていてよろしい。
ただこういう音というのは、単純に「ダークな音、」とかいう言葉で表現してしまうと、聞きようによっては正反対の意味にも取られかねず、難しいところだ。
会場でCDとか売ってるかな、とひそかに期待していたのだが、残念ながら無かった。だけど、こういうプレイヤーというのは、録音だと真価は判らないかもしれない。

日本人作品が3曲演奏されたが、1曲だけ面白い曲があったので思いきり拍手したら、隣席に作曲者が座っていた。
最後の「ソナタ・イン・ジャズ」は、かなり明瞭にモダン・ジャズそのものという作品で、デニゾフのソナタを3楽章から始めて続きを(意図して分りやすく)書いたらこうなるだろう、という趣。この曲は「普通の」サックス奏者のレパートリーとしても根付く可能性があるかもしれない。

ピアノも素晴らしかった。寺嶋陸也という方は作曲もなさるようだが、作曲家兼業ピアニストという人たち(野平一郎、藤井一興、伊藤康英、…etc.)に共通する、音楽を見通す透徹したまなざしを感じる。

会場ではさすがにサックス界の方々にはほとんど遭わなかったが、雲カルのマネージャーのK子さんにばったりお会いして「すごいですねThunderさん、どこにでもいらっしゃるんですねー」と感心されてしまった(^^;。
いや、そういう訳でもないんですけど。たまたま、そういうことを言われかねないようなコアな現場には外さず居る、というだけの話で(^^;。

2006.04.23

【新着】モーリス・ブルグのシューマン

フランス・オーボエ界の重鎮にして世界最高峰の管楽器奏者(だと私は思っている)、モーリス・ブルグの、シューマン作品集のCDが届いた。
2000年8月の録音。なぜかGegaというブルガリアのレーベルからリリースされている。

Maurice Bourgue

シューマン/アダージョとアレグロ、3つのロマンス、民謡風の5つの小品より、幻想小曲集、夕べの歌op.85-12
クララ・シューマン/3つのロマンス
 モーリス・ブルグ(Ob)、ジャン=ベルナール・ポミエ(Pf)

ブルグの素晴らしさは、今更私ごときがゴチャゴチャ書くまでもないことだと思いつつも、今までの日記でも折にふれて書いてきた。
音楽は「人」そのものであること、音楽は「言葉」と同じひとつの論理体系であること、また音楽とは、いくつかの極めてシンプルな要素の順列組合せによる、無限に近いヴァリエーションによって出来ている、というラディカルな原則を、ブルグの演奏ほど分からせてくれるものはない。
このCDはおそらく、ブルグの代表盤として位置づけられることになるだろう。…

トラック最後の『夕べの歌』(ハインツ・ホリガーの、やはりシューマン作品集CDの最後にも入っていた)の、しみじみとした余韻に、しばし茫然としてしまって次の行動に移れなかった。こんな経験は久しぶり。ファブリス・モレッティ(Sax)のリサイタルの最後のアンコールで、ピエルネの『カンツォネッタ』を聴いた時以来かな。

2006.04.22

モーツァルトを聴きながら

父がやっと特養に入れたので、今日はお見舞い。
今度は、場所は青梅。同じ区内の特養なんか十年待っても入れそうにないので、遠いけど仕方がない。
まあでも、これで少しは家の中が落ち着くかな。

荷物が多かったのでいったん家に帰り、某Saxアンサンブルのリサイタルを聴こうと再び家を出たのだが…「ゆかいなサザエさん」しちまったい(>_<)。電車に乗ってから気がついて、チケットは当日券のつもりだったのでしょうがない、家に引き返したけど、どっと疲れてそのままフテてしまいました、とさ。
しかし「財布を忘れて、ゆかいなサザエさーん」って、「ゆかい」なところがひとつでもあったら言うてみい、って感じだが。

という訳で、思いがけず出来た空き時間、最近入手したモーツァルトのCDを聴く。

Cd093

モーツァルト/交響曲第29、30、31、33、34、38、39番
 ダニエル・バレンボイム指揮 イギリス室内管弦楽団(EMI)

