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2006.01.09

藤井一興ピアノリサイタル

昼間は、恒例の藤野へ。
病院の送迎バスの車窓から見る、冬枯れの山々の間の道沿いに畑や集落が続く風景は、小さい頃、亡母の実家のある伊豆修善寺でいつも見ていたような、懐かしい風景(中学生になるまでほぼ毎年、夏休みとお正月の度に遊びに行っていた)。
日本の原風景、と言ってもいいんだろう。

tirasi603夜は東京文化会館(小ホール)へ。藤井一興ピアノリサイタルを聴く。
当日券で入るつもりで行ったが、満席予測のため開演直前まで足止めをくったものの、無事入場。

フォーレ/舟歌第1番、第7番、第8番、第9番、第10番、第11番、第12番、第13番
ルーセル/ソナティナ
メシアン/にわむしくい(La fauvette des jardins)

圧倒的な印象。
いままで聴いたことのあるピアノとか、ピアノのリサイタルとかは、一体何だったんだろう、とさえ思ってしまった。
隅々まで彫琢され尽くした造形と、倍音のひとつひとつまで手中にあるような千変万化する音響と色彩。おもちゃのピアノのようなキンキンした音から、チェンバロのような乾いた音、そよ風のように繊細なピアニシモから腹にズドンと来るフォルティシモまで、どんな音でも出てくる。この人の指先はいったいどういう構造をしてるんだろうか。
ちなみにピアノはベーゼンドルファーだった。文化の小ホールでベーゼンって初めて見たかも。だから、という訳ではないけれど。
メシアンの作品は、作曲者の山荘のあるアルプスの麓の湖のほとりの森の風景の、暁から深夜までの時間の経過と光のうつろいを表現しているんだそうだ。はあ…。日本の山の情景とあまりにも違う極彩色の描写に、ちょっと引いてしまうが、しかしまあ、よく書くしよぉ弾くわ、としか言い様がない。
しかし、参りました。

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コンサート(2006年)」カテゴリの記事

コメント

以前本サイトの掲示板にもお邪魔したものです。

藤井一興氏の演奏は、その昔大阪のイシハラホールで高橋悠司氏とのメシアンの連弾曲を聴いたことがあります。

非常に濃密でスリリングな音楽経験でした。

川崎のコングレスでは武藤先生の伴奏もされていましたね。

コメント有難うございます。ご無沙汰しております。

勿論、室内楽奏者としての藤井一興氏には、大学生の頃(もう25年も前だ…)に聴いた武藤さんのリサイタルに始まって、何度となく接していたのですが。
意外にも、ソロリサイタルをちゃんと聴いたのは、初めてのことでした。

それにしても、パリ仕込みのエキスパートの方々の、演奏能力、というより「音楽再現能力」には、畏敬の念を持たざるを得ません。藤井一興、野平一郎、ピエール=ロラン・エマール、オリヴィエ・シャルリエ、等々。

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