いまや世界指揮界のドンの一人として君臨するバレンボイムが、若き日(1967~1972年)にイギリス室内管(ECO)を振って録音したモーツァルトの交響曲集。EMIのGEMINIという廉価2枚組CDシリーズで、まとめてCD化された。

室内オケなので音色は基本的に軽いんだけど、音符の扱いはセンプレ・ソステヌート、ヴィブラートばりばり(弦の人数が少ないのでばりばり度が余計目立つ)と、ちょっと前時代な表現で(最初期の録音の「38番」とかで顕著)、今の耳で聴くとアンバランスな表現に聞こえるときもある。いかにもバレンボイムというか。でも、決して悪い演奏ではない。最初にこれで聴き慣れたから、というのはあるけど。
そう、じつは私が初めてレコードで聴いたモーツァルトの交響曲が、このバレンボイム=ECOだったのだ。なかなかまとまった形で復刻されなくて、長いこと待っていた(もう1タイトル、35番とか40番とか『ジュピター』とかが入ったセットも出たので、それも近日中に購入予定)。
1970年代末、東芝EMIの「セラフィム・エクセレント・シリーズ」という、蝶の写真(タイトル毎に全て違う種類)をジャケットに大きくあしらった、共通デザインの廉価盤シリーズに入っていたのを聴き込んだのだった。当時の私はモーツァルトといえばクラリネット協奏曲とクラリネット五重奏曲しか知らなかったので(ドビュッシーだのラヴェルだのフォーレだのイベールだのプーランクだのダンディだの、の方が余程知っていた(^^;)、モーツァルトの交響曲はほぼ、この演奏で入門したことになる。

しかし考えてみたら、ワタシゃフランス音楽もバレンボイムで入門したんだった。うーむ。

2006.04.21

【新着】アフィニス・サウンドレポートNo.31

Affinis CDアフィニス文化財団から、CD「アフィニス・サウンド・レポートNo.31」が届いた。
上記ホームページから、申込みにより無料配付されているものだ。

R.シュトラウス(ハーゼンエール編)/もうひとりのティル・オイレンシュピーゲル(Vn、Cl、Bn、Hn、Cb)
シュルホフ/ディヴェルティスマン(Ob、Cl、Bn)
エネスコ/弦楽八重奏曲より第1楽章
サン=サーンス/七重奏曲(Vn2、Va、Vc、Cb、Tp、Pf)
オネゲル/交響曲第2番(指揮:高関健)

曲目・内容は以上の通り。個々の演奏者も含めた詳細は、えすどぅあさんのブログに詳しい(なぜかコメントを付けることが出来ないので、こちらからもトラックバック)。
昨年夏の、長野県飯田市での「アフィニス夏の音楽祭」(若手プロオーケストラ奏者対象のセミナーとコンサート)の、ライブ録音。
なにげにワタシ好みの、近代物の渋い選曲。演奏もなかなか気合が入っている。資料としてのブックレットも大変充実していて、企業の文化支援活動の鑑のようなものだと思う。
フルネ指揮の「ダフニスとクロエ」なんかが入っていた前号はさすがに希望者多数のため抽選になったようだが、今号はまだ在庫があるようです。

2006.04.20

都響、第1回定期公演

都響ネタが続くけれど、我が家にこんなものが届いた。

東京都交響楽団第1回定期演奏会 プログラム冊子(復刻版)

TMSO_1st_subscription
第1ページ(クリック拡大)

Fontecから発売されている都響40周年記念シリーズCD全11枚(詳細はこちら)の、全巻購入特典として、常任指揮者ジェイムズ・デプリーストのサイン入りポートレートと一緒に届いたのだ。
1967年5月30日、東京文化会館。チケット代は\700、500、400、学生\300だって。ううむ。
指揮は都響初代音楽監督、モリショウこと森正(もり・ただし、1921~1987)。

1984年に開催された第1回日本管打楽器コンクール、須川さんが1位を受賞してトマジのコンチェルトを吹いた時の入賞者演奏会が、森正の指揮だった(新日本フィル)。
会場は日比谷公会堂。客席で一瞬見かけたマルセル・ミュール氏の後ろ姿のことは、昔の日記にも書いた記憶がある。
私が今のようなコンサート聴き歩き生活を始める直前に亡くなられてしまったけれど、幸いにもただ1回だけ接することのできた実演は、鮮烈な記憶とともにある。

2006.04.17

都響&デプリースト、ブルックナー9番

東京都交響楽団 第625回定期演奏会(東京文化会館)

ベルク/3つの管弦楽曲
ブルックナー/交響曲第9番
 指揮:ジェイムズ・デプリースト

演奏はたぶん良かったんだろうけれど、それでも先日のサントリーの時の奇蹟のような素晴らしさには及ばなかったような。特に冒頭のベルクが、曲的にワタシの好みからかけ離れていたので(無調だろうが12音だろうがセリーだろうが、音色が美しければ楽しめるんだけどねえ…)、出鼻をくじかれてしまい、期待したほどには楽しめなかった。
ブルックナーの9番。部分的には感動的な美しさがあるのだけれど(最後のアダージョとか)、全体にはもはや確固としてブルックナーで、聴いててちょいと疲れます。「2番」の若さが懐かしいなあ。
以上、存在証明ということで、簡単に。

2006.04.14

新日本フィル400回定期

新日本フィルハーモニー交響楽団 第400回定期演奏会(すみだトリフォニーホール)

ブラームス/悲劇的序曲
シューマン/ヴァイオリン協奏曲(Vn:ヴィヴィアン・ハグナー)
ブラームス/交響曲第4番
 指揮:クリスティアン・アルミンク

当初、ヒンデミットの「画家マチス」をメインとするプログラムが予告されていたのが、(1曲めも)変更となって、400回という区切りの回としてはずいぶんと普通の曲目となってしまった。ヒンデミット聴きたかったな。まあ、「4番」はブラームスのシンフォニーの中では一番好きなので、いいんですけど。

新日本フィル、相変わらず上手いけれど、こういう曲目だと、アルミンク若いなあ(良くも悪くも)、ってことがよく判るような。基本的に伝統的なスタイルの上に色々とやりたいことを盛る、という方向だったけれど、どの程度まで、ってところで、指揮者とオケの按配の具合が、シンフォニーの1楽章あたりまでは微妙に違うような感じがしてならなかった。2楽章から先は折り合いがついたように聞こえたけど。
シューマンは初めて聴いた。ところどころ眠くて(1週間の疲れが溜っていたか)記憶が飛んでいるけれど、うーむ、あまり演奏されない曲というのはそれなりの理由があるのだなあ、ということも、これまたよく判る(^^;。
なんだかんだ言っても、こういうオーソドックスな曲目のコンサートというのも、いいものだ。

2006.04.13

ベニー・グッドマンの「クラシック」

「スウィング王」ベニー・グッドマンの演奏する、ウェーバーのクラリネット協奏曲を聴く。

Cd090

ウェーバー/クラリネット協奏曲第1番、第2番
メンデルスゾーン/「真夏の夜の夢」組曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 ジャン・マルティノン指揮 シカゴ交響楽団

ベニー・グッドマンといえば、クラシックもジャズも共に演奏する両刀遣いの演奏家の元祖のような存在だった。
サックスなんぞという楽器でクラシックをやっている我々には完全には実感できないことかもしれないけれど、「正統的」なクラシック・ジャズ両ジャンルの演奏家・愛好家の間には、埋めがたい断絶のようなものが長いことあったし、今でもそれは解消された訳ではないだろう。
ベニー・グッドマンはそんな時代にあって、「クラシック、」「ジャズ、」とかしこまること無く、自然体のままで、両方のジャンルの最高レベルの演奏を為し得た、パイオニアのような「音楽家」だった。
映画「ベニー・グッドマン物語」の中でも、モーツァルト?の本番をやらなければならなくなった際に、周囲の心配をよそに見事な演奏を披露して、喝采を浴びる、という場面があったような記憶がある。(昔テレビで1回見ただけなので不確か)

グッドマンのモーツァルトは長年の愛聴盤だったけれど、最近タワーレコードのオリジナル企画で、ウェーバーの2つの録音が世界で初めてCD化されたのだ。めでたし。
マルティノン=シカゴ響のバックも、ゴージャスの極み。
フィルアップの『真夏の夜の夢』もなかなか聴き物。さすが天下のシカゴ響、大抵の演奏ではモタモタする難曲の「スケルツォ」も、全く危なげなく見事なものだ。これに対抗できる精度の演奏のCDはデュトワ=モントリオール響くらいのものでは? 4曲だけの組曲なのが残念…


ついでに、グッドマンのモーツァルトのCDもご紹介しちゃいましょう。

Cd091

モーツァルト/クラリネット協奏曲、クラリネット五重奏曲
 ベニー・グッドマン(Cl)
 シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団
 ボストン・シンフォニー弦楽四重奏団

このジャケット、いいでしょ。1997年にアメリカBMGで「タングルウッドのモーツァルト」と題してCD化された時のもの。いま手に入るのは違うデザインだと思う。
1970年代には日本国内でも廉価盤レコード(1300円とか1500円とか)で何度も発売されていたので、私としてもお馴染みの演奏だった。モーツァルトのクラリネット五重奏曲は、この演奏が「刷り込み」。いま改めて聴いても、たいへん開放的な幸福感にみちた、素敵な演奏だと思う。
ただ、「協奏曲」のほうは少々好き放題にやり過ぎな感じもあって、その点、五重奏曲のほうが「らしく」聞こえる。ミュンシュ指揮のモーツァルト、というのは貴重ではあるけれど。

2006.04.12

シーズン開幕、都響&デプリースト

Tirasi615東京都交響楽団 第624回定期演奏会(サントリーホール)

モーツァルト/交響曲第29番
ブルックナー/交響曲第2番
 指揮:ジェイムズ・デプリースト

音楽界も新年度が始まった。3月に定期公演がなかったので久々の都響。指揮は常任指揮者就任2年めの車椅子のマエストロ、ジェイムズ・デプリースト

モーツァルトは勿論モーツァルトで良かったけれど、休憩後のブルックナー2番が圧倒的な素晴らしさだった。
どこまでも真摯で、気高く、しかし神がかり的なものはなくあくまでも音楽的で、無駄なもののない充足した世界。隙のない透明な響き、魔法にかけられたような時間が流れていく。
デプリーストのブルックナー、って、聴く前はなんだか想像がつかなかったんだけど、なるほど、これはただごとではない。
オーケストラもすばらしい集中力を発揮し、特にホルン!には痺れた。ソロ(有馬さん)は完璧だったし(演奏終了後ひとりで立たされた時、客席のあちこちからブラヴォーがかかっていた)、セクションのハーモニーの純正さと音楽的な存在感は近年の都響の演奏の中でも稀にみるものだったのでは。

自分としては苦手だと思っていたブルックナーだけど、こういうブルックナーもある、というのは気付かなかったな。
2番、ってのがいいですね。後期のシンフォニーみたいな頑固なイメージではなく、自分はこれで行くんだ!と思いながら、本当にこれでいいんだろうか?と自問自答しつつ逡巡しているような、独特の若さというか「青さ」のようなものがあるようで。
音楽自体の中にあるそういう若さが、マエストロの芸風とシンクロするのだろう。17日の「9番」はどうなるだろうか。
こちらのインタビューによると、この『2番』というのは「12歳の子供」なんだそうだ(12歳はいくらなんでも若過ぎと思うけど)。
そういえば「12歳の子供」という言い回しは英語圏ではよく聞くような気がする。

2006.04.09

お題バトン「コンサート」

最近ようやく、公私ともにドタバタだった2~3月にペンディングになっていた事共を、少しずつ片付けているところ。
そういえば、1ヶ月近く前に、風・音・亜細亜のjiwa様から「お題バトン」を頂戴していたのを、すっかり放ったらかしていたのだった。さくっとやってみましょう。

[ ]の中がテーマとなるもので、私がいただいたお題は「コンサート」。
1.本棚やPCに入っている[ ]は?
2.今、妄想している[ ]は?
3.最初に出会った[ ]は?
4.特別な思い入れのある[ ]は?
5.[ ]への愛ゆえに一言物申す

最近はさすがに、一時期のようにコンサート通い年間100回超という訳にはとてもいかず、ここ数年は年間70~80回で推移しているけれど、コンサート会場に座って音楽を聴く時間というもののかけがえの無さは、私にとっていささかも変わっていない。

1.本棚やPCに入っている[コンサート]は?
こればかりは本棚やPCに入るものではないけれど、過去30年間に通ったコンサートのプログラム類は、引越し用段ボール6箱に満杯に詰まっている。
これを整理して取出し・閲覧自在にできるのは、いつのことやら。マジな話、仕事リタイア後のことかもしれない。
その頃には、自分の周りの音楽環境は一体どうなっているのだろうか。あるいは日本の国は?世界は?
家の中にタイムカプセルを置いているに近い気分。

2.今、妄想している[コンサート]は?
コンサートを聴いて得る感興は、正しく「その時点」での自分自身の感性や知識に規定される。
だから、妄想という訳ではないけれど、過去に聴いた、しかし「今の」耳と心でもう一度聴きたいコンサート、というものがたくさんあって、それらについて思いを馳せることがよくある。
例えば、1978年(高校2年生)の時に聴いた、デファイエ・サクソフォンカルテット。
ものすごく上手い、と思った記憶だけはあっても、中学生や高校生にとっては、「自分より上手い」という一点で、学校の先輩もデファイエも同じレベルで聴いてしまう、という部分がどうしてもある訳で。
あるいは、1988年に聴いた、パリ・オペラ座管弦楽団の日本公演(ジョルジュ・プレートル指揮)。
『火の鳥』の最後の金管のコラールがあんなに輝かしい音で鳴ったのを聴いたのは後にも先にもあれきりだったのだが、演奏史的に見てこのコンサートは、私が好きでCDでも親しんでいる「昔のフランスのオーケストラの音」が日本で実際に鳴り響いた、最後の機会であった、という事実が近年ますますはっきりしつつある…
(オペラ座の『火の鳥』は、鄭明勲の指揮でCDが出てるけど、記憶にあるこの時の音とは全く似て非なるものだ)
あとは、1989年に最後の来日をして全ラヴェル・プロのリサイタルを開いたヴラド・ペルルミュテール(ラヴェルの直弟子のピアニスト)のコンサートとかね。私ゃこの時、38℃の発熱をおして無理やり聴いたんだけど、意識朦朧としていてまったく覚えてないんだな。ああ。

3.最初に出会った[コンサート]は?
今はどうだか知らないけれど、東京の小中学校には、6年生なら6年生の一学年全員が東京文化会館(当時)に連れて行かれて、プロオケによる音楽鑑賞教室を聴く、という行事が必ずあった。
こういうやり方には様々な意見はあるだろうけれど、私としては、たとえ無理やりにでもそういう本格的な環境で本格的な演奏を聴かせる、という機会は、あっていいと思う。
無理やり聞かされたことがきっかけでクラシックが嫌いになる子供だって、そりゃいるだろう。でもそれは仕方がない。好き嫌いを判断するためには、何よりまずは経験することが必要なのだから。
しかも、そもそもクラシック音楽というものは、学校の体育館などで聴くより、鳴った音のすべてがきちんと聴衆に届けられるよう吟味されたコンサート会場で聴くべきものなのだ。
最近「アウトリーチ」という言葉が流行っているけれど、この原則を忘れてはいけないと思う。
初めて聴いたオーケストラのコンサートが東京文化会館(1970年代当時、日本のほとんど唯一のクラシックの殿堂)だった、というのは、結構誇らしく思える。

4.特別な思い入れのある[コンサート]は?
疲れてきたので、以下は手短に。
本家サイトをざっとご覧になればお分かりかと思いますが、自分はサックス吹きでしかもクラシック愛好家なので、両方の接点というものをコダワリの中心に置いております。
サクソフォンが使われたクラシックのコンサートだけ別建てで整理しているというのも、そのためで。

5.[コンサート]への愛ゆえに一言物申す
コンサートの数が多すぎます。
また、興味があるネタに限って日程が重なることが多い。文句言っても仕方ないんだけど。
人は同時刻に2ヶ所以上に出現することはできず、しかも各々のコンサートというものはすべて、1回かぎりの「聖なる瞬間」なのです。悩ましい限り。

個人的なポリシー上、バトンを人に渡すということはしておりません。
あしからずご了承くださいm(_ _)m

060408

(写真と本文は関係ありません)

2006.04.05

フランス音楽アカデミー・アンサンブルコンサート

Tirasi614京都フランス音楽アカデミー アンサンブル・スペシャルコンサート(横浜・みなとみらい小ホール)

メシアン/黒つぐみ
J.S.バッハ/フーガの技法より 1、3、4、5、8、9、18
メシアン/世の終わりのための四重奏曲

…いやはや、とんでもないものを聴いてしまった。パリ音楽院の現・元教授陣によるメシアン。あれはいったい何だったのだろうか。言葉が出ません。
サックスで例えれば、ハバネラQ.を聴いた時と同じ。普通の人間には想像もつかないような才能というものが、あるべきところには「普通に」あるのだ。そう、普通に。
競技場のトラック上で、少し先を走っているだけのように見えて、実は十周も二十周も先を走っている、みたいな。

クラリネットのロマン・ギュイオの驚異的に完璧なピアニシモのコントロールが、圧巻。この人だけはコンセルヴァトワールの先生ではなく、マーラー・チェンバー・オーケストラの団員だそうだが、それにしてもすごい。ピアノはクリスチャン・イヴァルディ。世界最高の室内楽ピアニストのひとりだと思う。いつかのブログで書いた「音程のよいピアニスト」の見本のような演奏家だ。ジェラール・プーレ(ヴァイオリン)の素晴らしさは、今更言うまでもなく。

「フーガの技法」は、今回のアカデミーの古楽クラスの教授陣による、ピリオド楽器による弦楽四重奏版。みなとみらいの小ホールに響くバロックな響きが、たいへん心地よい。コントラプンクトゥス18番はバッハの絶筆。書かれたところまで演奏して、「ばさっ」と途中で終わった。このやり方、CDで聴いたことはあったけれど、生で体験するとこれがまたひときわ印象的だ。この後に続く300年の時間を感じさせるかのように。

2006.04.04

ハバネラQ.全国ツアー2006

ハバネラ・サクソフォンQ.の、大阪国際室内楽コンクール1位記念ツアーの日程が決まったようです。
saxophoniqueより転載
さぁこれは楽しみだ。近隣の皆様お聴き逃しのありませんように。

11月4日:東京・東京文化会館小ホール
11月6日:札幌・STVホール
11月8日:長野・波田町情報文化センターアクトホール
11月10日:新潟・燕市文化会館大ホール
11月12日:福岡・あいれふホール
11月14日:広島・庄原市民会館
11月16日:富山・富山県高岡文化ホール
11月18日:三重・三重県文化会館小ホール
11月20日:大分・別府大学大分キャンパス文化ホール
11月22日:熊本(会場未定)
11月24日:大阪・いずみホール

2006.04.02

イベールの『祝典序曲』(長文)

4月になりましたね。
2ヶ月近く費やした編曲作業が、とりあえず終了。ああ疲れた。
久々に「新着音盤」エントリーなど。

Cd089

イベール/祝典序曲、寄港地、架空の愛へのトロピスム
 ジャン・マルティノン指揮 フランス国立放送管弦楽団(東芝EMI)

私にとっては、二十数年におよぶ愛聴盤。
この3月、東芝EMIの1300円シリーズで再発された。
1992年頃発売された輸入盤は持っていたけれど、ジャケットがオリジナルLPと同じだったので、買い直したのだ(クリック拡大)。

ジャケットの絵は、フランスのイラストレーター、ジャン=ミシェル・フォロンの『磁石のように』が使われている。1970年代末頃のレコード店で見たこのジャケットはいたく印象的だったなあ。曲名の「トロピズム」という言葉(曲目解説では、「自然界において生物を光に向かって引きつけていく牽引力」と説明されている)からの連想で選ばれたのだろうと思う。
フォロンの絵は、その「音楽性」がとても魅力的だ。私としてはパウル・クレーの抽象画に近い深みを持つ世界だと思っている。
1995年の1月だったと思うが、フォロンの展覧会が文化村のザ・ミュージアムで開かれ、これの原画を観ることができたのは幸いだった。文化村での展覧会は大抵いつも混んでいたけれど、この時は来場者もさほど多くなく、ゆっくり観ることができたのを懐かしく思い出す。

このCDの曲目の中で、私自身が殊更に愛して止まず、高校生の頃から折に触れて聴き続けてきたのは、1曲めの『祝典序曲』であります。
有名な『寄港地』、あるいはサクソフォンやフルートのための協奏曲からイメージする軽妙洒脱なイベールの姿とは、いささか趣の異なる曲だと思う。厳粛であり、重厚であり、しかも炸裂するように輝かしく荘厳で感動的な音楽。
自分自身を力づけたい時、鼓舞したい時に、よくこの曲を聴いた。私にとってこの曲は、そういう、音楽というものの持つ根源的な力を、15分の演奏時間に凝縮した作品だったし、今聴き返しても全くそう思う。
実はこれ、紀元2600年の奉祝とやらで日本政府の委嘱により書かれた曲で、初演は大戦直前の1940年、山田耕筰の指揮で東京・歌舞伎座にて行われているのだが、その話はまた別の機会に。

この曲には、アルトサクソフォン1本が編成に含まれており、中間部のメロディは、サックスとバスクラリネットの神秘的なユニゾンで始まる。
この録音で聴けるすばらしいサクソフォンソロは一体誰が吹いているんだろうと、長年考えていた。
第一印象の、デファイエかな、という思いは、その後何度か聴いたデファイエの生の音に接して、ますます強まっていった。このヴィブラート、音色、音の存在感、メロディが盛り上がってフォルテに達した後もオーケストラの全奏を圧して響き渡るパワーなど、こんな音が出せるサクソフォン奏者はデファイエ以外に考えられない、と思っていたが、確証はなかった。

1988年(昭和63年)夏、日本にて「第9回ワールド・サクソフォン・コングレス」が開かれ(会場は川崎市麻生文化センター、神奈川県立音楽堂)、世界13ヶ国からデファイエを含む200名以上のサクソフォン奏者が来日した。
こちら(日本サクソフォーン協会のサイト内)に、当時の公式文書がまとめられている。
私も5日間会場に通ったけれど、会場内(大・小ホール、客席、展示室、ロビー…)がどこもかしこも国内外のサックス吹きだらけという、一種異様な雰囲気だった。当時習い始めていた師匠の「外国の先生たちは怖そうに見えるかもしれないけれど、所詮はサックス吹いてるくらいだからどうって事はない、どんどん話しかけて仲良くなりなさい」というアドバイスに従って、いろいろな人にカタコトの英語で話しかけてみたり、サインを貰ったりしていた。
4日めだったと思ったが、ロビーに一人でいたデファイエ氏を見つけ、近づいてみた。
「お会いできて光栄です、」と英語で言って、プログラムを差し出した。
デファイエ氏はフランス語で何か言いながらサインしてくださったが、その時、思い切って長年の疑問を尋ねてみた。
「あなたはJacques IbertのOuverture de fêteという曲をご存じですか?」(こんなこともあろうかと、丸暗記していたフランス語)
デファイエ氏は、おっ、という感じで顔を上げて、「ウィ、」と言った後、1分間近く大声で早口のフランス語で喋りまくったのだが、残念ながら私は一言も理解することができなかった(^^;
デファイエ氏はマスタークラスや講演会などでも、聞いている人のことなんかお構いなしに一人でエンエンと喋り続け、通訳の方が頭を抱える、ということがよくあったけれど、全く同じだった。
ともあれ、その時点では世界中でもこの録音でしか存在していなかったこの曲について、これだけ喋れる事があった、というのは、この録音にデファイエ氏が関わっていたことは間違いない、と確信したのだった。
あの喋りまくったフランス語の、たとえ半分でも理解出来ていたら、どんなにか貴重な情報を得ることができただろうか、と悔やむけれど、もう遅い。…

昭和の最後の夏のことでした。
本家サイトの、デファイエのページでもちょっと触れたお話。

そのような録音が、日本で再び発売されて、容易に入手出来るようになったことは、まずは、めでたい。

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